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スランプを脱出するには

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月刊ボディビルディング1976年10月号
掲載日:2018.07.24
野沢 秀雄 (ヘルス・インストラクター)

1.夏が終ったあとに

青い空と海。ギラギラ照りつける太陽。暑かった夏のシーズンが終り、最後のミスター日本コンテストを残して全国各地のコンテストも一段落だ。夏が終って、秋にうつる頃「ああオレはスランプかなあ。トレーニングに対する意欲がなくなってしまった」という人がふえてくる。
夏こそはビルダーにとって毎日が楽しく充実した季節である。「いい体つきをしているなあ」「すごい筋肉をつくったねえ」とまわりの人たちから感心され、うれしい気持になる。人間にとって、一つでも何か誇りになるものを持つことは大切なことである。才能や所有物でもいいが、とくに自分の体が誇りであり、しかも自分自身の苦しい努力をかさねてつくりあげたものなら、これほど誇らしく、価値あるものはないだろう。

2.波があるのは当り前

コンテストに良い成績をあげた人。あるいは残念ながら思うような成果が得られなかった人、それぞれ思いはさまざまだが、夏は終った。シーズンオフに入って、日頃無理をしていた疲れが出たり、緊張がとれてホッと気がゆるんで「風邪をひいてしまった」「練習に身が入らない」ということになりやすい。私自身もそうだった。
だが人間である以上、波があるのは当然のことだ。星占いやバイオリズムは科学的にサイクルがあることを基盤に成り立っている。問題はこの波をサーフィンのようにどううまく乗りこなすかだ。
北海道の熱心なビルダーで、最高時115cmの胸囲と38cmの腕囲をつくった石森政輝さんは次のようにいう。
「私はボディビルを続けてゆけるかどうか迷っています。パンプアップしなくなり、連続して3週間トレーニングすると過剰になり、体は細くなってきます。といってレイオフばかりとっていれば効果がなくなり、ほかのビルダーに負けソーです」
私の返事のポイントは、あせらないこと、毎日毎日やっていると必ず大きくなれることだ。ともすれば他のビルダーと自分の体を比較して、「ああ自分はまだまだだ、道は長い」と絶望的になる。だが街には一般の何もトレーニングしない若者たちがワンサカといて、体は貧弱で顔色が悪く、力も持っていないことを考えるとよい。彼らと比べれば自分の体はなんと健康的であろうか。
レイオフが必要なときは、スパッと休養してよいのだ。この点が次の須藤選手のすごい発言とちょっと異なるけれど、やはり日本一、世界一のレベルになった人のみがいえる言葉ではなかろうか?

3.須藤選手が語る名言

スランプで気乗りのしないビルダーに、まるで聖マッスル(少年マガジンに連載の人気マンガ)のような須藤孝三選手の言葉を知らせたいと思う。
「私はボディビルに肉体の限界を賭けています。ゲスト・ポーザーとして全国各地に呼ばれ、自宅に帰ったとき、眠る時間をけずっても必ず練習はします」「私の睡眠時間は5時間くらいで、その分練習にあてます。慣れると人間はできるものですよ」
「私にスランプはありません。常に気力を充実させ、最高の筋肉の状態を保つようにします。日本一になったら次からはコンテストに出にくい雰囲気ですが、私は何回でもミスター日本に出場して戦って勝ちたいと思っています。負けたくないなら、私以上にがんばればいいと思います」
「人間はとかく楽なことに誘惑されやすく、1日休んだらまたもう1日休むことになる。甘えはダメです」
「私くらいの執念を持てば何事も成功すると思う。実際、私に競輪選手になることをすすめた人があり、その人は君くらいの執念があれば年間3千万円はとれる選手になれるといいました」
「ボディビルでトップになっても金銭的に報われることは少ないが、アマ・スポーツなら何でもそうだから仕方がないと思う。へルス・インストラクターに関心や興味を持っているが、現在はともかくトレーニングすることだと信じています」
一以上は第11回ミスター実業団コンテストのおこなわれた葉山マリーナでのちよっとした何気ない会話なのだが、ポンポンと気持よく飛び出す言葉は、まざまざと人間的なスケールの大きさを感じさせてくれた。
「誤解されてもいい。自分はこの道に徹する」と青春を貫いている尊い姿がある。IFBBミスター・ユニバースになった末光健一選手に共通する何かがある。末光選手は今年4月10日に念願の自分のジムを国電東中野駅のソバにオープンして、後輩を指導しながら、なおもきびしく自分の体をきたえている。
なお実業団コンテストについていえば、47歳のビルダー田吹俊一氏が私たち青年に負けないすごい体と筋肉で圧倒していたことを記さねばなるまい。
「やればここまでできるんだ」という感動を与えてくれたのだ。

4、記録をつけること

さて本論に戻ろう。トレーニング意欲がわかなくなったときどうすればいいだろうか?
まず第一は自信をとり戻すこと。これはすでに書いたとおりだ。自信を持ちすぎて謙虚さを失うと、社会の人びとから「この思いあがり者め!」と反感をくい、嫌われてしまう。適度に包容力のある自信を持つことだ。
第二は、トレーニングをさぼると筋肉の発達がとまるだけでなく、後退してたるんで老化の方向へズルズル進むことを心に刻むことだ。たるんだ腹はカッコ悪いだけでなく、精神までたるんでしまう。
第三に新井白石という江戸時代の儒学者がたとえた話を覚えてほしい。
ぎっしり米粒が入っている米びつから、1粒だけ米をとって隣の米びつに移しても、何の変化もない。だが、翌日に1粒、次の日にも1粒というように毎日1粒ずつ移していると、ある時期にドーンと大きく変化していることに気づくだろう。日頃のトレーニングや勉強も同じことで、「突然急によくなる」ということはありえない。毎日毎日、着実なトレーニングをつむこと、それがいつの日か大きな成果となって人びとを驚かし、感動させることになるのだ。
逆に1日さぼっても表面には何の変化もないが、2日、3日とさぼっていたら、ある日ガクンと自分が落ちているのに気づいて、もう取戻せないくらいになっている。淡々と練習してきた人と大差がついても仕方がない。
第四に実際的なアドバイスをしてみよう。それは「記録」をつけることである。トレーニング種目・バーベルの重さ・回数・体重・胸囲・腹囲などを
毎日ノートなどに記録する。毎日である。最初は面倒だが、後日になって自分の貴重な財産となる。また時に応じて「やせる」「腹囲を細くする」「体重をふやす」「胸囲をふやす」「脚を太くする」「肩巾を広くする」「二頭筋を大きくする」などのテーマを決めて、実行して記録をつけてもよい。
記録をつければ、良いにつけ悪いにつけ、自分の真実の努力が目にみえてくる。自分の身体はよい研究材料だ。客観的なデータとして発表することができるし、またいつの日か、自分が後輩のヤングたちを指導するときに必ず役に立つ。

5.伸びる選手の条件

本誌で「一週間できれいにやせてデフィニションがつく」という記事を公表して、多数の方がこの方法にチャレンジした。成功した人としない人の差は「真剣に、アドバイスした通りに実行したかどうか」にかかっている。その通りにした人は見事にむずかしい壁を破っている。反対にいい加減な人は元のままに近い。これでは「くたびれ損」である。
須藤選手はこう語っている。「私は人よりはるかにきつい練習をします。そのかわり栄養と食事も人一倍良い物を食べます」つまりそれが安心となって、きびしいトレーニングにはげめるのだ。プロティンなどのサプルメントフードをスランプなしの安心食として用いることはもはや当り前になりつつある。良心的な価格で良心的な商品ならば、利用するのは悪くないと私は考えている。サプルメントフードでなくても「自分にはこれがいい」という物を見つけだし、継続して使用するとよい。スランプを脱出して、新しい気力をわかせ、自分のもっている素質を思っきり伸ばすことができればこれほど良いことはない。
[トレーニングに励む須藤選手]

[トレーニングに励む須藤選手]

月刊ボディビルディング1976年10月号

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