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2012 年地方優勝者プロファイル④ 宮崎・群馬・愛知 勝利を決めたトレーニングと食事法

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.08.13
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Mr. 宮崎 大薮賀弘

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オオヤブ・ヨシヒロ/ 1985 年6 月13 日生まれ/宮崎県出身/血液型:A型/身長172cm、体重約70kg(オン)、約75kg(オフ)/家族構成:父、母、弟の4人家族/趣味:ドライブ、音楽鑑賞/所属ジム:ベストシェイプ/職業:自営業(うどん屋)/初めて出場した大会:2011 年ミスター宮崎
> トレーニングを始めた年と、そのキッカケを詳しく教えて下さい。
大藪 トレーニングを始めたのは、2008年頃です。スポーツは好きでしたが、がりがりに痩せていたので、たくましくなりたいと思い、今のジム(ベストシェイプ)の立喰(たちばみ)会長に相談しトレーニングを始めました。始めた頃の体重は55㎏ぐらいだったと思います。あまり体脂肪はつかない体質です。

> トレーニングを始めた頃のトレーニング法はどのようなものでしたか?また、そのトレーニングは誰にに教わりましたか?
大藪 トレーニングを初めたころから分割は、胸、背中、脚、肩、腕、の5分割でしていました。途中、会長に相談したり、月ボなどのトレーニング雑誌を見て、他の選手の種目やセット数も、参考にしていました。

> トレーニングを始めた頃の食事の仕方は?また食事において何に重点を置いていましたか?
大藪 トレーニングを始めたころの食事は、普通の三度の食事との間にプロテインを飲む程度でした。あまり大量に食事を摂るタイプではありません。

> サプリメントはいつ頃から、何をどれくらい摂っていましたか?
大藪 トレーニングを始めたときからプロテインは摂っていました。間食に、プロテイン30g、トレーニング後に40g〜50gでした。他のサプリメントは、ほとんど摂取しておりませんでした。ひたすらプロテインです。

> 初期のトレーニング法をいつ頃から、どのように変えていきましたか?また、なぜ変えようと思いましたか?
大藪 初期のトレーニングと今のトレーニングの違いは、行う種目が増えたことと、一種目のセット数は、逆に少なくなりました。一種目ごとの強度を上げたい、強い刺激を多角的に筋肉に与えたいと思うようになりました。

> 初めて大会へ出場したのはいつ?そしてその時の減量はどのように行いましたか?
大藪 初めての大会は、2011年の宮崎選手権です。表彰台に登れませんでしたが、脂肪が付きにくいタイプですので良い評価をいただきました。減量は4ヵ月ぐらいかけて行い、減量幅は、5〜6㎏ぐらいです。食事は、炭水化物、脂質を抑えるだけでした。最初の大会だったので、満足いく仕上がりでもなかったと反省しております。炭水化物を、カットしすぎてスタミナも張りもありませんでした。

> 初めて出場した大会へ向けてのトレーニング法は?オフのトレーニングとどのような点を変えましたか?
大藪 初めての大会に向けてのトレーニングは、オフ、オンも変わらなかったです。

> 昨年優勝された大会へ向けてのトレーニング法は?オフのトレーニングとどのように変えていますか?
大藪 大会に向けて減量を始めても、オフのときと変わらないトレーニング種目で、同時に重量を少しでも伸ばすことを心がけていました。年々、効かせ方はうまくなってきていると感じておりました。

> 昨年の大会へ向けての食事法を具体的に教えて下さい。
大藪 炭水化物を、白米から、玄米にしたこと、野菜をよく食べたことぐらいでした。食事の回数は1日5〜6回に分けていました。

> 減量中にサプリメントを摂られましたか?
大藪 従来のプロテインに加え、グルタミン、クレアチン、BCAA、マルチビタミンです。

> 昨年優勝されたときのトレーニング法.食事法は、過去(初期)の自分のものと比べどのような点が変わってきていますか?
大藪 トレーニングは量より質を高めるよう、心がけたことだと思います(全然、重量はたいしたことないですけど。汗)。セットごと、レップスごと、筋肉に集中するようにトレーニングを行いました。九州選手権で活躍しておられた立喰会長も大会に向けて復帰された時期に重なり、ジム内にもたくさん選手が居るので良いアドバイスや刺激をいただきました。 食事は、体が疲れているときは、食事の量を調整するぐらいでした。あまり厳しいダイエットとは言えないと思います。身体の具合を感じながら休み、食べていたと思います。

> 今後の目標を教えて下さい。
大藪 今の自分より、もっとがっちりした理想的な体に近づいていくことです。理想としているビルダーは、ボディビルをなさっている方々、みなさん尊敬しています。その中でも須山翔太郎選手のシェイプが目標です。細いウエストからの背中の広がり、バックのストリエーション、大円筋の広がりがすごいと思います。

> ありがとうございました。
昨年の宮崎大会ゲストの合戸選手と

昨年の宮崎大会ゲストの合戸選手と

お世話になっているジムの仲間たちと

お世話になっているジムの仲間たちと

ロープーリーロウをする大藪選手

ロープーリーロウをする大藪選手

昨年の宮崎県大会表彰式

昨年の宮崎県大会表彰式

Mr. 群馬 高橋賢一

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たかはし・けんいち/ 1968 年5 月15 日生まれ/ 36 歳/群馬県出身/身長166cm、体重63㎏(オン)・75kg(オフ)/血液型:A型/職業:会社員/家族妻・猫18 匹/趣味:猫と遊ぶ/所属:ボディデザインジム・スクラッチ/初出場:2008 年群馬県大会
> まず、トレーニングを始めたキッカケをお聞かせ下さい。
高橋 30歳の頃(15年前)数年ぶりにサッカーを再開するにあたりフィットネスクラブに通い出しトレーニングを始めました。その頃はサッカー中断により体重が10㎏以上増加してしまったので(もちろん筋量アップでなく、いわゆる肥満です)、ウェイトトレーニング主体ではなく有酸素運動で体重減が目的でしたが、次第にウェイトトレーニングに目覚めフィットネスクラブの設備では物足りなくなり7年前にボディビルジムに移りました。そこから本格的なトレーニングを始め現在に至ります。

> では、始めたばかりの頃のトレーニング法はどのようなものでしたか?
高橋 ボディビルジムに移ってからはジムのオーナーの指導により、胸・肩・三頭、背・二頭、脚の3分割で週4〜5回行いました。ベンチプレス、スクワットなどフリーウェイトの基本種目を中心にフォームを固めつつ、重量を伸ばしていくという事で行いました。

> その頃の食事はどんなものでしたか?
高橋 1日3食の食事の全体的な量自体はさほど増えませんでしたが蛋白質を増やし、間食でプロティンも摂取するようにしました。また食事内容にも気を使うようになり魚、野菜などを積極的に摂るようになりました。ただ、この時点ではコンテストに参加するつもりはなかったので。身体を大きくするというよりは引き締まった身体を目指すといった感じでした。

> 初心者の頃からサプリメントを摂っていましたか?
高橋 15年前からプロティンはトレーニング後に摂取しました。より意識してサプリメントを摂取したのはボディビルジムに移った7年前からで、プロティンに加えトレーニング中にBCAAも摂取するようになりました。

> 初期のトレーニング法をいつ頃から、どのように変えていきましたか?
高橋 本格的にトレーニングを始め2年程で4分割にしました。コンテスト参戦を見据え分割を細かくして各部位をよりやり込むといった狙いです。分割は胸三・背・肩二・脚ですが仕事の都合等で適時変更しました。種目はフリーウェイト3種目、マシン4〜5種目の計8種目程度で各3〜5セット実施(腕は計4種目程度)。基本はフリーウェイト種目ではMAX重量を6レップス狙いで2セット実施し、重量を段階的に落とし3セット実施(レップスは6〜10レップス程度)。マシン種目では基本はフリーウェイト同様の方法ですが、10〜15レップスで行ったりドロップセットを行ったりとバリエーションはあります。種目を絞ってやりたい気もしますが所属ジムはマシンが充実しているので、色々なマシンを使いたい欲求のままにトレーニングしています。

> 初めて大会へ出場した時の減量はどのように行いましたか?
高橋 初出場は2008年の群馬大会で6位でした。減量は3月から開始して5ヶ月で70㎏から59㎏にしました。食事は玄米、鶏肉ささみ、魚、野菜類、ヨーグルトといったクリーンな食事で体重の減り具合で食事回数、量を調整していきました。仕上がらなければ行う予定だった有酸素運動も行わず仕上げることが出来ました。結果として筋量的にはまだまだでしたが、仕上がりは良かったと周囲にも評価して頂けました。

> 初めて出場した大会へ向けてのトレーニング法はどんなものですか?
高橋 オフとオンで種目は大きく変えてはいませんが、減量中でも強度を落とさないようにしました。脚を例にすると、MAX重量を落とさない種目としてレッグプレスをオフと同じ重量を自力2〜3レップス+補助付きで行い、その後重量を落としセット数を重ねていきました。その他の種目では重量が落ちますがインターバルを短くする、ドロップセットを多くする等して対応しました。また肩、腕は頻度を増やしました。

> では、昨年の優勝した大会へ向けては何か変えましたか?
高橋 4分割で週4〜5回、各部位にMAX重量キープ種目を最低1種目は実施するといった基本的な内容は変えていません。ただ一昨年のトレーニングが自分の中の思いとして満足出来ず、コンテスト成績も不本意だったので昨年はオフの段階からトレーニング時間、セット数など考えずに重量や強度は保ちつつ、やれるだけやり込むと決め最低3時間はトレーニングしました。ただし疲労が大きい場合や仕事の都合でトレーニング出来ない場合は頻度を少なくして休養、回復を優先しました(トレーニングは軽くせず頻度を落として対応)。ただ頻度を少なくすると間隔が空きすぎるので脚、背、胸の3分割で肩、腕を組み合わせ各部位を中5日程度でトレーニング出来るようにしました。そして調子が上がってきたら4分割に戻していきました。

> 昨年の大会へ向けての食事法を具体的に教えて下さい。
高橋 基本メニューは玄米150g、納豆、鶏ささみ200g入り野菜スープか牛肉赤味200gか魚を1日3〜4食、野菜スープは調理師免許も持っている妻が減量食でも美味しく食べられるように工夫して作ってくれました。間食としてツナ缶、ヨーグルト等を摂り、プロティン摂取も入れると1日7〜8食くらいでした。今年に限らず減量中は代謝が落ちないように、強い空腹感が出ないようにと心掛けています。

> 昨年優勝されたときのトレーニング法.食事法は前回と比べ、どのような点が変わっていますか?
高橋 過去4年間は大会1ヶ月前に仕上げ、その状態をキープして大会に臨むやり方でしたが、どうしてもその1ヶ月で疲れてしまう感じがあったので、昨年はピーキングの持って行き方を変え、大会1週間前に照準を合わせて仕上げました。また過去実施しなかった有酸素運動も大会2ヶ月前から行いました(週5日・45分間のウォーキング)。これはなるべく食事量を減らしたくないとの思いからです。結果的に食事量も多く摂れ、それに伴いトレーニングも、やり込めたので従来よりは筋量もキープ出来て仕上げられたと思います(有酸素運動により疲労感が大きくなるのではと不安もありましたが意外と大丈夫でした)。

> 今後トレーニング法や食事法に改善点はありますか?
高橋 今年はコンテストに出場しませんが、食事量を減らさずトレーニング強度アップと有酸素運動増加により、どの程度減量が進むか試そうかと思ってます。また胸を強化したいのでトレーニング法、種目、頻度など考えてみて胸に特化したトレーニングルーティンにする期間も設けようかと考えています。

> 今後の目標は何ですか?
高橋 今後は65㎏級の関東クラス別、東日本に出場するつもりです。そこで入賞を目指すには相当なレベルアップが必要なので覚悟してトレーニングしていく決意です。日々のトレーニングでは筋量アップを追求していくのは当然ですが、コンテスト参戦にあたっての心構えは「トップビルダーのようなでかい身体にはなれなくても、仕上がりは同じように厳しく仕上げる事は出来るはず」と自分に言いきかせて厳しいトレーニング、自己管理徹底を軸に妥協なき仕上がりを目指します。
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昨年の群馬選手権表彰式

昨年の群馬選手権表彰式

ジムの仲間たちと

ジムの仲間たちと

Mr. 愛知 松尾幸作

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まつお・こうさく/ 1981 年12 月17 日生まれ/ 31 歳/身長165㎝、体重69㎏/職業:会社員/血液型:A型/家族:妻/趣味:ゴルフ、車、料理/所属:ゴールドジム名古屋金山/初めての大会:2001 年福岡ジュニア&福岡ルーキーズ
> まず、トレーニングを始めた年とそのキッカケをお聞かせ下さい。
松尾 本格的にトレーニングを始めたのは高校生の時で、野球の補助運動として始めました。その時は野球で強くなりたい一心でトレーニングしていましたが、2年生の冬に腰を痛めて試合に出られない日々が続きました。その後、腰も回復し、試合で良い結果が出るようになり、ウェイトトレーニングが持つ可能性に深く興味を持つようになりました。そして、本格的にトレーニングを行うためにインストラクターの専門学校へ進み、2001年に全日本ジュニアで優勝できました。

> 始めた頃のトレーニング法はどのようなものでしたか?
松尾 高校生の時は、ひたすら基本種目を無計画にやっていました。週4日で、1時間程度、部位は分けていたと思います。専門学校時代に本格的にジムへ入会し、4分割でトレーニングしていました。1部位に対して4種目程度、1種目あたり3セット、8レップスを目標に筋肥大を目的にトレーニングしました。トレーニングは福岡の『片井ジム』で、基礎からしっかり学びました。

> トレーニングを始めた頃の食事はどのようなものでしたか?
松尾 高校時代は家庭での3食に加え、バイトで貯めたお金で購入したソイプロティンをトレーニングに1回飲んでいました。専門学校時代は、寮の食事2回に加え、昼に一度帰宅しササミを4本食べました。その他にプロティンを1日3回飲んでいました。

> サプリメントはいつ頃から、摂っていましたか?
松尾 高校生からプロティンは飲んでいましたが、専門学校時代はプロティンに加えクレアチンくらいしか摂っていません。

> 初期のトレーニング法をいつ頃から、どのように変えていきましたか?
松尾 トレーニング頻度に関しては、数年前まで初期の頃と同じでした。増やすことから逃げていたのだと思います。名古屋転勤を機に、トレーニング頻度を2倍にしました。ゴールドジム金山でトレーニングをするようになり、周りを見たら全国区の選手に加え、ワールドクラスの選手もいましたので、刺激をもらったのでしょう。一気に増やしたにもかかわらず、オーバーワークには未だになっておりません。

> 初めて大会へ出場したのはいつですか?そしてその時の減量はどのように行いましたか?また、その減量方法で納得のいく体に仕上げることが出来ましたか?
松尾 2001年が大会デビューで、福岡ジュニア、福岡ルーキーズ、全日本ジュニアと3つのタイトルを獲得できました。減量期間は4か月で、減量幅は10㎏(仕上がり体重64㎏)、とてもきつかった記憶があります。食事はとにかく高タンパク質、低脂肪、低炭水化物。週に1度のチートデイが待ち遠しく、土曜日の夜は食材探しにスーパーを回ったものです。

> 初めて出場した大会へ向けてのトレーニング法はどんなものですか?オフと何か変えた点はありますか?
松尾 オフと同じトレーニングを続けました。高レップスは苦しく嫌だったので、通常のメニュー+有酸素運動で減量しました。

> 昨年優勝された大会へ向けてのトレーニング法は?オフのトレーニングとどのように変えていますか?
松尾 基本的に種目等は大きく変えていません。減量により使用重量が落ちないことに気をつけてトレーニングしました。

> 昨年の大会へ向けての食事法を具体的に教えて下さい。
松尾 とにかく野菜を多く摂るようにし、タンパク源もいろいろな食材から摂るようにしました。脂質も適度に入超れて、なるべく不飽和脂肪酸から摂るように心がけました。3食の食事はパソコンで管理した減量メニュー表で、ボディビルに超協力的な妻が料理してくれます(カロリーだけでなく、3大栄養素の配分も考慮)。間食は4回のプロティンを、飲むタイミングで種類を変えました。

> サプリメントは摂っていましたか?
松尾 1日にプロティン30g×3回+50g×1回、クレアチン5g、BCAAをトレーニング中30分おきに5g、グルタミンを朝・晩です。

> 昨年優勝された時のトレーニング法と食事法は、どのような点に注意していましたか?
松尾 現在は質・量ともに過去最高の状態でトレーニングできています。食事に関しても妻が協力してくれるおかげでしっかり要望通りの食事がとれています。やはり協力してくれる人が増えたことが一番変わったことですね。トレーニング方法に関しては、尊敬する木澤さんや小田さんにご指導を頂いております。木澤さんにはトレーニングよりもゴルフの方を教えてもらうことが多いですが…。

> 昨年のトレーニング法、食事法に改善点はありますか?
松尾 今年変えた点は1つだけあります。それはオフの過ごし方です。オフをプチシーズンと捉えるようにしました。気持ちの面、身体の面でも非常に効果があったと実感しています。減量幅も少なくなり、今年の仕上がりが楽しみです。

> 今後の目標は何ですか?また理想とするビルダーがおられましたら教えて下さい。
松尾 まずは7月に開催される日本クラス別で決勝に残ることです。ジャパンオープンは、いつもぎりぎりのところで決勝に残れない悔しい思いをしていますので、今年こそは決勝に残りたいです。タイトルとしては、昨年獲れなかった東海選手権ですね。今年も全大会に全力でチャレンジしたいと思います。

> 今年の全国大会での活躍、期待しております。
昨年の愛知選手権表彰式

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トレーニングの指導を仰いでいる小田選手と

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ボディビルに協力的な奥様と

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[ 月刊ボディビルディング 2013年8月号 ]

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