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バーベル放談⑬
水泳の効用

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月刊ボディビルディング1969年8月号
掲載日:2018.02.24
アサヒ太郎
 若者のシーズン、夏がやってきた。

 そこで、今回は水にちなむ鍛練物語をお伝えしょう。

<ピンク帽の群れ>

 ロート製薬という会社がある。目薬で有名だが、ロート胃腸薬という胃病のクスリでごっそりかせいだときく。ここの山田社長は、数億? のカネをかせぎ、その私財の一部をなんとか社会に役立つものに還元したいと考えた。ご本人の話では「貯めるものは十分に貯めたし、これ以上財産をふやしても意味がない。そう考えたので何かやろうと思ったという。うらやましいようなセリフ。私も、一生にいっペんぐらい社長さんのようなセリフを吐いてみたいですね。と申し上げたら、ハハハッと愉快そうに笑った。

 さて、山田社長はそのカネで自分の会社の一角に温水プールを作った。そして、全国健康優良児のリストからこれぞと思う女児を募集し、ミュンへン・オリンピックを目標に五輪選手の養成に乗出した。私が取材にでかけた折り、ここのスイミング・グループは20数人いた。いずれも小学校六年生から高校一、二年ぐらいまでの学童、生徒たち。体は人一倍優れているがなかにはまったく泳げない者もいた。それを手取り、足取り教え込んだのが早大OBの金田、加藤の両コーチである。

 金田コーチは中学校の先生だったが、中学水泳の指導で一躍名を上げ、スカウトされてここへきた。秘書係長の肩書を持っていたが、仕事は天才水泳選手の発掘ならびに養成である。加藤コーチは学生時代平泳の選手で、金田コーチの助手格として手伝っていた。

 湯煙が立つプールのなかに入って私はびっくりした。高校生と思ったのが中学生、中学生と思えたのが小学生というすばらしい女の子たちばかりなのである。肩の線が丸味を帯びて盛り
あがり、胸元厚く、がっしりとして、みごとな体格の持主ばかりだ。

 健康優良児ばかりだから、りっぱな体なのもむりはない。それにしても、これほどみごとに発育するとは……、と感嘆しばし、の状態だった。よくよくきいてみると、当然だった。

 全国から選ばれた女の子たちは、同じ社内の広場のスミに立つ鉄筋コンクリート作りの寮に同居し、三度の食事はもとより練習も合同で行なう。学校は、小、中、高校とまちまちだが、登校前にまず2、3千㍍泳ぐのである。泳げなかった者もたちまちコツを覚え、ぐいぐい泳ぎまくっている。ひごろ泳ぎ慣れないわれわれは、50メートルを折返すだけで、心臓が止まるかと思われるほどだが、彼女たちはまるでイルカのようにスイスイ折返し、水しぶきをあげてプールを往復している。

 胸が厚く広がり、手足もすっきり伸び切って、ファッション・モデルそこのけの体になってくるのも当り前だ。朝の食事が終ると、それぞれ学校へ。そして帰寮後、午後の練習がはじまるのである。これまた数千㍍。プールは若アユの群れに活気を帯び、コーチのはげしい叱声が壁にはね返る。タ食、これもごちそうである。カロリー満点の食事をすませ、夜8時みたび練習がはじまる。つまり、1日にざっと7、8千㍍は泳ぎまくるのである。

 オリンピック選手は、大体1日1万㍍泳ぐ。日本のトビウオ、古橋がそうだったし、山中も同じだった。彼女たちはあすの五輪選手をユメ見て泳ぐ日課を繰返しているわけだ。

 あらゆるスポーツのなかで、泳ぎほど全身のバランスが取れた強化訓練はないという。

 心臓が強くなり、手足はもとより全身の筋肉が発達する。最近は腕の力をつけるためバーベルを使ってきたえている。いまは引退したが、サトコ(田中聡子)ミッチ(木原美知子)らはいずれもこうしたトレーニングを積上げて名を上げたのである。夏は、若者のモノ、といわれるのも、この理由からである。ハダカになって太陽の光を浴び、思いきり手足をのばして海辺を走り、そして泳ぐ。

 このときばかりは、たくましい青年の体が、〝優者〟の存在になってくる。貧相な、やせ衰えた体では、恥ずかしさが先立って面も上げることができない。ボディビルが、春3、4月ごろからさかんになるのも、この夏にそなえて体作りをはかろうとの青年たちが多いからときく。もっとも、3つき4つきでへラクレスばりの体ができあがるものではないが、少しずつでもきたえれば、見違えるような体格になるものである。

 あの、〝水の女王〟といわれたオーストラリアのドン・フレーザー。

 そのフレーザーが、泳ぎの効用をこう説いた。

「オーストラリアでは、母と子の、おそろいの水着を売っている。これは子供をヨチヨチ歩きのうちから海に親しませ、体づくりをしようというわけで親子連れの泳ぎが多いからだ。

 小さな子供は、海辺の砂に何度も足を取られて転ぶうち、足、腰をきたえる。オゾンを吸って皮膚も強くなり、胸も丈夫になる。そこで、大きなボールを遊び道具に与える。そうすると子供は胸いっぱい両手をひろげてボールを抱え、投げる。胸カクはいやがうえにもひろがる。日本人の女の人は胸が薄いが、小さいころからこんな習慣をつければ、きっとぶ厚い胸になり、バストもすばらしい発達をみせるに違いない。

 なるほど。まことにその通りだ。と私は思った。小さい子供に大きなオモチャを与えるのは、児童心理学の面からいっても、たいへん効果がある。人間が気宇壮大になり、こまかい事にこだわらない性格ができ上るのである。

 ところで、山田スイミング・グループの成果は、数年経たずして現われた

 関西選手権はもとより、日本選手権でも数人が優勝し、ついにメキシコ・オリンピックにも代表を出した。数年前、天理市で行なわれた中学選抜水泳大会では、ピンク色の水泳帽をかぶった山田のメンバーがことごとく優勝をさらい、「あんな特殊教育をやっているグループの子を出場させるのはけしからん」と他の中学校の先生から抗議の声も起っていた。

 英才教育の是非はとにかく、山田スイミング・グループの名は、いまでは日本じゅうにとどろき渡っている。

<ビルダーと海>

 本場、アメリカでは真夏のさかり、ビルダーは海辺でバーベルを持上げ、体をきたえるときいている。太陽の光で皮膚を強め、こんがりと焼き、そして筋肉のやわらいだところでバーベルを上げる。筋肉をたくましくするには絶好の場所だ。

 世界の柔道チャンピオンになって、日本の柔道マンを顔色なからしめたオランダの巨人、アントン・へーシンクは、ひまあるごとに山に入り、キコリのように丸太を抱えて山を上下し、足腰をきたえたが、海の効用もこれと同じだ。手足を動かし、泳ぎつづけるうちにびっしり筋肉が身につき、胸囲もひろがる。そこへバーベルだ。いやでも体が大きくなる。そして、ぐっすり眠り、うんと食べる。育ち盛りの少年なら、5㌔、10㌔またたく間にふえるのではないか。

 水泳をすると、あまい物が欲しくなる。ゼンザイなど、まことに結構なオヤツだ。これは、はげしい運動で体力の糖分を食いつぶし、生理的な欲求が起ってくるからである。

 マラソンをすると、体内の栄養はまず糖分が減る。続いて蛋白源が無くなってくる。40数㌔もの長距離になると選手はこの栄養補給に必死となる。コース途中、それぞれ独自のジュース類を用意して、ワシづかみにこれを飲み干し走り続ける。この調合をうっかり間違え、他人のジュースを飲んだりするとたいへんだ。コーチが、一番気を使うのも、こうした事なのである。

 水泳の長距離は、水上のマラソンである。

 ビルダーの諸君は、別に水泳の専門家ではないのだから、これほどはげしい泳ぎはすまいが、バーベル持参で海に行き、泳ぎの合い間にきたえるのはまことに最適のトレーニング法なのである。

 ちなみに、水泳の選手をよく観察してごらんなさい。アンコ型の体はきわめて少い。みんなスラリとして見えるが、よく見ると筋肉質で、みっちり肉がつき、ほれぼれするような体つきをしている。そして上体の発達がとくにキワ立ち、大胸筋、背筋などが実にきれいだ。ボディビルダーは、筋骨隆々タイプだが、水泳選手はスラリ型といえる。

 アメリカや、ヨーロッパあたりでは金ができると海辺近くに別荘を構える人が多い。

 これは、趣味と実益を兼ね、健康と遊びに海水浴をしようというねらいがあるのだ。

 ところが、日本ではきれいな海近くに家を作っても、余り海を利用する人がいない。

 たんに、環境の良さを楽しみ、海辺を散歩する程度ですませる風習に止まっているようだが、これではもったいない。たとえ、50になり、60を過ぎても、体が健康であるかぎり、水に飛込み、泳ぎまくるといったダイナミックな生活態度が欲しいものだ。

 日本人は、とかく箱庭式に、静かに生活を送るクセがあるが、夏になれば海へ、山へ、そしてプールへと、年を忘れてどしどし出かけ、冬にそなえての体力を養成したい。

 まして、ボディビルダーともなればこうした健康法には積極的に取組むべきだ。

 ハダカになってオゾンを吸い、紫外線を浴びて筋肉をきたえ、バーベルを上げて大いに力をつけようではありませんか。

 背広の上下を身につける晩秋から初冬にかかるころ、貴君の体はターザンのごとく、闘牛士のごとくみことな体をほこる存在になりますよ。
月刊ボディビルディング1969年8月号

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