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BB NEWS 1972年6月号

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月刊ボディビルディング1972年6月号
掲載日:2018.03.01

■関東ボディビル協会誕生

 関東地方1都6県のボディビル関係者の間で、関東ボディビル協会設立の準備をしていたが、去る4月2日、東京で盛大に発会式を開催した。
 当日は関東各都県の代表50名が集まり、役員の選出と行事日程を決定したのち、懇親会にうつり、和気あいあいのうちにその幕を閉じた。
 なお、役員と行事日程は次のとおり。

♢役員
理事長 高橋輝男
副理事長 遠藤光男 関二三男
競技部責任者 遠藤光男
健康管理部責任者 後藤紀久
応用部責任者 高橋輝男
関東ボディビル協会の発会式

関東ボディビル協会の発会式

■審判・審査員講習会始まる

 公認審判・審査員の講習会は、4月16日、東京・新宿のスポーツ会館で行なわれた関東地区を皮切りに、全国10ヵ所で開催される。
会場は東京のほか青森、宮崎、富山、三重、大阪、広島、愛媛、長崎、宮崎の予定。
 この講習会は、各県協会から推薦された1県当り6名までの候補者が一同に集まって、全員の研究会方式で進められる。
 なお、関東地区講習会の講師(座長)は、JBBA技術顧問の平松俊男、審判・審査委員の田鶴浜弘、曾根将博、吉田実の4氏があたったが、他の9地区の講師は、全国統一の意見調整のため、JBBAの審判・審査委員会の委員が1人本部から派遣され、他は地元の先輩指導者が講師をつとめる

■山形トレーニング・センター 
 4月9日オープン

 全日本パワーリフティング大会の常連であった南波勝夫氏が、去る4月9日、故郷の山形でトレーニング・センターを開場した。
 山形県の誇る名刹薬師寺と護国神社を両隣に従えた絶好の環境に最新式の器具を完備したスマートなつくりのこのトレーニング・センターは、いま山形市民の話題を集めている。
 もちろんJBBA公認ジムである。
 代表者兼コーチ 南波勝夫

■’72春季富山県 パワー選手権大会

 富山県協会では去る4月16日、富山市のアオイ・スポーツ・ハウスにおいて、’72春季パワーリフティング選手権大会を開催した。
 成績は次のとおり(1位のみ)
記事画像2
 なお、今年度の行事と役員を次のとおり決定した。
♢行事
7月30日 ミスター富山コンテスト
9月上旬 回数記録挑戦会
10月上旬 秋季パワー選手権大会

♢役員
会長 高野由郎
副会長 棚橋隆二 青木 寛
理事長 新村孝範

■愛媛県一の力持ちに日野選手!

 第2回愛媛県パワーリフティング大会は、去る3月26日、松山市のいよてつそごう百貨店屋上で開催された。
 県内の各クラブから集まった22人の力自慢が、3種目1回挙上方式の新ルールにより熱戦をくりひろげたが、記録的には厳正なる審判のせいか、残念ながら日頃の自己記録に及ばない選手が多かった。
 各クラスの1位は次のとおり。
記事画像3

■神奈川パワー選手権大会

 第6回パワーリフティング神奈川選手権大会は、去る4月9日盛大に挙行された。
従来からあったベンチ・プレス、スクワットは比較的好記録も出たが、今年度から新しく加わったデッド・リフトについては、全体的にフォームが悪く、トレーニング不足も目立った。
 各クラスの成績は次のとおり。
記事画像4

今月のカバービルダー
’72ミスター日本6位
水上 彪

 大学時代から知性派ビルダーの一人として大活躍を続けてきた水上選手は、最近千葉県松戸市に清潔感溢れる近代的なボディビル・ジムを独力でオープンした。
 わが国におけるボディビル熱は年々高まりつつあるが、まだまだジムの経営だけで生活していくのは困難だというのが現状である。
それだけに、彼の意気込みのほどがしのばれよう。
 撮影は、多忙を極める水上選手のスケジュールの合い間をみて、松戸市競技場で行なわれた。トレーニング不足で気の毒だったが、迫力のあるポージングを見せてくれた。
(撮影・本誌小沢誠、カバー・デザイン・田中延之)
記事画像5

おめでとうKBBC5周年

 遠藤光男の錦糸町ジムが、去る4月9日、ロッテ会館宴会場で、創立5周年記念パーティーを催した。
 会場入口で遠藤夫妻が来賓の歓迎に大わらわ。100人近い在京ビルダーに混りその恋人たち、婦人たちのあでやかな姿、まるで“力”と“美”のコンクール。
 シャンデリアに照らされた円卓には七色の料理、酒、ジャンボと盛られ、真紅の制服の音楽隊5人、今や遅しと刻を待つ。
 定刻、エレクトーンの奏でる“夜明けの唄”と共に、司会者オープニングを告げ、プログラム№1“5周年を寿ぐ”の始まり。
トップを飾るは重村洵のめでたき祝賀のポージング。あたりのささやきを抜粋。
 男「’72ミスター日本の候補」
 女「ハンサムでステキ。両手を上に開くとき孔雀が羽根を拡げたよう。彼は日本のスティーブ・スコットだわ」
 金屛風の前で祝典が進行している。
会長挨拶、会員表彰、次いでマイクを受けた鈴木コーチが、錦糸町の明日を担うホープ(ボ歴順に、小松内、三野、鈴木東一、栗原の諸氏)を紹介して喝采を浴びる。
 このレベルなら(失礼)他にも数人はいるはずと見渡せば、案の定、卓にピタッと躰寄せ「俺たちァビールダー」てな顔々々。
 ホープたちが金なら、イブシ銀の光を放つのがスーちゃんこと、コーチの鈴木正弘さん、記録会でのチャンピオン。
 突如、場内ヤミとなり映写機の回転音。誰やら小声で「ポルノですか」なにィ?「アノー、シロクロと違いますか」カラーです!映写係キッパリ答える。
 中央スクリーンに写るは、褐色のバルクと鮮明なデフィニション。遠藤光男の主演映画“ビルダーズ・ビルダー”ファースト・シーン。
ジム風景では錦町総出演。後半“KBBCの栄光”には末松健一、水上彪、重村洵のご三家も特別出演。創設以来ミスター東京を2人も輩出した錦糸町の面目躍如たる筋肉フィルム。
タレント会員鈴木毅弘さん(このジムには鈴木姓が3人いる。ヤヤコシイ)の解説、錦上花を添えてThe end。
 明るくなった場内で右側のOL風にいまの画面で最も冴えたオトコは、と聞けば
 OL風「パワー・ビルダーの中村さん」左側の女子高校生「私は、シャワー・ビルダーよ。あの人、誰?教えて、教えて」
 ファンファーレ鳴り、司会者「これより演芸アワーに移ります」イの一番の芸人は、北島サブちゃんの弟デシ、みやま三郎、艶歌バッチリ唄いあげれば、お次の番々、ノドも自慢のビルダー諸氏、巨体ゆすって名乗りをあげる。
まずは、コンテスト歴15年の後藤武雄さん。アイヌ恋唄、“イヨマンテ”本職はだしのイイ調子。
 顧みれば、ボディビル第2期黄金時代、世に名をハセた後楽園三羽島、ゴトさん、スーちゃん、エンちゃんと10年ぶりにあい集う。
 ノドならぬお尻から「へへへ」と声出して、満場を抱腹絶倒させたサムライは、川口BCの大橋さん。
チビッコ番長(小学校4年生)このとき始めて手をたたき、「ヘェ!ケッ作」
 舞台はいつかロッテ・ダービー(11PMダービーの類型)に変わっておりロッテ・ボーイが胴元を気どり、景気をあおるころ、“ラスト・ワルツ”場内をソフトに包む。
 イキのいい実行委員長、檀上かけのぼり、勇壮きわまる手ジメの儀式。こうして“パーティー5”大盛況裡に幕閉じる。
 それにしても客層の千差万別に愕いた。年齢幅も1歳から70歳まで。しかも、善人ばっかり集まった。「類は友を呼ぶ」のである。
錦糸町ジムの敷居が低いのも、気易いフンイキがあることも「なるほど」とうなずける。この偉大な庶民性は、まず失われることはないだろう。
支持層が増える道理である。金よりも尊い徳と健康を備えているビルダーズ・ビルダーに栄光あれ(原田隆正)
月刊ボディビルディング1972年6月号

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