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★ビルダー・ドキュメント・シリーズ★
映画スター・佐伯秀男 体の自叙伝(その2)

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月刊ボディビルディング1978年5月号
掲載日:2018.07.01
〈川股 宏〉
 私たちが毎日毎日バーベルやダンベルと取り組み、トレーニングに励む目的にはいろいろある。たくましい体をつくりたい、人に負けない力をつけたい、健康をとり戻したい、肥満解消、等々、人さまざまであろう。

 でも、とくに若い人の場合、本心を簡単な言葉で表現すれば、カッコよくなりたいのではないだろうか。若者に限らず、人間いくつになってもカッコいい体に対する憧れは同じである。

 この原稿を書くにあたって、はじめて佐伯さんに会ったとき、「年をとっても、佐伯さんのようにカッコよさを保ちたいものだ」と私は思ったものである。

◇ 初心を大切に ◇

−−佐伯さんと話していると、なぜか年齢を感じないばかりでなく、若い人と話をしているような錯覚を起こします。理由は、肉体ばかりでなく気持も若々しいからだと思いますが……。

佐伯 そのとおりです。私はいつも出発点に立った気持で行動します。20歳のときは20歳なりに、50歳になれば50歳なりに。

 世阿弥は「初心忘るべからず」といっていますが、それは、最初の気持をいつまでも忘れてはいけない、といっているんじゃなく、その時々に、つねに新たな感動のある気持を持てと言っとるんだと思うね。つねに新たな感動を持てる心、これがある人は伸びます。ボディビルにしろ実社会にしろ、必ず成功するよ。

 昔からよく言うでしょう。人生は登山と同じだと。途中には谷もあり崖もあり、ときには吹雪もある。それに遭遇するたびに、新しい気持というか、初心というか、前向きに、意欲的に事にあたることが必要なんです。ボディビルだって私しゃ若い人にゃ負けませんよ。この年で毎日家でベンチ・プレスやカールやってるんです。この大胸のはる感動は若いときと全く同じです。

−−ひと口に若々しい心を持つと言っても、むづかしいことだと思いますが、佐伯さんはどうやって、そんな若々しい気持を持てるんですか。

佐伯 そりゃ努力だと思うんです。生まれつき若々しい心を持っている人もあり、そうでない人もいるが、それは心掛けというか、努力でどうにでも変えられると思うんです。

 簡単な話、私はいつも青年のような若々しい気持でいるように、そしていつも心にはずみがあるように心掛けています。人と接するときも若々しい雰囲気でその人から何かを吸収してやろうという意欲をもって接します。だから人と会うのが楽しみなんです。とくに若い人と話すのはいいものです。

 トレーニングだって、そんな青年のような気持でやり続けていると、いつも感動する新鮮な心を作ってくれるんです。トレーニングのあと、筋肉がパンプ・アップするときの、あの躍動する気持は今も昔も少しも変っちゃいないんです。

−−トレーニングすることによって、肉体ばかりでなく気持まで若がえるというわけですね。ただ、トレーニングを長く続けるといっても、何かそこに目的とか目標といったものがなければ続かないと思いますが。

佐伯 そのとおりです。目的とか使命感といったものがなければ、努力は続かんと思います。つねに、ああなろう、こうなろう、と目標を自分自身に与えることが大切です。

 たとえば、トレーニングの使用重量や、鏡にうつした自分の体をみつめ、腕はこのくらい、胸はこんな形ちというように、目標なり使命感を自分で見つけ出すことが大切です。目標が決ったら、その達成に邁進しそれが達成されたら、もう一段高いところに目標を定め、またそれに向って努力する。こうして、つねに何か目標を持っていれば、老化するひなどありません。

◇ 自信を持つ ◇

−−身心の若々しさの秘密や、やり続ける根性の他に、佐伯さんを見ていると相当な自信があるように見受けられますが。

佐伯 そんなように見られて恐縮ですが、自分ではそんなに意識したことはありません。ただいえることは、自信というものは、決して不動ではないということですね。私もいままで、ささいなことで自信を失なったり、自信を持ちすぎてがむしゃらに突走って失敗したことがあります。だから、これが自信だというはっきりしたものを私自身がつかんでいないんです。

 ただ、若い人に言いたいのは、自信とうぬぼれというのは、馬鹿と天才のように紙一重だけど、全く違うということです。よく自信過剰とうぬぼれを混同している人がいるが、自信過剰もよくないが、うぬぼれはもっと悪いんです。

 自信というのは、スランプや苦しみを乗り越えた中から育った魂の感動ですよね。これに対して、うぬぼれは、人におだてられて何となくそう思い込んだ、こわいもの知らずのピエロ的な精神状態ですよ。

 よくいるじゃないですか。少しビルダーらしい体つきになった人で、胸をはって、逆三角の体型をことさらみせびらかして歩く人が……、ありゃ、うぬぼれが背広を着て歩いているようなもんですよ。

 野球の王選手を見ていると痛いほどわかるんですが、スランプの時、あれが世界の王選手かと言いたくなるほど凡打の連続ですよね。そんな時には、さらに猛練習をして、これでもか、これでもかと体を痛めつけることによって、そこから徐々に自信を回復させるというんです。

 ボディビルだって同じですよ。体を痛めつける自分に対するきびしさがなけりゃあ、いい体はできませんよ。ファイトというか、俺は必ずやれるんだという自分自身を信ずる気持、これが自信ですよ。私は、いつもこんな気持でいたからこそ、年齢を越えた体が得られたんですよ。自信の証明を、私の場合は体力が証明しています。
肉体的にも精神的にも万年青年の佐伯さん

肉体的にも精神的にも万年青年の佐伯さん

◇ 反省の大切さ ◇

−−"過ちを改むるに、はばかることなかれ"といいますが、スポーツでも芸の道でも、反省する人としない人の間には結果において大きな差ができると思いますが。

佐伯 そのとおりです。人間はときどき客観的に自分をみつめること、つまり反省することが大切です。とくに失敗したときなど、なんだかんだと言い訳がましく責任転嫁せず、素直に反省すべきです。反省することはちっともうしろ向きの行為じゃないんです。反省は次の飛躍へのステップになるんですよ。

 ボディビルだって同じです。トレーニングの具体的なやり方、食事、休養、疲労の状態などを細かく記録しておいて、これをときどき読み返して反省の材料にするんです。ただガムシャラにトレーニングするよりはるかに効果があがりますよ。それから、一流ビルダーの経験などによく耳を傾け、常に自分に刺激を与えることですね。

 それから、刺激を与える変った方に、自分の筋肉と対話する方法があるんです。

 ふつう、トレーニングする場合にスケジュールを決めておいて、それにしたがって、何回の何セットというようにやっていますが、それではだめで、逆に筋肉に「お前イタイだろう。だがあと何回やるまではゆるさんぞ!」と筋肉を自分と切り離してきびしく鍛えるんです。いわば独り言ですね。これが以外と効果があるんです。とくにひとりぼっちでやるトレーニングには有効です。そして、そんなきびしさの後、おいしい食事で筋肉をなぐさめてやれば、筋肉は喜んで大きくなりますよ。

◇ 若さを保つ秘訣 ◇

1977年度ミスター神奈川コンテストを観戦したあと役員・選手と記念撮影左から佐伯さん、田鶴浜神奈川県協会々長、阿野田選手、嶋崎選手

1977年度ミスター神奈川コンテストを観戦したあと役員・選手と記念撮影左から佐伯さん、田鶴浜神奈川県協会々長、阿野田選手、嶋崎選手

−−最後に、いつまでも若さを保つ秘訣を教えてください。

佐伯 そうですね。若さにも肉体的な若さと、精神的な若さの2つがあると思います。それに私の職業が俳優だということも大いに関係あると思いますよ。

 よくいわれるんですが、「俳優さんは、一般に年より若く見えますねえ。とくに長谷川一夫さん、池部良さん、山田五十鈴さん、水谷八重子さんなど、20年くらい前とほとんど変らないんですが、どんな健康法をやっているんでしょうね?」とみんな不思議がるんですね。

 これは、健康法以前の問題で、自分は俳優だという意識がつねに働いて、顔とかスタイル、芸の道にいつも神経が集中しているからだと思います。

 ところが一般の人、とくに老人はどうですか。ヒゲは伸びほうだい。鏡なんか見ないんじゃないですか。まるでオシャレの意識がない。これでは精神的にも肉体的にもフケてしまいますよ。

 それともう1つは、仕事でもいいし、趣味でもいいから、生きがいを求めて打ち込むことです。仕事を例にとると、同じ仕事でも心の持ち方1つでずいぶん違ってきます。仕事をイヤイヤする人と、その仕事に誇りと喜びをもってする人とでは心のハリが違います。前の人には仕事は苦痛であり、後の人には喜びですよね。これで勝負は決まりです。

 私は俳優の仕事に誇りと喜びをもっており、これを長く続けるために体を鍛えているわけです。この気持は若いときからずっと同じです。イヤイヤやった仕事で人の共感は呼べっこないじゃあありませんか。

 人間なんて弱いもんです。この責任感や仕事に喜びをもった前向きな気持が大切なんです。つねに何かを求めつづけていけば、身心ともに若さを保つことができると思います。

−−若々しい体をつくるのには、もちろん精神的な要素も必要ですが、具体的な方法としてはどうすればいいんですか。

佐伯 まず第一に自分自身を亡ぼす欲望に打ち勝つことですね。酒、タバコ、バクチ、女、美食、自分を節制することをしないで欲にふけっていたんではいい体ができるわけがありません。

 いったんボディビルをやると心に決めたなら、まず、一生これを続けるという気持を持つことです。そして、強い意志をもって実行する。そうすりゃあ必ず効果があがります。酒でもタバコでも、食べ物でも、悪いといわれるものを慎しみなさい。最初は苦しいかもしれんが、それがだんだん苦痛でなくなり、最後にはきっと逞しい筋肉と健康が手に入りますよ。

 ボディビルはスポーツじゃあないという人もいますが、こりゃあスポーツうんぬんどころではない、日本古来の武道と同じだと私は思っています。力や体、そして養生のための技や術を学ぶ奥行の深いものです。日本のビルダーでも、一流といわれる人はこんな術を持っているもんです。よいと思うビルダーやコーチから、そんな術をどんどん盗むことです。

◇  ◇  ◇

 ドキュメント・シリーズが、何かお説教みたいになってしまったが、30年近い間、コツコツとボディビルに取り組んできた佐伯さんならではの言葉である。若いビルダーたちが、この中から何か1つでもつかんでくれれば佐伯さんにとっても本望であろう。
月刊ボディビルディング1978年5月号

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