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08 日本ボディビル選手権 優勝者の手記2 【合戸孝二】

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.04.07

初の連覇を目指したその特別な思いとは?

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合戸孝二

初の連覇を目指したその特別な思いとは?

最近は大会の照準を全日本に絞ってやってきています。自分に限らず、他の選手も特別な思いで全日本を迎えているのではないでしょうか。

2005年に初優勝しましたが、翌年の2006年ではアジア協議会(ドーハ)の選考に選ばれず、全日本でも2位という結果に終わり「合戸は年齢的にもミスターでは終わりだろう」とみんなから思われ、悔しい思いをした年でした。“このまま終わりたくない!”という一念で初心にかえってトレーニングを行い、毎日無我夢中でトレーニングをしました。この年齢でも、まだ進化できるということを証明したかったのです。
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私は昨年同様、常に挑戦者という気持ちで日々トレーニングをしていますので、“連覇”ということにこだわらず、1年間自分の納得のいくトレーニングをやりきって、全日本というたった一日を胸を張り、自信を持って迎えたいと思っています。そうすれば、結果はおのずとついてくると思っています。ただ大阪の大会は相性が良くないせいか、いつも残念な結果に終わることが多いので、“もしかしたら今年も・・・!?”という不安もありました。そんなジンクスを破るためにも大阪で優勝したいという気持ちは強かったです。
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ただ全日本は当初の開催日から1週間大会が早まったため、その日に合わせて減量を開始したので、大会1ヶ月前に多少焦りが出てしまい途中無理な落とし方をしてしまいました。有酸素運動を増やして、サプリメントや食事のカロリーを抑えてしまった結果、代謝が悪くなって体にむくみが出てしまい、肌のハリも悪くなり、体重も止まってしまいました。そのとき、前年のことを思い出し、焦りを捨て、逆にサプリメントの量を多く摂るようにした途端、体重がどんどん落ちていきました。大会当日はなんとか間に合ったという感じでしたが、やはりギリギリの調整だったので、前年の仕上がりと比べると甘くなってしまったかな?と感じています。毎年大会に出場し、これまで数え切れないくらい、大会向けて減量していますが、機構や自分の体の状態で毎年微妙に体重の落ち方が違うので、なにかしら失敗や、新たな発見をして得るものがあります。だからボディビルは終わりがないので楽しいし、また奥が深いと感じるのです。
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そんなわけで今年は色々ありましたので、なおさら優勝できたことを本当に嬉しく思います。いつも私を応援してくれるファンの方々にも大きな力をもらいました。感謝しています。
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谷野選手、須江選手へのライバル意識は?

ボディビルはずらりと並んだ選手が互いに比較を受けて審査されるスポーツなので、当然意識するのが当たり前だと思われるのでしょうが、私ははっきり言ってあまり意識していません。それはなぜかというと、ボディビルの大会は審査員の先生方が決めることであって、自分自身もそうだし、他の選手も同じだと思うのですが、誰しもが出場するからには優勝するための最高の体を準備して優勝を狙ってきているし、調整してきてステージに上がっていると思うのです。私のなかでは、前年の自分よりどう変わったかの方が意識しています。だから田代選手と優勝を争っていた頃も、ライバル心はなかったのではないかと思います。私は大会のレベルが高ければ高いほど“燃えるタイプ”だと思います。そのなかで勝つ方が価値があるからです。
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若手選手の頭角はプレッシャーに感じたのか?

何度も言うようですが、ライバル心は選手に対してないので、若手選手に対しても特にプレッシャーはなかったです。プレッシャーとは何か?といえば、自分が1年間納得のいくトレーニングをやりきり、全日本を無事に迎えることができるか・・・?という方がプレッシャーです。1年と一口に言っても長いし、私も人間ですから、時には心が折れることもあります(笑)。ただ、そこで自分に妥協してしまえば成長は止まってしまうと思います。いかに自分に勝っていくかが戦いです。
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トレーニングや食事面での改革は?

やはり年齢的にトレーニングが年々大変になっているのは事実です。40歳を過ぎてから、トレーニングの後半になると集中力が突然切れることが多くなりました。

若い頃はダブルスブリッツで、なおかつ高重量にこだわり、1日6時間狂ったようにトレーニングをしていました。怪我をすることを恐れず、怪我すら喜びに変え(かなりのドM!?(笑))、トレーニング漬けの毎日でした。

今はがむしゃらな自殺行為のトレーニングはしたくでもできませんが、替わりにトレーニングをする部位のなかで、筋肉に効く種目を徹底的にトータル3時間くらいやり込む方法になっています。1分のインターバルや、高重量への追求は今も変わっていませんが、年齢に合った中身の濃いトレーニングをしています。しかし、若い頃の“異常”と呼ばれたトレーニングが基本となっているため、以前よりトレーニングの量は減ったと自分では思っていますが、まわりからは現在のトレーニングも「真似できない」と言われます(笑)。年をとってからハードなトレーニング内容に変えようとしたり、トレーニング量を増やそうとしても、体や気持ちがついていかず長続きしないし、怪我をするだけです。トレーニング漬けの毎日が楽しいと感じる若い頃に、死ぬほどガンガントレーニングしても“オーバートレーニング”ではないと思っています。若い頃のハードなトレーニングの積み重ねから、今の私があると思っています。
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栄養面では、前年から健康体力研究所のプロになり、サプリメントの提供を受けさせていただいています。必要なときに必要な量を惜しみなく摂れたことが一番の勝因につながったと感じています。私の体はサプリメントでつくられたと言っても過言ではありません。体重1kgに対して必要なタンパク質は2~3gですが、この量を減量時に食事から摂取するのは不可能です。そのため、私は必要な量を確実に摂れて計算しやすく、質の良いサプリメントを重要視しています。

私は昔から減量メニュー(いわゆるビルダー食)が嫌いで、体のために仕方なく食べていますが、本音を言えば、できれば食べたくない・・・(笑)。私の食事量を聞いた人は「よくその量でその体を維持できますね」と驚き、私がウソを言っていると思うようです。妻は少しでも私が食欲をそそるようにと毎回工夫して食事を作ってくれますが、大抵途中で味に飽きてほとんど残してしまいます。ですからその分、サプリメントで必要な栄養を補給しているのです。サプリメントが食事のメインディッシュでしょうか。

栄養をちゃんと摂れば、体が早く回復し、次の日に疲れを残さずトレーニングに集中することができます。サプリメントの重要性は私の体で証明していると思います。
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2009年日本選手権、狙うは3連覇?

出場するからには当然優勝したいですし、みなさんから3連覇を期待されているのは分かります。先ほども言いましたが、連覇を意識してステージに上がるということはないですが、全日本までの長い道のりのなかで、私の思う納得いくトレーニングをやりきり、本番を迎えられたら結果がついてくると思います。

私は毎日が怪我と背中合わせでトレーニングをしているので、毎年無事に大会の日を迎えられるまで明日のことすら分かりません。大きな怪我をすれば、そこで終わりです。パートナーの妻には、よく「大会まで無事に体が保って良かった」と言われます。この年齢まで現役で体を酷使しているので、怪我は数えきれないほどしています。そのなかでも肘に関しては、医者からも手術をするよう勧められましたが、その間トレーニングを休むのがイヤで、だましだましトレーニングしています。基本的に私は病院が嫌いで(笑)、できれば自然治療とか自己回復で治したい人間なんです。良くもなく悪くもない状態を維持しながらトレーニングし、現状に至るという感じです。

ステージ上で死ねたら本望!とは、あながち冗談ではありません。私の人生は、そのくらいボディビルにすべてをかけてきましたから。
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前人未到50歳代での日本選手権優勝は?

正直、この質問は全日本が終わってから、つい最近まで1%も私の頭にないものでした。理想は今まで通り変わらず、これからも大会に出続けたいとい思いですが、大きな怪我でもすれば現役でやっていくことは難しいし、まず自分が納得できる体でステージに上がれるのか?ということを考えると、先のことなどまったく分からないので、考えもしませんでした。

しかし去年の11月14日に、健康体力研究所主催による祝賀パーティーで、玉利会長の祝辞のなかで「ぜひ前人未到の50歳でミスター日本になってほしい」との言葉で始めて意識しました。この瞬間大きな目標が生まれたのです。一生破られることのない偉業だと思うので、この先どうなるか分かりませんが、この体がもったなら狙いたいと思います。

今までは年を重ねるごとに周りの人たちから「そろそろマスターズに・・・」と言われていましたが、まだミスターで頑張って、50歳でミスター日本になってほしいというファンの声や期待が大きく、私もそのつもりで頑張っていきたいと思います。大会を観にきてくれる人たちをさらに驚かせ、楽しませ、大会を盛り上げていけたら嬉しいです。ここに改めて先ほども話に出た祝賀会に、お忙しいなか玉利会長をはじめ、多くの役員の先生方に出席頂き、たくさんのお祝いの言葉や激励を賜り、心から感謝申し上げます。酒井さん(栃木県ボディビル連盟理事長)からは念願の総ニシキヘビ皮のベルトを頂きました。ありがとうございました。
  • ■合戸孝二■(ごうど・こうじ)
    静岡
    1961年4月1日生
    身長164cm・体重70kg ボ歴27年

    05、07、08年ミスター日本優勝

    所属:マッスルハウストレーニングジム

[ 月刊ボディビルディング 2009年3月号 ]

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