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【新・未知なる大器たち】JPCチャンプ堺部選手を追いつめた!マッスルダークホース 小西幸樹

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.05.17
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2011年8月7日に北九州市小倉で開催された第1回NPCチャレンジカップ。本命の堺部選手やエイビー選手などに注目していた筆者は、とある見知らぬ選手のシルエットに眼を奪われた。背丈はそれほどあるわけでもないが、小さな頭に太い首、厚い胸郭と段差のある力強い腹筋、そして丸みのある大腿部…。全身の筋腹は厚く丸く、その筋群間には深いセパレーションが刻まれ、審査員も何度も堺部選手と比較のピックアップをしていたし、彼がポーズを取るたび、観客からはどよめきが起こった。特にマスキュラーなどの絞るポーズは迫力満点。結果は準優勝であったが、強烈に記憶に残る選手であり、早速その感動を読者諸氏に知らせたく、取材を申し込んだ。

彼の名前は、小西幸樹。昭和47年11月26日生まれの38歳だ。主な戦歴は2005年JPCノービス優勝、2008年JPCナショナルズ2位。なお小西選手は滋賀県在住なのだが、滋賀県にはJBBFの連盟はあるものの、選手権は長年開催されていない。

環境を整備する

今から18年前、小西選手が20歳の時のこと。当時の小西選手は身長が166cmで、体重は63kgだった。体型的には痩せっぽちではなく筋肉質だったし、力には自信があった。

そんなある日、自分よりも身体の細い会社の同僚と腕相撲をしたところ、いとも簡単に負けた。これが、小西選手がトレーニングを始めたきっかけだ。その後、以前ジムで一緒にトレーニングしていた“小椋さん”に誘われたことで、ボディビルコンテストに興味を持った。幼い頃から甲子園を目指す野球少年だったので運動神経は良かったし、球技や走ることは得意であったが、跳び箱やマット運動、鉄棒などの器械体操は苦手であった。ちなみに、トレーニングを始めた20歳でタバコは止めたとのことだ(!)
トレーニングを始める前。63kg、脂肪のないひきしまった筋肉質の若者だ

トレーニングを始める前。63kg、脂肪のないひきしまった筋肉質の若者だ

こうしてトレーニングを始めたころは、現在のようなスポーツジムがほとんどなく、市の公共施設の小さなジムでトレーニングしていたので、開放されている時間も限られていた。そこで2008年までは往復90分ほどをかけてスポーツジムに通っていたのだが、交代勤務をしているため、ジムに行けるのはせいぜい月に12日~15日ぐらい。

そこで2008年に、現在の会社のスペースを借りてトレーニングジムを立ち上げた。中野さん、小堀さん、川嶋さんという友人たちがお金を出し合ってくれ、最初はスミスマシン、パワーラック、チェストプレスマシン、250kgのウェイトを購入した。今では一緒にトレーニングしたいという仲間が増えたこともあり、トレーニングマシンもかなり充実してきた。

なお小西選手には育ち盛りのお嬢さんが2人いるが、奥さんにボディビルについて理解されるまでにはかなり時間が掛かったようだ。結婚当初から交代勤務をしていたことで、なかなかジムに通うことができなかったため、休日はトレーニングをしてからでないと子育てや家事などをしなかったためである。これでは奥さんが怒るのも納得だ。小西選手が子育てや家事をしない時、奥さんは一日中機嫌が悪く、喧嘩ばかりしていたそうだが、一方の小西選手は「トレーニングをしないと筋肉が小さくなる」と思い込み、できないことにイライラしていた。

そんな時期が10年以上続いたが、2005年のJPCノービス選手権優勝を機に、休日になると「まずトレーニングをしてきたら?」と言ってもらえるようになった。勝てば官軍、結果を出すことは大切だ。家族の見る眼も変わる。ただし大会が近づくにつれてどうしてもピリピリしてしまうため、あまり喜ばれていないという事実もあるらしい。これはボディビルダーならば誰しもがたどる道だろう。

トレーニングのこだわりと変遷

小西選手の仕事は三交代制の勤務で、トレーニングの時間帯もそれによってばらばらだ。
・勤務①=8:30~17:00
→ トレーニング 18:00~20:00

・勤務②=16:30~25:00
→ トレーニング 25:30~27:30

・勤務③=0:45~8:45
→ トレーニング 9:30~11:30

・休日=トレーニング 8:00~10:00

分割は①胸・肩②背中③脚④三頭筋・二頭筋の4分割で行っている。基本的にセット間のインターバルは60秒。パートナーはいない。トレーニングのオフ日は設けておらず、20日間ほど続けるが、体調次第で休むこともある。
とにかく睡眠よりもまずトレーニングすることが大好きなようだ。

2004年に左肩に怪我を負うまでは高重量トレーニングにこだわっており、2006年に腰と左脚つけ根の怪我をするまではベンチプレスではMAX200kgを挙げていた。怪我をしてから2008年までは、重量が思うように挙がらない気持ちと葛藤しながら「高重量が挙げられないぶん、どうにか筋肉に効かせることを一生懸命意識して」トレーニングを行なった。ところが、そうしている中でいつの間にかベンチプレス200kgを挙げている時よりも身体つきが良くなったため、今では高重量トレーニングよりも、効かせるトレーニングを意識するようになってきた。

現在の扱える重量は
①ベンチプレス 85kg×8~10レップス
②スクワット 150kg×11レップス
③シーテッド・ショルダープレス 31kg×8~11レップス
④チンニング 80kg(自重+5kg)×20レップス×3セット
⑤プリチャーカール 32.5kg×15レップス
⑥ライイング・エクステンション 50kg×8~10レップス
⑦レッグカール 30kg×12レップス
⑧デットリフト 150kg×10レップス

それほど重くもないウェイトを、マシンと組み合わせながら丁寧にトレーニングしている。非常に野獣っぽく見える外見だが、トレーニング中の彼は、黙々とおとなしいタイプのようだ。
黙々と丁寧に筋肉に効かせる。マシンも併用してひたすら筋肉の反応を確かめるトレーニングだ

黙々と丁寧に筋肉に効かせる。マシンも併用してひたすら筋肉の反応を確かめるトレーニングだ

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肉食系ビルダー

普段は自宅で毎日、大好きなビールや梅酒を楽しむ。本人曰く「田舎だから、居酒屋が近くにありません」ということで、外に飲みに行くのは月に一度程度しかない。最近はオフ体重の85kgから75kgくらいまでを、7~8カ月かけてゆっくり落としており、その間はビールを断っている。この断酒には精神的な意味合いもあるようだ。オフの時は好きな物を好きなだけ食べるが、お菓子は控えている。そのためもあってか、85kgを超えることはない。
今年のNPCカップではJPCチャンピオンの堺部(左)を追いつめた

今年のNPCカップではJPCチャンピオンの堺部(左)を追いつめた

大会に向けた食事では、基本的に炭水化物を減らし、タンパク質を増やす食事にしていくが、今回の大会に向けた減量時、滋賀のジムに森永経一郎氏が来ていて、1日に肉1kg食べることを勧められたそうだ。そこで大会前の1週間、続けて実践した結果、過去最高の肉体を作れた。血管が浮遊し、筋肉の張りも良かった。

食事の準備は「主に肉を焼いたり茹でたりするだけなので簡単」と照れるが、基本的に小西選手自身でしている。普段は家族と同じ物を食べているので、奥さんが料理してくれている。彼の気配りと優しさをちゃんとわかっているのだろう。会社での弁当も奥さんが作ってくれるとのことで、極力タンパク質を意識したメニューになっているそうだ。ボディビルウエアではなく、黒っぽい身体のラインがわかる上着に、こだわりのサングラスとバックルで決めている一見強面の“アニキ”だが、家族の仲の良さが伝わってくるエピソードだ。

今回の大会前までは、サプリメントの摂取のタイミングや量に気をつけていた。

・起床後=BCAA10g、プロテイン30g
・トレーニング前=バナナ1本、BCAA10g、プロテイン30g、クレアチン10g
・トレーニング中=BCAA10g
・トレーニング後=BCAA10g、プロテイン50g、クレアチン10g、グラニュー糖80g
・就寝前=BCAA10g、プロテイン30g

いたってシンプルだ。しかも非常にクラシカルである。ただ単にタンパク質のみの補給であることがよく解る。これだけであれだけの肉体を作り上げることができるのは、多いに参考になるだろう。現在はサプリメントは一切やめて、1日に肉1kgを食べられる時に食べているとのこと。確かに肉にはクレアチンもBCAAもタンパク質も豊富にあるが、理由のひとつにはボディビルに使えるお小遣いが限られているから、サプリメントが買えなくなったとのことだ。彼の性格が解る理由で、なかなか微笑ましい。アメリカではアマチュアでも伸び盛りの選手へ種々のサプリメントメーカーが商品を提供することで相互の利益を得るシステムがある。どこか国産のメーカーが彼に眼をつけてくれることを祈る。

トレーニングを続けることのモチベーション

小西選手の気配りの結果が、家族の良い表情に現れている

小西選手の気配りの結果が、家族の良い表情に現れている

「マシンやウェイトを揃えるために出資してくれた友人3人の気持ちに応えるためにも、何かの形で結果を残すことが大切と思っている」と静かに語る小西選手。彼にとって今回の大会は、少し特別な大会だった。4人兄弟の2番目の姉が癌で今年の6月に39歳という若さで亡くなっているのだ。4年前に癌が見つかったが、抗がん剤などの苦しい副作用にも弱音を一度も吐かずに闘っていた。彼が今回このような身体を作れたのは、亡くなった姉のおかげだ。お姉さんを始め自分を理解してくれる仲間たちのためにもトレーニングに励みつつ、「いつか頂点をつかみたい、子供たちにも継続は力なりと伝えるためにも結果を出したい」と熱く語る。

小西選手の課題のひとつに、ポージングがある。特にバックポーズには独特の癖がある。遺伝的な要素もあるが、厚い上半身や太い大腿部に比べ、カーフにもっと迫力が欲しいところだ。一人で練習していることが多いので、それを細かく指摘される機会が少ないのかもしれない。「なぜもっとたくさんの大会に出ないのですか?」と尋ねたら、「年に一度が限界」とのことだった。その理由は、減量が長いことで筋肉を大きくできないことへの不安と、もっとも大きな理由は、経済的な面と家族への気配りにある。

住んでいる地域、職場や家庭環境、そしてトレーニング環境など、多くのボディビル愛好者は、それぞれの制約を受ける。しかし小西選手はそれに愚痴をこぼすのではなく、黙々と、大好きだという理由でトレーニングを続けてきた。神は時に非情で冷たいこともするが、そんな彼に深みと密度のある筋肉を授けてくださっている。まだ38歳、ナチュラルで大きな筋肉は長持ちするし、未来も明るい。これからの彼の活躍に期待したい。
筆者(左)と小西選手

筆者(左)と小西選手

  • 小西幸樹(こにし・さちき)
    昭和47年11月26日生(38歳) 滋賀県在住
    身長166cm、体重85kg(オフ)・75kg(オン)
    職業・会社員
    家族・妻、娘2人

    <主な戦歴>
    2005年 JPC ノービス優勝
    2008年 JPC ナショナルズ 2位

Text:
Naoki Asami
[ 月刊ボディビルディング 2011年12月号 ]

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