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SPOT LIGHT 2012年ミス東京優勝 田中久美

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.07.19
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人間は、誰もがその人にしかない独自の「強み」をもっています。華やかな言い方をすれば、「天賦の才」というものでしょう。際立った才能を自分の職業として生かしているケース、趣味の分野でも秀でた活躍をすることなどが当てはまるでしょう。

ただし「強み」とはそういった意味だけでなく、その人それぞれの持ち味を指します。人の気づかない細かい配慮ができるとか、なぜか子どもに好かれるとか、花や野菜を育てるのがうまいといったことも十分「強み」としてあてはまります。しかし、多くの人は自分の「強み」が何かということに、自分自身、気づかずに過ごして年を重ねていることが多いでしょう。

ひょんなきっかけで、こころから没頭できる何か、そしてそうしたことに取り組む自分がほかの人へ、小さくても良い影響を与えることができることを知ったとき、たちまち人は変わります。

「人前に出るような性格じゃない自分が、こういうこと(ここではボディビルディングのコンテストに出ること)になるようなことが、自分の人生であったんだなと思った」という田中久美選手の表現は、それを具体的に示しているように思います。

舞台では緊張でガチガチに

田中選手は、学生時代は吹奏楽部で金管楽器を吹くなど文化系で、どちらかといえばしとやかでおとなしい性格だった。これまであらゆるスポーツには取り組んだことがなかったという。

いっぽう、水着になって多くの人の前に出るコンテストビルダーたちの中には、「ナルシスト」と呼ばれる人も少なくない。自分の内面を身体と筋肉で表現しようとするレベルの高いビルダーはみな、資本として自分の身体を愛おしむ。

そんな中で田中選手は、舞台に出ると、緊張と不安で毎回カチコチになってしまうという初々しさが持ち味であり、また強みでもある。

ほかのコンテストビルダーには自分にはない「オーラ」を感じると田中選手は付け加えるが、自分については、毎回「いまいち」の出来で課題が多いという。
「緊張して、写真はだいたいひどい顔になっちゃうんですよ」と苦笑いしながら話すが、2013年の東京オープンでは、通例どおり、前年の優勝者としてゲスト参加した。その感想を聞いてみると、
「身体も絞れていないし、足は震えるし、顔はこわばるし、大変でした」と照れ笑い。

しかし、「まさかこういうことが好きになるとは思ってもみなかった。これまでの自分とは縁遠かったことをしている自分に対しては、自分自身が一番不思議です!」

仕事人間からの転身

「身体が重い」と感じて、スポーツクラブ通いを始めた2009年まで、田中選手はありていにいえば「仕事ひとすじ」の忙しい生活を送っていた。
 
28歳で税理士の資格をとり、税理士事務所に勤務していたが、仕事量は半端ではなく毎日終電で帰宅していたというから、そのハードさがわかるというものだ。

生活スタイルを変えようと、4時に起床し、出勤・仕事開始を朝6時と自ら決めて、夕方は定時の5時15 分には会社を出られるようにした。もちろんスポーツクラブでエクササイズをするためだ。40歳を目前にした、この生活のチェンジは一大変革だったのではないだろうか。

「もともと太りやすい体質だったのと、さすがに運動不足を感じ、スポーツクラブに入会したら楽しくなったんです。エアロビクスや各種のエクササイズのクラスに参加していました。身体を動かすと、運動後はすっきりと身体が軽くなり気持ちよかった」と田中選手は当時を振り返る。

個人の責任で仕事を任されていたので、自分で仕事のスケジュールを決められたということもあるが、仕事において徹底した自己管理を行うところは、ボディビルに打ち込む「いま」にもきっと通じているに違いない。

その後の2012年12月には所属していた税理士事務所から独立し、仕事とトレーニングの両立がしやすくなっている。
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スポーツクラブへ通いだした2009年初旬。スタジオレッスンを行なっていた頃。後方の右端に田中選手

専門家のアドバイスが追い風に

スポーツクラブでは、通っているうち、ジムで筋トレにも取り組むことになった。毎日30分から始めて、潜在的に向いていたのだろう。トレーナーの指導に素直に従いながら、どんどん重量と回数を伸ばしていったという。

折に触れて指導を受けていた内野健太トレーナーから「競技をやってみませんか」と誘われたとき、二つ返事で「じゃあやってみようかな」と思えた自分も新しい発見であったようだ。

内野氏はのち2013年3月、桂良太郎氏とともに『ベストパフォーマンスラボラトリー』を設立したが、「内野さん、桂さんがいなかったら競技をはじめることもなかったし、とっくに怪我でつぶれていました」と言う。「すすめられて本格的に筋トレを始めましたが、それ以来、一般の女性が太くなりたくない、肩や腕も含め、全身をまんべんなく鍛えるようになりましたね」

もう一人、田中選手には恩師というべき人がいる。それから間もなく、アジア選手権優勝経験もあるトップビルダー西本朱希選手のセミナーに初参加して、感動的ともいえるショックを受けたのだ。
「頂点に立つ人は、やはり人として魅力に溢れている」と感じた。できるだけサプリメント等に頼らず、自然な食事をして筋肉を大きくしようという方針にも共感したそうだ。それからはときどき大塚のゴールドジムに通ってパーソナルトレーニングも受け、「自己流の粗削りなトレーニングは西本先生の緻密な理論と経験に基づく指導により改善され、また食事についてもバランスよく食べながらの無理のない減量をおしえていただいています」という。目標とする人はズバリ、真剣に取り組むきっかけを与えてくれた、西本朱希選手だ。
「競技選手としては何から何まで西本先生にぶら下がりまくりですので…」と言い切る。
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コンテストデビューの2011年東京オープンで見事優勝を飾った。豊富な筋量と仕上がりの良さは新人離れしていた

昨年の東京選手権。前年の3位から一気に優勝を飾った

昨年の東京選手権。前年の3位から一気に優勝を飾った

まだまだ大きくなる筋肉

さて、スポーツで鍛えたことのなかった、ニュートラルな田中選手の筋肉は順調に大きくなっていく。

「トレーニングはすごく好きなんです。2時間から、多いときでは6、7時間続けてやることもありますよ」7時間やるときは休憩を入れるのは1回だけというから、その量は型破りといっていいだろう。

セミナーやたまに受けるパーソナルトレーニング以外は、基本的に自分で考えてトレーニングメニューを組み立てているという。

まず、一週間のトレーニング日は4~6回と比較的柔軟だ。

ボリュームが大きくなる脚と背中は、その一か所だけ重点をおいてやる。その他の胸、背中、肩、二頭、三頭、腹については、その日可能なトレーニング時間に合わせて組み合わせている。なるべく固定せず、まんべんなく回るように心がけて一週間のトレーニングを行っている。基本的に一人でトレーニングする。

やりすぎて風邪をひいてしまうこともあるというから、その没頭ぶりがわかる。重量や持つ回数が増えていくことが目に見えて楽しい。減量はつらいこともあるが、オンとオフの体重差が大きいため、半年くらいかけてゆっくり落としていく。一か月に2~3kg落とす計算だが、好物の甘いパンなどが制限されることは切ないときも。玄米や野菜、魚などバランスよい食事でコンテストに向けたからだをつくっていく「ガマン」のときは静かに耐えて乗り越えていく。

「ボディビルは楽しい」と田中選手は言う。まず、ボディビルを始めるまでは海やプールに出かけることもなく、水着になることがあまりなかった。

人前で水着になることには抵抗があるというが、同時に「造った身体を見せる」ということそのものが「楽しいことなんだ」と体験的に理解した。控え目だった彼女が恐る恐る、自分を表現していくことを続けていった結果、次々と視界が開けてきて、楽しくてたまらなくなっている様子がよくわかる。

その「私はボディビルが楽しい」という思いをコンテストで伝えられたらという言葉には、穏やかな中にも闘志が見え隠れする。「ボディビルは人に見てもらってどれだけのものだから、もっと上手に見せられるようになりたいですね」

応援してくれる人たちには「まだまだ大きくなります!大きくなりたい!」と力強く伝えたいと話す。
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多い時は6、7時間続けてトレーニングをすると言う田中選手。基本的には自分で考えて、トレーニングを組み立てている

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昨年のミス日本プレジャッジ。左より廣田、神田、田中。バルク派で知られる廣田と神田に筋量で引けを取らない。下半身のハードさでは、田中が勝っているように見える

自由な楽しさの向こう側には

「ボディビルをやっていて楽しいことしかないですね。楽しくなくなったらやめると思いますよ。だって誰からも強制されてやっていることではありませんから」
「スポーツをやったことがないから、知らないから良いのかもしれません」という普段は柔和な田中選手がやや強い口調でこう言う。

2011年、初出場のコンテストで優勝し、2012年のシーズンも快進撃を続けた田中選手が、次なる壁にぶつかるとき、それが「スポーツを知る」ときなのだろうか。

その次にどのようなステップを創りだせるか。おそらく、コンテストビルダーとして3年目を迎える今年、その「瞬間」は目前に迫っていて、周囲で見守る人たちは、田中選手がどのようなビルダーに成長するのかワクワクしているはずだ。
「コンテストではすぐ緊張して、つい不安顔になっちゃう」という田中選手が、周囲のワクワク感に対して、自分のパワーにしながら、それを今季のパフォーマンスに生かしていくことができるのか。

ここにはきっと「楽しさ」を超えた自分自身との「真剣勝負」が生まれてくるに違いない。田中久美ファンの末席に連なり、声援を送りたい。
今年の東京オープンのゲストを務めた

今年の東京オープンのゲストを務めた

インタビューを終えて

自分自身の深いところにもともとあるものに当の自分自身が触れて、まるで化学反応を起こすかのように、それまで「これが自分だ」と思っていたものとまったく違う自分に気づく瞬間が「成長」であるように思います。

田中久美選手と話していて「控え目な自分がどうしてボディビルの舞台に立つようになったのか、不思議です」と言ったとき、そしてそんな自分を知ったことがとても楽しいと言ったとき、やはり一人の人にはさまざまな顔があるのだと思い知りました。


それは決して、多重人格ということではないのですが、私たちはいろいろな層で生きていて、別の自分は何人もいるのかもしれません。

そして、筋力トレーニングによって身体や深層の筋肉を鍛えていくという行為は、これまで知らなかった自分を表に出すことにつながりやすいのでしょう。

それは驚くべき体験なのですが、多くは内面的な出来事なので、言葉にしたり適確に人に伝えたりするのは難しいことです。

しかしそうであるからこそ、ボディビルコンテストにおいて日々の鍛練を表現する選手が観客に身体で伝えてくれる「情報」には、活き活きとした感動が含まれているのだと思います。
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  • 田中久美(たなか・くみ)
    1971年9月2日生まれ 宮城県石巻市出身
    血液型:O型
    身長161cm、体重50kg(オン)・65kg(オフ)
    職業:税理士/趣味:食べること
    ボディビル歴2年, トレーニング歴3年

    主なコンテスト歴
    2011年 東京オープン 1位、日本クラス別52kg級 3位、東京選手権 3位、日本選手権予選落ち
    2012年 ジャパンオープン6位、東京選手権 1位、日本選手権 11位

    所属:ゴールドジムイースト東京

文/
佐藤麻由子
[ 月刊ボディビルディング 2013年8月号 ]