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2012ミスター日本優勝者手記 鈴木 雅

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.07.26
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今から7年前、2005年が私の日本選手権のデビュー戦です。そのときは合戸孝二さん、田代誠さんが優勝争いを演じて合戸さんが初優勝、田代さんは2位で、私はようやく予選を通過して12 位でした。3人が同じステージに立つのはそれ以来でしたが、今回はファーストコールでその両選手と共に呼ばれ、なんとも言えない感慨深いものがあり、特に過去最高の仕上がりで臨んできたという田代さんと同じステージで勝負できることが嬉しかったです

大会3週間前覚醒

今年のコンテストは3月のアーノルドクラシックがスタート。昨年の世界選手権で少し自信も出てきてある程度の成績を残せると思って臨み、4位入賞を果たせました。次は6月のアジア選手権で、ここには中東のトップ選手も多数出場してそのレベルの高さにビックリさせられ、成績は9位という結果に終わりました。この結果には初めて出た世界選手権(10年)の時と同じくらいのショックを受けました。それまで自分で積み上げてきたことが一変に覆された気持ちになったからです。これから自分はどう頑張ったら良いのだろう、今後アジア、世界へ出たとしても結果が残せないのではと、気持ちがとても揺れ動きました。
帰国後もモチベーションは下がったままトレーニングを再開。体は見た目にはそこそこ仕上がっていくのですが、大会まで一か月前になっても例年のような挑戦者の気持ちになれないまま時間だけが経過していきました。
田代さんが出場するという話は耳にしていましたが、実際に体を見るまでは信用していませんでした。大会の3週間前ですか本社へ行った時に田代さんの体を見て、その本気度がズシリと心に響きました。そしてこれまでほかの選手の体を見てそんなことは思うことはなかったのですが、「もしかしたら負けてしまうのではないか……」
驚きを覚えたその瞬間、私の心にスイッチが入りました。田代さんと自分の体を比較して、自分の心の甘さに気づかされたのです。「このままでは田代さん、いや出場する選手みんなに失礼ではないか」と。霞のように心を覆っていたモヤモヤしたものがスーッと消えていきました。正直今だから言えますが、アジア大会後、日本選手権には出ても出なくてもいいかなと思った時もあり、今はとても恥ずかしく思い、二度とそんな気持ちを持たないと決意しています。
どんな理論に基づいてトレーニングをしても精神的な甘さがあっては、体は厳しく仕上がっていかないということです。私は理論立ててトレーニングや減量をしますが、改めて感じたことは、強い精神力をもってそれらに臨まないといけない。そうすれば体も応えてくれる。
しかし、私は知らず知らずのうちに特に減量を楽してやろうという気持ちになっていました。減量は苦しいですから、体や筋肉になるべく負担をかけないようにしようと毎年考えていたのですが、そういう気持ちになると体もそう反応する。まさにその時の私の体はそうだったのです。いま振り返ると、集中しているようで集中していなかったように思います。これでいいかという感じでした。調整が甘い人はそれなりの体にしかなっていないのと同じです。
もっと厳しい仕上がりを求めていくならば、このままではいけないと思いました。もしあそこで気づかなければ、田代さんに2012日本選手権優勝者手記 鈴木 雅負けていたと思います。
トレーニングも同じ。筋発達するというのはオーバーロード。前と同じフォームで一回でも1キロでも多く挙げていくことが大事だと思います。自分でこれぐらいでいいだろうと、限界をつくってしまうとそこで止まってしまう。きついところで一回でも1キロでも増やして挑むという精神力が最後には物を言う。
自己満足になってしまいますが、そうしてやり遂げた時の達成感・充実感が筋発達にもよい影響をもたらすのではないかと思います。「きついときこそもう一回」という気持ちが大切なことを改めて感じました。
それから3週間は有酸素運動やポージング練習を増やしたりし、トレーニングでは一回一回気持ちを入れて集中してやるように心がけました。それと重量を伸ばすスタイルではなく、昔の追い込むスタイルに変えました。
トレーニングのやり方は十人十色あり、だからどれが正解でどれが不正解というものはなく、一人ひとり違っていていいと思います。もちろん基本路線は守らなければいけないと思いますが、それを踏まえていかに自分に合ったもので効率よく効果を出せるかが大事だからです。ですから私のトレーニングのやり方がすべて正しいという訳ではありませんが、そのやり方からそれぞれに合ったものを見つけ出すヒントにしてもらえればいいと考えています。
撮影協力=ゴールドジムウエスト東京

撮影協力=ゴールドジムウエスト東京

僅差の勝負、ホッとした

大会には「やるべきことはしっかりやって、それに備える」という気持ちで臨むように心がけています。そう考えることで、余計なことを考えずに済み気持ちが楽になるからです。しかし今回は、モチベーションが上がってからの期間が短く、もう少し日数が欲しかったのが正直なところです。しかし、やれることは決まっているので不安には思いませんでした。大会前日も変な気持ちの高ぶりもなく床につけ、朝もスッキリと目覚めました。会場入りしてからも気持ちの変化はありませんでした。
オイルチェックの段階で他の人と比べて見て自分がどのくらいの位置にいるかがだいたい分かります。やはり田代さんだけは一人違うと思いました。私が思うには、田代さんは7年前は不本意な気持ちというか心残りがあったのではないかと。それだけに今回はその雪辱戦の意味合いもあっただろうし、完璧に仕上げてくるだろうと思いました。やはり、7年前とは全然印象が違いました。ステージに立った姿に写真や映像では感じられない、言葉ではいい表わせない気迫がひしひしと伝わってきて凄味さえ憶えました。
しかしもちろん負けるつもりはなかったですが、勝てるという自信もありませんでした。見方によってはどちらに転ぶか分からない、僅差の勝負になるなと。ファーストコールで呼ばれ、隣で田代さんとポーズをとりあっている時は嬉しく、楽しかったです。勝っても負けてもまたこれで日本選手権に向けて頑張れると思いました。
結果は3連覇ということになりましたが、一回一回の積み重ねが結果としてそうなっただけだと思います。これまで連覇をされてきた方々もそうではないかと思います。今回の結果に際して、3連覇よりも田代さんに勝てたことは正直ホッとしました。嬉しさよりもホッとしたというのは、もし負けていたら田代さんが出場していなかった7年間は、自分はなにをしていたのだろうと思っていたからです。

世界基準はリラックスポーズ

日本選手権から1か月後、11月にエクアドルで行なわれたミスター・ユニバースに今年も出場させていただきました。昨年の手記では世界における自分の立ち位置が分かってきたと書きましたが、今回は日本人である自分の持ち味をいかに出すかに努めました。それは私より背が低くても肉だんごのような筋肉があり、血管もバリバリ浮き出ている外国人選手と戦うには、厳しい仕上がりでカットを出し、ボディビルダーらしいラインを見せていくことではないかと考えたからです。
肩、ウエスト、脚のラインをより強化して体全体のバランスと筋肉のデフォルメで勝負しようと、体の基礎づくりをより強化2012日本選手権優勝者手記 鈴木 雅しました。これまでの世界大会の経験からリラックスポーズでパッと目を惹くような体でないと上位に残れないと分かったからです。そのリラックスポーズが世界基準といってもよいでしょう。
パンプアップの際、選手やプレスから盛んに写真を撮らせてほしいと言われ、ある程度の手応えを感じました。予選では3位でしたが、決勝では4位に落とされました。もっと背中や胸の筋肉が必要だったのではないかと思っています。
最近でしょうか、筋肉との意思の疎通ができるようになったのは。それまでは理論上では筋肉の動かし方は分かっていましたが、きちんとできているようでできていなかった。自分の体型を理解して行なうようになってからは、トレーニングがしっくりいくようになりました。それを糧にして来年は世界でどこまで戦えるか楽しみで、今年の目標は予選通過でしたが、次は表彰台を狙いたいと思います。
今年一年を振り返ると、多くの人たちに支えられていることを改めて実感し、感謝したいです。私事になりますが昨年末結婚した妻は、ビルダーの大先輩でアドバイスを受けることもありますし、家ではいつも明るく振舞ってくれて心が安らぎ、結婚して良かったと思っています。結果を残せて、それに対して少しは報いることができたのではないかと思います。
まだまだ自分の体は未完成であり、大きな可能性があると思っています。昔の「大きくなりたい」という初心に返ってトレーニングに励んでいくつもりです。
ボディビルダーの先輩であり、会社の上司でもある田代選手に勝てたことは、うれしいというよりも正直ホッとしたという

ボディビルダーの先輩であり、会社の上司でもある田代選手に勝てたことは、うれしいというよりも正直ホッとしたという

[ 月刊ボディビルディング 2013年2月号 ]

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