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JBBAボディビル・テキスト(48)
指導者のためのからだづくりの科学
各論Ⅲ(生理学的事項)3.筋

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月刊ボディビルディング1977年9月号
掲載日:2018.07.27
日本ボディビル協会指導員審査会委員長 佐野匡

3-1-1 生理的条件と心理的条件

筋力が筋の生理学的断面積に比例することは,1910年に発表されたフィックの法則以来研究され,ヘッティンガーや猪飼博士,福永博士等によって,筋力と筋断面積との比例関係が証明されてきている。
 しかし最大筋力を決定する要因としては,筋の断面積という構造的要素の他に,筋を支配する運動単位の興奮状態という機能的要素も考えなければならない。この2つの要素のうち,構造的要素は個人特有のものであり,比較的安定した状態を保つことができるが,機能的要素は常に変動するものである。
 たとえば,筋に電気刺激を与えて最大に収縮させると,随意努力による最大筋力よりも14~48%も高くなることが猪飼博士らによって実験証明されている。自分で気合いをかけたり,暗示をかけられたり,あるいは精神集中如何等によって,発揮される筋力が大きくなるが,このような随意努力による最大筋力は,筋の断面積と神経系の興奮状態によって左右される。
 これは,普通の状態では大脳皮質に抑制が働いていて,最大筋力の水準が一定の高さにおさえられているが,自発的な大声(気合〉や,外界からの刺激によって, この抑制が除かれるためであると指適されている。これを脱制止という。
 催眠の状態や,暗示を与えられた状態等であらわれる筋力の増加や,あるいは「火事場の馬鹿力」といわれるような高い筋力の発現のメカニズムは,この脱制止が行われるためであると考えられている。気合や精神集中によって, より高い筋力を出そうとするのもそれによりできるだけ脱制止の状態をかもし出そうとするものである。
 筋の太さによる筋力の上限を生理的限界といい,精神的な意思集中によって発揮される上限を心理的限界と呼んでいる。したがって,脱制止が起こるということは,心理的限界が高まるということである。
 大きいカを出すためには,筋線維が太いという身体的条件と,一時に沢山の神経衝撃が出されるという,意志の集中による精神的条件がなければならない。
 同一人が,最大努力で発揮した筋力に変動があるのは,その時々における心理的限界が動揺しているためと考えられている。
 パワーリフティングや重量挙げなどにおける選手の試技や記録を見ると,身体的(生理的)条件と共に心理的条件の重要さがよくわかる。以上のことがらから,体育やスポーツでいう筋力とは,一面,カを発揮する能力であるということも理解できよう。
 どんなスポーツでも力を必要としないスポーツはない。優秀なスポーツマンになるためには強い筋力と強い精神力を持たなければならない。この精神力が根性としてあらわれてくる。
 スポーツ関係者や選手の中にも,筋力よりも柔軟性や敏捷性の方が必要だとかいって,筋力に対して否定的であったり批判的な態度を示す者もあるがそれは筋力に対する一般的な誤解や,知識・認識の浅さを示すもので,「どのような身体運動においても,カがあって始めて成り立つものである」ことを認識すべきである。そのためには基礎的な力学の知織が必要である。つまり,基礎的な力学を理解することによって始めて認識されるものである。
 この力は,キログラムやポンド,オンスという単位によって測定することができる。そしてこのカが,与えられた抵抗より大きくなれば, そこに始めて運動が起こり,その運動が仕事として動きの起こった距離やスピードによって「力×距離」「力×スピード」としてkg・mなどの単位により仕事として評価され, また, この仕事を単位時間当たりに見た仕事量(パワー)としてkg・m/秒,kg・m/分とかm/秒km/時間等の単位で評価することができる。
 たとえば,150kgのバーベルを持ちあげることについて考えてみると,カが150kgより大きくなるまではほとんど動きがあらわれない。これは力学的に仕事をしていないことになる。その人の筋力如何によって, この段階で疲れてしまう人もあるだろう。また,身体的条件では限界であっても,心理的条件でこれをカバーする者もあるだろう。やがて力がバーベルの重さよりも大きくなればバーベルは動き,持ちあげられる。そして60cmまで持ちあげられたとすれば,その動いた距離60cmと重さ150kgとで150kgx0.6m= 90kg・m
の仕事をしたことになり,この仕事が1秒でなされたとすれば90kg・m/秒のパワーが産出されたことになる。また1馬力は75kg・m/秒であるから,この人のバーベルを持ちあげたときの馬力は1.2馬力を出したことになる。1馬力は0.178カロリー/秒であるから,このときのエネルギ-産出は0.2136カロリー/秒となる。
 他方,ダイナミックな動きを伴なう仕事についても,カを調べたのと同じ方法を用いて,その運動を観察することができる。
 たとえば,疾走運動の場合は,地面を蹴るキックカ,すなわち脚筋力(脚筋のパワー〉の連続発揮によって身体が前方に推進される。選手の位置の移動していく割合を速度(スピード)と呼び, km/時, m/秒等のように測定・評価することができる。
 また,静止状態からスター卜した瞬間に,その速度が何m/秒に移ることができるか,その価が大きいほど短距離をにおいては好ましいことである。静止状態,つまり速度0から相当値に達するまでは少し時間がかかるが, この時間のかかる割合を加速度と呼んでいる。
 以上のように,パワーと加速度の発揮は,基本的には力と速度の2つに左右されていることがわかる。このような力を発揮する能力が運動には絶対必要であり,これが筋力と呼ばれるものである。
 言葉をかえていえば
「筋力とは,人間の筋肉がカを発揮して,それに加わる外力,または反作用に抗することができる能力で,この能力の要因には身的なものと,心理的なものとがあり,そのいずれを欠いても充分なカは発揮できない」ということになる。
 また, 筋力発揮の様相としては
①筋の長さが変化しないで筋力を発揮させるもの一一静的収縮(アイソメトリック)
②筋の長さが短縮するもの一一ー短縮収縮(コンセントリック)
③筋の長さが伸びるもの一一(伸張性収締(エキセントリック)
 以上の3種類が基本的な筋力発現の形態であるが,これらによって発揮される最大筋力は各々異なる。(収縮形態に関連した筋収縮のメカニズムについては別項で記す)また,つぎのような筋力発揮の様相もあることを知っておいてもらいたい。
(a)ゆっくりとした運動で発揮される筋力は,本質的にはアイソメトリックな条件で筋力を発揮したものと同じ
である。
(b)エキセントリックな収縮で得られる筋力は最も大きく, しばしばアイソメトリックな収縮の場合の2倍に達することがある。
(c)速い運動にあっては.筋力はスピードが増すにつれて小さくなる。
(d)極めてスピードのある動きにおいて発揮される筋力と,アイソメトリックな最大筋力との問にはなんらの関係もない。
 たとえば,いろいろの重さの砲丸を投げて,そのときの砲丸の飛ぶ速度と発揮された筋力を測定した結果は, スピードを増せば増すほど,発揮される筋力は小さくなり,スピードが落ちると発揮される筋力は大きくなる。
 このような関係は,いわゆる「筋の機械的特性に関する基本公式」 (ヒノレの公式ともいう〉として表わされているが, この公式によってわかることは
たんにスピードと力は反比例であるということだけでなく,より重要なことは,アイソメトリックな状態を測定した最大筋力によって,動的な状態で発揮される筋力が大きく左右されるということである。
 そのパワーについてみると,最高のスピードのが約1/3のところが最大となりまた,最大筋力のが約1/3のところが最高のパワーになるというように,研究者によって多少の相違はあっても,それぞれの最大値の1/3に近い値をとるとする点では共通している。パワーとして考える場合,非常に重要な,意味をもっている。

3-1-2 相対筋力と絶対筋力

体重の異なる人の筋力を比較する場合「相対筋力」というものが用いられる。これは,体重1kg当たりの発揮される筋力で,これに対して体重とは無関係に発揮される筋力を「絶対筋力」といっている。
 たとえば,パワーリフティング競技において,その人が成功した試技の最大の重量が絶対筋力で,その重量を体重で割った体重比が相対筋力である。この相対筋力は, 一般的には体重が重いほど低下するが,これは, 体重は容積に比例するが,筋力は面積に比例するため,体重は長さの3乗に,筋力は長さの2乗に比例するということになり,体格が大きくなって体重が増加する割合よりも,筋力増加の割合の方が低いということである。
 したがって,パワーリフティングや重量挙げの記録を,その選手の体重比でみた相対筋力は,体重が重いほど低くなっているのは当然である。
 投てき,重量挙げ,パワーリフティングのような,絶対筋力が主役を果すような運動にあっては,筋肉の実質をふやすと共に,その筋力を充分に出しつくすことのできる神経系のコーディネーションが必要である。
 他方,自分の身体を運搬するような競技や,ボクシング, レスリング等の体重制の競技種目では,相対筋力が記録や勝敗に大きく影響してくる。このようにスポーツの種目によって要求される筋力の度合や,身体部位にはそれぞれ相違があるので,ただたんに絶対筋力だけでなく,相対筋カを高めることも必要である。
 体重制による運動において減量するのは,この相対筋力を高めるという点では当然なことであろうが,無理な減量による体重減は,かえって調子を狂わせたり, スタミナ低下をまねく危険があるのでその点には充分注意しなければならない。
急激な減量作戦ではなく,常に相対筋力を考慮したトレーニングが必要である。
 しかし,なんといっても筋力が強いということは,あらゆるスポーツ,あるいは日常生活においても有利であり有効であることを再認識し,正しい理解を深めてほしい。次回は筋収縮のメカニズムについて記し,筋トレーニングについてはそのあとで述べる予定である。
月刊ボディビルディング1977年9月号

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