フィジーク・オンライン

Ad by SUPLINX

Weekly Monthly Shopping

〝世界でー番忙しい男〟キッシンジャーとボディビル

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング
掲載日:2017.10.18
 いつ果てるともない泥沼にあえいだベトナムも,辛棒強く続けられた和平交渉の結果,ようやく平和が定着しようとしている。
 この,20数年にわたるべトナム戦争に,平和のベールをおろした立役者は周知のごとくキッシンジャー米大統領特別補佐官である。
 きょうべトナムにいたかと思うと,あすはパリーに,そして次の日はホワイトハウスでニクソン大統領と額を寄せて協議しているといった,文字どおり東奔西走の活躍だった。この行動力にモノをいわせたキッシンジャーの変幻自在な動きに〝忍者外交〟の異名がつけられたのも当然のことだろう。
 さて,このキッシンジャーが,ボディビルの熱心な実践者であることを知っているだろうか。
 彼は,激務の合間をみてはアスレティック・クラブ(メンバー制の総合体育センター)に行き,ランニングで汗を流し,バーベルで筋肉を鍛え,スイミングで体を調整するといった,健康と体力づくりを長年にわたって実行しているのである。
 国際世論と国家利益の渦巻く国際政治の舞台裏に,彼のこのような自己規制と肉体管理のあることをわれわれは忘れてはならない。
 絶え間ない神経の緊張と消耗による精神的,肉体的疲労のすべてを,アスレティック・クラブで汗とともに流し去り,新たな意欲を全身にみなぎらせて現実に挑む彼に,新しい行動的知識人の一つのスタイルを見出したい。
 ともすると,どこかの政治家は「忙しい忙しい」を連発しながら,やっていることはと見れば,次の選挙に備えての選挙民のご機嫌とりに終始し,夜は夜で,宴会のハシゴにご多忙というのが偽らざる実情であろう。
 もちろん,選挙活動,宴会,これらをあえて否定するものではないが,そこには民族の遠大な理想を生かす逞しい現実行動と,格調の高い政治哲学があってのことである。
 ともすれば,現実の保身と安逸,そのための利権あさりに埋没してしまうのが政治の恐さだ。
 キッシンジャーがハーバート大学で研究した政治理論を,ニクソン大統領という知己を得て,思う存分国際政治に生かしている現実は,口先や理論だけの青白いインテリや学者にできる芸当ではなく,やはりそれを生かす肉体の管理,つまり,トレーニングによって養われた実行力があるからこそだろう。
 聞くところによると,彼はまた相当なプレイボーイであるらしい。政治の合間に,彼の身辺からしばしば華やかな話題がもれてくる。しかし,考えてみると,行動力のある男性はその溢れるバイタリティの故か,なかなか艶福家が多く,しばしば一流の政治家や革命家たちにその例をみる。
 ただ,そこいらのプレイボーイと違うのは,酒や女性やレジャーだけに蕩尽するのではなく,溢れるエネルギーと燃える情熱を,社会の発展や人類の進歩のために,彼らは壮大に燃やすのである。
〔写真はキッシンジャー米大統領特別補佐官〕

〔写真はキッシンジャー米大統領特別補佐官〕

 話が横道にそれてしまったが,要はなにをやるのにも,心身のエネルギーが充実してこそ実現の可能性が増大するということを強調したい。
 〝朝××立たぬ奴に金貸すな〟という言葉があるが,そのあたりの真理をいみじくも指しているのだろう。
 考えてみれば,もろもろの事業も恋愛も,すべて現実世界のことであり人間のやることだ。その人間はなんで生きているかといえば,肉体があってこそ生きられる。
 肉体が終わるときが命の尽きるときである。だから肉体を鍛え,管理することが,一度しかない人生の可能性を拡大することにつながるのは自明の理である。
 ただし,鍛えられた肉体を,なんに対して方向づけ,どのように燃焼させていくかということになると,そこには精神の健やかさと知性の問題が関連してくるだろう。
 キッシンジャーは,アスレティック・クラブで肉体を鍛えることにのみ生甲斐を見出したのではない。肉体を鍛えることが,国際政治理論の研究と実践につながり,さらにはアメリカの国益と世界平和にもつながったことを忘れてはなるまい。
 ボディビル・ジムでは,様々な人が様々な目的をもって汗を流している。それはまったくやる人それぞれの自由であってよい。ただ,どんな目的をもってやる人でも,踏みはずすことのできない原則は,生きるための必要条件である健康の獲得と,ボディビル以外にも直面しなければならない人生があることを見失ってはならないということである。
 その二つの上に成立する目的だったら,コンテストであれ,パワーリフティングであれ,フィジカル・フィットネスであれ,卒直にその喜びにひたるのがよいだろう。
 そのようなボディビル練習者は,決して筋肉の形や力のみに優越感や劣等
感をもつことはなく,常に前向きにつながり,また,拡大していく人生の一環として,ボディビルをとらえていることだろう。
 そこには,筋肉の逞しさだけを誇るマッスル・アニマル的視野の狭さはいささかもなく,知的で,しかもバイタリティに富んだ爽やかなビルダーの姿がみられるだけだろう。 (太陽児)
[ 月刊ボディビルディング 1973年4月号 ]

Recommend