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MUSCLE MANIA BODYBUILDING CHAMPIONSHIPS

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.06.15
2011年11月18日~19日 ラスベガス・ゴールデンナゲットホテル

2011年11月18日~19日 ラスベガス・ゴールデンナゲットホテル

【下段】14年連続してマッスルマニアに参戦している宮野成夫選手(写真中央)


フィットネスアメリカとはボディビル、フィットネス、フィギュア、モデル、ビキニなどさまざまな部門があるナチュラルのコンテストであり、薬物の使用が一切認められていない。

日本からは14年連続出場となる宮野成夫選手がマッスルマニアプロに、宮野選手の教え子で、ロス在住の宮本充選手がマッスルマニアワールドライト級に、そしてコンテスト初出場の柳雪哉選手が日本人として初めてモデルアメリカにそれぞれエントリーした。
フィットネスアメリカ2011が11月18日・19日の2日間にかけてラスベガスのゴールデンナゲットホテルにて開催された。
 
11月16日、成田空港に集合し、飛行機に乗るための手続きをする。手続きが終わり荷物検査ゲートへ向かう。ここでプチハプニング。柳選手はアミノ酸を飲むため2リットルもの水と1.5リットルのゼロカロリーコーラを所持していた。ペットボトルは持ち込めないため、その場で大量の水分を飲みまくる柳選手。しかしあまり時間もないため、とっさの判断でなんとそばにあった植木に水をあげだした。周りの人は苦笑いである。早くも目立った柳選手。なんとか飛行機に乗り、成田を飛び立った。約10時間のフライトでロサンゼルスを経由しラスベガスへ向かった。

機内では2回機内食が出された。ダイエット食だ。鶏肉、野菜サラダ、フルーツ、少量のライス。そのほかに宮野選手は弁当を持参しており、鶏胸肉、卵、ブロッコリーなど徹底した食事管理だった。宮野選手にとって当たり前の食事内容だが、半年以上続けるとなると私なら狂ってしまい、フライドポテト、とんかつに手を出してしまうだろう。ボディビルは厳しく、凄まじい競技であると改めて感じた。

ラスベガスに到着すると少し散歩し、その後レストランで赤身のステーキ、温野菜、ベイクドポテトで空腹を満たした。

翌日はゴールドジムラスベガス店へ行き、最終調整を行なう。噂には聞いていたが、とにかく広かった。広々とした空間にたくさんのマシンが並び、素晴らしい眺めだった。ついに本場のゴールドジムを味わえたと、ウキウキな気分であった。たくさんのゴールドジムグッズが欲しかったが、ショップにはほとんど商品が置いていなかったので、Tシャツを購入した。

その後、スーパーに食材の買い出しに行き、牛赤身、鶏胸肉、ブロッコリー、きゅうり、いもなどを買った。コンテストまでの食事はほとんどホテルの部屋で作ったものだった。一緒に応援に行った大八木さんと里奈さんが2人で毎食おいしく作ってくれた。普段私が胸肉を焼くと、固く、臭く、そしてまずい。だが、大八木さんと里奈さんの料理はおいしかった。

会場を沸かせた日本3選手

マッスルマニアプロの宮野成夫選手。14年マッスルマニアに参戦し続け、とんでもない怪物級の海外選手と戦い(昔は体重ごとにクラス分けがされていなかった)、すばらしい結果を残してきた宮野選手。宮野選手のような日本人がいなければ、宮本選手や柳選手のように後に続く選手も出て来なかったと思う。パイオニアである。今回もすばらしいパフォーマンスを見せてくれたが、惜しくも決勝進出はならなかった。しかしステージの宮野選手はとてもかっこよく、そして輝いていた。これからもパイオニアとして参戦し続けていってほしいと思った。

宮野選手の教え子の宮本充選手がマッスルマニアワールドライト級にエントリー。コンディションがすばらしく「これはファイナルに残れる」と確信した。そしてファイナリストの発表。期待通りにファイナリスト5名に選ばれた。すごい!フリーでも堂々とした演技で表彰台も期待できる。

いよいよポーズダウン。5位がコールされたが別の選手。続いて4位の発表で宮本選手がコールされなければ表彰台だが……。ドキドキして見守る。4位で宮本選手がコールされた。コンテストに参戦して8年目でつかんだ入賞である。しかも世界の舞台で4位だ。コツコツ努力を積み重ねての入賞で、とても感動した。

宮本選手は普段はとても明るく面白い人。次に紹介するのは、アウトレットモールに買い物に行った際の話である。アーティステックな、クネクネしたデザインの建物があった。宮本選手はそのビルを見て何かあったのかと思い、警備のおばさんに「あの建物が崩壊していますが、何か爆発でもあったのですか」と真剣な表情で質問した。そのおばさんは「何を言っているの、この日本人は」というような表情をして立ち去って行った。あとでおしゃれなデザインの建物だと気付いた宮本選手は大爆笑であった。

柳選手は日本人として初めてモデルアメリカ部門にエントリー。柳選手はコンテスト初出場だが、トップビルダー並みのすばらしい身体をしていた。普段は俳優として活動しており、日本にトレーニングやフィットネスのすばらしさを広めたいと言っていた。

モデルアメリカは、クラブウエア、スポーツウエア、スイムウエアの3つ衣装が審査の対象となる。ステージ上を歩き、端まできたら、ポーズをとり(パフォーマンス)歩いて戻る。初めて見るので審査の基準が難しかった。

クラブウェアは白のスーツで、爽やかな笑顔を振りまき、会場の女性を虜にする。スポーツウエアでは、上半身裸、下が袴、手には刀を持ち、額には「日本」と書かれた鉢巻き。目立っていた。それ以上にパフォーマンスが目立っていた。ゆっくりと歩き、鋭い眼光で辺りを見回し、刀を抜く。そして振り回す。笑う観客、顔が引きつる観客と完全に会場が2つに割れた。いい意味でも悪い意味でもインパクトを与えられて良かったと思う。私はステージの近くにいた若い女性の「なにこの日本人、クレイジーだわ」というような引きつった表情が印象に残っている。

スイムウエアでは唯一全選手上半身裸の審査だった。筋量がすばらしい選手もたくさんいたが、バランスなどトータル的にみても上位に食い込みそうな気がした。特に絞りは一番だったと思う。

いよいよ結果発表。まずはファイナリスト10名の発表で、柳選手の名前がコールされた。世界の10名に選ばれた、すごい! そして順位発表では柳選手は9位だった。初出場で9位はすばらしいと思う。おめでとうございます。
日本人として初めてモデルアメリカにエントリーした柳雪哉選手。日本的なパフォーマンスで会場を沸かせ、9位に入った

日本人として初めてモデルアメリカにエントリーした柳雪哉選手。日本的なパフォーマンスで会場を沸かせ、9位に入った

実は柳選手は大会の約1か月前、トレーニング中にけがをした。スミスマシンで180kgもの重さを胸に落として救急車で運ばれた。普通の人なら骨折をしていたと思うが、柳選手は打撲で済んだ。鉄人だった。一時はどうなるかと思ったが、無事に参加できて良かった。

コンテストが終わり、最終日は観光。アウトレットモールで買い物、バイキングで食べ放題、最後はストラスフィアタワーできれいな夜景を堪能した。タワーの展望台にはエックススクリームという絶叫マシンがあった。地上約30メートルの展望台から飛び出て、シーソーのように落っこちるという、見ていても恐いマシンがあり、宮野選手は乗っている人たちを見て、まるで自身が乗っているかのように絶叫していた。

今回初めてフィットネスアメリカを観戦したがとても楽しかった。世界中のたくさんの選手がそれぞれ必死にトレーニングを積み、ひとつの舞台に集まって戦っているのだと思った。すばらしい大会を観戦できて良かった。

さらにもう一つ感じたのが、裏で支えてくれている人たちの存在。大会中、選手のために毎食食事を作っていただいた、大八木さんと里奈さんの存在はとても大きく、選手一人ではなくチームとして戦っていると感じた。
レポート=
野村昌宏(パーソナルトレーナー)
[ 月刊ボディビルディング 2012年4月号 ]

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