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アーノルドへ怒涛の9ヵ月!ビキニアスリート サンキン・サチ (1/2)

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掲載日:2015.06.05


2014年2月27日、アメリカ・オハイオ州コロンバス、歴史あるVeterans Memorial。一人の日本人がビキニ・アスリートとして初めてアーノルドのステージに立った。

その名はサンキン・サチ。1年前、彼女がこの世界最高峰のこのステージに立つことを誰が予想しただろうか?いや、誰かが予想するどころか、本人さえも全くイメージもしていなかったのだ。 サチ選手がビキニ競技自体を知ったのはなんと、昨年5月。そこからアーノルド出場までの期間は僅かに9ヵ月。信じられない程の少ない期間で、自分を一流のビキニ・アスリートに磨き上げたサチ選手の怒濤の9ヵ月間を追う。



最初にアーノルド・アマチュアのコンテストに出場することが、どれだけ価値のあることなのかについて、少々触れておこう。

アーノルドとは誰もが知る、元ボディビルの世界チャンピオンであり、映画俳優、カリフォルニア州知事まで務めた、アーノルド・シュワルツェネッガーのことである。毎年、コロンバスで行われている、アーノルドEXPOをご存じだろうか?IFBBプロによる、アーノルド・クラシックを中心に大小様々なイベントが実施される、今や世界最大のスポーツイベントなのである。

そこで行われるアーノルド・アマチュアはボディビルをはじめ、男女フィジーク、フィギュア、フィットネス、そしてビキニのコンテストが開かれており、それぞれの世界大会と並んで、世界最高レベルのコンテストなのである。

このコンテストに、経験1年未満の選手が参加するとは聞いた事がないが、サチ選手はそれをやり遂げてしまったのである。

当初、ベースに何かしらのスポーツ経験があり、才能にも恵まれていたから、早く身体を作ることができたのだろうと予測していた。しかし、取材してわかったことであるが、サチ選手は才能があるとか、無いとか以前に、リハビリ目的でトレーニングを始めたという、いわばマイナスからのスタートだったのだ。これを聞くとサチ選手が長けていた点は才能でなくおそらく“情熱”だったと言えるだろう。

普段は穏やかな性格のサチ選手であるが、明確なビジョンと、それをやり遂げる意志力を強く持つ女性で、その時々で自分に必要なモノは何か?足りないモノは何か?を客観的に自己分析することが出来、それぞれの分野でコーチングを受けることを徹底して行う。つまり「人の言うことには耳を傾ける」という基本姿勢を兼ね備えた人物なのである。

私がサチ選手を初めて見たのは2013年8月に行われたJBBFオールジャパン・ボディフィットネス選手権のステージである。ご存じの通り、このステージはボディフィットネス競技の身長別の日本選手権のような位置づけで、全国各地より経験豊富な選手達が集まるハイレベルな大会である。サチ選手はその時が初コンテストであったというから驚きである。国内最高レベルの大会にいきなりチャレンジとは、度胸のある行動だ。

結果は158cm以下級で9位という結果であったが、前々週のジャパンオープンで優勝の衛藤佳代子選手、準優勝の小林有紀子選手を始め、並み居る強豪ひしめくクラスだったので、初出場のサチ選手としては上出来な結果だったと言えよう。

しかし順位よりも注目されたのはサチ選手の体つきであった。明らかにボディフィットネス向きではなかったので、評価は低くなることは容易に予測できたが、明らかに一人異彩を放っていた。極端に細いウエストと女性らしい曲線のボディラインで、最も目立つ選手の一人であったことは紛れもない事実であろう。

トレーニング開始


昨年までのトレーニングは自宅のトレーニングルームで、ファンクショナル的なトレーニングがほとんどであったが、今年からはさらなるヒップ強化のために、ゴールドジムに再入会して、マシントレーニングをこなしている。


サチ選手がトレーニングを始めたのは今から4年前。最初はコンテストに出るとかビキニ・アスリートになるとか、そのような前向きな動機ではなかった。

当時、立つこともままならない程、体調を崩していて、その原因は背骨が曲がっている事に由来するものであった。背骨が曲がっていることで身体の全体のバランスは崩れ、あらゆる所から傷みが発生する深刻な状況であった。

病院に行くと、「これは病気じゃなく、背骨が曲がっているから人よりも負荷がかかって痛みが出てしまう。まずは生活上で変な体勢をしないよう気をつけてください」と言われただけで、根本的な治療には至らなかった。

仕方ないので、少しでも痛みを解消できたらと願って、接骨院に行ってマッサージを受けることにした。するとその接骨院の先生から「トレーニングをして筋肉をつければ、背骨が曲がっているのを助けてくれるので、運動しなさい」と忠告された。

それまで運動らしい運動をしてこなかったサチ選手だが、とにかく正常な生活ができるようになるならということで、トレーニングを始めることにした。

しかし、その時点ではいきなり激しいウェイトトレーニングなどできる筈はなく、軽い運動と考えていると、近くにピラティスの資格を持っているトレーナーさんがいると聞き、その指導を仰ぐことになった。ピラティスは元々、戦争で傷ついた兵士達をベッドの上でリハビリできるように考えられた運動で、生活上でずれていく骨を元の位置に戻す効果があるということなので、その当時のサチ選手には最も適した運動であったのだろう。

そして、しばらくの間はそのトレーナーさんに身体を見てもらいながら、じっくりとピラティスを続けていき、徐々に身体を慣らしていった。そしてある程度体調が戻った時に少しずつウェイトトレーニングを始めるようにした。

ピラティスで身体の位置を修正して、その上にウェイトを扱い筋肉をつけるというイメージで全体のトレーニングは進められていったが、ウェイトトレーニングをやり始めると身体の調子はどんどん良くなり、見た目もみるみる変わっていくのが実感できるようになり、周りの人からは、「身体調子良さそうだね」とか「なんか痩せたんじゃない?」とか言われるようになり、身体が回復してくると同時に、心にも大きな自信を持てるようになっていった。

ビキニアスリート・サチ誕生


2013年9月末のBBJのステージ


トレーニングがある程度軌道に乗ってきた2013年3月、トレーナーさんとジムで休憩をしている時、サチ選手の目に一冊の雑誌の表紙が飛び込んできた。そう、その時こそがビキニ・アスリート、サンキン・サチ誕生の瞬間なのであった。

「何なのこの人たちは?普通のモデルでもないし、普通のアスリートでもなく、華やかで凄く綺麗。こんなに綺麗な人達…これは何なの?」と聞くと、「この人達はビキニの選手だよ」と教えてもらった。「えっ?何そのビキニって?モデルなの?職業なの?」と聞いたら、トレーナーさんは「これはビキニというスポーツなんだよ」と教えてくれた。

今まで見て来たボディビルダーでもない、ボディフィットネスでもない、表紙になっていた女性選手の身体つきは、明らかに違う。サチ選手は即座にトレーナーに叫んだ。「これ!私はこの身体になりたいの!」初めてビキニの選手の写真を見たサチ選手の脳裏には瞬間的に自分の未来の姿が投影されたのであろう。

これをやるにはダイエットもしなければならないし、トレーニングももっとやらなければならない。しかも普通に体力を維持する目的のダイエットとトレーニングではコンテストレベルにはなれないのだと、トレーナーさんに釘を刺された。しかし、サチ選手の「この身体になりたい!」という強い願望は、その道へ進む、止めようもない大きなエンジンとなっていた。

それからというもの、トレーニングを教えてくれるトレーナーだけでなく、ダイエット専門のトレーナーもつけ、毎日の自己管理を徹底的におこなっていった。

ステージに慣れるために




自分の理想像に巡り会うことが出来たまではよかったが、いろいろ調べはしたものの、その時点では日本ではまだビキニコンテストが開かれていなかったのである。日本にそのコンテストが無いから諦めるのではなく、「ビキニの大会が日本にない以上、本場アメリカのコンテストに出場するしかない」と考えた。このような前向きな思考は、ある意味サチ選手の優れた才能であろう。

しかしトレーナーさんからはビキニコンテストに向けてのトレーニングを開始するにあたって、コンテストに出場できる身体にするには最低1年はかかるだろうと冷静に意見された。そこで、2013年5月の段階では、翌年の6月にアメリカの大会に出場するという青写真を描くこととなった。

しかし、6月に身体がそれなりにできたとしても、いきなりアメリカのコンテストに出場しても舞台慣れをしていないし、ステージ上でまともに歩けるとも思わなかったので、それまでに何らかのステージに立ち、まずは舞台慣れをして、人前に出るということをしなければならないと考えるようになった。

なるべく早い段階で国内に於いて、ビキニに近いコンテストはないものか探したところ、8月にJBBFのオールジャパン・ボディフィットネス大会があり、しかも地元大阪で開かれるということ、そして個人登録も可能ということなので、すぐに参加申込を済ませた。

しかし、ボディフィットネスと言われてもポーズはわからない、衣装もどこで買うのかすらわからない、全く無知の状態。そこで、インターネットを駆使して色々調べたところ、IFBBプロである斉藤マドカ選手が大阪にいる事を知り、すぐにコンタクトを取り、ボディフィットネスの基本を指導してもらった。

そして8月、オールジャパンにてコンテストデビューを果たす事になるが、その段階では、まだダイエットが途中で完全には落ちきれていなかった(契約しているダイエット・トレーナーのやり方は1ヵ月で1kg減らすくらいのペースで、ゆっくり時間をかけて脂肪をそぎ落とすやり方)。

さて、初ステージに立ったサチ選手であったが、気持ちの上では観客の人々に観てもらって少しでも印象に残れば良いという控えめな目標設定で挑んだ大会であったが、ステージに立ちスポットを浴びるということに対しては大きな魅力を感じるようになり、目標とするビキニコンテストへの想いはさらに強まっていくこととなった。

その後、国内では9月末にはベストボディジャパン、11月にはUSBBのビキニに初挑戦で準優勝を勝ち取り、国内での経験と年と位置づけた2013年を締めくくった。

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Text & Photo :
Yasu Nakajima
フィットネス&ボディメイク情報誌
[ PHYSIQUE MAGAZINE 001 ]

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