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有名ジム、一流ビルダーを訪ねて
アメリカ3ヵ月の旅<4>

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月刊ボディビルディング1979年11月号
掲載日:2018.09.09
IFBB JAPAN副会長 宇部トレーニングセンター会長 大久保忠義

ビル・パール氏に学ぶこと

 ビル・パール氏のジムでトレーニングするのも今日が最後である。いつものように、朝5時からのトレーニングである。4時15分に起き、牛乳400ccとプロティン、それにビタミンEを一気に流し込み、フリーウエーを約100キロのスピードでパサディナに向う。

 ロサンゼルス滞在中、ずっとお世話になっていた坂本君はかなりひどい近眼なので、どうも夜の運転には自信がないという。楽天家の私は『どうということはない。今年中に到着すればいいんだから』とジョークをとばしながら、約45分でパサディナ・ヘルス・クラブに到着。さっそく約2時間トレーニングをする。

 これが最後のトレーニングなので、ビル氏夫妻が夕食会ならぬ朝食会を催してくれるというので、私と坂本君、それにビル氏のトレーニング・パートナーの5人でレストランへ行く。

 食事のあと雑談しているとき、ビル氏が坂本君に『君はアメリカでどうして生計をたてているのか』を尋ねた。坂本君が恥ずかしそうに『バス・ボーイをしている』と答えると、ビル氏は『決して恥ずかしがることはない。私も昔、ロンドンでバス・ボーイをしたことがある』というではないか。

 とかく有名人を見るとき、いかにもトントン拍子に有名になったように思いがちであるが、その陰では、それぞれ人知れぬ苦労をしているのである。

 また、ビル氏は、17歳でボディビルをはじめ、自分のジムをもったのが、なんと22歳のときだという。その後、海軍に入り、日本にも来たことがあるそうだ。その時、バイクが人をはねるのを目の前で見たことがあり、日本の車は優秀だが、ドライバーのマナーにはあまり良い印象はもっていないようだった。

 現在47歳のビル・パール氏には、24歳、23歳、21歳と3人の子供がいるがみな結婚して、いまは夫婦水いらずで楽しい毎日を過している。ビル氏の有名な豪邸はロスではなく、アリゾナにあるそうだ。

 この1週間、ビル氏について学ぶことが多かった。まず、早朝5時からトレーニングをし、それも若い人に一歩もヒケをとらないハード・トレーニングで、その上、会員には絶えず笑顔をふりまきながら指導に余念がない。

 前号にも書いたが、朝5時といえば日本では夢の中にいる人が多い。それが連日、30名からの会員がトレーニングしているのである。やはり国民性の違いなのだろうか。

 アメリカではデブは貧乏人の象徴であり、スマートな人は金持ちの象徴であるという。また、医療費が高いことなどから、常に健康でなければならないと考えている。そのあらわれが、こういった早朝トレーニングというわけである。我々ボディビル関係者も協力し合って、広く一般の人から愛され、利用されるような体制を確立しなければならないと思う。

 私も帰国してから、それまで9時オープンだったのを、6時オープンにしてみたところ、毎日4名くらいの会員がかわるがわるやってくるようになった。そして今後もっと増えそうな気がする。
ゴールド・ジムの前で、左からジョー・ワイダー、私、デニス・ティネリノ

ゴールド・ジムの前で、左からジョー・ワイダー、私、デニス・ティネリノ

ゴールド・ジム訪問

 今日は私のアメリカ旅行の目的の1つ、かの有名なゴールド・ジム訪問の日である。世界のトップ・ビルダーを次から次へと送り出し、また、遠くから泊りがけでトレーニングに来るというほど有名なジムである。

 私がジムに到着したのが11時。その時マッスル・ビルダー誌のジョー・ワイダー氏とカメラマンも入ってきた。聞けばサミア・バラーン氏とデニス・ティネリノ氏の取材と写真を撮るためだという。

 以前、ラリー・スコット氏の取材のときも、一緒に写真を撮らせてもらったり、食事をしたことがあるので、今回もまたお願いしたところ、気持ちよくOKしてくれた。他の雑誌社のカメラマンも来ていたが、どうしても撮らせてもらえなかった。

 デニス・ティネリノ氏は古いビルダーで、私も雑誌などでよく知っていたが、サミア・バラーン氏の名前は始めて聞く。

 カメラマンが「来た、来た」というので入口の方を見ると、サミア氏が彼女と腕を組んで「ヨゥ!ゴキゲンサン」といった陽気さで入ってきた。

 こんな光景はアメリカではめずらしいことではない。アベックでジムにくる人がたくさんいる。本当にアメリカの女性はボディビルに理解があって実にうらやましい。日本のボディビル界の発展にとって、一番てっとり早いのは、日本の女性がもっともっとボディビルに理解を示し、逞しい男性的な彼を求めるようになることだ。そうなれば、ジム経営者の1人として、私にとっても大へん好都合だ。

 さて、今日はサミア・バラーンの胸と広背筋、つづいてデニス・ティネリノのカーフのトレーニング法の取材と写真撮影だそうである。

 サミア・バラーン氏のやり方は、ラリー・スコット氏のときと同じように、胸から広背筋へと移る。その順序にしたがって細かく説明してみよう。

①インクライン・ダンベル・ベンチ・プレス

 インクライン・ベンチの傾斜角度は強くした方が効果的だということで、サミアはこの日、50度近い角度でやっていた。ダンベルの重量は片方が約32.5kgくらいで、全力を出しきってこれを10回くらいくり返したら、約5秒間の休息をとって、再び同じ重量でできるだけくり返す。

 ラリー・スコット氏の場合は、3~4段階の重量のダンベルを用意しておいて、重い方から軽い方へと最大限の力を出しきるようにやっていたが、やり方は違っても、どちらも最大限の力を出しきるようにしていることは同じである。

②ディップス

 次はディップスである。彼は幅の狭い台を使い、体をできるだけ下げてから胸を伸ばす。腕を伸ばしたときは胸の中心に力を入れるといっていた。

 ラリー氏は、幅の広い台を使うときは、リバース・グリップ(両手の掌を外向き)で行なっていた。このやり方は日本ではあまり見られないが、やってみると実によく効く。ただし、このやり方はあまり初心者にはすすめられない。

 このディップスという種目は、胸ばかりでなく、上半身全体に効果があり、とくに上腕三頭筋の運動とスーパー・セットでやると非常に効果がある。

③ツー・ハンディッド・クロス・オーバー

 しっかりとグリップを握り、両腕を曲げないようにして、前部に引き下げる。このエクササイズをやることによって、ダブル・パイセップのポーズ等の腕をあげたポーズのとき腕の形が消えてしまうということが防げる。この器具のない場合は、胸のトレーニングを終って休息をとらずに、すぐ、両手に力一杯握り、腹部の前でクロス・オーバーをするとよい。

④チンニング

 胸の次は広背筋の運動である。チンニングで腕を伸ばしたときは、一度力を抜いて、広背筋を思いきり伸ばす。

⑤ツー・ハンズ・ケーブル・ローイング

 ややうしろに体をそらせるようにして、両手で胸の下部まで引き寄せる。このとき、背中を丸くして広背筋に意識を集中して、一杯にのばすようにする。

⑥バーベル・ベント・ローインド

 広背筋が充分伸びるように、台にあがって行なう。
 
 以上、チンニング、ケーブル・ローイング、ベント・ローイングと続けて行なうと広背筋に非常によく効く。
トレーニング中のサミア・バラーン

トレーニング中のサミア・バラーン

トレーニング中のデニス・ティネリノ

トレーニング中のデニス・ティネリノ

 こうして、サミア・バラーン氏のトレーニングが一段落したところで、今度はティネリノ氏のカーフのみに集中したトレーニングの撮影に入る。

 彼のトレーニングは、ほとんど日本のビルダーがやっている方法と同じであったのでここでは省略する。ティネリノ氏は、凄みもあり、美しさもあるバランスのとれたいい脚をもっていた。そして撮影中、ほとんど口もきかず、もの静かで、いかにもインテリ・ビルダーという感じを受けた。

 撮影が終って、私が、ワイダ―氏とティネリノ氏に一緒に記念写真をとりたいというと、気持ちよく応じてくれ、ゴールド・ジムの前で三人でカメラに収まった。念願のゴールド・ジム訪問と、トレーニングの見学ができて、今日は本当にラッキーな1日だった。

女性ビルダーの出現

 ついにアメリカには女性ビルダーが現れた。まさにヘラクレスもびっくりというわけ。女性も鍛えれば筋肉がもりあがってくる。

 私はゴールド・ジムの受付の壁にかけてあった女性のマスキュラー・ポーズの写真を見ておどろいた。そして、受付に座っていたコーチに「これ本当に女性か?」と聞いてみた。コーチはさもあたり前のように「そう、このゴールド・ジムでトレーニングしているリサ・リヨン(25歳)だ」という。

 ぜひひと目会いたいと思ったが、残念ながら会うことはできなかった。

 ここに掲げた2枚の写真がリサ・リヨン嬢なのだが、同じ女性に見えるだろうか。力を抜いてリラックスしたときは右の写真のように世界一のプロポーションの持ち主である。
リサ・リヨン嬢のマスキュラー・ポーズとまるで別人のような見事なリラックス・ポーズ

リサ・リヨン嬢のマスキュラー・ポーズとまるで別人のような見事なリラックス・ポーズ

 女性でも男性でも、鍛えた筋肉というものは、骨に対してもっともバランスのとれた肉づきとなり、力をいれればスーパーマンのように逞しく、そしてハガネのように強くなり、いったん力を抜けば、美しい均斉美をかもし出すものである。本当のスポーツマンというものはそうでなければならないと思う。

 ボディビルを筋肉の怪物をつくる運動だというように誤解している人が世間には多いが、みんなの努力で、1日も早くこのような偏見をなくしたいものである。

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 先月号のラリー・スコット氏のビジネスに関して書き忘れたことがあるので補足しておきたい。ラリー氏は、もう1つ、栄養補強食品会社”ケイフリー”の副社長である。

 次回はロビー・ロビンソン、ビル・グラント、フランコ・コロンブなどと会ったことなどについていろいろ書きたいと思う。
月刊ボディビルディング1979年11月号

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