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脚のトレーニング
須藤選手のトレーニング・シリーズ《1》

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月刊ボディビルディング1975年4月号
掲載日:2018.03.22
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 須藤選手がボディビルを開始したのは中学2年、13歳のときである。当時すでに大腿囲は52cmという、13歳としては異常なほど太かった。これは中学1年生の頃愛好していたサイクリングと陸上競技によって鍛えられたものであろう。
 須藤選手がトレー二ングを関始した当時には、近くにジムがなく、手製の器具を用いて次のようなトレーニングを開始した。
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 以上のように最初としてはかなり重い重量を用いていた。これを週3回、1日おきに実施した結果、3カ月後にはスワット80kg、デッド・リフト85㎏で行えるようになり、腿囲も2.5㎝アップして54.5cmになった。
1971年8月 ミスター実業団5位・腿囲61cm

1971年8月 ミスター実業団5位・腿囲61cm

1971年10月 ミスター日本5位・部分賞獲得・腿囲62cm

1971年10月 ミスター日本5位・部分賞獲得・腿囲62cm

1970年10月 ミスター日本予選失格・腿囲61cm

1970年10月 ミスター日本予選失格・腿囲61cm

1971年8月 ミスター実業団優勝・腿囲62cm

1971年8月 ミスター実業団優勝・腿囲62cm

1972年10月 ミスター日本4位・部分賞獲得・腿囲64cm

1972年10月 ミスター日本4位・部分賞獲得・腿囲64cm

1973年10月 ミスター日本2位・腿囲64cm

1973年10月 ミスター日本2位・腿囲64cm

1973年10月 ミスター日本 脚の部分賞の審査風景この年は宇戸選手(一番左)が獲得

1973年10月 ミスター日本 脚の部分賞の審査風景この年は宇戸選手(一番左)が獲得

1974年10月 ミスター日本優勝・部分賞獲得・腿囲65cm(左45番)

1974年10月 ミスター日本優勝・部分賞獲得・腿囲65cm(左45番)

その後、交通事故などでトレーニングはしばらく中断された。しかし、彼の勤務していた四日市倉庫株式会社での荷物の積みおろし作業で彼の脚・腰は自然に鍛えられていったようだ。当時の脚のトレー二ンクは次のとおりである。
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スクワット

スクワット

フロント・スクワット

フロント・スクワット

カーフ・レイズ

カーフ・レイズ

シシー・スクワット

シシー・スクワット

 以上のトレーニングで、週に2回、同筋群に刺激を与えるようにした。
 同年8月、須藤選手は初めてのコンテスト(実業団・青年の部)出場で、いきなり5位に入賞したのであるが、これに備えての脚のトレーニングは次のようなものであった。

 月曜・木曜 Aコース

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 火曜・金曜 Bコース

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 水曜・土曜 Cコース

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 この3つのコースはスブリット・システムで、Aコースは大腿と腹、Bコースは肩・腕・下腿、Cコースは胸・背・腹・下腿を鍛えるように配慮されていた。そして当時の大腿囲は61cmに増えていた。同年10月、ミスター日本コンテストに出場したか予選で失格。
 翌71年、全日本実業団コンテストに備えてのトレーニングは、A・Bの2つのコースに分け、いずれもロウ・レピティション・システムを採用している。重い重量を用い、バルク・アップに専念したのである。だが、大腿囲は62cmで、わずか1cmしか増えていない。これは彼がトレーニングの重点を上体に置いていたことを物語っている。そのときの脚のトレーニングは次のとおりであった。

月曜・水曜・金曜

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火曜・木曜・土曜

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 翌72年、ミスター日本4位に入賞し、再度脚の部分賞を獲得。脚の須藤として全国のファンに強烈な印象を与えた。これに備えてのトレーニングは次のようなものであった。
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 このときも昨年同様に上体に重点を置いたトレーニングを実施していた。脚のトレーニングでは大腿よりも力ーフに重点を置き、これを週3回ずつ行なった。それでも大腿囲は2㎝増えて64㎝になっていた。
 さて、いよいよ彼にとって最良の年となった1974年のミスター日本コンテスト。絶対優勝の執念に燃える須藤選手は、コンテスト2力月前から最低、朝1時間、夜3時間というハード・トレーニングに入った。全体的にバルクよりもデフィ二ションをつけることに意を注いだ。もちろん脚もそうである。
 脚のトレーニングは次のような方法で、週に3日、夜の部で行なった。
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レッグ・プレス

レッグ・プレス

レッグ・エクステンション

レッグ・エクステンション

レッグ・カール

レッグ・カール

月刊ボディビルディング1975年4月号

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