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バーベル放談⑭ ~ ヤンキー魂 ~

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月刊ボディビルディング1969年9月号
掲載日:2018.05.20
ア サ ヒ 太 郎

アメ・ラグと根性

 アメリカン・フットボールというやつがある。プロテクターを身につけて肩をいからし、ヘルメットをかぶって突進する例のアメリカ式ラグビーだ。

 そのアメ・ラグは、日本では余り人気を呼ばないが、本場アメリカでは三大スポーツの一つだ。つまり、プロ野球、バスケット、アメ・ラグである。そのなかでも、アメ・ラグはプロ野球をしのぐ人気を持っている。

 なぜか? あの100キロ台の大男達が全力をかけて走り、ぶつかり、取っ組み合うスリルがヤンキー気質にぴったりだからだ。

 アメリカは、日本やヨーロッパの諸国にくらべ、はるかに若い国だ。南北戦争で国を統一し、合衆国の形態をととのえたのは、つい100余年前のことフロンティア・スピリットとか、パイオニア・スピリットと呼ばれるアメリカ人の積極果敢な精神は、このころから生まれた。

 ほろ馬車で荒野をかけ回り、インディアンと戦い、丸太小屋を建て、原野を開拓して牧草地とし、畑を作った。野性の猛獣に襲われることもあったろうし、高熱に苦しむときもあったろう。それを乗り越え、現代の大都市を作り上げた。ある人は、アメリカ人のパイオニア・スピリット、フロンティア・スピリットは殺りくの精神、つまり、人を殺し、血にまみれた闘争心だという。たしかにその通りだが、スリルを好み、スピードにつかれるヤンキー気質は、こうした歴史の足跡から植えつけられ、育てられたものだ。

 アメ・ラグが人気を呼ぶわけである。

 私は、仕事の関係でこのアメ・ラグをよく見る。先日も、アメリカ空軍の厚木キャンプで、アメリカ・チームと日本の大学チームの試合を観戦した。いい勝負で、わずかの差で日本の大学チームが負けたが、オール・スターでぶつかれば勝ったろうと思う。

 このアメ・ラブは実にケガが多い。なにしろヤンキーどもは、いずれも90キロから100キロ台の大男ぞろいだ。それが、スクラムを組み、突進すれば体当りで相手をふり飛ばし、山のように重なり合って倒れる。これでケガしなければ、しないほうがおかしい。だから選手はほとんど肩や胸、ヒザや足首を折ったり、ヒビ割れしている。それでも試合を続けるのは“やむにやまれぬアメリカ魂”というところだろう。

 彼らはよく「あいつはガッツがある」という。ガッツ(GUTS)とは日本語の“根性”ということだ。日本のヤマトダマシイは、世界唯一の特許精神ではない。どこにも、ヤマトダマシイと同じ精神があるのだ。

真珠湾を忘れるな!

 第2次大戦が起きた昭和16年12月8日未明、日本海軍の爆撃機、潜水艦はハワイの米海軍基地真珠湾(パール・ハーバー)を急襲した。この不意打ちを怒り、アメリカ人の心には「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな!)の復讐の念が焼きついた。

 戦争は一時、日本軍の大勝が続いたが、物量に優るアメリカ軍の反撃がしだいに戦局を変え、ついに日本は昭和20年8月15日、有史以来の屈辱を耐えしのんで全面降伏に応じた。若い読者の諸君が生まれる前後だ。

 この長い戦争中に硫黄島、沖縄の痛ましい血戦が繰り返され、日本軍とともに、アメリカ軍も多くの人命を失った。これもヤンキー魂の発露だったのである。

 戦前、日本国内では「アメリカは雑種の人間の寄合い世帯だ。祖国愛などはないのだ」という説があった。ところが、フタをあけると案に相違、彼らは勇敢に戦った。もちろん、全部が全部ではない。彼らは万端の準備をととのえ、勝てる計算がないかぎり、日本人のように無茶な無手勝流の戦いはやらない。

 これはダメだ、とても勝てない、とわかると、あっさり手をあげる面がある。ヤマトダマシイと違うところだろう。しかし、十二分に計算があると、一時はたとえ不利でも、ねばりにねばって戦い抜く。

 あのマッカーサー元帥は、フィリピンから一時逃げ出すとき「アイ・ウイル・カムバック」(私はきっと帰ってくる)とフィリピン国民に言葉を残し、それを実行した。これも、計算あってのことだろう。もし、日本に同じ物量、弾薬、科学兵器があったとしたら、おそらくアメリカ軍は戦わず、降伏したろうと思われるが……。

 いずれにせよ、パイオニア・スピリットは今日も生きている。

 アメ・ラグは、コンタクト・スポーツ(CONTACT SPORT)といわれ、ぶつかり合うスポーツの一つにかぞえられている。アメリカ人に聞いても「あのがつんとぶつかる瞬間の勇ましさがたまらん」という。

 それほど血わき、肉おどるはずのスポーツがなぜ日本では不人気なのか。要するに、体が小さく、ダイナミックな点に欠けるからだ。毎年1月15日に行なわれる東西学生オール・スター戦を見ても、フロントの平均体重は75キロ前後、アメリカ人の90キロ、100キロクラスにくらべぐんと小さい。もっと国民体位が向上し、大きな青年が出現してくれば、試合はもっと面白くなるだろう。

アメリカ版姿三四郎

 さて、ヤンキー魂の別の例だが、東京オリンピックの前年に行なわれたプレ・オリンピックで、アメリカ人の柔道マンがたしかヘビー級で大活躍し、日本の大学一線級の選手をみごとにぶん投げた場面があった。彼はたしか銀か、銅メダルを取ったはずだが、彼は柔道ひとすじに生活をそそいできたアメリカの“姿三四郎”なのである。アメリカの有力雑誌「スポーツ・イラストレーテッド」に掲載されたその修業ぶりを見て私は感心した。

 仮りに、彼の名をMとしよう。

 Mは、朝鮮動乱で韓国に出征した兵隊だった。軍隊に入るまでは学生で、柔道にたいへん魅力を感じケイコを積んでいた。

 そのため、忙がしい軍務の余暇をみつけては、ソウル市内の柔道場を訪ずれ寸暇を惜しんでケイコにはげんだ。寒中零下何十度のきびしい日も欠かさずに通い続けた。Mの隊からケイコに通う数キロの道中は、途中ゲリラが横行し、いつマシン・ガンにねらわれるかわからないという危険区域だった。Mはこれを警戒して自分もライフル銃を放さず、四囲に目を配りながら道場を往復したという。

 寒中のあるときは、バケツの水が凍って体をふくこともできず、ハダを刺すような寒気にさらされながらケイコ着をまとったともいう。しかも、はげしいケイコで体はあちこち骨折し、ちょっとかぞえただけでも、7、8カ所を折っているという。

 除隊後、Mはふたたび柔道に専念した。重量級ではそれほど恵まれた体ではなかったが、この精進がみのり、海外遠征十数回、オリンピック・チームのメンバーにも加わり、全米選手権者として名を売った。

 アメリカ人でも、こんなヤツがいるのである。日本人たるわれら、負けるわけにはいかんではないか。

世界の第一人者たらん

 もう一つ、例をあげよう。

 世界の耳目を集めたあのアポロ11号の乗組員たちだ。船長のアームストロングは、唯一の民間人パイロットだが、沈着な態度、冷静な判断力を高く評価されてキャプテンに選ばれた。

 月への遠征、こんな大それた旅が、われわれの在世中に実現するとは、ちょっと想像もつかなかった。だが、事実はいまわれわれの目前に起きた。

 この宇宙遠征飛行士の訓練はたいへんなものだと聞く。無重力の世界、軌道回転、月への第一歩、どれもこれも地球上のスポーツ訓練などとは別世界のきびしいトレーニングである。

 聞くところによると“月への使者”となる宇宙飛行士は50数人いるという。いずれも、すばらしい頭脳の持主で体力も抜群の人たちである。こうした人たちがつぎつぎはげしい訓練を受けて、自分の番を待ち構えているのだ。

 アポロ打上げについては、かならずしも全米の国民が賛成しているわけではない。約半数の国民が反対とも聞く特に、黒人は強烈な反感を持ち、8兆?もの巨額なカネをかけて月に行くより、いま目の前に苦しむまずしい人たちを救えと叫んでいる。しかし、それでもアポロ計画は強行されている。

 なぜか? やはり、そこには世界の第一人者たらんとするヤンキー魂がうかがえる。

 宇宙への挑戦は、ひところソ連が先行し、アメリカはしばしば失敗を繰り返して、大きく“水”をあけられた感じだった。これではいかんとヤンキーは奮起した。それが、こんどのアポロ11号の大成功である。

 ニクソン現大統領は、1960年に「次の10年以内に、アメリカはきっと月への到着を実現してみせる」と明言し、国民に約束した。それが言葉通りになったのだから。ニクソンさんの喜びは人一倍だろうが、これも考えてみれば、スラブ民族に負けまいとするヤンキー根性の発揮ではないだろうか。

 なんでも、宇宙計画は、アメリカの雑誌ライフが独占し、百数十万ドルの契約料を払っているという。宇宙飛行士は、1人当り5万ドル、あるいは10万ドル近くカネをもらう契約だとも聞く。いかにもアメリカ人らしいやり方だがヤンキー魂はこれと関係あるまい。

 十二分に計画し、採算が合えば、断じてひるまず目的実現に突進するーーこれが、ヤンキー魂ということになりそうだ。

 損得を無視し。猪突猛進型のヤマトダマシイとはえらく違うが……。
月刊ボディビルディング1969年9月号

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