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私のアルバム 《 水上 彪 》

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.10.30
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 昭和42年、東洋大学3年のときにボディビルを開始した水上選手は、生来の素質のためか、周囲の者も驚くほどの急成長をみせ、翌年行われた3つのコンテスト(春季および冬季関東学生ボディビル選手権大会、全日本東西対抗学生ボディビル選手権大会)に優勝するという快挙を成し遂げたのである。

 大学卒業後もジムに通ってトレーニングに励んだ彼は、ついに1971ミスター東京コンテストで待望のビッグ・タイトルを手中に収め、その余勢をかって出場したミスター日本コンテストでも6位入賞を果たしたのであった。

 こうしてわが国ボディ・コンテスト界におけるトップ・スターの仲間入りをした彼は、スタミナ溢れるたくましいからだと、洗練された巧みなポージングで多くのファンの人気を集めている。
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満1歳の誕生日を迎えて兄たちと記念写真におさまる。一番右が水上選手。
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昭和29年4月、東京都台東区の待乳山小学校に入学。最後列中央(左右から6人目)が水上選手。
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写真左:小学校4年のとき、弟・逸郎君(四男)と自宅の前で。坊主頭が可愛らしい。

写真右:蓬莱中学3年のとき、九十九里浜海岸で。中学生にしてはよい体をしている。
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しばしば学生ボディビル大会の審査員をつとめる川崎普照氏(彫刻家、日展審査員)の作品のモデルになる。
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ボディビル開始後6カ月(東洋大3年)。このときの体位は、身長166cm、体重63kg、胸囲92cm、上腕囲35cm、大腿囲53cm。
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1968春季関東学生ボディビル選手権大会に出場して初優勝。会場となった東京池袋の豊島公会堂の前で東洋大学ボディビル部員と。後列中央(白シャツの右)が水上選手。
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1968年12月6日、大田区体育館で行われた全日本東西対抗学生ボディビル選手権大会で優勝し、第3代ミスター学生となる。
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両親の結婚25周年を祝って家族全員が集まる。左から、長男.洋ー氏、四男.逸郎氏、父.幸磨氏、二男.卓雄氏、祖母.たけさん、三男.彪氏、母.敏子さん。
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写真左:昭和43年3月20日、東洋大学の卒業式に母.敏子さんとー緒に出席。

写真右:昭和47年2月、念願の「松戸ボディビル・センター」を開設。その開場祝賀パーティーであいさつする水上選手。
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昭和46年9月8日、中野公会堂で行われた第6回ミスター東京コンテストで優勝。ボディビル開始後4年目にしてビッグ・タイトルを獲得。左は2位の磯村敏夫選手、右は3位の坂本昭雄選手。
[ 月刊ボディビルディング 1973年8月号 ]

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