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第1回グアム親善ボディビル選手権出場手記② 海外大会初参加!!グアム親善大会挑戦記 

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[ 月刊ボディビルディング 2013年3月号 ]
掲載日:2017.07.31
2012年11月10日〜13日●グアム

2012年11月10日〜13日●グアム

あいさつ

人生初の海外でのコンテストの体験記です。ボディビル界ではまだまだな私ですが皆様に読んで頂けると幸いです。
元々、年に一度は海外でフィットネス関係の勉強をしに行こうと考えていて、昨年はラスベガスに行きました。今回はどうしようかと考えている時に大会への参加のお話を頂き、そして体験記の記事の依頼を頂きました。自分一人ではここまで来られなかったので改めて、ボディビルという競技を通して人と人との繋がりを感じ感謝しております。

出発前夜

通常通りに仕事を終え、帰宅するやいなや次の日の食材の準備と出発の準備に取り掛かる。あくまでも食事など調整方法やスタイルはこちらにいる時と変わらない事を心がけ焦る事なく支度を進め、いつもと変わらず午前3時には就寝しました。
記事画像2

DAY1 ☆ コンテスト2日前& 出発

朝9時に成田空港に集合し日本選手団、観戦ツアーの方々と共にチェックインそして期待を胸に日本を出国。所要時間は約3時間、テイクオフ後に、いい匂いの食事が配布されましたが泣く泣く断り、持参のMyお弁当(この時点で3食目)を美味しく摂取。私の隣の席は、いつもジムでポージング練習などをご一緒して頂いた相川選手で、様々な世界選手権のお話をして頂き学ぶことや面白話に話がさき、あっという間に到着しました。
バスでホテルまで行き、すぐにプレスカンファレンス(記者会見的なもの)。全てのスケジュールが終わり、選手団の皆さんでお食事との話でしたが、変わらずの残りの調整食があるのとコンテスト前最後のトレーニングがありましたので、申し訳ないですが単独行動をさせて頂き、ジムに直行しました。
ジムの施設は僕らの泊まる建物の隣にありすぐに見つけ入り口で読めない英語の看板を見ていると「太田さん?」っと知らない日本の方に声をかけられジムの使い方や支配人への挨拶、近くのコンビニの説明といたれりつくせりでした。トレーニングを通じて年齢やキャリア、国籍関係なくコミュニケーションが取れる、過酷な身体作りだけでなく人と人との温かさを改めて感じました。
話はトレーニングに戻り、色々な最終トレーニング方法がありますが、私はコンテスト前筋肉の張り感を少し残したいのもあり、上半身の種目を胸と背中のスーパーセットで多関節の動き中重量で行います。レオパレスのホテルのジム『THEPAN PACIFIC SPORTS CENTER 』は十分にトレーニングができるため、特にオススメです(使わないのが勿体無いくらい)。広いプールやランニングなどもできるフィールドもあり個々の競技の日本選手団も使用するぐらい綺麗で使いやすいためウェイト専門以外の方でも是非!!
現地時間で午後8時過ぎには部屋に戻り、次の日の準備や最後の食事の時間を待ち午後11時に就寝。
いい匂いの機内食をパスし、持参のお弁当で大会に備える。

いい匂いの機内食をパスし、持参のお弁当で大会に備える。

空港到着後バスでホテルまで移動。前列左より私、相川選手、後列近藤選手、奥村選手

空港到着後バスでホテルまで移動。前列左より私、相川選手、後列近藤選手、奥村選手

DAY2☆ コンテスト前日&検量

前日の朝は団体で食事のため、朝は早いブュッフェなのでうまく物や量を調節しながら朝はしっかり食べます。皆さんも色々な考えがあると思いますが、よく食べてました。私にとっては選手の方々、一人一人の食事一つとっても勉強になります。
朝食後に、前日にお邪魔したホテル内のジムにて日本選手団の皆さんで地元グアムの雑誌取材。今回、日本選手団の中で「最年少」と「最年長」の差が50歳もあるというのも話題性の一つでもあり、幅広く活躍できるスポーツ(競技)としてアピールができた事だと思います。ちなみに、今回私が最年少の選手でしたが一回りも二回りも年齢の違う方々を見ても「元気で若い」そんな印象でたくさんの活力をもらいました。
検量のため、午後3時に『パラダイスフィットネスセンター」にて今回出場される選手全員が集められました。日本と違い当日に大会の申し込みもあるので、どの選手がどれだけ出るかはわかりませんでしたが、会場で顔を合わせたグアムの選手も日本の選手もお互いに興味津々の様子でした。
検量後は自由行動になり食材の調達などをしに、皆さんで近くのショッピングセンターに行きました。驚いたのが何処のお店に行っても店員さんに「明日のコンテストに出るのか?」「何㎏級ですか?」「ボディビルビルダー?」と聞かれました。今回のこのコンテストがこの街や島にとってどれだけ盛り上がっているのかを感じました。
ホテルに戻り、朝から何かと慌ただしい一日でしたが、少しゆっくりして夜に最終ポージングチェック。以前からお世話になっています今回の大会の企画者でもあるBellz の吉田真人さんに私達の部屋へわざわざ来て頂き、私と相川選手を見てもらいました。私はさておき、相川選手のコンデションが凄く良い事にビックリでコンテスト終了後に結果として表れていました。自分の今後を見据えてスキル(経験値)を上げていくためには、こういった世界で活躍しているトップ選手の方と共に生活をして、生活を見て、触れ合う事が何よりも大切だとわかり、いい刺激になりました。
だいぶ夜もふけてしまい明日も朝が早いので午前0時過ぎに就寝。

DAY3☆コンテスト当日&グアム大会

大会当日の朝、思ったよりスッキリと目が覚め落ち着いた気持ちで身支度をして朝食を済ませました。
選手集合、受付が午前8時頃という事もあり、それにしても早々の集合! スケジュール表こそないものの、話ではグアム大会(各カテゴリー)が先に行われ親善試合はその後に行われ午前が予選、午後が決勝、しかも予選と決勝の間がかなり空くといわれたので丸一日の長丁場になりそうな予感…。海外大会では何が起こるかわからないとも聞いていたので心構えはしていましたが、待ち疲れてしまいました。
日本のコンテストであれば大会パンフレットがあり、進行表があり各階級別に控え室がありますが、今大会では広い廊下のような所に大きな鏡が二面、壁にカテゴリーの順番が書いているのみの小さな紙が張り出されているだけで、意外にアバウトな感じでしたが誰一人と文句を言わず場所や雰囲気に対応していました。日本選手の方々の中には何度か国際大会に出ている方もいるので、このような状況でも淡々と準備しリラックスしている所が素晴らしく思いました。日本選手よりもグアム選手の方が意識しているようにも見えましたが、結局は自分のコンディション、どの選手もジャージや上着を脱ぐ頃には気合い十分でした。
カラーリングがOKという事もあり皆さん様々な手段で行ってましたが、僕はドリームタンだけでカラーリングをしました。しかも相川選手にカラーを塗って頂きましたが、世界の舞台へ何度も行っている事もあり職人技の様な作業で綺麗に即座に完成しました。何をとっても学ぶ事が多いです。
ホテル内にあるジムにてグアム雑誌の取材を受ける日本選手団。

ホテル内にあるジムにてグアム雑誌の取材を受ける日本選手団。

パラダイスフィットネスセンターにてのウェインの様子

パラダイスフィットネスセンターにてのウェインの様子

今回、バンダム級にエントリーしていました。日本でいうと65㎏以下級になります。元々2012年の日本の大会では60㎏以下級でエントリーして出場していましたが、今回の大会への「チャレンジ」今後の大会への「挑戦」という思いもありこの階級にしました。
会場はというと、グアム政府観光局の協賛を得て、地元のオリンピック選手も訪れる中、立ち見も溢れる超満員でした。午前11時過ぎにプレジャッジがスタートしました。規定ポーズは変わらず行われましたが、ポーズの順番が違う事もあり多少戸惑いもありました。自分で言うのも変ですが舞台上では緊張してしまう、そんな言葉は程遠い選手だと思うので堂々とステージングができたと思います。辛い事をしてきた365日中の1日なのでその1日ぐらいは、毎回楽しくそして楽しませようといつも思っています。グアムのいわば「敵地」でしたがアウェー感もなく、選手への応援も日本にないくらいの盛り上がりでした。
予選が終わると一度ホテルに戻り仮眠をしました。一日が長いと食事や水分のコントロールが難しい事を身を持って実感しました。
決勝のフリーポーズは、今回どの様に盛り上げようかすごく迷いました。そこで、親善試合、日本代表、しかも第一回大会で先入観もないので記憶に残ることをしよう! と日の丸の国旗を持って行いました。会場の盛り上がりといったらスゴイものでした。日本ではこの様な経験は出来なかった事でしょう。
ホテル内にあるジムの入口にて。

ホテル内にあるジムの入口にて。

検量が終わってパラダイスフィットネスセンターを後にする日本選手団。

検量が終わってパラダイスフィットネスセンターを後にする日本選手団。

バンタム級の予選。宮崎から参戦の谷野口選手(右)と私

バンタム級の予選。宮崎から参戦の谷野口選手(右)と私

その後に同点審査の様なものがあり私と日本選手が呼ばれました。そしてポーズダウンがあり色々な選手と触れ合う事ができました。最後の表彰では私は呼ばれず、残念ながら台に上がる事ができませんでした。
呼ばれない選手は裏へ下がるのですが、その事を相川選手に伝えるとビックリしていましたが、そんな相川選手は今大会での総合優勝とさすがの好成績でした。日本を発つ前からポージング練習をご一緒させて頂いたり、今回のツアーでも部屋も一緒でずっと同じ生活をしていたので自分の事の様に嬉しく思いました。
最後の表彰が終わり会場を出る頃には午後11時をまわっていました。部屋に戻る途中、今大会の企画者の吉田真人さんのお誘いもあり、グアム連盟の方々との打ち上げに参加させていただきました。
結果には残らなかったものの、見ていた方々には印象が強かったようで、最高のステージングだったとグアムの方々からもお褒めの言葉をいただきました。皆さんに楽しんでもらえると、また大会をやろうと企画者側も選手側も盛り上がり次に繋がると思います。来年も来てほしいとの話にまでなりました。次は記憶だけでなく記録に残る様にと「I'll be back」と約束を交わしました。
大会の翌日、ホテル内の人工湖にて相川選手(左)とゲストポーザーを務めた山岸プロと。

大会の翌日、ホテル内の人工湖にて相川選手(左)とゲストポーザーを務めた山岸プロと。

私がフリーポーズ用に持って行った国旗に選手皆で寄せ書きをし、ホテル内のジムに飾ってもらった

私がフリーポーズ用に持って行った国旗に選手皆で寄せ書きをし、ホテル内のジムに飾ってもらった

それにしても夜も遅く身体は疲れているというのにご飯が入る事…。食べっぷりにも驚かれました。相川選手のパフェには僕も驚きましたが。大会後にたくさん食べるのは皆さん一緒なんですね。
ホテルへ戻った頃には日付も回っており本当に長丁場な一日でした。部屋で落ち着いた頃に相川選手と今までの世界戦のお話や本日の大会、今後への思いのお話をしました。
思い返せば僕がボディビルという競技をやり始め、一番最初に見たトレーニングDVDは相川選手で、そんな方とこうして生活を共にしアドバイスをいただけた事は光栄な事です。お話の中には正直しんどいと思うような経験を幾つもしてきたようですが、その折れない精神力には頭が下がります。
同じバンタム級に出場した渡辺選手と。歳の差なんと50歳!。

同じバンタム級に出場した渡辺選手と。歳の差なんと50歳!。

フリーポーズでは持参した日本国旗を披露

フリーポーズでは持参した日本国旗を披露

大会が終わり自分自身期待していた成績を残すことができず、潰されそうになっていましたが、色々なお話の中で「立場が成長させてくれる」という言葉に救われました。
いつも私が胸に思う事は、ボディビル界で少しでもステップアップしていきたいという事、この世界で潰されたくない、常に前を向く、という事です。自分のこの世界の立場でいうと、上の人もいれば下の人もいる。トレーニング歴も浅く年齢的にもまだまだこれからという状態だと思います。だからこそ何事にもチャレンジし続けていきたいと改めて思いました。多くの人の支えが今日まで自分を走り続けさせてくれた「原動力」だった事を再確認しました。会話の中からたくさんのエネルギーを頂く事ができました。

DAY4☆帰国

嵐のような日々があっという間にすぎ、朝は通常通りホテルのレストランで朝食。選手の皆さん、前の日とはうって変わっての食事の量と質。
嵐のような日々があっという間にすぎ、朝は通常通りホテルのレストランで朝食。選手の皆さん、前の日とはうって変わっての食事の量と質。
私は今シーズン2月から減量、調整をしていたので全ての過酷な生活から解放されたことにその時に気がつきました。
至福の食事の中、レオパレスの笠松さんや日本ボディビル連盟、藤原副会長のはからいもあり、僕がフリーポーズのために持って行った日本国旗に選手一同で寄書きをしてホテルのジムに飾って頂けました。実はジム内には、日本を代表する水泳選手団、プロ野球団、体操選手の日本国旗の寄書きがいくつも飾ってあります。今回初めてボディビル選手団、日本代表として肩を並べる事ができ凄く光栄に思いました。
その後、吉田さんの提案でホテルの敷地内で私と相川選手とで記念撮影会を行ってくださいました。この数日、グアムに来てから観光はなかったのでこの綺麗で広いレオパレスの施設で撮影会、しかも撮影助手がなんと今回のゲストポーザー山岸選手ともあってすごく良い思い出になりました。
帰国のためお昼過ぎにホテルを出発し空港に着くとそこでは、大会翌日ですが通常に働くグアム選手の姿。日本選手団を見て声をかけてくださり私にも直接「バンダム級の選手か?」「ナイスポージーグだったよ」と話しかけてくださり、覚えてもらっていました。ボディビルを通じて海外選手とこの様なコミュニケーションをとることができ、今回の親善試合は大成功だったのではないでしょうか。
飛行機で数時間、日本時間にして午後8時頃帰国後空港で解散し、今回の長いようで短い旅は終わりました。
私事ですが最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。また、このような経験を生かし様々な方々への身体作りやコンテストへなどへのアドバイスを行って、次世代の若い選手を少しでも多く輩出するお手伝いが出来ればと考えています。
今年のコンテストへの参加は、職場のスタッフや家族、多くの友人や知人からの理解や協力、励ましがあっての事です。本当に多くの方々に支えて頂いている事を身を持って感じております。今後とも飛躍できる様に努力してまいります。皆様、本当にありがとうございました。
日本選手団の皆様、お疲れさまでした

日本選手団の皆様、お疲れさまでした

[ 月刊ボディビルディング 2013年3月号 ]

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