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’69ミスター日本コンテスト●レポート

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月刊ボディビルディング1969年11月号
掲載日:2018.06.09
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玉利 斉
 ’69ミスター日本コンテストは、第1回大会の会場であった神田共立講堂に、15年ぶりにもどって行なわれた。

 15年の歳月と多くの関係者の努力は選手の質量の向上はもちろん、コンテストの演出、運営さらには観客動員において、第1回とは比較にならぬ進歩をまざまざと示した。

 当時学生で、運営委員の1人として司会を担当した筆者もすでに36歳、今回は特別功労賞の光栄をさずけられ、この15年をかえりみて感無量の思いでいっぱいである。

 15年前、日本で初めての協会を設立し、右も左もさだかにわからぬまま、“ボディビルは日本人に体力と気力をあたえるもっともすぐれた体育手段である”との信念だけで第1回のコンテストを遂行し、以来いくたの困難や矛盾や偏見にあいながらも、協会がともかく現在の段階にまで進んできたのは諸先輩や設立時の同志であった方々をはじめ、その後ボディビル・ムーブメントの流れに身を投じられた数多くの人々の意欲と努力と温かい支持があったればこそ、と思っている。
中尾尚志選手

中尾尚志選手

ベスト15の戦績

 さて、前置きはこれくらいにして、まず出場選手のレベルをながめてみよう。

 1位の吉村太一選手は、昨年わずかの差で吉田実選手に敗れたが、一昨年あたりから、プロポーションのよさ、華麗な表現力によって、すでに今日の栄冠は十分に予想できた選手である。昨年にくらべ、筋肉的にはきわだった進歩は見られなかったが、肩と腕がややたくましさを増したようだ。

 しかし、優勝のポイントになったのは、やはり強弱のリズムと動きの大きさと、極めのあざやかなあのポーズにあったのではなかろうか。難点を指摘すれば、首と外腹斜筋と脚の細さが気になる。吉田選手は96kgの体重、178cmの身長でミスター・ユニバースに出場して完敗した。外国のトールマンの壁は厚い。吉村選手の78kg、177cmの体では、バルク不足を痛感するだろう。

 体質的にはバルクのつきにくい選手かもしれないが、トレーニング方法の研究と心身の安定と充実、食事の合理的摂取等により、ぜひもう10kgの体重を獲得して、来年のミスター・ユニバース・コンテストに挑戦してもらいたいものである。

 2位の小沢幸夫選手には、よくぞがんばったといいたい。今年のミスター東京コンテストでは4位に落ちて、ふるわなかったが、東日本コンテストでよく立ちなおり、1位を獲得している。警視庁機動隊員として徹夜の出動もたびたびという悪コンディションにうちかってきた精神的な強さと、あせらずくさらず、ひたすらにつみ重ねた努力とが、今回の2位入賞に結びついたのだろう。しかも、6月の記録挑戦会では、中量級のベンチ・プレスでみごと優勝している。

 3位は、福岡の新進、宮本皜選手だった。小笹和俊選手と同門のせいか、ボーズはもちろん、筋肉の質、体型までよく似た感じの選手である。脚の発達は、太さといい、デフィニションといい、まったくみごとなもので、今回脚の部門賞を獲得して“世界一の脚”の健在ぶりを示した武本蒼岳選手のそれとくらべても遜色はなかった。上半身がもう一回り大きくなったら、ミスター日本はおろか、世界にも通ずる存在となるのではないか。
宮本皜選手

宮本皜選手

 4位の中尾尚志選手のばあいは、もちまえのプロポーションのよさと、知的なマスクが有利にはたらいたことは否定できない。しかし、それらの先天的なよさを生かしたポーズもじつに美しく、上位入賞の選手たちのほとんどがたくましいヘラクレス型とすれば、彼のは優美なヘルメス型の美しさを最高度に示したものといえよう。
武本蒼岳選手

武本蒼岳選手

 5位の杉田茂選手は、昨年よりたくましさが一段と目立った。筋肉それ自体も、今年の記録挑戦会で上位に入賞したくらいだから、発達していることはもちろんだが、なんというか、男らしいフンイキをかもしはじめてきた。将来を大いに期待したい。

 重村洵選手は、今年のミスター大阪で優勝し、必勝を期して出場したのだろうが、惜しくも6位に甘んじた。なんといっても、致命的だったのが筋肉のバルク不足。とくに腕、脚、背の筋肉が小さかった。しかし、プロポーションのよさとキビキビしたポーズのみごとさ、キリッとしまったマスクのよさは、京都の中尾選手とともに、均整型ビルダーの双壁といっても過言ではあるまい。

 7位は武本蒼岳選手であった。ミスター日本コンテストや以前大阪で行なわれていたミスター全日本コンテストで、つねに優勝候補にあげられながらいま1歩のところで2位に甘んじてきただけに、今回は最後のチャンスとして、心中深く期するところがあったにちがいない。しかし、運命は彼にほほえまなかった。

 だが、武本選手の顔は「やるだけやったんだ。思い残すことはない」といっているように晴れやかだった。スポーツをやった者のみが知る、全力をつくした後の勝敗にこだわらぬさわやかさが、全身に満ちていた。しかし、モースト・マスキュラー・マンを獲得し同時に脚の部門賞もみごと手中にした。

 8位は東京の末光健一選手。昨年のミスター東京に初出場したが、小柄ながらよくまとまった逆三角形のプロポーションとポーズをとったときの力感に満ちかつ切れのよい筋肉は、わずか1年余のトレーニングをつんだ選手とはとても信じられないすばらしさだった。今年はミスター東京を獲得、その余勢をかっての出場で、大胆なしかも間のとりかたのうまいポーズで勝負したが8位にとどまった。体に厚味が足りないだけに、いっそうのバルクと脚の筋肉の鍛練を期待したい。

 9位の茨城の横塚辰雄選手は、大器晩成とでもいうか、昨年あたりからじりじりと進歩を示しはじめた。それまでは骨格の大きさばかり目立って、逆に体がうすく感じられた選手だった。それが、今年あたりはきわだって上半身に肉がつき、しかもスピードと極めのあるポーズを身につけて、なかなかの迫力を表現するようになった。それにしても、9位に食いこんだ健闘はたたえねばなるまい。
杉田茂選手

杉田茂選手

 栃木の小林淳選手が10位にとどまったのは意外であった。筋肉、ポーズともにすばらしい迫力を発揮したのに、なぜ10位だったのだろうか。少なくとも6位以内に食いこめる力は十分に出していたと筆者には思われたのだが。しいて理由をあげれば、小柄なために均整の点数が悪かったのかもしれない。しかし、順位はともかくとして、栃木の小林健在なりと再認識せしめた堂々のポージングだった。筋肉の発達もバルク、デフィニションともに完璧に近く感じられた。来年にこそ彼の捲土重来の活躍を期待しよう。

 11位は、栃木の初陣の若武者、21歳の木滑彪選手だった。ポーズをとらないときは目立たないが、ひとたびポーズをとると筋肉がひきしまって、精悍な肉体に変わる。明日を楽しめる選手の1人。
重村洵選手

重村洵選手

 12位は、東京のベテラン後藤武雄選手。すでに36歳、上位入賞を望むのはむりかと思われたが、幕をあけてみるとちゃんと12位にはいっていた。いまさら筋肉がどう、ポーズがどうというようなとらわれた感じがなく、淡々と自分の道をただひたすらに歩いている、といった態度はりっぱだった。心からおめでとうといいたい。
横塚辰雄選手

横塚辰雄選手

 13位は、静岡の大石秀夫選手。これはまた、プロポーションのよさと、ととのったマスクの清潔さ、いかにも明日を感じさせる若武者ぶりだった。いかんせん、年期の少なさのためか、まだすべてに甘い。

 14位は、北陸の雄糸崎大三選手だ。若冠20歳ながら、男っぽさを感じさせる。こんごの成長を見守りたい。
小林淳選手

小林淳選手

 15位は、静岡で3年連続のチャンピオン海野久男選手だった。元来地味な選手だが、今年は昨年とほとんど変化が感じられず、周囲の選手のレベル・アップと表現力の向上により、なんとなく目立たない存在になってしまったが、しかし、よくまとまった体をしているだけに、いまひとまわりの上半身の発達と、ポーズを研究して迫力を身につけてほしいものだ。このまま老けこんでしまう選手ではけっしてないはずだ。

モースト・マスキュラーと部門賞

 モースト・マスキュラー・マンの武本選手、腕の部門賞の吉村選手、胸の部門賞の小沢選手、腹と背の部門賞の末光選手、脚の部門賞をも獲得した武本選手、それぞれみごとだった。

 トールマン1位吉村選手、2位小沢選手、3位中尾選手。ショートマン1位武本選手、2位末光選手、3位小林選手もりっぱだった。

客観性ある採点規準を

 さて、選手の順位をながめてみて、あらためて感じさせられるのは、審査方法のむずかしさということである。採点規準のおき方と審査員の選択は、もっともっと研究し、より正確に、より公平に行なわれるよう努力していかなければならない。こんごの大きな課題である。

 今回の予選の採点方法に従って、筋肉100点満点とし、腕、胸、背、腹、脚を各20点として採点した結果は、だれが見ても妥当な15名が選ばれていたと思われる。問題は、決勝の採点規準で、均整やポーズ等の筋肉以外の要素に対しては、審査員の主観や好みが強くあらわれていると感じられた。主観や好みも、いちがいに否定しさることはできないが、これからはより客観性のある採点規準を確立することが大切であろう。

成功した運営と演出

 ミスター日本コンテストも、東京で行なうかぎりでは、すでにその舞台構成、演出等は相当のレベルに達した。それというも、それぞれ舞台にかんしては専門家の人たちが、専門的見地からの構成と働きを示してくれるからだ。

 それだけに、それをカバーする協会役員も、あるていど舞台、演出、進行ということに慣れてきたが、一部の人をのぞいては、まだまだたいへんむずかしい仕事である。しかし、よく各部門別にそれぞれの役割を心得て、有機的な統一ある活動を示してくれたことは感謝にたえない。さらに、今回は、東洋大学のボディビル部員たちが、藤田前キャプテンの指揮のもとに整然と活動し、協力してくれたことは、全体の運営にすばらしい成果をもたらした。

 また、地方から上京した審査員や役員が、積極的な協力を示してくれたこともありがたかった。
末光健一選手

末光健一選手

 物事はバラバラだと、全体としての大きな力は発揮できない。これは、物事の大小にかかわらず、すべてのことについてもいえることである。小はコンテストにおいても、大は日本のボディビル界においても、システマティックに、しかもダイナミックに、高く大きい目標に向かって活動したなら、アジアはもちろん、世界のボディビル界をリードする日も遠くはないのではなかろうか。そういうことを強く感じさせられた、’69ミスター日本コンテストであった。

(筆者はJBBA理事長)
月刊ボディビルディング1969年11月号

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