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対談 青年とスポーツ

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月刊ボディビルディング1976年9月号
掲載日:2018.07.27
 日本ボディビル協会理事長  玉利 斉

日本ボディビル協会理事長  玉利 斉

 衆議院議員 深谷 隆司

衆議院議員 深谷 隆司

玉利 先生と始めてお会いしたのは確か昭和35年、第一次安保のときでしたね。あの頃はまだ区議会にも都議会にも議席がなかったときでしたがそれから16年、遂に初志貫徹して、いまや自民党の青年局長、国会では文教委員として大活躍、これからもますます頑張ってください。

深谷 そうでしたね。あれは日米安保条約が結ばれた年で、私が新日本協議会に所属していたとき、そこに先輩がやってきた。

玉利 安保の賛否に国がまっぷたつに割れているときに、新日本協議会のスローガンを見て、どういう組織かと思って入っていったら、大きな体をした先生が、全身に情熱をたぎらせて、応待してくれたんでしたよ。

深谷 あの頃は身長174 cmで体重は90kgぐらいありました。いまはひきしめて78kgです。行動するためにも体を鍛え、また、政治家のイメージとしてもデブデブではだめですからね。

玉利 きょうは体育とスポーツ出版社の依頼で、「青年とスポーツ」と題しての対談シリーズの第一番目ということで、実際にご自分でもスポーツを実践され、また深い関心をお持ちの先生にこの点についてうかがいたいと思います。

深谷 いまの若い人は一般に心身共に軟弱な人が多いように思います。昔から゛健全なる精神は健全なる肉体に宿る、といわれているとおり、まず、この軟弱な体をスポーツによって鍛えなければなりません。このためには国も力を入れなければならないと思います。自民党の文教部会でも文部省と協議して、来年度の予算では大幅な増額を要求していくつもりです。

玉利 いままでは一般の人はスポーツは見るもので、やるのは選手だ、というような観念が強かったですね。そうではなく、中高年者から婦人まで、自から汗を流して取り組むのがスポーツの本当の姿だと思います。それが日常生活に自然にとけ込んできたのが、いわゆる社会体育ということになるんですね。

深谷 そのとおりですね。まず自分でやってみる、始めは苦しくっても、それを長く継続していくうちに習慣となり、しまいには楽しくなってくるんですね。そして体ばかりではなく気持の上でも自信がついてくる。そうなればしめたものです。

 昨年でしたが、私が視察議員団の代表としてヨーロッパから中近東をまわりましたが、大半の者がカゼとか下痢でダウンしましたが、私はなんともありませんでした。どこへ行っても、ホテルにつくとまず空手の型で汗を流して、それから食事にします。こういう習慣が健康を保つ秘訣ですね。

玉利 私たちが早稲田大学に日本で始めての組織的なボディビルクラブをつくったのも、また、日本ボディビル協会をつくった趣旨もそこにあるわけです。つまり、体の弱い人、体力のない人をとり残さないように、すべての人の体力づくりと、スポーツ人口の底辺の拡大ということを目指したわけです。20数年前もスポーツは盛んでしたが、健康づくり、体力づくりとしてよりも選手中心の傾向が強かったですからね。

深谷 ボディビルといえば、私も高校時代にちょっとだけですが練習したことがあるんですよ。もともと逞しい体にあこがれていましたから。あれはたしか昭和31年だったと思いますが、神田共立講堂で行われたミスター日本コンテストを見に行きましたよ。友人と一緒に朝早くからならんで、一番前の席で見ていました。

玉利 そうですか。ボディビル協会の創立が昭和30年の秋で、年が明けて早々に第1回のミスター日本コンテストをやったんです。初代会長は川崎秀二先生で、私が司会をしたんですが、何分、初めてのコンテストだったものですから、司会のほかにいろいろなことをやり、舞台をかけずりまわっていましたよ。

深谷 あのときの司会が先輩だったんですか。みんな立派な体格をしていたので、興奮して見ていたのを覚えています。
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玉利 今日までに先生とは神田で第1回、早稲田で2回目と、互いに知らぬままに接触し、新日本協議会は3回目だったわけですね。

 ところで、ボディビルの場合、コンテストに出場する選手は、あまりにも見事な体ですので、ボディビルというと一般の人とはかけ離れた特殊な人たちの世界のように思われがちですが、決してそんなものではなく、誰でも年令・体力に応じて出来るものなんですよ。

 若い人が肉体の極限の発達を求めてトレーニングに汗を流すのもよし中高年の人が健やかさを求めて楽しく汗を流すのもよし、要は目的に応じて運動すること自体に意味がありますね。そして、その運動によって得た心身の爽やかなバイタリティーを実社会の生活の中に活かしていくのがボディビルの本来の目的です。

深谷 たしかにすべての人がスポーツに親しみ、楽しむということが必要です。いままでは学生時代には水泳とか陸上競技、柔道、剣道など、何かのスポーツをやっていたのに、卒業と同時にほとんどの人がやめてしまい、あとは特定の選手だけになっしまうというのが現状で、スポーツ人口の裾野が非常に狭くなってしまうのは残念ですね。

 このスポーツ人口の裾野を拡げること、つまり社会体育の振興については国と民間団体がともに力を合せてやっていかなければなりません。

 その施策の1つとして、休日に学校の施設や校庭を開放するとか、オリンピック施設を開放するといったようなこと、それに体育指導員の養成なども急がれます。それらを総合的に推進して、一般社会人が喜んで参加するようにもっていかなければなりません。こういう国民的な運動はとても文部省だけでできるものではありませんね。

玉利 いま各地にいろいろな体育施設が出来ています。民間のものとしてはアスレティック・クラブとかボディビル・クラブ、スイミング・クラブ、トレーニング・センター、企業別の施設、それに公立の施設、学校関係、あるいは日本体育協会の組織等もありますが、行政的にすべてがパラパラで、そこにはまったく関連性がありませんね、スポーツを単に趣味として行なっていた時代ならともかく、スポーツが社会から本質的に必要なものとして要請されている現在、考えるべきですね。

深谷 そのとおりです。これからはこの社会体育の振興ということが大きなテーマになってきますので、文部省の一部局ではなく、スポーツ省というようなものをつくって、綜合的に取り組んでいく必要がありますね。

玉利 外国では国によってはスポーツ省とか体育省、あるいは青少年スポーツ省などというのがありますね。ひとつ先生に初代スポーツ大臣にでもなってもらってがんばってもらいたいと思います。(笑)
 私はプロスポーツ会議の常務理事もしておりますが、この会議も、それまでバラバラだったプロ野球とか相撲、ゴルフ、ボクシング、レスリング、その他まだ沢山ありますが、それらのプロスポーツを一元化して健全な発展を目指しているわけです。
 要はアマスポーツ、プロスポーツ学校体育、社会体育、この4つが片寄らずバランスがとれて発展することか理想的ですね。
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深谷 非常に大きな問題ですから、あす、あさってに出来るというわけにはいきませんが、文部省にもネジを巻いて、早く一元化組織をつくるように努力しましょう。いままでの文部省は、どうしても学校体育という点に重点が置かれておって、社会体育という面に欠けていました。しかし、昨年度あたりからこの面にも力を入れてきており、予算も以前よりだいぶ増えてきています。

玉利 まあ従来は、文部省は学校体育と体育協会の育成が主で、なかなか社会体育の育成まで手がまわらなかったと思いますね。たとえば民間スポーツの総本山である体協にしても実体は競技団体の集りで、オリンピック至上主義的な面が多分にあったと思います。最近になって、国民総スポーツ委員会をつくって社会体育に本腰を入れ始めたことはうれしいですね。

 文部省にしても、先生のいわれるように、最近でこそ社会体育への取り組み方は意欲的で頼もしく思いますが、本気で社会体育を振興させるとなると、行政的には厚生省、労働省、建設省、通産省などとも有機的なつながりをもってやらなければだめでしようね。

 その点、民間の動きとして余暇開発センターの佐橋滋理事長の呼びかけで集まったトリム運動振興のための〝健康と福祉研究会〟は面白いですね。顔ぶれとしては体協会長の河野謙三氏、日本医師会の武見会長、日本レクリエーション協会の東会長日本商工会議所の永野会頭、それにNHKの前田会長を加えての6氏で情報交換しながら、じっくりと日本の健康問題にとり組んでいこうというものです。

深谷 まったく賛成です。私に出来ることならいくらでもお手伝いします競技の頂点に立つ選手も、ただ体を鍛えるために運動を続けている、いわゆる底辺の人でも、その価値は同じだという、スポーツに対する価値観を再認識しなければいけません。

 最近、少年剣道大会を観ましたが選手はもちろん、先生や父兄も一諸になって応援していました。ほんとうにスポーツを楽しみ、スポーツに参加しているという姿ですね。また、各地で盛んにやっているママさんバレーのように、いままでスポーツとは縁がなかったような人が参加するというところに意義があるわけです。

 また、スポーツをやっていると友だちが多くなります。スポーツを通じた友情というものはとてもいいものです。政治家でも園田さんのように若いときから剣道をやっている人もいますが、まあ、忙しいのを理由にスポーツをやる人は少ないですね。そして、たまにゴルフなんかやるから、かえって疲れるんです。

玉利 だれでも簡単にスポーツに参加できる、という環境づくりをして、まず実践してもらう。そして、自から汗を流してやっているうちに、スポーツは見るものではない、やるものだということが自然にわかるはずです。それがスポーツの本来の姿だと思いますね。

 そういう点では深谷先生は学生時代からいろいろな運動をやってこられたそうですが、いつごろから始められたんですか。
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深谷 中学時代は水泳をやっていましたが、大学では相撲部に入っていました。いまでは空手と政治運動をやっています。政治運動はスポーツではありませんがね(笑)

 蔵前の事務所の半分が空手の道場になっていまして、ここには若い優秀なプロ選手も何人かおりますし、私も毎日1時間はずぶぬれになって練習しています。いま四段の免状をもらっています。実力はまあ三段というところですね。空手着も自宅と事務所と議員会館に置いてありまして、忙しくて道場で練習できないときは、ひまをみつけてはどこででもやります。2、3日練習をしないと体の調子がへんになります。

 よく、時間がないから運動ができないなんていう人がいますが、それはウソです。やろうという意志さえあれば必ず出来るものです。

玉利 ところで近く発足する腕相撲協会の会長になっていただいたわけですが、腕相撲についてはどんなふうにお考えですか。

深谷 腕相撲といっても、ただ腕だけ使うのではなく、全身的な運動だと思います。テレビの勝抜き腕相撲でも全身を使っている人は強いですね腕相撲のように、どこででも簡単にでき、誰でも必ずやったことのある運動が、テレビで放映されたことによって、スポーツとして見直されてくる。こういう面でもテレビの果たす役割りは大きいですね。

 これが契機となって、それに腕相撲協会がこれを組織立ててやっていけば国民的スポーツとして普及していくんじゃないんですか。

玉利 8月早々に正式に発足しますが私も理事長として正しい腕相撲の発展に努力してまいりますので、よろしくお願いします。

 腕相撲に限らず、とくに若い人はどんなスポーツでもいいから、自分で汗を流して体を鍛えていけば、当然、そこから男らしい行動も生まれてくると思いますね。なぜならからだというのは置物や見せものではない、動くもの、行動するものですからね。その行動力を基本的に強化させるのがスポーツの効用だと私は信じてます。

深谷 そのとおりです。体力に自信があれば人生にも自信がもてます。私なんか、いくら忙しくても絶対にバテない自信があります。こういう自信というものは政治家ばかりでなくサラリーマンでも商売をやっている人にも必要です。スポーツはスポーツマンだけがやるものではないということですね。

 いまの若い人たちにスポーツの必要性を納得させるには、まず自からそれをやってみせることですね。私は自分がスポーツマンであり、武道家であると自認しており、これからもずっと続けていくつもりです。そして、社会体育の振興とか青少年のスポーツによる心身の鍛練とかといった問題について、スポーツ行政の面からお役にたちたいと思っております。

玉利 私もボディビル協会を設立以来20数年、社会体育の振興に活動してきましたが、先生のような考え方の政治家と力を合わせることは百万の味方を得た思いです。

 きょうは〝青年とスポーツ〟というより〝現代人とスポーツ〟になりましたが(笑)、お忙しいところをありがとうございました。

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 対談を終って、久しぶりに爽やかな男らしい男を見た感じだ。
 174cm、 78kg、空手四段の精悍な肉体からほとばしる迫力は、たんに肉体の逞しさから発するものではなく、民族の現実と未来に真摯な情熱を燃やしている者特有の〝血の熱さ〟。があるからではないだろうか。

 深谷氏は早稲田大学出身だが、由来早稲田には、古くは尾崎士朗の〝人生劇場〟新しくは五木寛之の〝青春の門〟に代表されるようなロマンチシズムの流れがある。氏はこの早稲田ロマンの正統な継承者であると共に、反面ケネディやカーターに代表される知性的で明快な現実主義、そういったものも確実に身につけていると見受けられた。この若きスポーツマン政治家の明日に、われわれは大きな可能性を期待したい。
月刊ボディビルディング1976年9月号

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