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1971年ボディビル界の抱負
==対談==

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月刊ボディビルディング1971年2月号
掲載日:2018.04.20
JBBA関西委員会専務理事 河 啓一

JBBA関西委員会専務理事 河 啓一

JBBA理事長 玉利 斉

JBBA理事長 玉利 斉

玉利――今日は君と2人で71年のボディビル界の抱負を大いに語ろうということですよ。
河――まず、昨年は協会の組織が大きくなっただけに、いろいろな行き違いや、誤解が起りましたが、今年はそんなことのないようにしたいものですね
玉利――まったくその通り。JBBAも漸く組織化が進み、全国的規模の協会に成長してきただけに、これからは意志の疎通をはかり、スム―ズな発展的運営が必要になってくる。
 いままでは、開拓期であり、創設期であっただけに、トップのダイナミックな推進力が必要だったが、どうやら路線も引けたから、これからは常識的な感覚による運営が要求されてくる時代だ。
河――ともかく僕が第2回のミスタ―日本に出場した頃に比べると、質量ともに長足な進歩をしたものですね。それだけに創設期に苦労した人たちの努力や、気概を忘れずに、これからの人たちにボディビルのよい伝統を受け継いでもらいたい。
玉利――71年は組織化されてきたJBBAの機能を円滑に運営し、国際ボディビル界との交流を積極化することが大切だね。
河――まず、手近なアジアの諸国との交流を深めたい。
玉利――それから、ボディビル・ジムやコ―チの権威を高め、ボディビルの必要性を一般社会人に認識させること
が大事だと思う。
河――私は協会の仕事は大きくわけて4つあると思う。1つはコンテストや記録会の開催、2つめはボディビルの普及啓蒙、3番目はジムや指導者の認定、4番目は技術面の研究指導ということになる。
玉利――そのうち、いままでにやってきたことは1だけだ。こんなことではいけない。本当に協会としてやらなけ
ればいけないのは2から4までだ。
河――そこで、いざ実現となると、いうはやすく、実行は難しい。なんといっても現在の協会の執行部が寄せ集めで弱体だ。協会から生活を保障され、責任をもって協会の仕事に打ち込める人間がいなければ、すべて空論になってしまう。結論は財政の確保が大きなパ―トをしめてくる。
玉利――たしかにそうだけれど、無いからといって、何もできないといっていてはだめだ。まず、意欲を振い起して実現化すべく挑戦することだ。僕にしたってこの5年間、やってやろうという意欲だけで何とかいたらないなりに歩んできたよ。
 早稲田でバ―ベル・クラブを作ったのが昭和28年だから、あれからボディビル一筋に18年だよ。もうそろそろ僕もボディビル界の第一線から引退させてもらいたいね。若手も立派に育ってきているし。
河――理事長が簡単にそういっては困りますよ。まだまだやってもらいたいことが山程あるしね。
玉利――もし私が第一線から引退したとしても、ボディビルに対する信念と情熱は一生変らないよ。僕自身もボディビルで鍛えた肉体と精神を、有意義に実社会に生かせたいし、いつまでも基礎づくりのボディビル界に止まるの
では不甲斐ないよ。
河――ともかく71年のボディビル界はじっくりボディビルの本質を理解し、同時に協会もいたずらに外への発展だ
けではなく、質の向上をはからなければいけませんね。
玉利――ともかく人間は何をやるにしても自分自身を鍛えなければだめだと痛感します。自分を反省し、つちかわないところからは偉大な前進や創造は生まれるわけがないですからね。

今日はJBBAの機関車、玉利理事長と、同じくJBBAの関西委員会のまとめ役、河啓一専務理事に登場してもらい、71年度のボディビル界の抱負を語ってもらった。
ともに30歳台、未来をめざす世代だけに話がはずむ。
結論は、JBBAのために、腹と力を合わせて、協力してあらゆる問題にとりくんでいこうという、信頼感に満ちた握手で幕切れとなった。
月刊ボディビルディング1971年2月号

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