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マッスルマニアプロマイク宮本の アメリカ便り 2013年第1回フィジークオリンピア

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月刊ボディビルディング
掲載日:2017.09.01
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宮本 充(みやもと・みつる)/プロボディビルダー名:マイク宮本/1974年6月4日生まれ/39歳/神奈川県相模原市出身/カリフォルニア州ロサンゼルス在住/趣味:愛車のベンツSLKをオープンにしてカルフォニアの海岸沿いをドライブする事/職業:プロフェショナルボディビルダー、フィットネスコンサルタント/ブログ:http://ameblo.jp/miyamotopro/ FB:https://www.facebook.com/mmiyamoto
 今年で49回目を迎えるボディビル界の祭典オリンピアでは、49年間の半世紀にも及ぶオリンピア史上で初めてのことが目立ちました。

 まずは今年のミスターオリンピアの賞金。1ドル=100円と換算した場合、ミスターオリンピア1位には2500万円、すべての競技の合算で初の1億円に到達しました。またオリンピアの創始者ジョー・ウィダーが今年の3月に亡くなったため、49年間で初めてジョー・ウィダーがいないコンテストとなりました。ボディビル界でオリンピアを知らない方はいないと思いますが、オリンピアの正式名称が〝ジョー・ウィダーのオリンピア〞というのを知らない方は意外に多いと思います。でもオリンピアのロゴを注意深く見ると、ジョー・ウィダーの名前が必ず印字されているんですよ。

 ジョー・ウィダーはオリンピアの創始者であるだけでなく、日本最大のボディビル団体JBBFの親元であるボディビル団体IFBBの創始者でもあります。アメリカではボディビルの父といわれ、今回のオリンピアでも選手一人一人がジョー・ウィダーに対しての思いを述べるシーンが会場のスクリーン上に流されました。また実業家としても有名で、雑誌『マッスル&フィットネス』をはじめさまざまな雑誌を発刊したり、サプリメント会社ウィダー社を創設したりと、無一文の状態から資産50億円の富を築き上げたビジネスマンでもあります。日本でも『ウィダーインゼリー』等の商品が販売されています。さらに若きアーノルド・シュワルツェネッガーを欧州オーストリアからアメリカに連れて来て、アーノルドにはボディビルのキャリアだけでなく、映画俳優、政治家としてのキャリアも手助けをした、アメリカでの父親代わりの存在としても有名です。
生前のジョー・ウィダー(右)と筆者

生前のジョー・ウィダー(右)と筆者

 幸いなことに、私は2006年に彼とお話しする機会がありました。当時、私の英語は日本語のアクセントが強く非常に聞きづらかったと思いますが、「どこから来たの?」と優しく話しかけてくれ、「日本からアーノルドのようにボディビルで一旗あげるために来ました」というと、トレーニングや人生のことを丁寧にアドバイスしてくれました。そこで私も調子に乗って、以前から疑問に思っていたアメリカのボディビルとステロイドの関係や、どんどんウエストが太くなっているオリンピアの選手についてどう思うかなど、若気の至りで畏れ多くもボディビル界のドンに思いきって聞いてみました。周りにいたジョーのボディガードや付き人はこれ以上ジョーと話をさせないようにと私を遮ろうとしましたが、ジョーはニッコリ笑いながら「ミスターオリンピアの身体がどうのこうのなんて、つまらないことを一生懸命考えるよりも、あなたがボディビルで学んだことを使って、どうしたら一人でも多くの人を健康にし、幸せにさせられるだろうかということを考えなさい」と答えてくれました。短い会話でしたが、マッスルマニアプロとして、フィットネスコンサルタントとして、ジョーの教えは今でも私のボディビルの哲学となっています。

 今年のオリンピアで最も注目された史上初のことは、ボディビルから派生したフィジークがついにオリンピア正式競技になったことでした。〝フィジーク〞は日本語では〝身体〞〝肉体〞という意味になります。今回オリンピアのチケットは1万枚が完売し、オリンピアエキスポの観客動員が3万人5千人に上るなど、ボディビルの祭典オリンピアがどんどん大きくなっている要因の一つとして、フィジークやビキニといったウェイトトレーニング愛好家をオリンピアという舞台に上手く取り込んでいることが挙げられます。今回のオリンピアフィジークプロには1位100万円、賞金総額200万円が男女ともに割り当てられました。ボディビルの1位2500万円、賞金総額6750万円と比べるとまだまだ発展途上のスポーツですが、1965年に行なわれた第1回ミスターオリンピアで優勝したラリー・スコットが手にした賞金は10万円で、これは2013年の価値でいうと75万円になるので、オリンピア第1回の賞金金額としてはボディビルを上回っていることになります。実際、前号の本欄で紹介したアマチュア最高峰を決めるUSA選手権においては、ボディビル選手数161人(男子141人、女子20人)に対し、フィジーク選手230人(男子184人、女子46人)と、選手数ではすでにボディビルを上回っており、無限大の可能性を秘めた競技といえるでしょう。

 アメリカのフィジークの爆発的な人気の背景としては、ボディビルの現実離れした肥大化が引き金となっているでしょう。170㎝そこそこしかない身長ながら体重120㎏で絞り上げてくることが、ナチュラルな力だけで可能であると思う人はいないでしょう。その点フィジークは、まったくナチュラルで戦えます。現実離れした筋肉をつけてきても逆に審査はマイナスで、がんばってナチュラルで鍛えてきた身体を評価する審査方法となっています。日本はJBBFの玉利会長による長年のご尽力により、ナチュラル大国ですので、今後日本でもフィジーク部門ができ、I F B B プロカードを取得し、オリンピアの舞台で活躍する選手も出てくると思います。

 記念すべき第1回メンズフィジークオリンピアで1位に輝いたのは、178㎝、78㎏できれいな逆三角形の身体と腹筋を武器に、クールなタトゥで身を飾り、存在感のある編み込みのヘアスタイルでチャンピオンのオーラを放っていたマーク・アンソニーとなりました。
第1回メンズフィジークオリンピア優勝者マーク・アンソニー

第1回メンズフィジークオリンピア優勝者マーク・アンソニー

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 実はマークと私は2010年、マッスルマニアの楽屋で一緒になったことがあります。イケメンかつキャラクターの濃いマッスルマニア選手たちの中でも、彼の存在感はその時からズバ抜けていました。光り輝くビーズをつけたスカイブルーのポージングスーツに全身バランス良く発達した身体と自信に満ち溢れた態度をはっきりと覚えています。その時のマークはボディビルではアマチュアのアメリカ人のみ参加できる部門のミドル級で4位でした。またマッスルマニアモデル部門にもダブルエントリーしていましたが、結果は15位となっています。ボディビルにしては脚をはじめ筋量とカットが足りず、モデルにしては筋肉がつきすぎで、ややいかつい彼にとって、フィジークという新しい競技の誕生は、彼の身体とキャラクターを最大限に生かせる舞台となり、一気にスターダムにのし上がり、初代メンズフィジークオリンピアのタイトルを獲り、オリンピア史上に彼の名前を刻むことになりました。

 2位は弱冠23歳、172㎝、73㎏のジャーミー・ブエンディアとなり、23歳にしては高額な50万円の賞金を手にしました。ジャーミーは小柄ながらバランス良く筋肉が発達しており、またステージ上のプレゼンテーションでは23歳とは思えない落ち着いたポージングを見せてくれました。3位は178㎝、76㎏で、ニューヨークのフィットネスモデルとして活躍している、マット・アクトンとなりました。

 フィジークオリンピアの1位から3位の身長と体重を聞くと、読者の方も「俺ももしかしたらオリンピアに出場でき、優勝できるかもしれない!」という現実味と親近感が沸いてきたと思います。その親近感と現実味が、今アメリカでメンズフィジークという新しい競技を爆発的に人気のスポーツにしたのでしょう。私もマッスルマニアプロになる前に、いろいろな人から「お前の腹筋と肩の筋肉のつき方はボディビルよりもフィジークに向いている」と言われ、一時期フィジークに転向しようかと考えたこともありました。ただ今回メンズフィジークオリンピアを間近で見て、改めてこの競技は審査基準が非常に難しいと思いました。もちろんボディビルでも審査基準でいろいろ揉めることはありますが、基本的に一番筋量があって、最高にバリバリに絞れていて、抜群のポロポーションを兼ね備えている人が勝つということに反対する人はいないと思いますし、選手もそのような身体にする為に一生懸命努力すれば良いわけですが、フィジークの場合はそのようにはなりません。

 例えば今回優勝候補の筆頭として考えられていたスティーブ・クックは、もちろん本人も初代フィジークオリンピアを狙い、過去最高の絞りに仕上げてきましたが、「フィジークにしては絞りすぎている」ということで、予想外の8位となってしまいました。逆に、今回優勝したマークは「フィジークの身体にしては腕と肩が発達しすぎている」ため、下馬評では上位5位にも入れないだろうと考えられていましたが、終わってみれば優勝という結果となりました。

 また今回4位になったサディック・ハゾイヴィックはマーク以上に肩と腕が発達しており、また背中はボディビルダーでも真っ青という筋量と広がりがあるため「フィジークのルールでは筋量がありすぎる」とマイナスということになっていて、誰もサディックが上位5位に入ると予想していませんでしたが、蓋を開けてみたら優勝候補とされていたスティーブ・クックの8位を遥かに上回る4位となっています。その一方、172㎝、73㎏と小柄なジャーミーが2位に入るなど、改めて新興競技フィジークの審査基準の難しさを見ました。

 今回優勝したマーク・アンソニーの身体は今後のメンズフィジークの一つの指針となると思いますが、絶対的なものではなく、流動的な指針となるでしょう。それゆえ今回上位5位、いや8位になったスティーブ・クックも含め、審査基準によって誰が来年のフィジークオリンピアに勝ってもおかしくない〝メンズフィジーク戦国時代〞がしばらく続きそうです。今後のメンズフィジークの流れには目が離せません。
メンズフィジークオリンピアトップ5。左よりサディック(4位)、マット(2位)、マーク、ジャーミー(3位)、ジェイソン(5位)

メンズフィジークオリンピアトップ5。左よりサディック(4位)、マット(2位)、マーク、ジャーミー(3位)、ジェイソン(5位)

優勝候補といわれたスティーブは8位

優勝候補といわれたスティーブは8位

逆にトップ5には残れないと予想されたサディックは4位に入る

逆にトップ5には残れないと予想されたサディックは4位に入る

 一方メンズフィジークに比べ、女子フィジークはわりと審査基準が判りやすく、選手もやりやすいと思いました。というのも女子フィジークの場合、身体はフィギュア以上ボディビル未満の筋量とカットの競技者と対象がすでに決まっているからでしょう。また男子フィジークはボディビルと似て非なるものですが、女子フィジークは、80年代にミスオリンピアに6回輝き、その後女優としても活躍したコリー・エバーソン時代の親しみやすい女子ボディビルに近い感じを受けました。

 第1回女子フィジークオリンピアで優勝したのはダナ・リン・ベリーとなり、男子と同じく賞金100万円を手にしました。ダナも男子フィジーク優勝者のマークと同様、フィジークの出現によって一気に飛躍した選手です。ダナはもともとフィギュアの選手で、フィギュア選手としては筋量がありすぎかつハードな皮膚感をしているため、プロカードすら取得できませんでした。ただボディビルダーにしては小さすぎ、また本人も現在の究極の筋発達を求めるアメリカの女子ボディビルとは違う考え方を持っていたため、二流のアマチュアフィギュア選手として甘んじていました。それが2011年にフィジークという新しい競技が出現したことによって一気にフィジークプロカードを取得し、初代女子フィジークオリンピアの女王の座に就くに至ったのです。ダナのハードな皮膚感ときれいに割れた6つの腹筋、均整の取れた身体は、男子フィジークと違い、今後の女子フィジークの指針となるでしょう。
第1回女子フィジークオリンピア優勝のダナ・リン・ベリー

第1回女子フィジークオリンピア優勝のダナ・リン・ベリー

彼女は元二流アマチュアフィギュアの選手だった

彼女は元二流アマチュアフィギュアの選手だった

女子フィジークオリンピアトップ5。左よりトニー(4位)、タイシー(2位)、ダナ、サラ(3位)、パトリシア(5位)

女子フィジークオリンピアトップ5。左よりトニー(4位)、タイシー(2位)、ダナ、サラ(3位)、パトリシア(5位)

 最後に、今年のオリンピアのもう一つ誕生した新しいことは、女子ボディビルのアイリス・カイリスがミスターオリンピアであるロニー・コールマンやミスオリンピアのレンダ・マーレーの8連覇を上回る前人未到の9連覇を達成したことでした。

 今年のオリンピアは新競技フィジークをはじめ、ビキニ、フィットネス、フィギュアそしてもちろんボディビルと、今は亡きオリンピアの創始者ジョー・ウィダーの〝ウェイトトレーニングを通して一人でも多くの人を健康にし、幸せにする〞というコンセプトのもと、史上最高の盛り上がりを見ました。

 来年のオリンピアは記念すべき50周年大会。どこまでボディビルの祭典、オリンピアが大きくなっていくのか、今から楽しみです。
レンダ・マーレーの持つ8連覇を破ったアイリス・カイルとビッグ★ヒデ

レンダ・マーレーの持つ8連覇を破ったアイリス・カイルとビッグ★ヒデ

今年のUSA総合優勝のマック・チャールズ(写真左)と筆者

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[ 月刊ボディビルディング 2014年1月号 ]

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