フィジーク・オンライン

Ad by aerobis

Weekly Monthly Shopping

ホルモンとからだ

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1969年10月号
掲載日:2018.04.03
ビル・パール(Health and Strength)

ビル・パール(Health and Strength)

小 野 三 嗣

ホルモンの特殊性

 ホルモンという化学的物質は、その構成分の差異という点から分類すると、ステロイド、アミン、タンパク体、およびアミノ酸化合物の4つに分けられます。そして、これらの物質の一致した共通点として、少なくとも、次に述べる事実をあげることができます。
 ①ホルモンは体内で生産される
 ②分泌量は微量で、しかも、大きな全身作用をあらわす
 ③ホルモン相互間に影響性がある。いいかえると、独立した変化がない
 ④分泌調節作用があり、過不足のない状態を維持するようになっている
 ⑤外部からの人工投与を行なうと、体内臓器はそのホルモンの生産を手控えるようになる
 ⑥性、年令に応じて、分泌量が変動する

 以上を要約しますと――ホルモンとは、成長発達の過程に応じ、体内諸臓器組織の働きを統合、調整するために内分泌される化学物質であり、性的特徴をもっている――ということになります。

ホルモン療法のまえに

 きわめて微量で、しかも、すばらしい効果がある――ときけば、だれでもそれを使いたいと考えます。それは人情であり、非難するにはあたらないような気もします。しかし、むかしから「うまい話にはウラがある」といわれているように、効果が大きければ大きいほど、逆作用――いっぱんにいう〝好ましくない副作用〟――が多いのではないか、と疑ってみるのが常識です。

 そして、それを考えるばあい、ぜったいに忘れることのできない問題として、個性と体質があります。身長の大小と成長ホルモンとの間には密接な関係がありますが、身長は成長ホルモンの量だけによって左右されるものではありません。分泌量が同じでも、個人の先天的素質あるいは環境因子などによって、その効果のあらわれ方は千差万別となるわけです。

 ただ、このような効果の差が、量的な差としてのみあらわれ、直接生命現象への侵害とならないばあいは、それほど大きな問題としてとりあげる必要はありませんが、これが質的な差という形であらわれるということになりますと、これを軽々しく考えるわけにはいきません。

 むかしから、食事を供応するとき「毒味する」というならわしがありました。供応する側が害意のないことを行為で示したわけで、接待される側はこれで安心して箸をつけられることになります。

 しかし、戦国乱世の時代に由来するこのような誠意の自証方式も、科学的にはあまりアテにはなりません。善意からの供応でも、接待される人の体質の差異によってあらわれるアレルギーというものが、どんなイタズラをするかわからない、といいたいのです。

 ペニシリンは何百万人の生命を救いましたが、何十人かは殺しているということは、動かしがたい事実です。1万人の人に実験してみてOKだったからといって、1万1人目の人にとって安全である、という保証はないと考えなければなりません。

 ホルモン剤が、まえに述べましたように、人体にとって普遍的な作用をあらわす化学物質であることは、事実ですが、だれにでもつねに同じ働きを示すといったらウソになります。男性ホルモンの毛髪に対する作用などがそのよい例といえましょう。ヒゲは男性ホルモンがなければ生えませんが、同じ毛でありながら頭髪は、男性ホルモンの存在によって逆にぬけてハゲになります。それでは、男性ホルモンがあればだれでもハゲるかというと、そうではなく、同じ男性でありながら、頭髪の濃淡、ハゲの程度にいろいろ差のあることは、ご承知のとおりです。

 ヤナギの下にいつもドジョウがいるとはかぎりません。人の言葉をうのみにして、何かのホルモン療法をためしたところ、ぜんぜん効果がなかった、というくらいはまだしも、逆作用をまねいて元も子もなくしてしまうことだってあることを、まず考えてかかる必要があります。

ビルダーのホルモンへの関心

 ビルダーがいちばん関心をもつホルモンは、タンパク同化作用をもつ男性ホルモンです。睾丸から分泌される男性ホルモンのテストステロンが、アミノ酸を筋線維中にとりこみ、筋タンパクを合成して筋線維をふとらせるといわれるからで、しかも最近、このテストステロンに似たタンパク同化作用の強いステロイドが合成市販されるにいたって、これに興味を感じる人が多くなってきました。そして、男性化作用を最少限におさえるという試みもあるていど成功したため、哺乳力の弱い男女両性の新生児にも用いられていますまた、消耗性疾患の回復期にある患者に投与した結果、好成績をあげた実例の報告があいつぎ、アメリカのビルダーたちがきそってこれを利用しているなどという情報を耳にするたびに、一部の人々の間に、これを大いに使おうという機運が起こっていることも否定できません。

 このような欲求のたかまりを背景として、指導的立場にある人々がいだく悩みは、はたしてこれを認め、あるいは奨励すべきか、それともこれを否定し、または禁止すべきか、という点に帰結するはずです。このばあい、問題をたんにタンパク同化ステロイドだけに限って述べることは、近視眼的な見方におちいるおそれがありますので、まず原点に立ちかえって考えてみることにします。

何のためのボディビル

 ビルダーのなかには、隆々たる筋肉が体にカッコウよくつくことがボディビルの最終目的であり、コンテストに優勝しさえすれば、あとはどうなってもかまわないと思っている人が、あるいはいるかもしれません。しかし、むしろ大多数の人々は、それを一つのステップまたは手段として、最終目標はそれより高いところにおいていると思われます。健康に生きること、たくましい生活を維持すること、可能性への挑戦によってたえず自分を鍛練向上させること……その人の人生観によるちがいはあるにせよ、己れを開発し、心身の充実した人生をめざしているという共通点に変わりはないはずです。

 前者のばあい、つまり、ボディビルそのものだけを最終目標とする人々に対する回答は次項にゆずるとして、ここでは、それを一つのステップと見ている人たちに、ぜひ考えてもらわなければならない点について、次に述べておきます。

1/筋肉質になることがすなわち健康である、といえるのか?

 人体組織は、筋肉組織、神経組織、上皮組織、結合・支持組織の4つに大別されますが、このうちの筋肉組織を増加させるということは、他の3つの組織のどれかを減らすということを意味しています。しかし、上皮組織と神経組織が減ることは考えられません。また、結合・支持組織のうちでも、骨格系が筋組織の増加にともなって減少するというのも不合理ですから、けっきょくは、結合組織が減少するということになります。

 もちろん、結合組織というカテゴリーには皮下脂肪などもはいっていますから、この皮下脂肪が減るのだといってしまえばそれまでです。しかし、結合組織には元来、病気に対する免疫体をつくったり、細菌の侵入に立ち向かう防衛機能の中心的役割を演じたりする働きがある、と考えられています。ドイツのベッツナー博士は、高度のスポーツ選手ほど伝染病に弱く、肺炎になったときに心臓マヒをおこしやすいのは、この結合組織が減少するからである、という見解を発表しています。

 過度の脂肪沈着は不健康のもと――ということはだれでも知っており、また、あるていどの証拠資料もそろえられていますが、だからといって、より筋肉質なほうがより健康である、という証拠はないということも、同時に知っておく必要があります。

 脂肪が体重の30%以上というのは好ましくないからといって、0%が理想だとはいえないということです。日本人男子体脂肪平均は9%、女子21%ですが、平均寿命は、男子70才、女子74才であるという事実をどう考えるべきでしょうか? また、筆者が東京山手地区在住の70才以上の、まったく健康で、血圧その他になんの異常も見いだせなかった婦人を対象に行なった調査では、体脂肪の平均値は28%であり、女子平均の21%よりも7%も多かったのですが、この事実をどう解釈したらよいのでしょうか?

 男性と女性とでは、いろいろなしくみが異なっていることは確かであり、個人の体質その他、考えなければならない点が多いのですが、少なくとも、脂肪はできるだけ減らし、筋肉はできるだけ多くすることが、健康への道である――という考え方については、再検討の余地がある、といわざるをえません。

2/タンパク同化作用の特異性

 タンパク同化作用というと、アミノ酸からの体タンパク合成が、組織細胞内で活発に行なわれる、という概念的なイメージをあたえますが、はたしてあらゆる組織細胞内で平等におこるものであるかどうかについて、考えてみる必要があります。

 実をいいますと、どんな組織内でもこれが平等におこる――ということは信じがたいのです。アドレナリンが血管に及ぼす作用ひとつをとってみても、心冠状動脈は拡張させ、皮ふ血管などは収縮させる、という正反対の作用をあらわします。一つの生理的物質があらゆる組織で平等にふるまうと考えるよりは、相手しだいで作用が変わる、というほうが、生物学的常識として理解しやすいといいたいのです。

 まえにふれた男性ホルモンのヒゲと頭髪に対する作用のちがいも、その1例といえます。また、副腎皮質ホルモンの脂肪代謝についても、部位特性のあることがわかっています。このホルモンが増加すると、血清の中の脂肪がふえ体脂肪の沈着がおきますが、顔首、腹などにつくかわりに、手足にはつかない、といった例がそれです。

 男性ホルモンのタンパク同化作用についても、いわゆる骨格筋線維肥大という形はみとめられますが、他の組織タンパクがどのような変化を受けるかは、はっきり証明されたわけではないし、すべて同化の方向に進むとは考えにくいのです。男性ホルモンが骨の発育をうながすのは、オセイン・タンパクの沈着をおこさせるからである、と知られているし、赤血球やヘモグロビンを増加させる点から、造血にかんするタンパク合成がさかんになることも知られているだけに、半面、脳組織や網内包系細胞、肝細胞などでは、積極的な分解作用まではいとなまなくても少なくとも、同化作用はないのではないかと思われます。

 あまりにもはげしい運動を行なったために、頭の働きが悪くなったり、病気に弱くなったりしたと考えられる実例を散見しますので、いちおう、このような見方も成り立つのではないかといいたいのです。

ボディビルonlyの人へ

 世間では、体を動かし、鍛えるということは、すべて健康のためでなければならない、と考えている人がおりますが、それは生物学的に見て、根本的に誤りであるだけでなく、元来不可能なことがらです。

 専門スポーツ種目で世界一になることが、かならずしも世界一の健康を獲得したり、世界一の長寿者になることに通ずるわけではありません。医学的な使命感に忠実であるばあいは、長寿こそが最終目標であり、唯一絶対の到達点であるかもしれませんが、社会学的あるいは人生論的評価の個性を尊重する立場に立つばあいは、目標が長寿や健康からそれても、ふしぎはないと考えます。太く短かく生きよう――というと、すぐ反社会的な無軌道人生礼賛者のようにとられがちですが、若いときにエネルギーを爆発的に消費することで社会に貢献しようとする生き方までを否定するのは、あやまりです。

 ボディビルを、己れの肉体を造形することによって表現する芸術である、と信ずるばあいは、すばらしい肉体の造形が比較的容易に達成できる青年時代に全能力を集中し、可能性の限界にいどむことは、すばらしいと感じられるにちがいありません。長寿だの、健康だのといういっさいの雑念をすててこそ、芸術は花開き、スポーツ記録の限界が高められるのです。

 音楽家、画家などの中には、己れの精神構造を破壊してまでも、その芸の中に生きようとする人もいます。ボディビルに全能を傾けることによって、いかなる欠陥が生じようと意に介しない、と感じる人が出てきたとしても、それを観念的に不当としてかたづけてしまうのはいけないと思うのです。

 ただし、ぜったいに許されないのは理論のすりかえであり、真実を歪曲するごまかしの理論です。外見的にみごとな筋肉美をつくることが、ただちに健康に結びつくといったり、筋肉をつくることによって生じる弊害はないと思いこみ、手段のいかんにかかわらず到達できさえすれば善であり、美である、などと放言することはやめなければなりません。

 次に、健康も長寿も度外視して、ボディビルそのものさえ完成すればよいと考えている人々のために、書いてみました。

 ①タンパク同化ステロイドのほうが体内にある男性ホルモンのテストステロンよりも、筋肉をふとらせる作用が強い。

 ②禁欲生活をすれば、男性ホルモンのあまりができて、ボディビルなどのとき、筋肉づくりに有利である、と考えるのはあやまり。睾丸から出るテストステロンは、電解質代謝、水代謝に影響をあたえて、水ぶくれによる体重増加のおそれもあるし、第一、体内ホルモンは、余剰ができそうになれば、むしろ生産をさしひかえるようになるからである。

 ③薬物として服用するばあいのタンパク同化ステロイドの副作用を気にしているものがいるが、健康無視の立場なら気にすることもあるまいと感じられる。服用後ただちに目立って異常な副作用があらわれないのが普通であるしかし、それを長年月にわたっての遠隔効果としてとらえてみたばあい、思わぬ変異をきたしている可能性だけは考えておく必要がある。

 ウェイト・トレーニングなどによって達成できる限界以内のばあいは、本人の自然な適応性変化によったものであるから、少なくとも生理的であるということができるが、薬物を用いて異常な状態をつくり出すのであるから、体になんらかのむりがおこっているものと考えるべきである。若いときのムリは年老いてから出るものである。

 ④タンパク同化ステロイドの生体に対する作用には個人差がある。ある人のばあいは、筋肉をふとらせる作用が著明に出るが、別の人では、わけのわからぬ副作用だけがあらわれ、ねらった筋肉のほうにさっぱり効果が出なかった、ということもありうることを、最後につけ加えておきます。
(筆者は横浜国立大学教授、医学博士)
月刊ボディビルディング1969年10月号

Recommend