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ビル・パール物語<2> 苦悩から勝利への脱出

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[ 月刊ボディビルディング 1973年11月号 ]
掲載日:2017.11.13
高山 勝一郎
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~~ マッスル・ビーチ ~~

 ロス・アンジェルスには、その名も高く「マッスル・ビーチ」と異名のつく場所があった。

 その海岸は「サンタ・モニカ」。

 今は、白い砂浜のつづく、何の変てつもない海辺であるが、当時は、「マッスル・ビーチ」といえば、ボディビルダーのメッカとして、ビルダーなら一度は行って見たい、とあこがれる程の所であった。

 1951年、ここで「ミスター・サウザン・カリフォルニア・コンテスト」が行われたとき、ビルは、はじめてこの地を訪れた。

 彼にとって幾度目かの、コンテスト参加であったが、「今度は上位にくいこめるのではないか」という思いがあった。

 コンテストは、ごうごうたる怒声と野卑なかん声の中で行われた。

 そして、彼は優勝した。

 しかし、トロフィーをかかえて、レオ・スターンのもとへ帰ったビルの顔色は、彼の「優勝」という喜こびのわりにはさえなかった。

「どうしたんだネ?」

 親がわり、コーチがわり、マネージャーがわりのレオは不審に思って、そうきいてみた。

「僕は...、僕はもうボディビルがいやになりました」

「意外なことを聞くものだ。わけを話してみたまえ」

 ビルは、重い口を無理にこじあけるように、ポツポツといった。

「あれが本当のビルダーたちなのでしようか。コンテストに集った人たちの態度、海岸にたむろして女性をからかうビルダー、酒に酔って力を誇示する男たち。もしボディビルがあんな人たちを生んでいるとしたら、ボディビルなど、もう沢山です」

「ホー、ボディビルをやめて、いったい君は何をやるつもりかね」

「レスリングをやります。オリンピックをめざして。これだったら、しっかりした目標がありますから……」

 そういうビルの眼には、しかし、捨て切れぬボディビルへの愛着があった。

「ビル、それは違う。君が、彼らと同じクラスの人間になるか、ぜんぜん別のビルダーとして、また、人間として大成するか、これは君自身のことではないのかね」

 レオは、諄々とビルに説いた。

 ビルが、のちにビルダーとして大成できたのは、このときのレオのお陰だと、今も語っている。

~~ ザボ・コゼウスキー ~~

 明けて翌年、ビル・パールは心もあらたに、さらにハードなトレーニングにとりかかった。

 「ビル、いい友だちを紹介しよう」

 ある日、レオが一人の逞しい男を連れて、ジムに入ってきていった。

「ザボ!ザボ・コゼウスキーさんじゃないですか!?」

「やあ、あのときは、みごとにやられましたね。その後、元気でやっているときいて、是非あいたくて……」

 ザボが、あのときといったコンテスト、これこそ前年の「ミスター・サウザン・カリフォルニア」大会。

 わずかの差でビル・パールに破れたとはいえ、その比類ないデフィニションと美しいマナーが、いつまでもビルの脳裡にはなれなかったビルダー。

 彼は、この大会で2位となったが、ビルがそそくさと会場をとび出してしまったため、話をする暇もなかった。そのザボ・コゼウスキーである。

 彼はビルより6歳も年長である。

「どうだい。2人で、ミスター・アメリカをねらおうじゃないか。

 そのために、大いにトレーニングを積もう」

「ミスター・アメリカを?」

 ビルにはずっと遠いことのように思われていた目標を、ザボにズバリと指摘されて、一瞬、とまどいの影が走った。

「そうだ。ミスター・アメリカだ。君なら必ずものにできる。私はそう信じていますよ」

 ザボはそういってニッコリした。

 こうして、ビルとザボの交際ははじまった。

 ザボ・コゼウスキーのトレーニングは、ハードの一語につきた。とくに、彼の腹筋運動の回数は、毎日4ケタの数に達し、ビル・パールをして、唖然となさしめた。

 しかし、運命の神のいたずらか、このザボ・コゼウスキーが、ミスター・アメリカのタイトルを手中にすることは、ついになかったのである。
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~~ ミスター・カリフオルニア ~~

「ビル、コンテストで審査員が一番注意して見るビルダーは、どんなビルダーだと思うかね」

 ある日、レオ・スターンはビルに変な質問をもちかけた。

「そりゃー、やはりバルクとデフィニションのある……

「違うね」レオはひややかに否定していった。

「そのビルダーの名だよ。彼が有名であればある程、審査員も観衆も彼に注意を向けてくるものだ」

「ということは……?」

「先ず名を売ることだ。できるだけ多くのコンペティションを経験し、できる限り多くのタイトルを手中にすることだ。そうすると、さらに大きなタイトルに挑戦するとき、ジャッジの眼はおのずから君に集まり、それだけ有利になってくるわけだ」

「審査員とは、結局そんなものでしょうか。もっと、真のビルダーとしての価値を対象にすべきなのに……」

「いや、ジャッジの心理の一面をいったまでだ。君も、その意味でもミスター・カリフォルニアのタイトルを取っておくとよいだろう」

 ビル・パールは、レオのアドバイスに忠実に従って、その年の「ミスター・カリフォルニア・コンテスト」にエントリーした。
 名前を得るためのコンテスト出場。これがふたたび純粋なビルを苦しめた。
「何のためのボディビルか」

 おそらく、レオの意味するものは別のものであったろうが、若きビルにとって、“目標なきボディビル”としか思えなかったこの頃のトレーニングが、大きな苦悩であることに変わりはない。

 しかし、ビル・パールはその苦悩を克服し、ミスター・カリフォルニア・コンテストで優勝し、タイトルを手中にした。
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~~ ジョン・グリメック ~~

 ある日、レオ・スターンは「ビル、ペンシルバニアのヨーク・ジムへしばらく行ってくるといい。きっといい指導者にめぐりあえるはずだ」

「ヨーク・ジムへ?いったい、誰がいるんですか」

「行けば判る。ここに飛行機のチケットを用意しておいた。すぐ発ちたまえ」

 レオ・スターンは、さすが一流のマネージャーだった。ビルの苦悩を察すると、自分よりさらに適格な指導者に連絡をとり、ビルをしばらくあずける決意をしたのである。

 その人の名はジョン・グリメック。すでに、この時代、この世界の偉大な指導者として、ジョン・グリメックの名はあまりにも有名だった。

 ボディビルばかりではない。彼は、多くのスポーツにおいて一流であり、無数の記録とタイトルを保持する数少ないスポーツマンでもあった。

 ヨーク・ジムで、グリメックにはじめて会ったビルの驚きは、まず筆舌に尽し難い。

 その驚きは、やがて深い敬意に変じていくのも当然といえる。

「君のバルクは一応出来上っているが、それをもう少しシャープに刻み込むのだ。それとポージング。君のポージングは、最初からやり直す必要がありそうだ」

 この偉大なビルダーが、まさに精根を傾けて作り上げた、一代の芸術作品。それが、のちのビル・パールなのだ、といってよい。

 ビルは初歩から、もう一度ボディビルの何たるかを教えられたのである。

 彼のポージングが、今日見るように「磨き」がかけられ、それがまた、クリス・ディカーソンに受けつがれ、両者ならんで「世界のトップ・ポーザー」になり得た裏には、こうしてジョン・グリメックの努力があったのだ。

 いや、もっと大きな進歩が、ビルに生じていた。半年ほどのちである。

「先生、僕はようやくボディビルというものが判りかけてきました。トレーニングを通しての人間の形成。何か、眼の前が明るく開けた感じです」

「それでいい。君の眼の色は、最初私をたずねて来た頃に比べると、ずいぶん違っている。これで、レオ・スターン氏に頼まれた甲斐があったよ」

 こうして、「世界一」の師弟は、久しぶりにほがらかに笑いあったのである。
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~~ ある決意 ~~

 レオ・スターンには夢があった。

 1953年度ミスター・アメリカ・コンテストには、是非ビル・パールを出場させ、何とかこのタイトルをビルに握らせたい……という夢が。

「僕には、とてもそんな資格はありません。まだ体は未完成ですし」

 ビルは固執した。

 レオと師ジョン・グリメックに、落胆の悲哀を与えたくなかったのである。

 それに、本当に自信もなかった。

 今度は、さすがのレオも、ビルを説得するのにずいぶん時間を要した。

 何でも「ハイ、ハイ」ときいていたビルが、めずらしく反抗した。

 レオは、ジョン・グリメックに頼んで彼を納得させようとした。

「君なら上位5位に入るだろう。しかし、それが何であろうか。君は、ただ、自分が今まで培かってきたものを大衆へ示し、自分自身へ挑戦することで大きくなればよい」

 グリメックはやさしくビルに説いた。

「判りました。ベストを尽してやってみます」

 ついにビルは出場を決意し、それから、週7日無休のハード・トレーニングに突入したのである。

 この頃になると、コンテストに出場するビルダーのライン・アップが、いやがおうでも耳に入ってくる。

 あのなつかしいザボ・コゼウスキー。

「約束どうり、ミスター・アメリカの台で覇を競おう」、長い電話が、ザボからかかってきて、ビルはあやうく涙をこぼすところだった。

 それに、ディック・デュボワ。

 ディックは、コンテストの本命と目され、新聞の予測でも、先ず彼に栄冠が下るもの……とされていた。

 さらに、トニー・シリンピーニ。

 彼はイタリーから移って来た、バルク型トップ・ビルダーだ。

 これらのベテランに伍して、どこまで善戦できるか、ビルは運を天にまかせることにした。

 コンテスト1週間前、レオは例の用心深さで、ビルをジョン・グリメックのヨーク・ジムから移し、会場のあるインディアナポリスのホテルへ滞在させた。コンテストの雰囲気に慣れさせるためであった。しかし、最も重大な危機が、このコンテスト前1週間に、ビルにおそいかかってくる。

~~ コンテスト前 ~~

 コンテストの3日前になって、レオはビルから長距離電話を受けた。

「どうしたんだ、いまごろ」

「やはりジムへ帰ります。僕にはとても無理だったんです、ミスター・アメリカなんか」

「何をいってるんだ。何かあったのか。いったいどうしたというんだ」

「一睡もできません。食べ物ものどを通らないんです。体重も落ち、とてもコンテストへ出られる状態じゃありません。帰らせてください。

 ビルの声は悲痛だった。

「待て。早まってはいかん。すぐそちらへ行くから待っているんだ」

 レオは驚いて、とるものもとりあえず飛行機をチャーターしてインディアナポリスへ飛んだ。

 この時の彼のあわてぶりは、ズボンもはかず、トレーニング・パンツのまま背広を着こんできたから判ろうというもの。もちろん、作りごとではなく、実話である。

 さらに事態は深刻だった。

 インディアナポリスの殺人的な暑さに加えて、不なれな土地、精神的な圧迫で、ビルは完全に参っていた。まさに、虫の息だったのである。

 ビルがベスト・コンディションのときが200ポンドだったのが、このときの体重は175ポンドに落ち込んで、3日間コーヒーしか飲んでいなかった影響は、あまりにも歴然としていた。

「ビル、私が来たんだ。もうこれで安心だ。がんばるんだ」

 この日から、レオはつきっきりでビルの体調回復に献身した。

 薬と食物、軽いトレーニング、睡眠……この名トレーナーは、自分の持てる一切の経験をはき出して、短時日の間に、ビルを元どおりの一歩手前まで回復させたのである。

 コンテストは2日にわたって行われる。1日目が、裏審査と部分賞の決定。2日目が本コンテストである。

 そして第1日目、この2人は深い落胆におそわれることになる。

~~ ミスター・アメリカ ~~

「無い!ビル・パールの名が部分賞にも入っていない」

 レオは、ガックリと肩をおとし、トボトボとバック・ステージへ帰ってきた。今までの例からいけば、大胸なり腕なり、脚なり、何かの部分賞を得られなかった者が、上位入賞することはまず無いのである。

「レオ、やっぱり無理だったんだ。今晩、荷物をまとめてロスへ帰りましょう」

 パールは、むしろサバサバした口調で逆にレオをなぐさめるのだった。

「そうだな。とにかく荷物はまとめておこう。そして、明日、コンテストの結果だけきいて、すぐここを発とう」

 2人はホテルへ戻った。

「まあ、上位5位ぐらいには入るだろう。それがせめてものお土産さ」

 レオは淋しく笑ってみせた。

 しかし、奇跡は次の日起こった。

 ビル・パールのポージング・ターンがきたとき、すでにコンテストを超越しきっていたビルは、「心おきなく、おのれのベストを尽して去る」ことに徹して、ステージをつとめた。

 それは、ミスターアメリカ・ポージング史上はじめてという、優美さと逞しさがあふれ出て、すさまじい拍手の嵐となって終わった。ビルはすがすがしい気持ちでステージを降り、レオとしっかり握手を交した。

「サア、これで済んだ。ロスへ引きあげるか」2人は帰り支度をはじめた。そのときである。「ビル!」なつかしいザボ・コゼウスキーの声がした。

「やあ」ビルは走りよりボザの手を握った。そのあとの声が出ない。

「ビル、コンテストの結果がわかったんだ。私は3位になったよ」

 ザボは眼を輝かせている。

「おめでとう。で2位は?」

「やはりデュボワだった。あのバルクには勝てなかったよ」

「そうすると1位は!?」

「もちろん君さ。ビルおめでとう」

 ビルは、まさか!、といったままぼう然とコゼウスキーの顔を見つめた。

「僕が、ミスター・アメリカに?」

「そうさ。とうとう先を越されてしまったよ。でも、本当におめでとう」

 ザボ・コゼウスキーは、まっ白な歯を見せて、ビルの肩をたたいた。ビルはいつまでもその場に立ちすくんで動かなかった。(つづく)
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[ 月刊ボディビルディング 1973年11月号 ]

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