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日本一進んだジムに ~神奈川ボディビル・センターの”改 造 作 戦”~

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[ 月刊ボディビルディング 1973年11月号 ]
掲載日:2017.11.13
姫路ボディビル・センター 会長 西川 稔

久しぶりにたずねたなつかしいジムに大きな不満を

 去る4月12日、JBBAの公認指導員講習会のため久しぶりに上京した。その折、かつて学生時代にお世話になり、私の今日の夢を育ててくれた神奈川ボディビル・センターに仁上会長をたずねた。ちょうど日曜日だったので1人の会員がうす暗いジムでもくもくと練習していた。学生時代にはじめてボディビルの手ほどきを受け、連日トレーニングに汗を流したときのことや当時の練習仲間のことなど思い出し、なつかしく感じたものである。

 それなのに、何かもの足りず不服であった。原因はなんだ!……良く考えてみると、それは私の心のどこかに「俺のボディビルの故郷ともいえる当ジムはすっかり発展し、近代的ジムに変身しているだろう」という期待があったからだ。

 しかし、現実にはまったく前進していない。いや、古くなっただけ後退しているのだ。「これではダメだ!」とその夜、さっそく仁上会長に文句をつけた。

 もちろん仁上会長も現在のジムに満足していたのではなかった。どうせ大改造するなら、もっと立地条件の良い場所で思いきってスペースも広くとった立派なジムを計画していたのだ。しかし、その計画には莫大な資金と日時がかかりすぎる。

 そこで、私が再度のアメリカ旅行で勉強し、2~3年前から構想を練っていた未来のジムのあり方について説明した。太っ腹の仁上会長は、「よしわかった。そんならその予行ということでお前にすべてをまかすから好きにやってみろ」といってくれた。こうして2人の未来への実験ジム建設は決定され、さっそく実行に移された。

理想的な未来ジムの青写真

 まず、いままでのジムの経営状態は決していいとはいえない。7年という伝統を誇っていながら、いっこう発展していない。それは、ジムの目的は広く一般社会人の健康管理だとうたいながら、その実、筋肉・筋力製造所という特殊人物中心のやり方だった。改造を機に健康管理を中心にして、筋肉・筋力製造を従とした本来の姿に戻すことにした。

 その結果、楽しみながら軽いエクササイズで筋肉に刺激を与え、筋肉の硬化硬化・衰えを防ぎ、姿勢の矯正を行い、サウナ・バス、冷温水バス、女性のためにはミルク・バス、レモン・バス、その他、冷温水シャワーで筋肉をほぐし、リラックス・ルームで休養、ジュース・バーで栄養をとり、健康で明るく明日への活力を生み出すジムづくりを基本に図面を引くことにした。

 このようなジムづくりについては2~3年前からいろいろ資料を集めて研究してあったので、何の不安もなく図面を引く自信があった。それに仁上会長の進んだ考えも取り入れて青写真を作成。さっそく工事にかかった。

 講習会のために上京したのが、いつの間にかジム改造をまかされることになり、それから約2カ月間というものは、1週間交替で川崎と姫路を忙しく行ったり来たりすることになってしまった。
記事画像1
改造前
記事画像2
改造後のトレーニング場

具体的な改造のポイント

 以前、学生時代の4年間をこの川崎ですごしたので、川崎という町と、ここに住む人々の気持も良くわかっていたので、これにジムのセンスを合わすのも楽だった。

 ジムの立地条件を考え合わせ、壁、器具、床などの色や飾りつけ、玄関受付等をどう改造すればいいか。そして、現在伸びなやんでいるジムの会員をいかにして2~3倍に増やすか。この目的を満すことが、私に果せられた改造のポイントである。

<玄関、受付の改造>

 老若男女を問わず、幅広い年令層の会員が、気楽に入れるようにするためには玄関のムードが重要である。玄関につける看板も、ボディビル・センターとするのには少々抵抗もあったが、すでに7年間もこの名前でとおしてきたものだけに、しかたなく、「神奈川ボディビル・センター」と白地に青と緑の字で、カラフルなネオンサインに取り替えた。

 玄関横の良く見えるところには、ジムの内容が一目でわかるように、オレンジ色の台に濃紺でリラックスした図案で説明した(写真参照)。フロント・ドアは、フレッシュな水色のガラスにして、誰でも気軽に入れるように工夫した。

 以前のこのジムの玄関といえば、コンクリートの大きな柱の間に、黒い板をつけ、「神奈川ボディビル・センター館長・仁上貞雄」その横に内容の説明をデカデカと書いてあり、センスもムードもまったくなかった。

 玄関のドアは針金の入っている灰色のガラスで、軍艦のドアのような重々しさで、バリケードの中には恐ろしいものがいっぱい、といった、いかめしい感じのものだった。
いままで見学者や入会希望者が入口まで来ても、つい足を止めてしまうのも無理はなかった。改造後は、玄関の前に立っただけでジムの全景が見え、そこでピチピチとトレーニングしている会員の姿につられて、よし俺も、私も、おじいさんもと、自然につり込まれてくるような感じに一変した。

 この軽いドアを開け、見学者用ロビーに立つと、右側に前面総ガラス張りの受付兼事務所がある。始めての見学者や入会者は、そこでなんのためらいもなく質問ができる。

 以前の事務所といえば、入口のすみの一角に机があり、そこには小山のようなコーチ兼受付がいたものだ。このジムに限らず、日本のほとんどのジムは大体これが通例である。この問題をとり除き、気楽に見学したり質問できる雰囲気にした。
記事画像3

<トレーニング場の改造>

 以前は50坪あるトレーニング場いっぱいに重々しいバーベルや、灰色の器具が雑然と置いてあり、汗くさいなんの飾り気もない殺風景なところで、小山のような練習者が、わが物顔に汗を流していたものだった。

 しかし、いかめしい鉄の器具はビルダーの命であるし、練習者の汗もまたかけがえのないいいものだ。そこで、このいかめしい感じは色の組合わせといろいろのアイデアで取り除くことにした。

 以前の練習場を半分にし、器具の配置を工夫してさらにいくつかの新しい器具も入れた。半分になったスペースをもとの広さに感じさすために、鏡のとりつられる壁にはすべて大きな鏡をとりつけた。

 器具は白色、レザー張りは水色、床は真赤なじゅうたんに統一。これは、男の若者だけを中心としていたいままでの観念を捨て、女性や中高年者にも親しまれるように配色した。

 こうしてソフトな感じに作り変えた結果、男女の別なくすべての年令層の人がなんの抵抗もなく練習できるようになった。小山のような逞しい会員の練習風景も、器具や床のソフトさと、壁の総鏡に写る見学者自身と小山のような練習者の姿が混然一体となって身近に感じ、ボディビル・エクササイズが遠いものではないと思わせるように苦心した。
記事画像4

<附属設備の改造>

 トレーニング場を半分にした残りの部分と、以前のシャワー、便所をとりこわして、バス・ルーム、ロッカー・ルーム、レスト・ルーム、リラックス・ルーム、ジュース・バーをつくることにした。

 まずバス・ルームのサウナ・バスは町のサウナ・バスのように、いたずらに温度だけを上げて利用者の回転をよくするようなことをせず、筋肉をほぐし、健康と美容をモットーに、本場のフィンランド・サウナを研究し、適温に保っている。

 サウナ・バスの前の部屋は、真白いまぶしいばかりのタイル張りのバス・ルームで、温冷水の日本風呂とシャワーがあり、とくに女性のためにミルク・バス、レモン・バスを実行できるようにしている。

 仁上会長の本業が大きな牛乳販売店なので、ミルク・バスの効用について会長が以前から研究済である。

 バス・ルームの横には水洗のレスト・ルーム。その前がロッカー・ルームで、スチール製の頑丈なロッカーを入れて、安心してトレーニングできるようにした。

 ロッカー・ルームの一番奥がリラックス・ルームとジュース・バーである。(ジュース・バーは将来健康食品等を取り揃える予定であるが、現在準備中)この部屋は広々としており、こげ茶色のおちついたムードにしてある。トレーニング場と背中合わせになっているが、防音壁で仕切り、ゆったりとした応接セット、ステレオ、カラー・テレビ等が置いてある。壁にかけられたアメリカの大自然の写真とともに、文字どおりリラックスできるように設計してある。

 以上が神奈川ボディビル・センター改造のあらましであるが、近い将来、この実験的ジムを土台に、さらに充実した理想的なジムを神奈川県と兵庫県に作ろうと、仁上会長と一緒に大いにファイトを燃やしている。
記事画像5
[ 月刊ボディビルディング 1973年11月号 ]

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