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JBBAボディビル・テキスト15
指導者のためのからだづくりの科学
各論(解剖学的事項)―運動と運動器官

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月刊ボディビルディング1974年10月号
掲載日:2018.07.10
日本ボディビル協会指導員審査会委員長
佐野誠之

第4節運動と運動器官。

<1>運動の解剖学的考え方

 前節までの骨格系、筋系の説明で、各種関節の形態や可動性、および筋の起始停止等の事項を述べてきたが、一応これらを運動器官として総体的にまとめて考えてみよう。

 運動における身体構造の基礎は、骨格とそれに付着する筋であり、また、運動の全体を調節するのは神経である。換言すれば、身体運動は骨格筋の収縮に基づいて行われる関節運動であり、実際の運動の担当者は骨格筋である。

 しかし、運動に参加する各筋を1つの目的に合った運動として、力関係や時間的関係において配列組織する調節者、または統制司令としての神経系の役割もまた重要なものである。

 したがって、運動の性質を考えるときには、筋収縮と神経調節の両面から取り扱うことが大切である。神経系については項を改めて別に述べることにして、ここでは受動的運動器官の骨格と能動的運動器官としての筋の解剖学的関係において考えて見よう。

 このような観点から身体運動を考えると、身体運動の一般的な原則(神経的側面は別として)は次のような諸点にまとめられる。

<身体運動の解剖学的一般原則>

①すべての運動は関節において行われる。したがって、運動の種類や範囲は、基本的に関節の構造によって規定される。
②身体運動の直接の担当者は筋である。筋の活動なくしていかなる運動もあり得ない。
③身体運動は付着する筋の収縮に基づく、関節を構成する2つの骨の間の円弧(回転)運動である。
④あらゆる身体運動は、各関節における運動の連鎖、協調、相殺等の相互の関連により、その結果として行われる。すなわち、歩行、跳躍、投てき、走行等、あらゆる身体運動が可能となる。
⑤一般的には身体運動は直立姿勢からの変化として行われ、重心の移動に抗してそれを安定した姿勢に保つように関係諸筋が働いている。

 以上の5つに大別できる。これをもう少し内容的に詳しく具体的に考えて補足して説明をしてみよう。

 ①の補足として、運動を制限する因子としては、骨性の因子の他に靭帯や靭帯の緊張、ならびに反対方向に作用する筋の緊張等があり、筋の形態的条件(起始、停止や筋の長さ、大きさ)は、その関節における運動の方向や可動範囲を決定する。

 ②の補足として、関節における運動は、その運動に関与する筋の働きの様子から、主動作筋、補助筋(協力筋)拮抗筋等、関与する多数の筋または筋群の筋運動の協調の結果である。

 ③の補足として、各関節には機能上反対方向に働く筋群が配置されており屈曲と伸展、内転と外転、内旋と外旋、回内と回外、足の内反と外反等、反対方向への働きが必ず保証されており、常に釣り合いを保っている。
さらに、筋の形態的条件として忘れてならないことは、大きな筋力を要するところには大きな筋が、デリケートな運動のためには数多くの小さな筋が配置されている。

 以上の諸要素が
A筋力の関係(力)
B筋収縮の速度の関係(運動の速さ)
C筋肉内の収縮に要する物質の量、すなわち、代謝の関係(持久性)
の3点において、神経系による調節によっていかに作動するか、つまり運動の協調性、巧緻性、恒常性が神経面よりの問題として提供される。しかしこの問題は生理学的事項として考えられることである。

 骨格筋はすべて収縮する能力を有するが、運動神経の支配のないところに収縮はあり得ないことだけを知っておいてほしい。

 Aの問題は、同時的に働く筋線維の数と、それぞれの筋線維のもつ収縮力で決まる。すなわち、筋を構成する筋線維の収縮力の総和である。

 Bの問題は、筋線維の収縮速度によるが、実際には複雑で、共同筋の収縮速度や拮抗筋の弛緩時期(1つの抵抗となる)等が影響される。

 Cの問題は血液循環を通じて行われるが、ガス代謝、物質代謝のあり方に関係するもので、持久には筋力の持久と速さの持久の2つの側面がある。

 以上に述べた3つの問題点は、訓練により一定の限度までその能力を向上させることができるが、訓練に関してはトレーニング論に、その生理については生理学に関する事項であるから、
それぞれについては項を改めて述べることにする。

 運動器官の解剖学的原則としては、以上のことを認識しておいてほしい。
われわれの身体は絶えずどこかで、何かの運動をしている。ここで運動として述べようとするのは骨格筋の運動のことで、内臓や血管の運動のことではない。

 一般に睡眠中が最も静止している状態と考えられているが、そのときでも脳の一部に何かの刺激が加わると身体を動かすし、外部からの刺激に応じていろいろの反射運動を行う。
呼吸運動のごときはいかなる状態においても(たとえば麻酔にかかっているようなときでも)一時の休みもなく一生を通じて規則正しく行われているもので、まことにすばらしい生体の活動であるが、このことはあまりに馴れた日常の現象であるために意識していない。しかし、呼吸が片時でも停止すれば生命の危険に直接影響するいのちの波動である。

 また、心臓は筋肉でできたポンプで自律神経の2本の手綱の制御にしたがって、身体のおかれている環境や状態の変化に応じてその働き具合を敏感に調節し、片時も休むことなく運転されいる生命の拍動である。

 この拍動数は精神的感動によっても増える。すなわち、肉体的に静止の状態にあっても、感情的興奮があれば拍動数は増える。このためか、昔は精神(心)は心臓に宿ると考えられていたようだ。すなわち、キューピットが愛の矢で射るときも心臓をねらっておりまた「胸に手をあてて考える」とか、「心から感謝します」とかいうように表現されてきた。これらは、心臓の拍動は「生きていること」の象徴であることを単的に示している表現で、昔もいまも変わりはないであろう。
 本節ではいろいろの身体の運動(動作)において、どの筋肉がどのように働くかを考えてみたい。

 一般的にみて、何かある1つの動きが、ただたんに1つの筋肉の活動で起こることはなく、どんな簡単な動きに対しても、必ずいくつかの筋肉が関係しているものである。少し大きな運動になれば、ほとんど全身の筋肉がなんらかの関係をもっているものである。
一見身体の一部だけが動いているように見える動作でも、決して運動する骨格についている筋肉だけが働いているのではないことを知るべきである。たとえば、呼吸運動について考えてみると、肋間筋や横隔膜のほか、すべての胸筋や腹筋が関係している。少し大きい(深い)呼吸になれば、上肢を働かすし、下肢の筋肉も身体を支えるために働かしている。

 ある運動に対して、どれほど多くの筋面が関係しているかということは、ふつうあまり気付かないし、また、考えてもみないことである。しかし、身体のどこか一部に傷や病変があると、運動のときすぐにひびくので、このような僅かな動きでも、このような遠方の筋肉にひびく(関与している)のかということがわかるはずである。

 たとえば、肩・腕以外のところに傷や故障のある時にボールを投げてみるとか、脚・腰以外に傷や故障のあるときに歩いたり走ったりするとか、腹におできや傷があるときにセキをしたりするとよく分かるはずである。すなわち、下肢だけとか上肢だけで、効果的な、あるいは合目的な調子のとれた動きができるかどうかが分かると思う。

 全身の筋を最も有効に働かすことは各筋の釣合のとれた協調によって行われるもので、これは自然に習得されるものであるが、運動における練習や訓練の目的の1つはこの各筋の協調にあると考えてよいのではないか。

 以上のように考えると、どの種類の運動をとらえてみても、その全体を説明することは非常に複雑で理解困難なことであるが、しかし、その動作(運動)における姿勢の保持と直接の動きの部分をとり出した面を考えて、分析的に部分的、主動的な動きの部分を考えることは可能である。

 以上の意味で、若干の特殊な運動と各体部の運動とを簡単に述べていく。

〈2〉特殊な運動

①表情運動

 表情は対人関係において非常に重要な役割を果たしているものであるが、これらは特殊な筋運動で、われわれが取扱う運動の部門とは少し異なり、人間の感情の動きと共に無意識的に働くもので、顔面筋の運動である。

 頭蓋から起こって、顔面の皮膚、とくに耳・口・鼻の周囲の皮膚につき、これら顔面の窓を開閉したり、その形を変えたりする皮筋の動きによるもので、とくに精神状態に左右され、複雑で難解なものである。表情運動については以上の概要にとどめておく。

②咀嚼運動
食物をかみくだく運動で、下顎を動かす運動であるが、これもここで運動として取扱う部門ではないが、一応その概要だけを述べておく。

 実際に咀嚼運動を行なっているときは、下顎は極めて複雑な運動をしているが、これを分析整理して考えると、次の3つの基本的な動きになっている。
イ下顎を上下に動かす動き

 咬筋、側頭筋、内側翼突筋の3筋の協同によって行われ、口を閉じる(歯をかみ合わす)動きと、その反対に口を開ける運動(すなわち、主として頸部の前面にある舌骨筋群によって行われる動き)である。
ロ下顎を前後に動かす運動

 主として左右の外側翼突筋が働き下顎を前方につき出す動きと、主として舌骨上筋群の働きで下顎をうしろに引く働きで行われる。
ハ下顎を左右に動かす運動

 これは片側の外側翼突筋が働いた場合、下顎が反対側の関節突起を中心として水平面上に回転運動することによって行われる。

 以上イロハの動きが組合わされて行われるのが咀嚼運動である。

③呼吸運動

 呼吸運動は要するに胸腔を拡げたり狭めたりする運動である。胸腔は胸郭の内にある空間で、下は横隔膜によって隔てられているから、これを大きくしたり小さくしたりすることは、1つには胸郭の運動、すなわち肋骨を引き上げたり引き下げたりすることであり(これを胸式呼吸という)、いま1つは横隔膜の円蓋度を変えることである(これを腹式呼吸という)。左右の肺は各々肋膜(胸膜)に包まれて胸腔の中にあり、肋膜腔の中は陰圧になっているために肺は胸壁の内面におしつけられている。そして常に胸壁とともに動いている。したがって、胸腔が大きくなれば肺もそれだけ大きくなって気道を通って空気が進入し、反対に小さくなれば肺もそれだけ小さくなり、空気が肺から押し出される。

イ胸式呼吸

 肋骨を引き上げると、胸郭は側方と前方とに向って拡げられる。この場合、働くのは外肋間筋がその主力である。ただし、深呼吸のような大きい呼吸運動のときには、体幹ないし上肢から起こっている大胸筋、小胸筋、前鋸筋、上後鋸筋等も関係している。すなわち、深呼吸のとき上体を後ろへそらす(脊柱を後ろに曲げる)のはそのためである。

 肋骨を引き下げるのは主として内肋間筋と胸横筋との働きである。その他に、下後鋸筋、内腹斜筋等も関係し、さらに重力の作用も受けている。


ロ腹式呼吸

 これは主として横隔膜によって行われる。横隔膜は胸腔に向ってまるく突き出ているから、これが収縮すると、この円蓋度が減少してその分だけ胸腔が広くなる。胸腔が広くなっただけ腹部も押されて広くなるがこの場合、腹壁が弛んでいると腹がふくれ出る。また、腹壁が緊張しているとふくれ出さないで、それだけ腹圧が加わる。横隔腹が弛緩すると、肺がそれ自身の弾性で収縮するにつれて円蓋度を増し、胸腔がそれだけ狭くなって空気が吐出される。以上のような働きで、横隔膜に関する限りでは吸気は能動的運動で、呼気は受動的運動である。なお、呼気の場合であっても、腹筋の筋が働いている場合は、横隔膜によって強く胸腔に向っておしつけられるものである。

ハ呼吸運動と関係ある諸現象

 せきは気管や気管支の中の、くしゃみは鼻腔の中の異物や分泌物を体外に排出するための反射運動である。

 喉頭の声門を閉じ、呼気時の筋を緊張させることまではいずれも同じであるが、せきの場合には声門の開放と同時に比較的少量の空気が口腔を通って体外に放出されるが、くしゃみの場合は大量の空気が鼻腔を通って放出される。せきのときに出る「たん」は鼻腔に入ることなく、また、くしゃみのときには空気は必ず鼻から出ることがそれを証明している。

 ものを吹く(たとえば口笛、笛、ラッパ等)には、かなり強い気圧を必要とする。それは空気の通る道に抵抗を示すからで、この抵抗にうちかつために胸腔内の内圧が高まるがこれには呼気筋群が働いている。

 しゃっくりは横隔膜のけいれんであり、急激に横隔膜が収縮すると、瞬間的に空気が肺に入り、そのために喉頭が異様な音を発するものである。

④腹圧

 腹腔は、上は横隔膜、前と外側は腹筋群、後ろ側は脊柱で、下は骨盤の出口を骨盤隔膜で囲われている。これらの諸筋群が全部緊張すると腹腔を圧迫することになる。中でも横隔膜が腹腔を圧迫する効果が最も大きい。このように腹壁が緊張すると、腹腔の内容が圧迫されることになり腹圧が加わる。

 腹圧の強さは腹筋の収縮の強さに比例するが、腹圧を加えるときは腹筋の収縮だけでは不充分で、同時に「いきを止める」必要がある。

 いきを止める(いきをころす)というのは喉頭の声帯を閉じて、肺の空気が体外に放出されるのを防止することで、腹圧を加えるときにそのようにするのは、胸腔の容積が減らないようにするためである。換言すれば、横隔膜が胸腔の方へふくれ出さないようにするためである。

 したがって、強い腹圧を加えるためには、ただ息を止めるだけでなく、胸筋を働かせ、胸郭を縮少すること、すなわち、胸圧が加わって、それにより腹部を上から横隔膜により圧迫し、腹圧を助けることになる。腹圧は自然の結果として腹腔の内容を外に圧し出すように働くものである。

 たとえば、嘔吐は胃の内容物を食道から口の方へ逆におし出すものであり排便と放屁は直腸の内容が肛門からおし出されるものである。また、放尿は膀胱の内容が尿道を通って外へおし出されるものである。

 これらの生理的現象に当っては、必ず腹圧が多かれ少なかれ作用していることを認識すべきである。通常、腹圧を加えるための腹筋の収縮は、ほとんど反射的に起こることが多く、排便時等にいきむのはこの反射作用のあらわれである。

 以上、特殊な運動として意識のいかんにかかわらず大切なものであるので一応解剖学的にまとめてみた。とくに呼吸についてはいろいろの面より考えてみなければならないことが多い。

 すなわち、呼吸の科学的な作用は、①化学的作用 ②物理的作用 ③身体精神的作用の3つに分けて考えられるが、結局、心身のバランスをとるのが呼吸である。呼吸が整えば自然に自分に適した動作や精神的安定が得られるものである。その重要性について認識を新にしていただきたい。
「あの人は息が長い」とか「息が合う」「息がきれる」とか、たんに呼吸運動とは別にいろいろの表現に使用されているが、これはそのときの様々な状態を示しているもので、呼吸のいかんがそのときの身体や精神の状態を敏感に反映して、その変化に先だって変化す
るから、経験を通じて通常的に使用されているものである。身体や精神の状態を知るためにも呼吸がいかに大切であるかを再認識すべきである。

 最近、人体生理や運動生理においてもさかんに心肺機能に関して述べられているのも、そのよってきたるところを理解していただきたい。
(次回は関節運動と筋について)
月刊ボディビルディング1974年10月号

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