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―ボディビルダーと私ー 第1回ミスター関東1都6県親善コンテスト見学記

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月刊ボディビルディング1972年2月号
掲載日:2018.05.05
原田隆正
記事画像1
 始めに、ごく簡単に”ボディビルダーと私”
 
 子供のとき彫塑の観賞に熱中、長じては「動く彫塑」に夢中となり、制作にまで手を伸ばす。その頃、偶然見たのが大磯ロング・ビーチで行なわれた第5回ミスター日本コンテスト。

 興味も関心も弱いまま6年たった1965年の春、24歳の遠藤光男氏(同年の第11回ミスター日本3位)と出会い、年齢に似合わぬ深遠な人柄に忽ち無条件降伏。3カ月後、その巨体と未来性に改めておどろき、6カ月後志願してボディビルの虜となる。

 いろいろあって、6年後の現在、対手は果して大物となり、私は「そこにコンテストがある」と聞いただけでイソイソと房総くんだりから上京する”ボディビル・マニア”と相成る。

◇いよいよ開幕◇

 さて、1971年オフ・シーズンの12月4日、宇都宮の空は碧く、会場(栃木会館ホール)も暖房完備でポカポカ、客席はギッシリ、最前列はアマチュアカメラマンによって埋められる。

 午後2時開会。次いで審査員が紹介される。メンバーは

束京代表  遠藤光男氏
神奈川代表 高橋輝男氏
千莱代表  田吹俊一氏
板木代表  酒井孝氏ほか2名

 続いて選手入場。1都2県の16ジムより41名のビルダーが、肌にオリーブとカラー・パンツをつけて出場。地域別内訳は

京京地区  8ジム 23名 
神奈川地区 4ジム 7名
栃木地区  4ジム 11名

 「1都6県親善大会」とサブ・タイトルに謳いながら、他の4県のビルダーが全く不在とは残念。親善の本命は順位に非ず「参加」し「交歓する」ことにあるのではないか。

 それからビルダー・パレードは、開幕時点において、舞台上にすでに整列させておいた方が、視覚的に壮観である。できれば、横に長い2段階段を使い全員を3段に並べると演出効果はいちだんと昂まる。

 予選審査開始。季節っ外れに催されたこのコンテスト、和気アイアイとしておりフンイキまで小春日和。約15名の初出場ビルダーには格好の修練の場であったように思われる。場数を重ね場慣れを積めば、たいていの者が余裕と安定感を得る答である。

 栃木ビルダーは「落ち着いていて、素直で、ノビノビしていた」が、小林淳第2号誕生となると……。今回の刺激から、かつてボディビル県の異名を誇った栃木の名誉と栄光を1日も早く復活してもらいたい。
 
神奈川ビルダーのポージングはニクかった。東西ポージングの「良しきを採り、悪しきを捨てて」いたからである。

 ステージ上の順待ちビルダーを1人にとどめた進行テンポが快調だった。聴覚の方は、ロック・バンドが燃えに燃え、熱演数時間。拍手はカキ消され耳鳴りが数日とまらなかった。

◇ゲスト・ポーザー登場◇

 末光選手 開幕前ロビーに私服(?)姿でいたときの彼の体量は、ポージング台上で”決った”瞬間、まるで別人のごとく拡張され、ケタ外れの技巧派である。日本一の上半身を再確認。

 遠藤選手 ”王者”の資格をほとんど備えたビルダーズ・ビルダーであるその辺に「ただ、居る」だけで人目をとらえるLサイズが、近ごろLLと化した。西側の流動ポージングを草朝体にたとえるならば、彼は太字で筆いっばい書きおろす清朝体。このポージングのみ音響効果はドラにかぎる。

◇大会の華、決勝◇

 第1位 重村洵(東京) これで彼の掌中に収まらぬタイトルは「ミスター日本」だけとなる。ショー・マン・スタイルの板にツイている点、本邦唯一。誹腹が淋しい。ミスター大胸

 第2位 水上彪(東京) 今年、順風満帆にトップ・ビルダー席を確保。アマ精神に徹した無色透明な態度と強弱のリズムを加味したポージングがユニーク。”〇〇の水上”(例、マッスルの末光)と呼称さるべきキメ手が未だない。ミスター腕。

 第3位 吉川進(神奈川) 第3位は誰もが興味の的であったと思う。筋肉・均整・ポーズそろって平均点を上回り、しかも三拍子のベランスがよい美ルダーである。しかし、これ以上整いすぎると......、コンテストとはまことにキビしい。

 第4位 深沢菊三(東京) 10代の入賞が2人いるがその1人。若さと逞しい腿がたのもしい。10代の若さは強味である反面、危険も内蔵している

 第5位 吉田純久(神奈川) スラリとした長身、貯髭、気品もあって完全なる紳士の風貌に目を見張ったが、洗練が過ぎて脚線までエレガントであったことが惜しまれる。

 第6位 中村英磨(神奈川) 大腿サイズ公表57cmとあって、一流標準数には満たないが、上半身より下半身に恵まれていて婿しいビルダーである

 第7位 長谷川功(東京) 30歲台で部分賞を2つ(腹部とモスト・マスキュラー)を獲得したのだから偉い。だが脚部はモスト・マスキュラーとまではいかなかった。

 第8位 鈴木東ー(東京) フランコ・コロンボばりの三角筋、僧帽筋を誇張するポーズより、さりげなかった下肢の迫力を認められてミスター大腿。

 第9位 六本木昇(東京) 全身に野性と都会性が半分あて同居している。将来、片方だけを残すなら野性部を保存させたい。野性は20世紀の稀少価値。頑健な脚を持っている。19歳

 第10位 清水岩男(東京) ”間”を除けば、体にも神経にも無駄を見せないポージングである。22歳の若さで部分賞をとるとはコンテスト・ビルダーとして将来有望。宿題はいま一息の肢である。ミスター背筋。

 以上、腿・脚・肢に終始したのは、下半身がビルダーの真価をはかる1つの尺度であるからだ。「上半身だけ立派な体」なら、普通の人の中にもたくさんいる。20歳の若さで今年のミスター日本5位に入った須藤孝三は、ポージングこそ「ラジオ体操」であったが鍛えぬいた下肢から脚光を浴びた。

 鍛練された脚と自然さに「克己の精神」が加わると男性美は完成される。ボディビルに外敵は存在しない。ビルダーの敵はビルダー自身である。うぬぼれ、怠慢、自暴自棄、ETCを征服すべき武器が克己であり、克己は率直に表情を精悍にし、心身ともに魅力あるビルダー(男性美)にする。

 女性美は両親から生まれるが、男性美は克己が創る。

 かくして、克己と克己の卵が10名表彰され、第1回関東親善コンテストは充実裡に閉会された。
月刊ボディビルディング1972年2月号

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