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第7回 1972年度 全日本パワーリフティング選手権大会

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月刊ボディビルディング1972年7月号
掲載日:2018.05.31
ベテラン健在、新人不作で下馬評どおり
本社杯(優秀選手賞)は岩岡選手が獲得
 新ルールによる始めての全日本選手権大会は、5月28日、東京・新宿のスポーツ会館に全国の精鋭35名が集まり息づまる熱戦をくりひろげた。

ベテラン圧倒的な強さ

 競技の結果は、まったく予想どおりで、ベテラン選手が圧倒的に強く、新人選手のつけ入るスキもなかった。
 フェザー級を除く他のクラスは、本命が2位以下を大きくブッチギッテすんなり優勝をさらってしまった。とくに、ライト・へビー級では1位と2位の差が140kg、ミドル級で95kg、ライト級で62.5kgもあり、1位が強すぎるのか、2位以下が弱すぎるのか、いずれにしても、スポーツ競技としてのパワーリフティングを盛り上げるためにも、これらベテラン選手をおびやかす新人が出てくることを願ってやまない

スリル満点フェザー級の優勝争い

 フェザー級は、ベンチ・プレスとスクワットを終った時点で、関、富永両選手がともに300kgで同記録。優勝は最後のデッド・リフトにかけられた。そして、両選手とも180kgからスタートし、2回目187.5kgをともに成功。3回目、これまた同じ192.5kgに挑戦。まず、関選手がかろうじて成功。富永選手がこれに優勝すれば体重差で優勝が決定する。
 満場カタズをのむうちに、腹の底からしぼり出すような独特のかけ声とともに富永選手が試技を開始。しかし、ほんのわずかのところで失敗。ついに勝利の女神は関選手にほほえんだ。
[優勝者、左から足立、井上、岩岡、出川、伊集院、関、因幡の各選手]

[優勝者、左から足立、井上、岩岡、出川、伊集院、関、因幡の各選手]

“疑わしきは失敗”きびしい審判

 この大会でとくに気がついたことは正しい運動姿勢をマスターしていない選手が多数いたことだ。
 審判側も、パワーリフティングをスポーツ競技として正しく普及するために、いままで以上に厳しく判定するとの方針を打ち出しており、昨年までなら充分成功と見られた姿勢も、ことしはどしどし赤旗があげられ、このためとまどいを見せる選手が多かった。
 普段の練習では、とかく記録だけにこだわりがちであるが、これからは、正しいフォームで練習するよう心掛ける必要があろう。
 最後に、大会唯一の汚点として惜しまれるのは、この審判の判定に対しての不満を態度であらわす選手がいたことである。審判は厳正であり、選手はいかなる場合にもフェアでなければならない。それがスポーツマンなのだ。
記事画像2
フェザー級優勝、関選手のスクワット

フェザー級優勝、関選手のスクワット

ミドル級優勝、出川選手のベンチ・プレス

ミドル級優勝、出川選手のベンチ・プレス

ミドル・ヘビー級優勝、井上選手のデッド・リフト

ミドル・ヘビー級優勝、井上選手のデッド・リフト

第1回関東パワーリフティング選手権大会
5月14日田畑ボディビル・アカデミー

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第2回大阪パワーリフティング選手権大会
4月30日大阪パワーリフティング選手権大会

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月刊ボディビルディング1972年7月号

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