フィジーク・オンライン

チャンピオンへの道
<心理学によるトレーニングの効果> 1976年2月号

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1976年2月号
掲載日:2018.08.01
記事画像1
川股 宏
 道元禅師の教えを弟子たちが編集した「正法眼蔵随聞記」という本の一節に、「広く学び、博く読むことは、とてもできることではない。ただ1つのことについて、心得や模範とすべき先例に習い、先人の行いしあとをたずね一行に専らはげんで、決して先生ぶったり先輩ぶったりしないことである」という意味の文がある。

 神でない限り全てを求め完成させるというようなことは出来ない。1つのことを求めてそれを完成させることにより、次第次第に人生を知るのが人間である。また、一芸を求めるには高慢にならず、素直な態度が必要な心得であると道元はいっている。

 ボディビルの世界にも、ボディビル一筋に毎日毎日トレーニングに一生懸命努力し、ボディビルが好きで好きでたまらないという人が沢山いるが、最初は謙虚で素直だった練習態度が、多少の体の発達とともに、ともすれば高慢になり、次第次第にその素直さが失われがちになることが多い。

 肉体の発達においても、ただ盲目的に練習に明け暮れる人と、初めてボディビルに際したときの初心を忘れずに日々新しい感動と、“俺はやれるのだ!”という情熱を持って、つねに研究しながら意欲的にトレーニングする人とでは、当然、その成果に大きな差が生じてくる。

 ボディビルの目的や動機には、病弱な体質を強くたくましい体への改善、へラクレスのような男性美、スポーツに必要な基礎体力の養成、スタミナ作り、等々、いろいろ千差万別の動機があろう。これらの目標を、いち早く正しく完成へ導くには、何キロのバーベルで何セットやるかということよりも強烈なやる気のある精神状態を作る方が時には大切である。

 つまり、練習プラス素直な心、日々新しい感動的な気持、燃えるような目的達成への情熱を盛りあげることが必要なのである。ではこのような精神状態をつくるにはどうしたらよいのだろうか。ひとつ“ボディビル+ガッツビル=チャンピオン”をテーマに問いかけてみたい。そこにはいままでにない何か筋肉づくりのためのプラス・アルファがあるかもしれない。

Ⅰ.潛在意識

 人間には1人の人間が一代で大帝国を築くなど無限の可能性がひそんでいる。歴史の中にも、そして現代にも、英雄・偉人はたくさんいる。それらの人たちは間違いなく燃えるようなやる気と情熱と潜在意識の活用をしているのである。エジソンも99%の努力と1%のインスピレーションという言葉を残している。つまり、この1%が潜在意識の働きといってもいい。

 では潜在意識とはなんだろうか。よく人間の意識は氷山にたとえられる。表面に出ているのはほんのわずかであり、残りの大きなかくれた部分が潜在意識といわれている。ジョセフ・マーフィの「眠って成功する」、カーネギーの「道は開ける」、マーデンの「自己を大成する」等、潜在意識の活用の重要性と人間の無限の可能性を科学的に、または実例をもって究明し、説明した名著が沢山ある。

 これらの本に共通していることは、自分自身を信じ、やればやれるという確信を常に心の中の潜在意識にうったえながら実行し続けなさいといっている。これは一種の自己催眠に近い方法だが、強烈な信念があるところが一時的の自己催眠とは違っている。

 強烈な自信と信念で行動した場合、不可能が可能になり、不思議な力としかいいようのない現象が表われる。一代で帝国を築いた人の可能性の秘密はこの潜在意識の活用なのである。つまりこれが行動力を引き出すというわけである。

 いま心理学の分野で科学者がテープを聞かせ、スライドを見せながら人間の考えを変えてしまう実験を行なっている。この方法はスパイ養成や、人間洗脳(たとえば捕虜の教育)等にもみられる。手近なところの良い例では、テレビの商品宣伝コマーシャルがそうである。

 スポンサーは何秒間の宣伝に何百万何千万ものお金を出す。また、そのコマーシャルに出演するスターにも莫大なギャラを支払う。なぜそんなにお金を出すのだろうか。果たして採算が合うのだろうか。つまりそれはテレビを見る人の潜在意識に購買意欲をうったえるための支出なのである。有名スターになればなるほど一層私たちの潜在意識にうったえる力を持っているから高いギャラをスポンサーは支払うのである。買物をするとき、この何秒かのコマーシャルが、私たちが品物を選択する際に大きな影響力を与えることが証明されている。

 潜在意識に問いかけるものには、ほかに宗教がある。仏像や本尊に向って唱える念仏や題目、キリスト像に向ってする愛の言葉、これはみな幸せになりたい、健康になりたいと神や潜在意識に対して唱えているのである。

 また、対象が神や仏でない場合もある。有名人や成功者に座右の書について聞いてみると、その著書を読むと、その言葉や文が、ときとして自分を導いてくれた、悩みから救ってくれたという答えが返ってくる。これも、その著書を読むことが潜在意識への問いかけとなるからである。空手の大山倍達氏の著に「私は吉川英治著の宮本武蔵にその心をうつし、こうしなければ、こんなとき武蔵ならどうするだろうと心に問いかけ、潜在意識に働きかけて練習し、行動した」と記されている。

 “成せば成る。成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり”まさにそのとおりである。未来の自分に夢をいだき、強い自信と信念をもって行動しよう。途中でくじけず、成せば成るという気持を持とう。時には自信過剰でも良いではないか。強烈な自信をなんでも可能にする潜在意識に念じよう。その結果は、潜在意識が不思議なほど良い結果をもたらしてくれることだろう。

Ⅱ.自信を持とう

 前項で商品宣伝のためにスポンサーが多額のコマーシャル料を支払うのはそれだけの効果があるからだということを書いたが、もっと具体的にボディビルダーと潜在意識ということについて話を進めてみたい。

 まず、将来こうなるんだ、こうなりたい、と確信することが行動の第一歩となる。人間が他の動物と違って万物の霊長といわれるのは、未来を予想しそれにしたがって行動することができるからである。未来の夢を抱いてこそ現在が生き生きと活気にみなぎり、その気持で努力したとき、いま何を一番優先して行動したらよいか、次に何をなすべきかがわかってくる。

 人間の可能性は無限で、努力の結果奇跡としかいいようのないことが起こる。偉人や成功者が輩出する第一歩は夢を描き、自信を持つことだといってもいい。夢の持ち方としては、遠い夢と近い夢の2つを持つことだ。つまり遠い将来はチャンピオン、だが今は○○さんのようになりたい、という2つの夢と目標を定める。

 そんなことでチャンピオンになれるものかという人たちに、実例を紹介し納得してもらいたい。

 1969年度ミスター日本の吉村太一選手。その腕の太さと抜群のプロポーションで日本のビルダー史に残るチャンピオンだが、彼がチャンピオンになる導火線は誰あろう1970年度チャンピオン武本選手であった。

 当時、大阪の武育センターで武本氏の指導を受けていた吉村選手は、何かの理由で、よし師匠の武本氏にまず勝ち、つぎに全日本チャンピオンになってやろうとの夢と希望をもった。そして異常なまでのライバル意識のもとにトレーニングに励んだ。カール1つにしても、武本氏の顔と体を頭にえがきながら、ただ勝つの一心で練習し、師匠より一足先にチャンピオンになったと聞く。

 “青はあいより取りて、あいよりも青し”の諺どおりである。その後の吉村選手は、枕元にセルジオ・オリバの写真を置き練習に練習を重ねたがその徹底ぶりは、はた目には馬鹿か気狂いのようにうつったかも知れない。それをあえて続行したのは潜在意識の活用とそれを促進する鏡の利用であったと聞く。

 鏡の利用法については後で詳しく述べるが、強く潜在意識にうったえる方法として知られている。鏡にただみとれるのではなく、姿勢を正し、将来はこの筋肉をもっと雄大にとか、ここカットしてとか、夢を描くのである。

 この吉村選手に似た選手に水上彪選手がいる。彼のボディビルへの動機は1966年度ミスター日本、遠藤光男選手を一目見たからだと聞く。その雄姿が水上選手の脳裡に焼きつき、努力に努力を重ね、血のにじむようなトレーニングの結果、全日本学生チャンピオンとなりミスター東京となったことはすでにご存知のとおり。その後、松戸市に立派なジムをもち、腕角力でも何十人抜きをやるなど、師匠と追いつ追われつの活躍で、そこにはほほえましくも真の友人とでもいうべき姿をこの2人は続けている。(つづく)
吉村太一選手

吉村太一選手

月刊ボディビルディング1976年2月号

Recommend