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"シジフォスの会"について

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[ 月刊ボディビルディング 1973年9月号 ]
掲載日:2017.09.10
ギリシャ神話に取材したフランスの実存主義作家のアルベール・カミユの小説に「シジフォスの神話」というのがある。

新婚早々の青年シジフォスが若くして死んだ。冥界にやってきたが、どうしても美しい妻と太陽に輝く現世が懐かしくてたまらない。そこで、冥界の神に頼んで3日間だけこの世に戻る許しを得た。

この世に戻って来たシジフォスは,美しく優しい妻と、紺碧の空の下で潮風に吹かれながら、夢のように楽しい3日間を過ごすのだが、約束の3日間が過ぎて冥界に帰らねばならぬときがきても、ついに戻ろうとせず、生きる喜びに浸りきっている。

約束を破られた神は怒り、シジフォスを捕え冥界に連れ戻してしまう。そして、罰として山のふもとにシジフォスを連れていき、彼に数倍するような岩石を前にして、これを山の頂上まで抱しあげることを命ずる。

これがシジフォスの神話の荒すじだが、ではつぎに表題の「シジフォスの会」設立の主旨を掲載してみよう。

「君はギリシャ神話のシジフォスを知っているか。
人間の誇りと生命の喜びのためにあえて神々にさからったシジフォスは、全存在をあげて行動しなければならぬ刑罰を自らに招いた。
われわれはシジフォスが巨大な岩を支え、ころがし、肉体と精神のあらん限りの力をふりしぼって、山の頂きに岩石を押しあげるのを見る。だが神々は、岩が頂上に押し上げられると同時に、シジフォスが一息入れる間もなく、岩を谷底に突き落としてしまう。
無限に岩に挑む運命を背負ったシジフォスは、一人山を下り、さらに新たな気力をふるい起こして再び頂上に岩を押し上げる努力に立ちむかう。至りつく天も、終わるべき時間もなく、彼は歩み続ける。だがこのような不条理な運命の中で、あくまで人間の誇りとはれやかさを失わず限りなく歩みつづける。
われわれは古代の叡知と現代の行動的精神の結合を夢見る。
シジフォスの会は、如何なる運命であれ、それを明視する勇気と、それに正面から立ちむかう情熱と力を運動と実行と持続をとおして求める会である。つまり、シジフォスの会は、永遠の生を求めるのではなく。人間の可能性を求める会なのだ」

この文章を読んで理解できるように太陽と青空と風と花々に満ちたこの世をこよなく愛し、生きる喜びと人間の誇りのために、冥界の神にさからったシジフォスの勇気と行動にも負けぬ力強さを、生きている限り運動の実践によってわれわれ自身に育てていこうという目的の会なのである。

さて、最近社会体育振興のかけ声にともない。各地に立派な体育施設が設立され始めた。広いスペースに変化に富んだ体育器具が配列され、トレーニング・プログラムも合理的に作られしかも感じのよいトレーナーが親切に指導してくれる。トレーニングが終わればサウナバスで汗を流し、デラックスな雰囲気に満ちたメンバー・サロンで飲食や社交を楽しむといった性格のアスレティック・クラブも数多い。

各クラブも、健康管理のための体育の効用と、クラブの楽しさの二つを盛んにPRして会員の獲得に努めているこれらのクラブは、相当高額な入会金や利用料金にもかかわらず、かなりの人たちがメンバーとして入会していることは事実だ。

ただ実際にトレーニングで汗を流し運動を継続していくという段になると始めの意気込みと違い、なかなか難しいようである。なぜならば、外的な条件をいくら充実させても、要は本人の"自覓"・"意欲"がなによりもトレーニングを継続するのに大きな要素になってくるからだ。

ということは、トレーニング自体は他のスポーツ競技等と異って、ゲームを争う面白さや、記録を求める迫力がなく、あくまでも自分のために汗を流すといった性質のものである。
また、クラブの施設の立派さや、飲食の楽しさをうたっても、ただそれだけだったらなにもアスレティック・クラブでなくても、他にそのような施設はいくらでもある。

であるから、運動を中止せずに長く継続していくのには、やはり"やる気"と"メンバー・シップ"の二つが充実していないと、現実には運動が各人の生活の一部として完全に根を下ろすのは困難である。

そこで「シジフォスの会」に注目してもらいたい。「シジフォスの会」は新宿のある体育施設に入会している一部の人たちで構成されている。現在会員は40数名。年令層は30代、40代の社会人が中心である。週2回集まって綜合性のあるトレーニングで汗を流し。終わった後は、各自の割勘で食事をしビールを一杯飲みながら交歓するのが通例だが、すでに設立して1年半をむかえるが、転勤者等を除いて、ほとんど脱落者はいない。

その理由は、メンバーの1人1人が「シジフォスの会」の主旨に心から共鳴し、ともかく生きる限り明るくバイタリティに富んだ生活をしようという考えになりきっており、体を動かすことに楽しさを感じ、しかもその効用としての健康の喜びを心から満喫しているからであろう。

また、この会には固苦しい規約はないのだが、そういう人たちで構成されている会だけに、自主制のある"けじめ"と"連帯感"が満ちている。

メンバーの職業は商社マンあり、テレビ局のプロデューサーあり、実業家あり、大学教授あり、浪人ありといったそれこそ多土で変化に富んでいる。それらの人たちが、職業、年令の違いを越えてトレーニングで汗を流す喜びにひたるとき、なんの抵抗もなくひとつにとけ合っている。

ボディビル・クラブにしろ、アスレティック・クラブにしろ、大切なのは施設や指導の充実もさることながら。本人のやる気を起こさせる"理念"であることを強調したい。"理念"が各人の内面に満ちわたっていてこそ、単調に見える運動も楽しくなってくるのではないだろうか。(玉利斉)

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JBBA公認指導員認定講習会受講風景

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[ 月刊ボディビルディング 1973年9月号 ]

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