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脱・マッスル王子宣言!!國井裕平/The Young Generation 対談

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.06.20
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今後のボディビル界を背負って立つであろうと期待される若者がいる。それは、昨年度の全日本ジュニアを制した國井裕平選手だ。國井選手は弱冠19歳にして、国内5回、海外1回という豊富な大会出場経験を持ち、しかも、4勝という素晴らしい成績を残している。

國井選手が初めて出場した大会は、新設された高校生の日本一を決める大会だった。その記念すべき第一回全国高校選手権大会に出場した國井選手は、持ち前のスケール感のある体でライバル選手たちを抑えて見事優勝し、初代王者の栄冠に輝いたのである。そして、翌年には同大会にデイフェンディングチャンピオンとして臨み、再び優勝するとともに、21歳以下に限定されているジュニア部門の日本一を決める全日本ジュニアにも挑戦し、その大会でも勝利する事で、“二冠”という最高の形で高校日本一の地位を不動のものとしたのだった。

大学に進学しても國井選手の勢いは衰える事はなかった。大学1年となった昨年には、全日本ジュニアのタイトルを前年度に続いて再び手中に収めた。全国高校選手権大会に続いて全日本ジュニアでも連覇するという快挙により、19歳にして早くもジュニアカテゴリーの頂点を極める事となったのだ。
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世界への挑戦

全日本ジュニアを制した國井選手は、日本代表選手として世界ジュニアに挑戦する事となった。世界ジュニアの舞台を経験した國井選手に、その時の感想を聞いてみた。

吉田‥昨年は、全日本のジュニア・チャンピオンとなった実績を買われ、世界ジュニアヘ出場派遣されたようだけど、その時の階級と順位を教えてくれる?

國井‥75kg超級に出場して7位でした。

吉田‥初めて挑戦した世界の舞台で、手応えは感じられた?

國井‥いえ、手応えを感じるどころか、圧倒されてしまいました。今まで、国内の高校生大会とジュニアの大会に出場してきたのですけど、世界の舞台で同世代の選手たちを目の当たりにして、「全然違うな」と感じました。

吉田‥國井君が感じた、その“違い”とは、具体的にどういうものだったのかな?

國井‥“体”もそうですし、“絞り”もそうですし、「自分じゃ歯が立たないな」と思ったのが正直な感想です。バルク、バランス、プロポーションなど、全てに圧倒されてしまいました。

吉田‥ジュニアカテゴリーの大会にあと二年出場するチャンスがあるという事は、世界ジュニアに挑戦するために筋肉を鍛える時間があと二年間あるという事になるよね。という事は、その二年の間に体をインプルーブさせれば、世界ジュニアでもまだまだ上位を狙える可能性があるんじゃないかな。

國井‥そうですね。昨年の世界ジュニアでの成績は7位だったんですけど、決勝の枠が6人までだったので、自分が出場出来るあと二年の間にはどうにかして決勝まで行きたいと思います。

吉田‥ジュニアのカテゴリーでは国内で敵無しの強さを誇る國井君にとって、国内だけに目を向けていたなら大きな飛躍を望むモチベーションに火が付かなかったかもしれないけど、世界のレベルに触れた事で、自分の実力を驕る事なく見つめる事が出来、そして世界へ向けて更なる飛躍の気持ちが湧きあがってきたんじゃないかな?

國井‥確かにそうですね。昨年初めて国際大会というのを経験したのですけど、いろんな意味で楽しかったんですよ。言葉は分からないのですけれども、めったに会う事のない海外の選手と触れ合う事によって、国内では味わえないものも味わえた事もあり、ジュニアの年齢枠のあと二年間を世界ジュニアに向けて精一杯やっていきたいと思っています。そして、決勝の6位入賞を目指して頑張っていきたいと思います。

19歳というまだ若い年齢で日本代表選手として国際大会に選出され国際交流をするというのは、誰にでも与えられるものではない。日本を代表するという事は、國井選手の活躍如何が世界の中における日本人選手のレベルを国の内外から査定される事にも繋がってくるのだ。中途半端な気持ちと体で参戦する事は許されない。そうした重責を負っての挑戦にはプレッシャーもある事だろう。しかし、だからこそ海外への挑戦は意味がある。肉体を制御している精神のリミッターを解除し、飛躍的な筋肉の発達を遂げるチャンスなのだ。あと二年間の世界ジュニアヘの挑戦で國井選手がどこまで成長していくのか、本当に楽しみである。

きっかけ

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昨年の世界ジュニア&マスターズ選手権。國井は初出場で75kg超級にて7位に入る。國井は後2年このジュニアで戦うことができ、当年の目標は世界で決勝に残ることだと言う



他のスポーツの補強としてウエイトトレーニングを始めた選手は多い。國井選手もその一人で、野球少年だったという。

吉田‥トレーニングを始めたきっかけについて話をしてもらえる?

國井‥小、中って野球やっていたんですけど、中学生になるとウエイトトレーニングが入ってくるんですよ。その時に、腕立て伏せとかランジとかやったのが最初の筋トレでした。

吉田‥最初は自重トレーニングだったのかな?

國井‥そうです。それから、書店に並んでいるトレーニング関係の本を購入して読むようになって、ウエイトトレーニングに興味を持ち始めたんです。でも、その頃は、ただ単純に野球が上手くなりたいと思いながら学校で腕立て伏せなどをやっていたんですよ。

吉田‥ウエイトを使ったトレーニングを始めたのはいつ頃からだったの?

國井‥高校生になってからです。野球が上手くなりたいと思って始めた筋トレだったんですけど、中学で野球部を引退する頃には、野球より筋トレの方が面白くなっていました。それで、高校に入学してすぐにゴールドジムに入会したんです。

吉田‥ゴールドジムに入会して、ボディビルダーになろうとトレーニングを始めたの?

國井‥いえ。ボディビルという競技があるのは知っていましたけど、最初はそういうんじゃなく、ただ筋トレしたいと思ってジムに入ったんですよ。

吉田‥ジムに入ってウエイトトレーニングを始める事になったわけだけど、すぐに筋肉が反応したのかな?

國井‥いえ、全然反応しませんでした。体が反応するより、力が段々強くなっていきました。

吉田‥体の変化を意識し始めた時期があったと思うんだけど?

國井‥どうですかね。あんまり意識した事なかったですね。

吉田‥体の変化への意識がないのに、どうしてボディビル大会に出場しようと思ったの?

國井‥フィットネスで活躍している中村静香さんがゴールドジムで働いていて、その中村さんに「ボディビルって競技があるけどやってみない?」と声を掛けてきてくれたんです。その時は、ボディビルをやりたいという気持ちは無かったんですけど、栄養やトレーニングの事をもっと詳しく知りたいと思ったので、中村さんに色々と教えてもらうようになったんです。

中村静香選手は、國井選手に秘められた加工前の宝石の原石のようなボディビルダーとしての素質を見抜いたのかもしれない。「中村さんがいなければ今の自分の存在はなかった」と國井選手は言う。中村選手は言わば“ボディビルダー國井裕平”の生みの親なのだ。中村選手に競技としてのボディビルのノウハウを習い、そして大会への出場を決意したのだ。今でも師弟関係は続いているとの事で、國井選手は今でもアドバイスを受けているらしい。

トレーニング

吉田‥トレーニングについて聞かせてくれる?

國井…月曜日が脚、火曜日が背中、水曜日が胸、木曜日が肩、金曜日が腕のトレーニングです。

吉田‥週5日で、一週間で全身の各部位を一回ずつトレーニングしているんだね。特別なトレーニング・テクニックみたいなものはあるのかな?

國井‥特に変わった事はせずに、基本的な種目だけやっています。反復回数はだいたい10回で、メインは2セットです。高校生の時は3セットやっていたんですけど、最近は3セットだと途中で疲れてきてしまって続かないんですよ。2セットにしてみたら、全ての種目が終わるまで集中力を切らす事なくトレーニングが出来たので、それからは2セットにしています。インターバルについては、なるべく短くしています。1分位ですかね。

吉田‥部位別のトレーニング種目数を教えてくれる?

國井‥胸と背中は6~7種目、腕は4種目です。肩は5種目、大腿四頭筋は4種目で、大腿二頭筋は3種日です。

吉田‥特に力を入れている部位はある?

國井‥いいえ。全体的に大きくしていきたいと考えています。

メジャースポーツ化への思い

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國井選手は、TVメディアなどで、ボディビルが“笑いの対象”として取り上げられている事が許せないと言う。メディアのそうした取り上げ方が、競技スポーツとして持っているシリアスなボディビルのイメージから遠ざけ、宴会芸的なものに蔑んでいると考えているのだ。

國井‥今回の取材で一番言いたい事は、“ボディビルを広めたい”という気持ちがあるという事です。“ボディビル”という名前や、“ボディビルダー”という存在を知らない人はほとんどいないと思うんですよ。でも、ボディビルについて正しい認識を持っている人は少ないと思うんですよね。それは、メディア側のボディビルの取り上げ方に問題があると考えているんですよ。

吉田‥取り上げ方の問題とはどういう事?

國井‥自分は、“お笑い”は絶対駄目だと思っているんです。

吉田‥何故駄目なのかな?

國井‥具体的には分からないんですけど、もっと良い方向でボディビルを取り上げてもらう事が大切だと思うんです。

吉田‥良い方向ってどういう事?競技性を取り上げてもらうという事なのかな?

國井‥まあ、そうです。

ボディビルが競技スポーツである以上、他のスポーツ同様にTVや新聞のニュースでボディビル大会の結果が報道されても良さそうだ。しかし、現実には国内大会の結果が報道される事はまず無いようだ。つまり、社会的にはボディビルは競技スポーツとして認知されていないという事なのだろう。メディア側がボディビルを競技スポーツとして認知していない以上、メディア側からボディビル・コンテストの結果をニュースソースとして使用する目的で近付いてくる事はない。競技を主催しているボディビルの側から競技性を理解してもらうためにメディア側へ働き掛ける事が当然必要になってくるはずだ。

TVのバラエティ番組などでのボディビルを笑いの対象にする事があるが、目くじらを立てる程のものではないだろう。かつて、あのアーノルド・シュワルツェネッガーでさえヤカンを両手に提げてポーズをとるという某ヌードルのコマーシャルを演じていたのだ。ボディビル関係の個人や団体が、ロコミやネットなどを駆使したとしても、TVで得られる以上の宣伝効果を社会に与えられるとは考え難い。

扱われ方はどうであれ、TVに露出する事でボディビルの認知度が上がるというのは間違いない事だ。また、ボディビルだけが特別に“笑い” の対象となっているわけではないだろう。野球やサッカーのようなメジャースポーツであっても、バラエティ番組などで笑いの対象とされる事はあるし、オリンピックで銀メダルを獲得するという偉業を遂げたフェンシングの大田裕貴選手でさえ、バラエティ番組などで“笑い”の対象とされたりする事がある程だ。

シリアスなドキュメンタリーであれ、“お笑い”を対象としたバラエティであれ、どちらにしてもメディアに露出するという事はボディビルの存在を世間に浸透させる効果があるはずだ。しかし、國井選手のように真剣にボディビルに取り組んでいる人にとって、ボディビルが世間に“笑い”の対象として見られてしまう事は、アイデンティティを否定されるようで、さぞ気分が悪いのだろう。

今では世間の知名度も高く、人気のあるスポーツであっても、過去にはネガティブなイメージを持たれていたスポーツもある。卓球やバトミントンがそうだ。体育の授業やクラブ活動など、学校教育の現場でも行われているスポーツだが、かつては“暗いスポーツ”としてのレッテルを貼られていた冬の時代もあったのだ。しかし、卓球界の福原愛選手や、バトミントン界の“オグシオ”や“スエマエ”などのアイドル的なスター選手が登場した事で世間から注目されるようになり、今では過去のネガティブなイメージから完全に払拭されたと言えよう。つまり、スター選手の誕生により競技イメージが変わる可能性があるという事だ。

シリアスな競技性を持っているボディビルの一面を世間に認知してもらいたいのなら、人々の憧れの対象となるスター選手の登場が必要だ。そして、そのスター選手が大会で活躍し、他のスポーツ選手達に負けない優れた実績を残す事で、競技としてのボディビルに注目が集まるのではないだろうか。國井選手を始めとする若い世代の選手たちの活躍が今後のボディビル界の未来を作り出していく事になるのだろう。
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2007年全国高等学校選手権での勇姿。この年國井は高校とともに日本ジュニアでも優勝を飾っている

目標

全日本高校選手権大会を二連覇し、さらに昨年現在の國井選手だが、全日本ジュニア大会の三連覇と、世界ジュニアでの決勝の6位入賞を目標に掲げている。

21歳までとなっているジュニアの年齢であっても一般の部への大会出場は可能なのだが、國井選手は「ジュニアの年齢である今だからこそ挑戦できる魅力的な大会という事もあり、今はジュニア大会にターゲットを絞って出場したいと考えています」とジュニア大会以外への出場をきっぱりと否定した。具体的な目標を持ち、明確なビジョンを持って行動しているからこそ出た言葉であろう。19歳とまだ若い國井選手だが、ボディビルダーとして自分の歩むべき道は知っているようだ。

吉田‥ジュニアを卒業した後の目標についてだけど、どういったビジョンをもっているの?

國井‥やはり、ミスター日本を狙っていきたいですね。

吉田‥その自身はある?

國井‥いえ、今はまだ到底そのレベルには達していないと思いますが、徐々にレベルアップして、ミスター日本で通用する体を作っていきたいと思っています。

吉田‥ミスター日本へ出場するためのステップだけど、何か具体的に考えている事はある?例えば、地方大会で優勝してミスター日本への出場権を得るなどの道があると思うんだけど…?

國井…最初に一般の部に出場するにあたっては、ジャパンオープンに出場したいと思っています。ジャパンオープンを足掛かりとしてミスター日本に挑戦していきたいと考えているんです。

夢の舞台

國井選手が初めてボディビルの存在を知ったのは小学生の時だった。雑誌の中でポーズをとるボディビルダーの姿を目にしたのが最初だったという。コンテストシェイプのボディビルダーの体を初めて目にする人は、「グロテスクで気持ち悪い」との印象を持つ事が多いが、小学生の國井少年は、筋肉の集合体として形作られるボディビルダーの隆々とした立体的な肉の塊と、そこに刻みつけられた筋繊維の幾筋もの溝、そして、皮下をうねるように這う血管の浮き出た肌に全く違和感を覚える事なく、むしろ、そうしたボディビルダーの体に憧れすら感じたと言う。

國井‥小学校の時に“月刊ボディビルディング”を見てボディビルを知ったんです。それは、多分2002年の“オリンピアの特集号”だったと思いますが、その時に、ロニー・コールマンとかケビン・レブローニとかが並んでいるのを見たんですけど、その時、全然気持ち悪いとか思わなかったんですよ。

吉田‥それは驚きだな。大抵の人は、初めて見るボディビルダーの現実離れした特異な体に違和感を覚えるようだけどね。

國井‥それどころか、逆に凄くカッコイイと思ったんですよ。その後、自分が高校生になった頃、山岸選手がIFBBプロになって、アイアンマンプロ大会などで活躍しているのを雑誌などで見て、「日本人でもなれるんだ」と思うようになり、子供の頃からの憧れだった有名な選手の横に自分も立ってポーズをとってみたいというという夢を抱くようになったんですよ。

“刷り込み効果” によるものなのか、小学生の時に見たIFBBプロボディルダーの存在が國井選手にとってはボディビルダーとしての究極の形であり、憧れでもあるようだ。その憧れのボディビルダー達に一歩でも近付こうとトレーニングに励んでいるのだ。そんな國井選手が、「いつか憧れの選手達と同じ舞台に立ちたい」と願うのは至極当然の事であろう。

夢を持たず、未来を語らない若者が多くなったと言われる昨今だが、國井選手のように自分の夢をハッキリと口に出来るというのは素晴らしい事だ。夢を持っているからこそ辛いトレーニングと向き合えるのであり、夢を追い続けるからこそ未来を切り拓く事が出来るのだ。

ボディビルダーとしては、ようやく歩み始めたという年齢の國井選手。この先に続く道はまだまだ長く険しい。しかし、だからこそ國井選手の未来は大きな可能性に満ち溢れている。着実にステップアップを重ね、日本代表選手として世界に羽ばたき活躍してもらいたいものだ。そして、ボディビルのメジャー化の牽引役となる事を大いに期待したい。

(了)
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  • 國井 裕平(くにい・ゆうへい)
    生年月日:1989年10月1日
    出身地:宮城県仙台市
    血液型:0型
    身長:177cm
    体重:90kg(オフシーズン)、80kg(大会時)
    趣味:映画鑑賞

    戦績
    06、07年全日本高校選手権 優勝
    06年全日本ジュニア選手権 3位
    07、08年全日本ジュニア 優勝
    08年世界ジュニア75kg超級 7位

文・
吉田真人
写真・
Ben
[ 月刊ボディビルディング 2009年9月号 ]

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