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1969年新春対談 “明日の人類はさらに強く逞しく”

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月刊ボディビルディング1969年1月号
掲載日:2017.12.08
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三浦雄一郎
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玉利 斉

未来の人間像を育てる体力づくり

玉利 1969年の新春を迎えて、きょうはひとつ三浦さんと私とで、これからの体力づくりとか、日本のスポーツ界のあり方とか、要するにスポーツ・体育がいかに人間の本質に必要なものかということを放談的にやっていきたいと思うんですよ。よろしくお願いいたします。


三浦 こちらこそよろしくお願いいたします。


玉利 三浦さんのお書きになった「素晴しきスキー野郎」を拝見いたしまして、三浦さんは“勇気と力と知恵”ということを非常に強調しているんですけれども、あれはこれからの日本の青年に一番たいせつなことだと思いますね。知恵は、別の獲得方法もありますけれども、勇気と力はスポーツや体力づくりによることが大きいと思います。これについてひとつ…。


三浦 ぼくはスポーツや体力づくりを考えるときに、ひとつはいまわれわれ現在できることからという問題と、もうひとつは、私いま子供が2人おりますけれども、本当に生まれた子供がこれから社会に飛び出し、あるいは地球に飛び出すという次元でその問題を考えなければならない時期がきているんじゃないかと思うんですよ。いま、われわれこれから体力づくりをしなければならん、それはその通りどんどん進めていかなければならんでしょうが、これは医者でいうとひとつの対症療法なんです。病気だから何をしなければならんという医学の問題と同じだと思うんです。これから他の意味で必要になってくるのは、おそらくこういったらなんですが、民族が将来どうあるべきか、そういうことが問題になってくると思うんですよね。


玉利 要するに未来の人間像、いまは20世紀ですね。そうすると21世紀の人間は知力において、体力においてどうであるべきかということに焦点を当てた話しですね。


三浦 人間そのものの未来に向っての肉体をいかにつくらなければならんかということですが、新しい年を迎えて考えることは本当にスポーツ界そのものが、いまそういう新しい立場に立っていると思うんですよ。


玉利 機械文明がどんどん進展していくそれに対して、肉体は古代から現代に向ってはたして進化したのかどうか。肉体を使う率が少なくなった現代において、体育・スポーツをより考えていかなければいかんということですね。


三浦 そうです。そういう捕え方です。ですからぼくは、一番必要なのは体力づくりそれ以前に、やはり女性の問題にかえってくるんじゃないかと思うんです。つまり母親という問題ですね。要するに家庭生活という中で、やはり体力をつくるのが基本だと思うんです。


玉利 なるほど、現在体力づくりというととかくトレーニングですね、それが中心でいわゆる栄養の問題、そこらまででてくるわけですね。それが家庭環境の問題、家庭教育の問題さらに母体まで入ってくる。


三浦 人間の性格というものは生まれてから3才ぐらいまでにその子の人生の基本になる要素、感覚的な問題、素質がだいたい決まっちゃうという説があるわけですね。


玉利 芽が全部3才迄に出ちゃうわけですね。あとはいかにそれを育てるかということですね。


三浦 そうです。一番大切な芽というものを女性が育てるわけです。要するに子供の未来は、いかにその子が小さかったときひとつの芽を育てるために努力したかによるんじゃないですか。日本人の将来は本当の意味で丈夫で、それこそ勇気と知恵と力ですね。それを信ずるものになってほしいという母親の祈りがなければいけないんじゃないか。これはまあ、われわれの仕事じゃないんですけれどもね。


玉利 窮極は政治の問題にもなってくる。


三浦 そうです。ですから現在は政治の中に、社会の中にいろんな意味のリーダーシップというものが欠如していて、バラバラで、ほとんどなにもないみたいなものですね。世界第3位の繁栄といって、第1位の成長率ということで目先の現象だけに捕われて、未来にわれわれはどうあるべきか。それに向っていま何をしなければならんか、お互いに進んでいかなければならん時代ですからね。


玉利 個人に目標があるように、国としての目標・未来があるということですね。


三浦 そうです。これはむずかしい間題ですね。日本人が世界のリーダーになるんだ。何になるんだということをかかげるとほかの国がけむたがる。ですからトップでなくてもいい、世界のリーダーグループの中でわれわれは何をやるんだというはっきりした目標があっていいんじゃないか。日本人に世界の本当の意味のリーダーになり得る宿命とか運命があるならば、その努力をすれば当然その目標は開くでしょうね。


玉利 一国の文明が興隆期にあるとき充実しているときは、具体的な現象面ですけれども、やはりスポーツの成績が、能力が上がるということはいえますね。その点、ナチが興隆したあの時期のベルリンオリンピックも、ドイツが圧倒的ないい成績を上げていたでしょう。これはにわとりが先か、卵が先かの話になるんですけれども、そういう意味から各個人がバイタリティと活気と行動力に満ちた日本人が多くなれば国としてのレベルも上がってきますね。


三浦 そうです。われわれまったく人類を個人のレベルで考えても同じことになるんですね。われわれ自身もかぜひいたときとか、なまけすぎたり、コンディションの悪いときには考えること、なすこと、やること全部マイナスの面につながってくる。それが調子のいいときには、これは体に力が溢れているときにはスポーツをやっても調子がいいし、仕事をやっても調子がいい。あるいは頭を使うやつは当然頭の働きもよくなる。


玉利 要は、そのエネルギーをどういう方向に向けるかは、それから後の問題で、まずエネルギーがなければ向けようがない。


三浦 そうです。

スポーツは人間の万能性の拡大

玉利 あなたご自身プロ・スキーヤーとして新しい開拓の道を歩んでいるわけですけれども、今後如何なる目標に向って、どの様に歩んでいかれるお考えですか。


三浦 ぼくの場合にはスキーするということはひとつの自由ということにいたる手段だと思うんですよ。


玉利 自由ということは完全な自由というよりも可能性の領域が広がるということでしょう。


三浦 そうです。かつてはスキーをするということ自体が目的みたいで、ただスキーしたいという一心でした。現在はスキーに飛びついて、スキーの中で生活をしてみると、そこからその上に何を求めるかということになるんです。それがいまいった自由である。自由というひとつの大きなシンボルといいますか、そういうものが頭の中にある。そこにいくために今度何をするか、一番手っ取り早くいくのは、自由になるためにはスキーをはいて世界中を走ってみたい。人と競争して勝ってみたい、そういうことですね。


玉利 肉体的な自由、心理的な自由、社会的な意味の自由と、いろんな意味の自由がありますね。


三浦 そうです。その中には無限の広がりがあって、無限の広がりの中に自分の自由を求めなければならん。私の場合自分の肉体にけっきょく帰るわけです。


玉利 それはおっしゃる通りですね。どうせ人間なんて死んでしまうし、年を取ればくたばるのに、何でスキーでより速くすべったりバーベルを上げて、体を鍛えて筋肉をつくったりしてなんになるんだと。力でいったら起重機にかなわん、速さでいったら飛行機にかなわん。それなのにそういう努力はむなしくないのかということをよく我々もいわれますよ。それは確かに物理的な現象面のみ捕えたらその通りです。ところがあなたいまおっしゃったように、自由を求める、つまり可能性の領域を広めたいと考えていくと、これはまたぜんぜん違います。そこにいく努力そのものが意味があるし、また現実にたとえば5尺5寸でかりに筋力もない、体力もない人間の日常の生活感覚とそれから5尺5寸で弾力にとんだ行動性に満ちた、張り詰めた肉体を持った人間の生活感覚とではその生活が現実にぜんぜん違ってきます。たとえば決まりきったサラリーマンの生活を送るにしてもそれだけのことに体力、筋力のない人間はへトへトに疲れる。ところが体力、筋力があればその8時間は軽くすごせるはずです。勤務時間の8時間に有効な能力も発揮できるし、それ以外の余暇も自分を拡大充実するために使える。そのためにぼくはボディビルやスポーツの必要性、存在意義があるんだということを強調したいのです。


三浦 まったくその通りです。ぼくもそう思います。やはりいまのお話につながる話ですが、すべてそういう意味で、スキーだって飛行機にはかなわん。自由度からいってもほかのあぶとか蜂にかなわんということですね。ただ、それを自分の肉体でやらなければだめだということです。


玉利 自から動いて自からの可能性を拡大することですね。


三浦 そうです。やはり求めるものは可能性の広がりです。


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玉利 いまおっしゃった自分でやらなければいけないというところに、ぼくはスポーツ体育の持つ本質的な意味があると思うんです。たとえば知識ですが、これは人の書いた本を読んで身につくかどうかはともかくとして、いちおう自分のもののような顔してしゃべることができます。つまり知識は借りることができます。ところが肉体は借りることができません。これは本当に虚偽がありません。そこには実在のすがたがあるはずです。そういう意味でいえば、ぼくはスポーツとか体育はおのれの本当のすがたを自覚させてくれる。


三浦 そういうことですね。


玉利 ですから三浦さんがひとつのカラに飽きたらないで、より広い自由、より可能性の多い自由を求めて富士山にも挑戦し、自己開拓の激しい道を歩んでおられるわけですけれども、おのれの本当の体を張った実感として捕えたものを色々発言するところに大いに意味があると思うんですよ。


三浦 突き詰めると己れの体でつかんだ実感、それしかないんですね。

広い社会に通用する感覚を

玉利 それしかないですね。ところがうっかりすると、スポーツマンというのはそのスポーツにおいて優秀であっても、おのれのスポーツ能力とそれを誇示することにのみ生きがいを燃やしちゃって、他の分野にそのスポーツで掴み得た能力を発揮して取組んでいかない人が往々にして多いような気がするんです。そういう点、今後我々大いに責任があるんでしょうね。


三浦 そう思いますね。それはジャンルが違えば、新しいスタートに立たなければいかんということは確かです。これは現在どんな分野でもいえることですね。いつでも新しいスタートに立てるということ、要するにいままであった自分をすぐいつでも捨てられる、そして新しいスタートを、その次のものを成し得るという。


玉利 常に出発点に立てる人間ということですね。


三浦 そうです。常に新しく出発点に立ち得る人間、これはまあ肉体的というよりも精神的な態度ですね。それを捕えたスポーツマンというものはやはりほかの仕事をやっても、活躍出来ると思います。そういう人は人生そのものをスポーツの中で掴んだという方じゃないかと思います。それと単に現象だけに追われて、選手権だけ勝てばいいという短期の目標において、それだけの積み重ねがあるという人はひとつの職人ですね。


玉利 なるほど。


三浦 スポーツそのものによって人生をつかむんだとしてスポーツをやった人、そういう人はチャンピオンにならなくてもそういうものをがっちり踏まえて、じっくり自分の未来を、人生を見つめ得るスタートをつくり得る。そういう人はスポーツの成績ではビリでもいいと思うんです。


三浦 これからのスポーツは職人養成のためのものだけであってはいけない。特に指導者はそれであってはいけない。もちろん勝負や記録もあるけれども、それのみが唯一の至上価値のような指導しかできないような指導者では意味がない。たとえビリであっても真剣におのれの肉体の行為を通して、つまりスポーツに打ち込んで得たものが、次に何かに向う挑戦の力になり得るような掴み方をしなければなりませんね。


三浦 そうです。本当にそういう頭の空っぽな技術者になっても意味がないんです。

生きる姿のすばらしさを追求

玉利 ところでスキーというものは日本においても、何十年の歴史と伝統がありますし、相当のインテリたちがやっております。ある程度社会の上層部にも浸透している。ところがボディビルの場合、歴史は新しい。あまりにも目に見えて肉体のみが強調されます。ボディビルのコンテストの影響ですけれども、そうすると世の中の人たちはなにか肉体のみを追かけている人種の集まりがボディビルじゃないかと見るんです。これは残念です。私たちにいわせれば、要するに政治家であろうと実業家であろうと、どの世界の人間であろうと肉体のいらない人はいない。肉体はみんな必要です。何をするにしても根元的に必要な肉体そのものを鍛えようというのがボディビルの理念です。それをたまたま普及、啓もうする手段として“ミスター日本”というコンテストがあります。象徴する肉体があまりにも形態的に発達した筋肉を持つから、なにか頭の要素、心の要素、能力の要素は無視して形態的な面だけをわれわれが追いかけているように世の中から見られている傾向があります。


三浦 なるほどね。いままでいろいろスポーツマン、スポーツ界のリーダーに会ったんですが、玉利さんはスポーツの本質、又はスポーツ以上の、人間が肉体に対するひとつの信仰みたいなものとしてとらえている。そういうもののひとつの象徴がこのボディビルであるわけですね。さっきのあれじゃないんですが、張り子の虎に筋肉をつけただけではなくて、それに魂が入るということですね。


玉利 そこで肉体と魂の問題が出てきましたけれども、三浦さんと新幹線の中でこの前お会いしたとき、ボディビルの方法論は西洋的なものである。それに東洋的な禅的なものそういうものを加味して生かしたらよろしいんじゃないかということを貴方はいっておられましたね。要するにわれわれがこのボディビルというものにひかれてやった動機は、始めは目からきております。古代ギリシャのヘラクレス等の彫刻の写真を見てなんともいえず素晴しいなとあこがれを感じました。おれもああいう体になりたい。これは大人になってからの理解ですけれども、古代において花を咲せたギリシャ文明はやはりあのたくましい生命力に満ちた彫刻の様な人々によってつくられた。ですからそういう人間の力の根元としての肉体美礼賛の西欧の思想は現代にいたるまで続いております。ヨーロッパにいくとどこにでもああいう像があるそうですね。それに三浦さんが東洋的な禅的なものを加味したらおもしろいといったのを興味深く聞いたんですが、あれはどういう意味でおっしゃったんですか。


玉利 いままでお話ししたのに全部つながるんですが、そういうひとつの、なんといいますか人類が本当に求める人間の生きる姿の素晴しさ、それは人間が永遠に求め続けなければならないその象徴としての肉体美ですね。であるからボディビルというのは自分を美しくする、強くするというものにあこがれる心理ですよね。


三浦 本物の意味の強さということが美しいんでしょうね。


三浦 ぼくは禅とかヨガの理解はないんですが、人間の真の自由を追っていると思うんです。人生において何かをつくりながらそれから離れる解脱するといいますか、それこそ本物じゃないかというような気がします。


玉利 本当にそうです。それは私もそう思います。


三浦 なんとなく漠然としておるけれども。


玉利 つくりながら解脱するということは味わうべきことばですね。ミスター日本をねらってとことんまでトレーニングしているボディビルダーたちがおります。それでトレーニングそのものは筋肉を何センチ発達するということを追っているけれども、その筋肉の大きさや形態のみにその人の精神が捕われていたらコンテストの舞台に出て総合的な肉体の美しさは発揮出来ません。肉体の形態を追いかけていながら、それ以上のものを追いかけていないと美しさというものは人間性として出てこないと思いますよ。


三浦 そうですね。これはスキーの世界においてもいえます。トニー・ザイラーとそれからジャン・クロード、キリー、フランスの優勝した三冠王です。ぼくの感じとしてはトニー、ザイラーはそういう意味の西洋的な感じの選手ですね。キリーは東洋的な味のあるチャンピオンです。キリーの生き方、これを見るとスキーそのものからひとつ離れておりますね。オリンピックのチャンピオンになったらとたんにスキーから離れて、今度自動車のレーサーになってしまったんです。もちろんこれは、そのほうが契約金が多いという様な理由もありますが、それ以外に彼自身のひとつの何かあるんですね。


玉利 そういう俗世間的な事情の奥にある人間性の何かがあるということですか。


三浦 ええ、それはスキーをやりながらもそのスキーをひとつ乗り越えているということですね。

エベレスト滑降に挑戦

玉利 ところでことしのひとつ、具体的な計画としては…。


三浦 いや、それが一世一代のまたまったく新しいスタートに立ったわけですけれどもね。これはもしぼくにそういう運命があるならばできると思うんですけれども、エベレストの初滑降まあ、要するにスキーをはいて、人間が最高の地点に立てるというのは地球上にエベレスト以外ない。


玉利 日本でいちばん高い富士山に挑戦し、征服し、こんどは世界一に挑戦するわけですね。


三浦 そうです、これはまったく現代の組織学をすべて活用しなければいかん仕事ですね。


玉利 富士山の仕事のときにも科学的な準備、実験を重ねてやられたんですが。こんどそれ以上の総合されたものが要求されますね。


三浦 そうです。それでその上にまたもう一つ仕事をしなければならん。ただすべりましたじゃなくて、世界中に表現できるだけの表現力をもった映画ですね。そういうものをもって世界中にひとつ日本人がこういうことをやったんだということを。


玉利 われわれスポーツ体育に関係する人間から見ても、これはぜひご成功いただきたいし、なんとかひとつ成功させるべく、力を結集したいんですね。
日本の将来のためガッチリやりましょう、と握手

日本の将来のためガッチリやりましょう、と握手

三浦 ぜひまたいろんな形で協力をお願いしたいと思います。


玉利 ところでわれわれボディビルの場合、体の弱い人たちを健康にする。社会に出た人たちの体力を作ってゆく。いわばどちらかというとギリギリの激しい勇気というよりも一定のレベルまでもってくる仕事が多いんです。勇気そのものよりも勇気づけることです。あなたは逆に、一般の人達があおいで振いたつ様なものを追ってるわけですね。そういう意味で頂点と底辺が有機的につながりをもって進んでいかないと、切離れた仮空の世界のヒーローになってもらっては困ります。あなたのあとに統ける素地をボディビルが作り上げていくという考え方でやっていきたいと思います。


三浦 ほんとうにそうですね。


玉利 今日はどうも天下のほら吹きが2人そろって…(笑)


三浦 わかったようなわからんような…(笑)


玉利 どうもありがとうございました。
[ 三浦雄一郎氏略歴 ]
昭和7年10月青森県生れ。3才でスキーをはく。昭和22年中学3年のとき岩木山大会に初優勝。23?25年青森県アルペン競技高校大会に3連覇。27?29年北海道大学在学中インターカレッジ2部に3連覇27年宮様スキー大回転優勝。31年全日本スキー滑降第5位。34年7月奥穂高直登ルンゼおよび第二ルンゼ初滑降。37年プロ転向、世界プロ・スキー選手権大会回転8位。39年7月世界スピード・スキー大会(イタリア)に時速174.084キロの世界新記録を出す。(その直後この記録は破られて第7位の成績だった)。47年4月富士山をパラシュートを使用して直滑降(このときの瞬間最高時速180キロ)。現在JAS(ジャパン・スポーツ)を経営。スポーツによる人間能力の開発に情熱をもやしている。

== 海外ニュース ==

■ ポージングは芸術である。生れながらこれを所有している者はいない。不断の研究努力によってのみ、秀れたポーズを身につけることが出来るのである。雑誌上の一流のボディビルダー達の写真は、ポーズする上に大いに参考になることは勿論であるが、それをその儘真似れば失笑を招く。各人各様の体格をしているのであるから、自分の体格に最も適したポーズを創意工夫することが肝要である。
(フランク・ゼイン)



世界の名国各地方でウェイト・リフティングとボディコンテストが行われている。マレイシアのクアラ・ルンプールで開催されたコンテストに於て、ミスター・マッスルビーチとミスター・セランゴアの両タイトルを、エジル・ビン・ハッサンが獲得した。


ミスター・シンガポールの栄冠を手にしたのは、ミスター・ピープルズ・アソシニイションのタイトル保持者ラリー・テイであった。


フィリピンで実施されたミスター・マッスル・コンテストでは、タイの留学生ニッティ・カムスアンマソックスが優勝した。



アイルランドの美人ボディビル教師メリー・ピーター嬢は、片手で120ポンドのダンベルをプレスする。



ハロルド・ブール、デニス・ウォルター等多数の知名なボディビルダーがガードマンとして、活躍し、高給を得ている。


美事な肉体を買われて、映画、テレビに出演したり、広告のモデルになっているボディビルダーも少くない。バート・エリオット、ジョニー・エイチ・マークテンドラー、ゴードン・ペレス等がそれである。



1950年代の初期あらゆるコンテストに出場して、優勝をほしいままにしたボッブ・シーリは、結婚し、この3年間に、6人の孤児を引き取って育てている。彼こそ、真にボディビル界の誇りである。


ボディビルダーの中には、「鏡運動家」と称せられる連中がいる。トレーニングを留守にして、鏡の前に立ち、ポージングにへとへとになるまで憂身をやつしている。或者は「何時結婚するんだい」とひやかされた。
月刊ボディビルディング1969年1月号

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