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武本蒼岳氏に聞くアメリカのボディビル
また出かけたいアメリカ

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月刊ボディビルディング1969年11月号
掲載日:2018.01.10
マイアミのホテルでシュワルツェネガーと語り合う武本氏

マイアミのホテルでシュワルツェネガーと語り合う武本氏

山田 豊

驚くべし腕囲50余cm

 '69ミスター日本コンテストの行なわれた去る10月10日。ふだんは人通りのはげしい東京・神田一ツ橋の街筋はその日は、〝体育の日〟で休日だけにさすがにひっそりしたものだった。

 だが午後になると、コンテストの会場である共立講堂の入口付近は、あたりの閑寂さに反比例して、しだいに混雑していった。それも定刻のだいぶ前からである。そして、雑然とたむろしたビルダーの群れから感じられたのは、緊迫したムードだった。

 しかし、その緊張感も当然。日ごろの精進をひっさげて日本一の栄冠にいどまんとする気魄と、かねての努力の成果にどんな評価があたえられるかを思えば、いやでもそうした空気はかもし出されよう。

 さらにいえば、ミスター日本での奮闘は、たんに国内的な賞賛を得るだけでなく、世界へのスプリングボードでもある、ということもあったろう。やるからには、世界にも名をあげたいとは、大方のビルダーのいだいている夢だからだ。世界への道にもつながっているミスター日本の座、となれば、ビルダーたる者、たれか野望を燃やさざるべき。開会を前にして、身のひきしまるようなムードを発散するのも、したがって自然の成り行きである。

 世界――まったくのところ、日本のボディビル界がよりいっそう発展するには、障害はいくたあるであろうが、なんとしてもそれを乗り越えて出かけていくことである。1人でも多く世界の舞台を踏めばふむほど、日本のボディビルはレベル・アップされる。

 それでは、世界の舞台はいったいどのような調子なのであろうか。その意味で、昨年のミスター・ユニバース、ミスター・ワールドの両コンテストに出場した武本蒼岳(宣雄)氏に見聞を開陳してもらうのも、けっしてむだではあるまい。



「言葉もよう知らんで出かけたんです。ですから最初、大変でしたよ。ニューヨークでポンと放り出されたんですが、日本語でむちゃくちゃにいうたまあ、1週間もしたら少しはあちゃら語しゃべれるようになりましたけど。ボクが出かけることになったのは、まぎわになって小笹氏が行かれなくなったからです。それでボクのところへオハチがまわってきたんです。

 ニューヨークに着いたのは、1968年9月22日。ミスター・ワールドの1日前でした。最初の大会がミスター・ワールドだったんです」



 武本氏は、ミスター・ワールドでは〝ベスト・レッグ〟に、ミスター・ユニバースではB級の2位に入賞した。ミスター・ワールドのほうの〝ベスト・レッグ〟の賞品はブロンズ像だったが、ユニバースのほうは書類だけだった。しかもその書類も現地で直接手渡されず、武本氏が帰国してから協会に送られてきた。氏は会場では、2位になったことがピンとこなかったという



「なにしろ、言葉がようわからんですからね。何かゴチャゴチャいわれると、こまかいことはさっぱりだったもんですから……。ミスター・ワールドでは、体重80~90kgはないと上位はむりと思ってましたから、初めからショート・クラスを狙ったんですが、部分賞の脚で、ベストになったわけです」



 ミスター・ワールドの会場は、ニューヨークの下町ブルックリンの「アカデミー・ホール」だった。大会1日前の到着で、なんともおちつかない気持だったが、それでも着いた日に、コンディショニングのため、さっそくジムへ出かけた。

「トム・ミニチオのやっているジムへ行ったんです。広島の金沢さんから聞いてましたから……。トムは、プロレスのサンマルチノの親友であり、トレーナーで、じつにいい人間です。そのトムのジムで、初めて米人ビルダーを見たんですが、腕囲50cm以上はゆうにあるのが4、5人もいるんですね。これにはキモをつぶしました」

前夜祭や予行練習もある

 腕囲50余cmとは、なんともすごい。ちょっと想像もつかない。なるほど、初めてそんなのにぶつかれば、びっくりするだろう。が、武本氏はさらにまた驚かされる。



「びっくりさせられたことの2つ目は、体のわりにはみんな顔が小さいんですね。ロック・ストンウォールなんか、まるっきり小学生みたいな顔なんです。で、なんだこの小僧、と思ってたら、ガウンを脱いだらすごいんですね。ウヘーと思っちゃった。顔が小さいから、よけいに大きく見えるんですとくにステージに立つと立派ですね」



 しかし、武本氏は驚いてばかりはいなかった。一計を案じて、オレの強味はここだと反撃に出た。



「ひとつ、こっちもおどろかしたろ思うて、みんなの前で脚の練習やってみせたんです。そうしたら、こんどは向こうがびっくりしちゃって……カーフ・レイズを少しやり、それからフクラハギを見せたんですけど……すごいすごい、って大さわぎなんです。そしてズボン脱いでみせろ、っていうんです。そこで脱いでみせたら、ウーム、明日はその脚で大丈夫だ、って……」



 コンチキショウというところだったのだろう。武本氏の作戦はみごと図にあたったわけであった。日本人ビルダーの意気を示した一幕ともいえる。

 同時に、武本氏の〝脚〟を見て、本番での入賞を断言したトム・ミニチオの眼力もまた立派なもの。もっとも、腕囲50cmもの連中をおどろかしたら、と思うくらいだから、もともと武本氏には、トムから折紙をつけられなくても、入賞への成算はあったのであろうが。やはり、ベストをとるだけのことはある。

 ニューヨークでのミスター・ワールド・コンテストは、夜7時に始まり、夜中の2時に幕をとじた。



「予選出場者は40人くらいでしたか。セルジオ・オリバやジョー・ワイダーの顔も見えてました。オリバがおもしろかったですね。というのは、お医者さんみたいな白衣なんです、ガウンが。何かおかしかった。ガウンといえば、本番までみんな着てて、それまではぜったい脱がない。だから、ロック・ストンウォールのように、小学生みたいな顔してるんでタカをくくっていると体をみてびっくりさせられることも出てくるわけです。

 ステージに上るのは決勝のときだけ予選は舞台裏ですましちゃう。予選を終えてから、びっしりつまった観衆の前に立つわけです。予選でボクはミスター・アメリカになったフランク・ゼノンとせってたんです。予選から決勝までは時間があったんで、食事したりしてつぶしました。そしていよいよ時間がきて、ステージでポージングしてそれがすんでから順位の発表……。表彰のときは、かわいい女の子がほっぺたにキスしてくれましたっけ」



 一方、ミスター・ユニバースのコンテストは、ミスター・ワールドが終わって1週間あとであった。場所はニューヨークからずっと南に下ったマイアミ、会場はコンベンション・ホール。



「大会は日曜日で、木曜日にマイアミへ行きました。ワールドとユニバースの違いは、ユニバースのほうは土曜日に前夜祭をやったことと、当日、開始前に予行演習をやったことです。ユニバースは夕方5時からでしたが、少し前にくるようにいわれて行ってみたら、音楽に合わせていろいろとリハーサルをやらされました。



 前夜祭は景気づけのためであろう。さすがにPRにぬけめのないアメリカだけのことはある。
セルジオ・オリバのポーズ('68ミスター・オリンピア・コンテストで)

セルジオ・オリバのポーズ('68ミスター・オリンピア・コンテストで)

シュワルツェネガーに会う

 武本氏はすでに記したように、ミスター・ユニバースでは、B級の2位にはいった。が、このミスター・ユニバースのときも、氏の〝脚〟がビルダーたちの興味を呼んだ。



「ジョー・ワイダーが、みんなに見せてやってくれというんです。それで見せたんですが......おまえの脚はいったいどんな練習してるんだっていうんで、そこで、山登りしたり、自転車に乗ったりしてと......ハハハ、たいして英語しゃべれないくせに、一席ブッたんですが、どこまでわかってくれたものか......」



 しかし、〝脚〟では外人勢を圧倒した武本氏だったが、いわゆる〝力〟ではまたしても驚かざるをえなかった。



「ワイダーに、オリバの腕をさわってみろといわれたんで、さわったところが、じつにかたいんですね。もっとも力を入れてましたけど。しかし、オリバの腕はすごい。やっぱり50cmはらくに越すでしょうね。みごとに完成されたデフィニションのすばらしさ、大きな筋肉の山々……人間がこうまで大きくなれるのかと考えこんでしまいました。オリバってのは声はガラガラですが、とても気のいい奴で、いつも鼻歌をうたってましたっけ。

 マイアミでオリバとシュワルツェネガーがならんで腕を上げてポーズをとったときの光景はいまでも忘れませんね。とにかくこのままコンテストをあきらめて日本に帰ってしまおうと思ったくらいですから……。

 力の強いのは、なんといっても、鉄棒まげや電話帳やぶりの力わざで有名なチャック・サイプス。彼はミスター・ワールドに優勝したんですけど、練習のとき、その彼とバスタオルのひっぱりっこをしたんです。私が満身の力をこめて引くと、彼はニヤリと白い歯を見せただけで、いともむぞうさにズルズルと私の体をひきよせてしまいましたよ。

 シュワルツェネガーに会ったのも、ユニバースででした。ホテルの部屋、初めボクはロイ・キャレンダーと同室だったんですが、シュワルツェネガーがとびこんできて、オレとロイとは親友だから、ミスター・タケモト、部屋を代わってくれないか、ってボクにいうんです。いや、いったらしいんですやっとこさ彼の言葉が通じて、ボクは隣りの木村さんたちの部屋に泊まったんですけど……そんなことでシュワルツェネガーと仲良くなったんです。

 まだ時間が早いんで、彼の部屋へおしかけていき、うろおぼえの英語の単語をならべて、いろいろとおしゃべりしました。彼はボディビル歴は4年で2年ことに体が大きくなる、といってましたっけ。手の指の大きくて太いことといったら、普通のバーベル・シャフトよりちょっと細いくらいかな。

 顔はどちらかというと大きいほうで肩幅はボクの1倍半はありました。彼の腕を手で計った感じでは、オリバより太い。私の脚部のヒザ上10cmのところとまったく同じ太さでした。現在コールドで56.5cmあるそうですね。大胸筋は左右の1つ1つがボクの頭ほどの大きさで、部分賞のベスト・チェストの表彰式のときのマッスル・コントロールはじつに圧巻でした。

 彼のトレーニングは、テンポがひじょうに早く、どんどん消化していくので、ボクなんかとてもついていけません。スーパー・セット、トライセットなどの複合セットが多いんです。身長1.9m近くもある大男なんですが、坊っちゃんのような感じで、あまえたようなかわいい声で話します。雑談などしているときの彼は、どこにでもいるごく普通の青年で、じつに人なつっこい。下馬評では、彼はミスター・オリンピアに出場してオリバと一戦まじえるなんていわれてましたが、けっきょくは不参加でした。その彼は今年(69年度)のミスター・オリンピアでオリバに挑戦したけど、ついにオリバの軍門に降ったようですね。やはり、オリバは偉大なビルダーです。

 シュワルツェネガーは今年23歳、油ののりきった最盛期を迎えています。今年にはいっての彼の活躍ぶりはすさまじいの一語につきますね。IFBBのミスター・ユニバースに優勝、その足でロンドンのミスター・ユニバースに転戦してプロの部の王座をうばう。なんと、NABBAミスター・ユニバースに3連覇というわけですよ。

 だいたい、向こうの連中は、つねにプロティンのタブレットを持ち歩いてますね。どこにでも持ってくる。そしてたえず食ってる。練習中でもむしゃむしゃやってます。そこへもってきて肉食ときているから、われわれはかなわんわけです。食べることといえば、ボクが感じたことは、向こうの連中は栄養の計算がされてから食べてる、それに対して、日本人は味で食べる、ってことですね。

 今年のIFBBミスター・ユニバースのミーディアム・クラスに1位となったリッキー・ウェインなんかは、厚さ10cm、長さ20cmくらいのビフテキを朝から2枚も食うんで、アイツはバカだなんて陰口をきかれてましたけど。

 しかし、同じ白人ビルダーでも、アメリカとヨーロッパではちがいますねアメリカは何かアブノーマルな感じをうけました。とくに脚が弱そう。だからアブノーマルな印象をうけるんでしょうが。そこへいくと、NABBA系のビルダーはノーマル。プロポーショナルです。アメリカは肩と腕は発達してるんですが……」



 食べものの話が出たことで、武本氏は食べることでも言葉と同じように苦労した、と思い出す。
シュワルツェネガーのものすごい大胸筋と腕。('68IFBBミスター・ユニバース・コンテストで)

シュワルツェネガーのものすごい大胸筋と腕。('68IFBBミスター・ユニバース・コンテストで)

マイアミのホテルのプール・サイドでポーズをとるシュワルツェネガー

マイアミのホテルのプール・サイドでポーズをとるシュワルツェネガー



「あんまり、うまいと思ったものなかったですねえ。肉なんかバサバサしてて、まるで下手な鳥食べてるみたいで食えたもんじゃなかった。ニューヨークに着いていっぺんでこりたので、それからは、ニューヨークでもマイアミでも、鳥の丸焼や野菜ばかり食べてました。スーパーマーケットへ日参です。まあ金を出せばうまいものもあるんでしょうが、何しろ食費が少ないんで……1日5ドルでした。宿泊費は7ドル。ですから、日本では1日に4食から5食は食べていたのが、向こうでは3食しか食べられなかったんです。とにかく、食べることでは苦労しました。米が食べたくて、しかたなかったですね」

アメリカもまだ発展途上

 武本氏が2つの大会に出場して、もっとも感銘をうけた点は――



「審査員の構成とその審査態度でした。まず審査のやり方ですけど、こまかく見るんですね。脚なんかも大腿、下腿と分けて丹念に見る。そして結果を出すにさいしても、よく協議してました。オレはこう思うがオマエはどう思うか、なんてしょっちゅう相談してたのが印象的でしたねえ。いい方法だと思いました。

 それから審査員の顔ぶれは、住年の大ビルダーが多いんです。ですから落としても文句が出ない。実際にバーベル握ってきて、それの苦しさを知ってる人たちが判定する、ということで、何にもいわれないんじゃないでしょうか」



 また、その他でうれしかったことはファン層の厚さ。これも忘れられないという。



「ユニバースも、ワールドと同じように満員の観衆でした。そして終わってもすぐ帰ろうとしないんです。若い連中が楽屋口に黒山のようになって待ってましてね。出ていくと握手を求めてきたり、よかったなおめでとう、と肩をたたいてくれたりするんです」



 なるほど、そういう点はうらやましい。日本でそういう日がおとずれるのは、はたしていつのことだろうか。



「町を歩いてても、サインしてくれなんていったり、中には、いっしょに写真をとろうなんて……ブルックリンでは、ヒッピーにかこまたれことがありました。そのとき、女の子の1人が花束をくれたんです。ヒッピーの間では、花束をもらったら、その晩、相手のところへ遊びにいかなきゃならないんだそうですね。そう聞かされたもんだから喜んで思わずニヤッとしたら、いっしょにいたトム・ミニチオから、夜遊びなんてとんでもない、って怒られちゃった。トムはまじめな人ですから……」



だが、一見、ビルダーはかなり人気があるようだが――



「はなやかなわりには、内容はそれほどではないと思いましたね。職業にしても、マッサージ師とか、ガードマンとか洋服屋さんとか、そりゃあもういろいろ。生活程度も中にはかなりハ
イ・クラス、と一目でわかるのもいましたけど、そういうのはまだ少ないんじゃないか、という気がしました」



 武本氏は2つの大会を終えたあと、ロスへ行った。ロスでは、世界一といわれるジムを主宰する大ビル・パールの厄介になる。ロスには3日滞在した



「ビル・パールという人は、みんなから尊敬されているんです。体も大きいし、頭もよく、潔癖な性格だからです。ビルはコーヒーが好きなんですが、朝、コーヒーを飲みながらいうんです。オマエはコーヒーはどれくらい飲むのかって。飲まんといったら、それはよろしい、コーヒーは体によくない。しかしわしは好きだからしかたがないんだよ」



 そして日本に帰ってきた。計3週間のアメリカ旅行だった。



「ほんとうは、もっと方々見てきたかったんです。自分の足で歩き、自分の目で確かめようと考えてましたから。短かい間でしたが、ボディビル以外にもいろいろ勉強になったことが多かったんで、チャンスがあったらぜひまた行きたいですね」
武本氏と同室だったロイ・キャレンダー。彼の腕は20インチ級である。

武本氏と同室だったロイ・キャレンダー。彼の腕は20インチ級である。

‘68ミスター・ワールドのチャック・サイプス

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月刊ボディビルディング1969年11月号

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