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海外ビルダー紹介 ~ ラリー・スコット ~

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[ 月刊ボディビルディング 1968年9月号 ]
掲載日:2017.11.29
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 “ローマは1日にして成らず”ということわざがある。

 ラリー・スコットが、練習、栄養、休養、職業および家庭生活を両立させ調和させながら、ここまで到達するのは、このことわざどおり、なみたいていのことではなかったであろう。まして、「私は体重1ポンドといえども、苦しい努力なしに得たことはない」といっているように、比較的発達のおそいタイプのビルダーに属するスコットにおいておやである。

 彼の成功は、ボディビルに対する無限の愛着と、11年以上にわたる不断の努力の成果以外のなにものでもないのだ。

 今回は、“アイアンマン”誌24巻3号および4号に掲載されている彼とのインタビュー記事より、ラリー・スコットの全貌を明らかにしてみよう。

◆ 生まれはどこ?ボディビルをいつ始めたのか?

 生まれたのはアイダホ州のブラックフットという小さな町です。そこに2、3年住んでいたでしょうか。それから近くのポカテロ市に引越し、そこで小学校から高校時代までをすごしました。ボディビルを始めたのは、高校3年、そう17才のときでした。

◆ 開始時の体重は?

 120ポンド(約55kg)でした。最初の3カ月間は、1ポンドもふえなかった。なにしろ、上腕三頭筋と大胸筋しかやらなかったんですから。私も、ボディビル愛好者の例にもれず、ボディビル雑誌と首っびきで練習を始めたのですが、たまたまその雑誌に、すごい上腕三頭筋を見せているビルダーの写真といっしょに、大きな活字で“30日間の練習で、このような上腕三頭筋があなたのものになる”と書いてあるのが目についた。「よし。これだっ」というわけで、やりはじめたのです。あれからもう10年になるけど。まだ成功していませんよ。

◆ その後、体重は順調に増加したか?

 じつをいうと、体重が急激に増加したという経験は1度もないんです。1ポンドふやすのにも苦労しましたね。ハード・トレーニングを行ない、正しい食生活を送り、高たんぱく質をとりはじめてから、徐々に体重がついてきました。

◆ はじめて優勝したコンテストは?

 たしか、1959年の“ミスター・アイダホ”だったと思います。そのときは“モースト・マスキュラー”もとりましたが、体重はたったの171ポンド(約78kg)でした。カリフォルニアに移ってから、“ミスター・ロサンゼルス”に出場し3位にはいりましたが、このときも体重はまえと同じ。とにかく、1年半もの間、体重がぜんぜんふえないので、ずいぶん苦しみました。

 ちょうどそのころ、ジョンソンズ・プロティーン(現在のプレアーズ・プロティーン)を紹介され、2カ月間というもの、これ以外はほとんど何も食べなかったほど集中して、体重を9ポンドふやし、“ミスター・カリフォルニア”に出場しました。こんどは体重がふえたので、ヒューガ・ラブラやフランクリン・ジョーンズを破って優勝し、“モースト・マスキュラー”もとりました。この優勝は高たんぱく質の摂取に負うところがひじょうに大きかったと思っています。
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1961年“ミスター・ロサンゼルス”に出場したときのラリー・スコット

◆ 両親の体格は?

 私は5人兄弟の2番目で、家族はみんな健康です。父は身長6フィートくらいで、骨組みは普通なみ、母は5フィート6インチで、どちらかというと骨太タイプです。父の皮膚は薄くてなめらかですが、これは、ビルダーがデフィニションを得るうえで、たいへん重要なことです。厚くて毛深い皮膚をもつビルダーは、この点ひじょうに苦労しますね。母もきれいな皮膚をしていますので、私は生まれつき、たいへん恵まれていたわけです。

 父はきわめてよい体をしており、ものすごく力があり、とくに前腕がおそろしく発達しています。父は右きき、私は左ききですが、私の得手の左腕で腕ずもうをしても、ついぞ1度も父を負かしたことがありません。母もかなり力があります。両親は現在カリフォルニア州のサン・ホゼに住んでいます。

◆ 両親はボディビルに理解があるか?

 ボディビルに反対もしないかわりに熱心に応援してくれるということもありません。社会生活や仕事にさしつかえないかぎり、私が何をやろうと、それを認めてくれます。ただ、若いころボディビルに熱中しすぎて、成功の見込みがあるなら、命をこれにかけてもよいと考えた時期がありましてね。いわゆるボディビルきちがいだった当時の私は、家族の目にはひどいかわり者とうつったことと思います。そんなことから、家にいずらくなってとび出し、カリフォルニアにやってきたんです。当時、ボディビルは私の“恋人”でしたよ。

 現在も、両親とは別居していますので、両親も私のわがままをがまんする必要はなく、比較的冷静な目で私を見つめていてくれ、私がボディビルで成功したことについては、かなり喜んでくれています。
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ワイド・グリップ・チン

◆ 仕事と練習の時間の配分は?

 私は現在、フォクスボロー社に電子工学技術員として勤めています。勤務は週5日制で、朝8時から午後4時半まで。そのあと夜7時から10時まで、技術学校に通っています。これが私の日課で、このなかに1日2時間の練習を組みこまなければならないのですから、その忙しさはお察しねがえるでしょう。私は電子工学の技術者となるべく勉強中なんです。この仕事は私の性に合っているので、とことんまでやってみたいと思います。

◆ 趣味は?

 たくさんありますけど、ボディビルと両立しないので、ほとんどあきらめています。ゴルフ、水泳、サーフィンもずいぶんやったし、ビリヤードや体操も好きなんですが、あくまでボディビル優先です。ただ音楽だけは、自分の生活になくてはならないものなので、どうしても捨てきれませんね。ジャズもクラシックも大好きです。

◆ 信仰については?

 両親の影響で、モルモン教を信仰しています。私はこの宗派に満足しており、心からの信者です。

◆ 奥さんについての意見は?

 妻は、ウェイト・トレーニングそのものにはあまり興味をもっていませんが、私の最良の協力者で、私にタイトルをとらせようと、栄養満点の食事をつくってくれたり、トレーニング・スケジュールからはずれないように注意してくれたりして、献身的につくしてくれます。とにかく、妻の内助の功はきわめて大きいですね。(注・ラリー・スコットの結婚生活はもう5〜6年になると思われる。奥さんは“ヤス・イシカワ”という日本人ーー日系2世か3世?ーーといわれるが、大の親日家であるらしい)
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奥さんはラリーの食事に気を使う。彼女の内助の功は大きい。

◆ 練習種目と練習方法はどのくらいの期間で変えているか?

 まず練習種目ですが、ある種目で練習をつづけて、進歩がなくなったと感じたら、すぐ他の種目を採用します。大まかにいって、2カ月に1回は変えますね。練習方法についても同じです。

 したがって、私の練習プログラムはたえまなく変化していきます。ある期間練習して、発達がとまったと感じたときは、練習種目と練習方法のどちらかあるいは両方とも変えてしまうんです。私はいままで、数えきれないほどたくさんの練習方法や練習種目を採用してきましたが、そのどれからも、なにかしら得るところがあったと思っています。とにかく。完全無欠な練習種目や練習方法といったものは存在しません。私が過去に採用した練習方法は、おそらく他のトップ・ビルダーのものと同じだと思いますよ。

◆ 最近の練習方法を具体的に

 現在(注・“ミスター・オリンピア”をとった当時)、スプリット・システムで練習しています。ただし、一般にいわれているような、上半身と下半身を1日ずつ分けてやる方法ではなく、自分に合うようにアレンジしてあります。だれもが採用して効果があるとは断言できませんが、少なくとも私にとってはこれは最上の方法です。

 具体的に説明すると、次のようになります。練習日は週6日で、1日に練習する筋肉または筋肉群を2〜3選び、そして、一つの筋肉あるいは筋肉群について3〜4の練習種目を採用し
ます。一つの筋肉または筋肉群の練習は、週2〜21/2回。1種目のセット数はふつう6〜8セット。ときには10セットになることもあります。1セットの反復回数は、フクラハギと前腕の種目以外は全部8〜10回で、フクラハギと前腕は、その筋せんいの性質のため、20回まで回数を上げています。

 また、各セットの終りには、かならず“バーン”という技術を使います。
(注・“バーン”とは“やけど”の意。所定のくりかえしを終わり、重量を床に置くまえに、強制的にすばやく、約半分の運動範囲のくりかえしを通常1セットの約半分の回数行なう。筋肉に焼けるような痛みを感じるので、このように呼ばれている)

 したがって、一つの筋肉または筋肉群に対して、だいたい20〜30セット行なうわけです。上腕二頭筋の練習を例にとって説明しましょう。私は4種目を採用し、1種目は8〜10回で6セット行ないます。ですから、上腕二頭筋の練習量は24セットということになりますね。もしその日に上腕二頭筋、上腕三頭筋および肩の練習を行なうときめたばあい、それぞれに5セット4種目の練習を組みますから、1筋肉群は20セットとなり、合計60セットが1日の練習量になります。

 この練習方法ですと。60セットこなすのに約2時間かかります。セットとセットの間および種目間は、できるかぎり休まないように努めます。翌日は他の筋肉群を2〜3選び、同様の練習を行ないます。したがって、毎日練習する筋肉群がちがうわけで、全体を3つの部分に分けているので、同一筋肉群は週2回だけ練習することになります。この方法で毎晩2時間練習しますから、週12時間の練習時間ということになりますね。セットの間をできるだけ休まず、筋肉を血液でパンプ・アップ(膨張)させておき、“バーンを”を得られるようにとくに注意します。

◆ 器具の重量はどのくらいのものを使うか?

 ひじょうに重い重量を使ったことは1度もありません。たとえば、バーベルでも150ポンド(約68kg)を越えることはめったにありません。これはおそらく、私がヴィンス・ジロンダのジムで練習しているせいでしょう。このジムは、重い重量を使うようにはできていないで、1つの筋肉または筋肉群だけを運動させるような練習がおもになるので、どちらかというと、形やデフィニションのための練習に適しています。おそらく、ヴィンス自身の好みによるものと思いますが、その筋肉だけを鍛える特殊な器具が数多くそろっていますので、私たちはチーティング・カールやチーティング・プレスなどはぜんぜんやりません。
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トライセップス・プレスアップ
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Sバーによるフル・カール。上腕二頭筋の総体的発達に最適の種目

◆ 食事については?

 基本的には、肉とチーズと卵を食べます。私はコテージ・チーズと肉、とくに牛肉が好きです。炭水化物はぜんせんといってよいほど食べませんし、野菜もほとんどとりません。

 私は栄養の不足分をプレアーズ・プロティーンで補っています。これはかなり甘口ですが、自分にはたいへん効果があります。体重を増加させるときには。これを1日分コップに11/2〜2杯くらい、2/3クォートのクリームとミルクにまぜて、1日に3回飲みます。食事は1日6〜8回、少量ずつとり、タ食は練習のあとにとります。もちろん、プロティーンばかりでなく、たんぱく消化酵素も同時にとり、また多量のビタミン・ミネラル剤も摂取して、バランスをとるようにしています。

 とにかく、ボディビルにおける成功の85%は栄養に負うているというのが私の意見です。
[ 月刊ボディビルディング 1968年9月号 ]

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