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筋肉の「ABC」 5

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月刊ボディビルディング1969年12月号
掲載日:2018.07.25
渡 辺 俊 男
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■筋線維は障子のように動く

第1図 筋線維と横紋筋の関係を示したもの

第1図 筋線維と横紋筋の関係を示したもの

 筋肉が横紋筋と平滑筋に分けられることは、ご承知のとおりです。私たちの意志によって自由に動くのが横紋筋ですが、この横紋筋をとり出して顕微鏡で見ますと、ちょうど織物の縞(しま)のようにみえます。これは、筋原線維を構成している各種の物質が、光による屈折率を異にしているからです
第2図 24,000倍に拡大したウサギの横紋筋

第2図 24,000倍に拡大したウサギの横紋筋

 第2図は、ウサギの横紋筋を24,000倍に拡大したもので、光の屈折によって、大きく暗帯(A帯)と明帯(I帯)に分けられているのがわかります。また、暗帯は明るいH線によって2分され、明帯は暗く細いZ線によってこれまた2分されています。そして、これらの隣り合った線の間が1つの単位といってもよいでしょう。それぞれの部分を構成している物質は、暗帯はミオシンであり、明帯はアクチンに相当しています。H線は、筋肉が弛緩しているとき、アクチン線のはなれている部分に相当しますし、Z線は、障子の格子の縦のわくに相当するアクチン線と考えたらよいのです(第3図)。
第3図

第3図

筋肉が収縮したり、弛緩したりするのは、ミオシン・フィラメントやアクチン・フィラメントそのものの長さが短縮されるのではなく、第4図のように、アクチン・フィラメントがミオシン・フィラメントの中にはいったり出たりするからです。つまり、筋肉の収縮は、障子がスライドするようなものであって、ミオシン・フィラメントは戸袋のような役目をしていることになります。筋肉が強く収縮するということは、障子をきちんとしめることであり、筋の収縮の強さと速さとは、このスライド運動の強さと速さ、ということになります。
第4図

第4図

 戸のあけたては、人間の手の働きで行なわれますが、筋肉のばあいは、タンパク質であるミオシンとアクチンが化学的に反応して、戸のあけたてをしている、といえます。

■モーター・ユニット

 私たちの筋肉(随意筋)の収縮は、それが意志の働きによろうと、脊髄反射の形で行なわれようと、すべて運動神経の興奮の結果であります。1本のノイロンの先には数本ないし数百本の筋肉線維が付着しており、このノイロンと筋線維とをひとまとめにしてモーター・ユニット(筋神経単位)と呼びます。

 ノイロンは、これからもしばしば用いられる術語なので、少し寄り道になりますが、ここでかんたんに説明しておきましょう。
第5図

第5図

 神経細胞は、第5図のように、星形の細胞部分とこれから出ているたくさんの線維から成っています。この線維のうち1本とくに長くのびているものを軸索突起といい、他の短かいものを樹状突起と呼びます。よく肋間神経とか坐骨神経などといいますが、これらはたくさんの軸索突起が束になっているものです。神経の細胞部分も突起部分も、本来の広い意味からすれば、1つの細胞なのですが、神経の細胞にかぎり、細胞部分を神経細胞、軸索突起を神経線維と呼んで、この両者を1つにしてノイロンといっているわけです。

 1本のノイロンは平均150本の筋線維を支配し、これらを収縮させることができます。また、第6図に見られるように、各ノイロンに支配される筋線維は、筋腹内にバラバラにまじっていて、かならずしも1局所に集っているわけではありません。したがって、たとえごく少量のノイロンが興奮したばあいでも、筋腹の一部分だけが収縮する、というようなことはありません。

多くのノイロンが興奮したばあいは、筋肉が広範囲に収縮するわけではなく、強い収縮が行なわれるのです。
第6図

第6図

 1本のノイロンが何本の筋線維を支配しているか--これを神経支配比といいますが、ひじょうに微妙でせんさいな働きをしなければならない筋肉のばあいは、1本のノイロンによって支配される筋線維の数はきわめて少ないのです。たとえば

動 眼 筋 1:10
ヒラメ筋 1:120
縫 工 筋 1:70~117
長指伸筋 1:165
姿勢にかんする筋 1:200

となっています。

 いま20,000本の筋線維をもった姿勢筋を働かせようとすると、100本のノイロンが必要であり、したがって、100段階の強さに分けることができます。これがもし動眼筋のような神経支配比を受けているとすると、2000本のノイロンが必要であり、2000の段階に分離して微妙に働くことができるわけです。

 逆に考えてみますと、1本のノイロンによってたくさんの筋線維が支配されているような筋肉では、神経の疲労は少なくてすむわけです。ノイロン:筋線維=1:200のものでは、1本のノイロンで200個の筋線維を支配できるのですが、1:10の比のモーター・ユニットで200本の筋線維を収縮させようとするならば、20倍の神経線維が働かなければならなくなります。

■筋収縮の速さ

 筋収縮の速さは1/10秒から1/300秒とひじょうに広い幅をもっており、これらは筋線維の種類によって異なります。第7図は、いろいろな筋肉の活動電位を生ずるための脱分極(本誌11月号参照)を起こすまでの時間を示したものです。
第7図

第7図

 速い動きを必要とする動眼筋のばあいは1/100秒しかつづがないのに、腓腹筋では約1/30秒を要し、ヒラメ筋では1/10秒ていどです。筋収縮時間が短かいということは、筋肉を収縮しつづけるためには短い時間にたくさんのインパルスを送らなければならないわけで、もし動眼筋の収縮がひじょうにおそかったならば、1つの物から他の物へすばやく視線を移すことは不可能になります。姿勢保持にあずかる筋肉はゆっくりと収縮するので、神経からのインパルスを比較的まのびした間隔で送っても、姿勢がくずれることがない。という利点があります。また、跳躍などで主働筋があまり速く収縮したのではすべての筋線維が同時にそろって収縮することはむずかしいでしょうし、反対に、姿勢筋のようにゆっくりしていたのでは、瞬発力を発揮することはできません。

 このように筋肉には、瞬発的に働きやすいものと、持久性に富んだものとがありますので、筋肉トレーニングのときには、その特徴を生かして使うことが必要です。

■強い力を出すには

 私たちの生活では、強い力を出す必要のあることもありますが、また、自分の思ったとおりの程度の力を出せることも大切です。強い力を出したり力を調節したりするのは、次の2つの方法で行なわれます。

 ①たくさんのノイロンを同時に興奮させる。
 ②ノイロンの数は少なくても、1本のノイロンに対して次々と間断なくインパルスを送る
第8図

第8図

 第8図のように、神経と筋線維との関係を電光板にたとえて考えてみましょう。ノイロンは配線された電線であり、筋線維は電灯と見なすわけです。この電灯は、スイッチを押すと、ごく短かい時間、たとえば1/1000秒だけ点灯され、その後は自動的に消えてしまうものとします。1度点灯させられた電灯がひとりでに消えるまでの時間は、前に述べたとおり、それぞれの電灯によって異なっているのです。つまり、動眼筋は速く消え、姿勢筋は長く点灯されているということになります。

 いま、配線(ノイロン)Aのスイッチを入れますと、A1A2A3の3つの電灯(筋線維)が点灯され、1/1000秒でひとりでに消えてしまいます。Aの電線のスイッチを4/1000秒おきに入れると、この電灯は1/1000秒間点灯され、次の3/1000秒間は消え、次の1/1000秒にはふたたび点灯されることになります。次にAのスイッチを4/1000秒おきに入れ、Aのスイッチをつないでから1/1000秒おくれてBのスイッチをつなぎ、このばあいもまた4/1000秒おきにスイッチを入れることにします。さて、この電光板はどのようになるのでしょうが。

 Aの電灯は1/1000秒点灯され、その後の3/1000秒は消えています。しかし、Bの電灯はAが消えた直後から1/1000秒だけ点灯され、これにつづいて3/1000秒は消えています。このA、Bを合わせて考えてみると、第9図のように、はじめの2/1000秒間少なくとも1つの電灯は明るくなっており、これにつづいた2/1000秒間は、いずれの電灯も消えて、電光板は暗くなっております。
第9図

第9図

 もちろんここで電灯がついているということは、筋肉の中の筋線維の働いていること、つまり収縮していることを意味しています。同じようなわけで、A、B、Cのスイッチが1/1000秒ずつおくれて、毎4/1000秒に1回電源を入れたとすると、3/1000秒の間は、配線A、B、Cにつらなっているいずれかの電灯はついており、1/1000秒だけは完全に消えて暗くなっているわけです。A、B、Cの電線につながっている9つの電灯が全部消えることなくついているためには、A、B、Cの電源がともに毎1/1000秒の間隔をおいてはいっていなければなりません。

 A、B、C……とたくさんのモーター・ユニットを興奮させることによって、筋の収縮力を強くしようとするものを空間加重といい、1本のモーター・ユニットについて、きわめて短かい間隔をおいて次々と間断なくインパルスを送りこむことによって、筋肉の収縮力を発揮させようとする方法を時間加重といいます。つまり、最大筋力は空間加重と時間加重をともに行なうことによって発揮されるのです。

 すべての配線にスイッチを入れてから、さらにこの電光掲示版を明るくするためには、電球のワット数を増すより方法はありません。

 いずれまた解説することもあるでしょうが、発育が完成されたのちは、いかにトレーニングをしようと、筋線維の数は増加しないとされています。したがって、力を強くする1つの方法は1本1本の筋線維を強くすることであります。電光板の例でいうなら、ソケットの数は一定であるが、電球のワット数を増すことで電光板が明るくなるのです。

 ボディビルのトレーニングをするにあたって、強い筋力を得るためには、その基礎として栄養があり、ついで線維の発達、栄養を配給する血管分布の発達が必要であり、これに適当な刺激を加えることによって、障子の格子であるアクチン・フィラメントとミオシン・フィラメントを強くしなければならないことになります。また、十分な加重効果を発揮するためには、精神の集中力ということも問題となってくるわけです。
(筆者はお茶の水女子大学教授・医学博士)
月刊ボディビルディング1969年12月号

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