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ソ連のウェイトリフティング界

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月刊ボディビルディング1969年2月号
掲載日:2018.02.20
福田 弘
選手時代のボロビエフ

選手時代のボロビエフ

 ウェイトリフティング愛好家なら誰でも「ウェイトリフティング最強国・ソ連」に関心を持っていることでしょう。そのソ連ウェイトリフティング界の情報を今月と来月にわたりお知らせしましょう。
 この情報は,トミー・コーノ氏(オリンピック2回連続優勝者。元世界チャンピオン。ウェイトリフティング史上屈指のリフター,日系米人)がメキシコ大会前に,ソ連チームがメキシコ市で合宿訓練を行った際に収録したものです。そのうちコーノ氏がボロビエフ(主任コーチ),クレンツォフ(ミドル級メキシコ・オリンピック優勝者),ベリヤエフ(ライト・へビー級1966年の世界チャンピオン),ザボチンスキー(へビー級。東京,メキシコ両オリンピック連続優勝者)の4人にインタビューした時の興味ある対談は,ウェィトリフティング愛好家にとって大変参考になることと思います。
 ソ連ではウェイトリフティングが盛んになりだしてから20年になりますが,1966年1月1日の統計によると,登録されているリフターが100万人を越え,一線級のリフターだけで34万人になった。ここ20年にリフターが100万人を越えたことも驚きであるが,記録においても素晴しい進歩をみせ,1966年度のソ連べスト・テンの最下位のトータル記録が次のような高いレベ
ルのものである。
 バンタム級325kg,フェザー級352.5kg,ライト級385kg,ミドル級417.5kgライト・へビー級445kg,ミドル・へビー級465kg,へビー級490kg。へビー級においては452.5kg以上のトータル記録を持つリフターが何と100名もいるそうである(日本のへビー級でこの記録を越えているのはミドル・へビー級の継岡正章選手只一人である)。このような厚い選手層と高い記録をもってすれば,毎年国際試合に新人が現われても不思議はない。
 インタビューの最初の人物はソ連ウェイトリフティング界の重要人物,オリンピック2回連続優勝,世界選手権大会5回優勝の経歴を持ち,現在ソ連ウェイトリフティング・チームの主任コーチのドクター・アルカディ・ボロビエフである。

■ボロビエフとのインタビュー
 問 あなた自身について教えて下さい?
 ボ 私はスポーツ医学の医師でナショナル・チームの主任コーチであり,又体育文化学会部門の主任でもあります。過去において世界選手権大会で5回,オリンピックで2回,ソ連選手権大会で10回優勝しています。
 問 なぜあなたはウェイトリフティングから隠退しましたか?
 ボ 私は今もナショナル・チームの指導者ですので,国家に隠退したことをいってません。私は42歳で選手生活はやめました。(ボロビエフの最後の試合は1961年ウィーンで行われた世界選手権大会で,その時彼はミドル・へビー級で3位であった)
 問 どのようなリフターがあなたの指導を受けるために割り当てられますか?
 ボ 我々は3つのナショナル・チームを持っており,ナショナル・チームとオリンピック・チームはソ連選手権大会から選抜します。私はトレーニングの主任コーチですが,他のコーチ達と共に働きます。
 問 誰が世界選手権大会のソ連代表リフターを決めるのですか?
 ボ 世界選手権大会のソ選代表はトレーニング会議で決定します。
 問 ソ連のトレーニング法を簡単に語って下さい。
 ボ ソ連のナショナル・チームは誰でも指定された特別計画に従い,そのうち食事時間,睡眠時間,規則的な健康診断も含まれる。トレーニングの前には10分間の準備体操を行なってからトレーニングを行ない,疲れきらないうちにトレーニングを終らす。
 問 世界選手権大会に参加するソ連ナショナル・チームのための全体のトレーニング計画をどのようにしますか?
 ボ それはリフターと彼の指導者と相談してから決めます。
 問 ソ連のリフター達はウェイトリフティングを行なうかたわら別の運動を行ないますか?
 ボ はい,我々は軽いランニング,体操及び他のタイプの訓練を奨励しています。
 問 マッサージと蒸し風呂についてはどのようにしてますか?
 ボ 週に1度蒸し風呂に入り,週に2度マッサージを行なっています。
 問 ソ連のリフター達は競技会後の休養をとりますか?
 ボ 通常世界選手権大会の後は1週間から1カ月充分休養をとります。私が競技生活をしていた時は競技会後2~3週間休みました。
 問 リフターのために1年に何回位の競技会を推奨しますか?
 ボ ソ連のスポーツマンは年に10~15回競技会に参加しますが,私自身は年に10回が限度です。ウラソフは6~8回程度です。
 問 競技会と競技会の間はどの位ありますか?
 ボ 大体1カ月~1カ月半,時には2週間位。それらは競技会の重要性によって決められます。
 問 競技会の前の最後のトレーニングはいつ行ないますか?
 ボ 金曜日が試合のときは水曜日に行います。最後のへビー・トレーニングは通常競技会の10~15日前に行ないます。ザボチンスキーは通常主な競技会の1~2週間前迄,彼のその時々の体調に応じてへビー・トレーニングを行なっている。
 問 競技会前のトレーニングの強調点はどんなことですか?
 ボ 通常競技会前は技術を強調します。
 問 世界選手権大会における一流リフター達の共通した欠点はどんなものですか?
 ボ プレスの際目に余るのは足を曲げること,スナッチではバーベルを引ききらないうちにもぐって了うこと,ジャークの際充分バーベルをつき上げていない点です。
 問 ウェイトリフターにとって最も重要な訓練は何ですか?
 ボ 3種目を行なうことが最も重要なことです。
 問 1968年のオリンピックに対するソ連チームの決意は?
 ボ 我々のチームはオリンピック大会に非常に良い体調でのぞむと思います。
 問 高地によるリフターの影響をどう思いますか?
 ボ 高地の影響はそれ程ないと思う逆に良い結果が出ると考えている。
 問 別れに際してすべてのリフター達のために忠告をお願いします。
 ボ 最も重要なのは沢山のハード・ワークを毎日厳格にくり返すことです。
 (トミー・コーノ氏はこの後べリヤエフとクレンツォフの2人一緒にインタビューしましたが,紙面の都合上,ベリヤエフの項だけ先に記します)
ベリヤェフ選手

ベリヤェフ選手

■べリヤエフとのインタビュー
 問 あなたのクリーン・アンド・ジャークの最高はどの位ですか?
 ベ 私のトレーニング中の最高は185kgで,ジャークだけでは190kgです(1966年の世界選手権大会で190kgのクリーン・アンド・ジャークに成功している)
 問 あなたのクリーンは非常に素早いが,クリーンのために特別な訓練をしましたか?
 ベ 私はスナッチの世界記録保持者であった(ミドル級の,現在はライト・へビー級のス
ナッチ記録を持っている)が,それと共に特別なトレーニングをしないで178kgの世界記録も樹立した(ミドル級クリーン・アンド・ジャーク)。通常私は週に1度しかクリーン・アンド・ジャークのトレーニングをしない。
 問 この前の世界選手権大会(1966年ベルリン)であなたのライバル,ベレスが最後の試技で190kgの世界記録をだし,それによりトータルでも485kgの世界新記録をマークしました。
 またあなたも190kgを上げ優勝を遂げましたが,その時の感想は?
 ベ 彼が試技を成功した時,たとえ彼が強かろうと,私もそれを上げなければならないと思い覚悟しましたが,いつもよりたやすくそれを上げて了った。
 問 世界選手権大会でスナッチの1回目と3回目にバーベルを頭上に持ちながらダック・ウォーキング(アヒル歩き)をしましたが,この動作はトレーニング中意識して実行していたのですか?
 ベ はい,私はそのためにトレーニング中ダック・ウォークを特別にトレーニングしました。スナッチの練習は週に3度行ない,更に他の種目のトレーニングを行ないます。
 問 私は以前あなたはトレーニング中に,160kgのクリーンをして,フロント・スクワットを3回くり返しジャークしたが,それに注目しました。
 ベ それは2つの訓練を1度にしただけです。
 問 デッド・リフトをやりますか?
 ベ 特にしませんが,スナッチ・グリップと,普通のグリップでハイ・プールを実行します。スナッチのためのハイ・プール実施重量は150~170kgで,普通の引き上げは200kgで行ないます。
 問 あなたの手帳に記録されているトレーニング記録に注目しましたが,あなたの全体の計画はどのようにしていますか?
 ベ トレーニングは週に5回,各々3時間行ないます。そして週に1度プレス,週に3度スナッチ,週に1度クリーン・アンド・ジャークを行ない,週に2度,特別にスクワットを行ないます。
月刊ボディビルディング1969年2月号

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