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2013 TOKYO WEIGHT CATEGORY Winner Interview 西川正洋

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.09.05

2013東京クラス別ボディビル75㎏超級優勝 西川正洋

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にしかわ・まさひろ/1974年1月15 日生まれ/東京都出身/職業:㈱ハセガワ勤務/トレーニング歴10 年/身長:173㎝/体重:85㎏(オン)、80㎏(オフ)/所属:ゴールジムイースト東京

めざすはオーバーオールでの勝負脚と三頭筋、アウトラインの改善

――優勝おめでとうございます。東京クラス別のデビュー戦はいつ頃ですか。
西川 2000年、いまと同じ75㎏超級で3位。それからはケガもあったりして、出たり出なかったりで。なかなか本腰を入れる気が起きませんでしたが、3年前に気持ちの変化がありました。
――おっ、どんなことですか?
西川 あるときジムの会員の人から「西川くんは恵まれているよね。ビッグネームの人から気にかけてもらえるなんて」と言われました。以前からあのビーフ佐々木さんにはなにかとお世話になっており、それが他人とちがうことだと気づかされ、「よし本気でタイトルを獲りにいこう」と思い直しました。それからは、まずできるだけ休まずトレーニングを続けることを心がけましたね。
――トレーニングメニューで変えたことは。
西川 とくにありません。気持ちが前向きに変わったことで、一回一回のトレーニングに真剣味が生まれて効果も出てきたように思います。ルーティーンは5分割で肩、脚、胸、背中、腕というパターン。疲れたときに休むという感じで、脚をやった翌日は休むことが多いでしょうか。このパターンは昔から変わりません。それと私は力に任せて振り回す癖があるので、正しいフォームで行なうこと。それは私のボディビルの師匠、安藤誉さんが強くおっしゃられていたことです。
――ところで、トレーニングを始めたきっかけを教えてください。
西川 1歳半頃からぜんそくのため入退院をくり返す虚弱体質。薬でなんとか抑えていてガリガリに痩せていました。
――今じゃとても想像できません。
西川 はい、子どもの頃を知っている人はびっくりしますね。両親も大変だったと思います。薬漬けの生活から脱するため小4のとき親元を離れて専門の施設に入所。そこは運動によって身体を鍛えて体質改善を図る所でした。退所後、水泳を始めましたが、ときに発作が起こることもあり中学卒業が一年遅れたんですが、そのときに父がスポーツクラブへ連れて行ってくれ、そこでボディビルダーを初めて見て、「こんなすごい体の人がいるのか」と衝撃をうけ、自分もああなりたいと思ったことがきっかけです。おかげで心身ともに丈夫になることができました。
――それではご両親もさぞかしお喜びだったでしょうね。
西川 ほんとうに子どもの頃は迷惑ばかりかけていたので。自分でもまさか体のことで人様より優位に立てるとは夢にも思いませんでしたから、両親はなおさらだと思います。東京近郊でコンテストがあるときは、必ずチケットを買って招待しています。母の声援がステージまで届くので、とても励みになって頑張れます。表彰式の後、母に金メダルをかけてあげることができ、そのときの母の笑顔が忘れられません。少しは親孝行ができたかなと思っています。
――東京クラス別に続き、関東クラス別でも田口(俊介)選手と大接戦でしたが。
西川 田口さんの状態も良くて勝てるとは思いませんでした。今年2連勝できたのは、じつは田口さんのおかげ。今年は仕事が忙しくてコンテスト出場は考えていませんでした。しかし東京オープンで田口さんから「西川くん、おれが出るんだから出なよ」と言われ、思わず「はい、頑張ります」と。ちょうど仕事も落ち着きはじめた頃だったので。
――いつもはいつ頃から減量に入るのですか?
西川 誕生日の1月15日を過ぎたあたり。しかし今年は5月からだったので、あと2か月しかなく不安もあったけれど、いい意味でどうなるかやってみようと。85㎏からのスタートでした。今振り返ると、逆に集中できて良かったと思います。極端に少ない炭水化物の摂取一年間減量食でも苦にならず
――やはり何事も集中力が大切ですね。減量に入ってからの食事内容についてお聞かせください。
西川 ボディビルを始めて今まであまり食べなかった魚も鶏肉も好きになり、今年はオートミールが好きになりました。甘い物が好きで、とくにケーキと大福。でも減量に入ると、どちらも外します。朝はオートミール(200㏄)、とり胸肉(200g)、サラダ、ダイエットコーラ、10時にプロテイン25g、昼はとり胸肉(200g)、サラダ、ダイエットコーラ、15時にサバ缶1個、トレーニング前に鶏の胸肉(200g)、ダイエットコーラ、トレーニング後にアミノ酸、夜は鶏の胸肉(200g)、もやしかサラダ。
――炭水化物はあまり摂らないのですね。
西川 そうですね。昔から食が細くて。無理して食べてもそんなに太らず、減量幅もほとんど変わらないので。それならば自分にとっていいコンディションでいようと思い、無理して食べることはやめました。オフもほとんど変わらず、土日には普段摂らないものを食べたりしますが、一年間減量食を食べているようなものです。でもとくに苦になりません。体に負担をかけないようにしながら少しずつ仕上がり体重を増やしていき、バルクをつけたいと考えています。
――では、今回の大会当日の食事を教えてください。
西川 朝早く起きて会場で食べる小さいおにぎりを15、6個作りました。朝食に脂の乗った牛ステーキ、そしてオートミールを普段の倍。会場入りしてからは、おにぎりのほか、大福、チョコレートなどを休みなく口に入れていました。ハリも良かったです。
――憧れのボディビルダーはいらっしゃいますか?
西川 私にボディビルのイロハを教えてくれた安藤さん。安藤さんはケガのためコンテスト出場はなかったそうですが、小柄ながら筋肉の鎧をまとったようなすごいバルクで、日本人離れした肉体で知る人ぞ知るボディビルダーでした。トレーニング中のフォームがとてもきれいで、それをイメージしながらトレーニングしています。いまは会う機会はほとんどありませんが、優勝報告をしたらとても喜んでくれました。
――これからの目標について教えてください。
西川 まずはここ2年予選落ちしているミスター東京の決勝進出(編集部註・今年は見事予選通過して10位)。次はオーバーオールで勝負していきたいので、その体づくり。脚と三頭筋、アウトラインが弱いのでそこを改善していきたい。そして夢のまた夢ですがミスター日本の舞台に立てたらと思っています。今回の優勝は私の力ではなく、周りの人が押し上げてくれたものです。産んでくれた両親、ボディビルに導いてくれた安藤さん、コンテストに導いてくれた石河英貴さん、ビーフ佐々木さん、ゴールドジム北千住のみなさん、そして小松美穂さんらには感謝の念が堪えません。この場をお借りしまして改めてお礼を言わせていただきます。ありがとうございました。
2013 年は田口選手(左)と鎬を削りあった

2013 年は田口選手(左)と鎬を削りあった

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インタビュー/伊藤幸也
[ 月刊ボディビルディング 2014年1月号 ]

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