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座談会
’68年度ミスター日本激戦を終えて

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月刊ボディビルディング1968年11月号
掲載日:2018.02.18
出席者
吉田 実(第1ボディビル・センター)
吉村太一(大阪武育センター)
中尾尚志(京都)
司会・玉利 斉
話題はいよいよ佳境に……。左より遠藤,玉利,吉田,吉村,中尾の各氏。

話題はいよいよ佳境に……。左より遠藤,玉利,吉田,吉村,中尾の各氏。

 司会 それでは,68年度ミスター・ニッポン第1位の吉田君,2位の吉村君,3位の中尾君,ひとつ今度の激戦のあとを振り返って,1人ずつ感想なり思い出を語っていただきたいと思います。
 吉田 そうですね。コンテストに出ようと意識したのが2月か3月だったんですけれども,それからコンテストが終わる日までともかくつらかったですね。ひと言にいうとつらいということだけです。
 司会 戦いのその日はどうですか。
 吉田 予選のときには,勝負を意識しすぎたあまりに実力が出ないというよりも,おかしな力み方をしましたしよくなかったんですが,決勝のときには,勝ち敗けを意識しなかったものですから,かえってよかったですね。
 司会 吉村さんは……
 吉村 ぼくは猛練習をして,先輩達といっしょに舞台に上がれて光栄でした。
 司会 確かにミスター東京の予選のときも吉田君とかち合っておりますね。あのときと比べてどうですか。
 吉村 吉田先輩にはなかなか足もとにも,ぼく及びません。まあ来年は一生懸命猛練習しまして,タイトル取るように練習を一生懸命するつもりです。
 吉田 ぜひがんばってください。
 司会 中尾さんはどうですか。初出場ですね。
 中尾 いえ,去年出ました。
 司会 予選に去年……
 中尾 残らなかったんです。それでことしはぶっつけ本番で,ただコンテスト前に十分練習をやったし……
 司会 じゃあ,ぼくがいま初出場といったのは,昨年は記憶に残っていないんですね。まだ意識されるレベルになかったと思うんですよ。
 中尾 ぼくは,コンテストでは優勝は全然意識しなかったんです。去年の例がありますし,ただ一生懸命やっただけです。ですから,自分でも,これだけ早く3位に入るなんてそんな気持はなかったんです。ただ入賞はしたいと思っていましたけれども……。
 司会 なるほどね。こんど少し具体的にこんどの戦いのあとを突っ込んでみたいと思いますが,どうですか皆さん,試合に臨む前にだれをマークしなければならんとか,どこどこのだれがすごいから,これは注意しなければならんとか,そういう個々のこともあると思うんです。そういう点,吉田さんあたりどういう人を注意しましたか。
 吉田 私はほかの人については…悪いんですけれども吉村君だけです。
 司会 どういうわけで……
 吉田 このあいだミスター・アジアの代表戦のときに,いろいろな方がお見えになりして,皆さんとぶつかったのですけれども,そういうところからの感じからすると,敗けるんだとすると吉村さん以外にないような気がしたんです。ですから,ともかく吉村さんをマークして,そのために94キロあった体重を88キロに落としまして,デフニッションに対抗すべく努力したんです。
 司会 吉村くんはどうですか。
 吉村 ぼくはデフニッションを出すために…
 司会 さらにデフニッションを出そうとしたわけですね。中尾くんはどうですか。そういう点…
 中尾 そういうものは全然なかったんです。
 司会 ともかく力いっぱいやるということ…
 中尾 ええ,とにかくぼくはバルクが少ないといわれていたんです。ですから,できるだけハリを持たせようということで練習をやりました。
 司会 ともかく,あなたを初めて見て,きれいな線をしている。これに力強さと大きさが伴ってくれば非常にいいんじゃないかと思いました。ところで,こんどは博覧会の広い会場で,しかも琵琶湖を臨み,うしろには山をひかえて,われわれ観客として見ていると,いかにも選手として大自然の中でのびのびとやってるように見えたんですけれども。
 吉田 景色がいいとか何とか,あまり関係なかったんですね。ともかくコンテストのことだけです。ただ屋外でやるというのは,天候その他に影響されますし,いろいろ問題があるんじゃなかろうかと思います。
 吉村 ファンの皆さんのためにも,自分の満足したポーズを見てもらうために一生懸命ポーズの練習をしてやった。おかげで声援が多く喜んでおります。
 司会 そいう点は,吉村くん,中尾くんはファンといっても琵琶湖は大阪京都に近いし,声援の強みが大いにありましたね。
 中尾 その点はやはりありますね。
 司会 われわれ観客として思ったんですけれども,ああいった背景でやると,古代ギリシヤのオリンポスの山々に住んだアポロとかへラクレスの躍動する雰囲気があるような気がするんです。さて,少しあとの問題に入って,どうですかこのコンテストに出るためにこの1年間皆さんそれぞれ計画なり目的なりを持っていらしたと思うんです。その点吉田さんどういうふうに計画を立てられておりましたか。
 吉田 そうですね。考え方といいますと,これは私いままで1回もミスター日本コンテストに出ておりませんものですから,ことし出るつもりはなかったんです。自分が納得いくまで3,4年やって,それから出るつもりだったんですけれども,いろいろ周囲からすすめられ,やっと2月の中ごろからコンテストに1度出てみようかなという気持になって,やる以上ははっきり勝ちたい,やるからには敗けたくないという気持がありまして,ともかく自分の力を100%出すように練習する以外にないと思いました。ともかく,連日ボディビル・センターの仕事が10時半ごろ終わりますので,それからまずポディビル・センターを閉めるのが明けがたの4時頃でした。その時間まで練習をやっておりました。1日の練習量は,そうですね,90セット,だいたい週に6日間練習をやりましたから,90セットで1週に多いときは400セットを越えたことがあります。だいたいペースが300セット前後というところです。それが平均的な練習です。
 司会 ということは,1回の練習時間は多いときは何時間ですか。
 吉田 多いときにはやはり6時間ぐらい。それ終ってからポーズ練習ですとくに私の場合,はじめてのコンテストに出るということで,いままで出場を意識しなかったからポーズ練習は実に足りなかったわでけす。ですから,それを時間の点でカバーしょうと思ってだいたい練習が終ってから30分から1時間ぐらいポーズに取りました。
 司会 そうすると,それだけ練習ができたということは,あなたの勤め先が建設会社でしかもボディビルセンターを経営していたそういう恵まれた環境に勤めていたということが大いにプラスしておりますね。
 吉田 プラスしたような気もしますけれども,ほかのところで仕事終ってから,何時から何時まで自分の練習にいくというほうが,かえって気分の転換ができていいような気もするんですがね。
 司会 そういう点,吉村くんはどうですかこの1年間…
 吉村 そうですね,ぼくは練習プラス気持ですね。練習がすんで家に帰りますと寝る前に1時間座禅を組みます。ぼくのいままでのからだの3倍くらいになる様自分に暗示をかけて空想します。
 司会 ということは,鍛練によって必ずおのれはこの域にまで達すると…
 吉村 はい,そういうことで練習に励みました。
 司会 1つの自己集中ですね。どのくらいの時間ですか,1回の座禅…
 吉村 いちばんはじめ15分,15分でしびれてしまうんですね。でもやっているうちに30分,40分と徐々にできるようになって,いまでは毎日1時間やっております。
 司会 それはだれかからアドバイスがあってやっているんすでか,それともご自分で……
 吉村 はい,教えてもらいました。
 司会 なるほどね。それはいままでともするとボディビルというと,ただ見かけだけの筋肉だけにとらわれて,精神的な集中力,精神の豊かさを世の中から理解されませんしでたけれど
も,そういう様に座禅とボディビルを組み合わせていくというのは非常によいことですね。
 吉村 ええ,ただ運動だけでは,確かに大きくはなりますけれども,世の中で人の上に立とうとするには人のしないことをしなければなりませんからね。
 司会これは非常にもう心強いことですね。中尾くんはどうですか。この1年間…
 中尾 そうですね。8月にミスター京都に私自身選ばれて,それでみんな努力してあそこまでできましたので,それがきっかけになって大いにハッスルしました。まあ,真任感みたいなものがありましたね。代表になったことで相当練習に身が入りました。第1回のミスター京都――ということはすごくうれしかったですね。
 司会 その第1回ミスター京都が第3位になったという喜びは大きかったでしょうね。どのくらい練習しましたか。
 中尾 週に3日,そのほかは準備をしたり,ですから自分のジムだけで十分な練習はできませんでした。
 司会 なるほどね。皆さん日本のトップビルダーとしての地位を獲得なさったんですけれども,とかくボディビルというのはコンテスト即ボディビルボディビル即コンテストというふうに思われておりますけれども,しかし,コンテストがあるからこそボディビルというものが世の中に理解されてきた。まあ,われわれ協会側としても,このコンテストとボディビルをどうやって調和させていくかということで,苦労しておりますけれども,皆さん,ひとつこの際コンテスト出場選手としてどういうふうにコンテストをお考えになっておりますか,しゃべって下さい。
 吉田 そうですね,私,今回初めてコンテストに出たんですが,出る前どちらかというとコンテストに対して偏見を持っていた面があるんじゃないかと思います。といいますのは,ただ筋肉のみを強調するようなものに考えていたわけです。それは,今回私が半年間以上コンテストを目ざして練習をやったときに,なるほど,ビルダーとしての成長は,ほんとうの勝負の場に立って,剣が峰に立ってはじめて大きな成長があるんだぞと感じました。だから,コンテストは,確かに筋肉のみだという誤解を与えやすいけれども,ボディビルの発展のためにはものすごく大きな力だと思います。
 吉村 そうです。もう吉田さんのいわれたとおりですね。
 中尾 私もそう思うんですけれども,いままで,だいたいショー的な要素のみが世の中から見られていた様ですね。
 司会 それが,世間の偏見でしょうね。
 中尾 実際ぼくたちやっていてほかの競技と違うものではないと思いますね。でもから,そういう世間の偏見を持ってる人が,実際に見にきてほしいと思いますね。
 司会 要もるに,真剣に打込むかぎり,ほんとうに勝とうとする努力が続くかぎり精神の成長が伴わなければ勝ち抜けるものではないということですね。とくに吉田君は,重量上げとか,相模,陸上をやってこられたと聞いておりますけれども,どうですかほかの運動と比べて,こんどコンテストに競技者として打込んで…
 吉田 おそらく,ミスター・ニッポンをねらっての何カ月かの練習は,私のいままでの人生の中でいちばん充実していたし,緊張したし,内容の多かった時期だと思います。
 司会 他のスポーツ競技と比べてそれ以上の……
 吉田 ええ,練習時間からいきますと,陸上,重量上げのほうが練習量は多かったんです。ボディビルをそれらの練習に並用してやっておりましたから,陸上競技の練習をやってがらポディビルを練習しました。ですから,これよりも長かったと思いますけれどもいまのような厳しさとか充実感,緊張感は感じなかったですね。同じ試合に臨むのににも,あしたは試合という程度で,競技場にいって少し緊張する程度でした。今回は,ともかく半年間でも,毎日車に乗ってるときでももしうしろからぶっつけられたら困ると思って,頭をうしろのシートにつけたり,信号が青でも絶対に飛び出さないようにするとか,電車に乗るんでもかけ出すようなことは絶対やりませんでした。
 司会 ああ,それはいいことですね。それはわれわれの会長の八田先生がよくいうんです。日常生活においても,細心の注意を払わなければ真の競技者ではない。たとこば電車の場合でも,いちばん前といちばんうしろの車輌には乗るな,いちばん前といちばんうしろは,事故があった場合けがが多いというんですね。かりにみんながけがしたとしても,真ん中に乗っておればいちばんけがする可能性は少ない。できるだけ危険の少ない可能性を持って注意するのが競技者の心がまえだということをいわれておりますが,それはほんとうにそうだと思いますね。
 さて今度は,こんど少しコンテストの技術的なことに移りますけれども,コンテストではディフニッション,ポーズ,バルクの三つが大切といわれますが,ずばり何がいちばん必要か,勝つためには,吉田君どうですか。
 吉村 ポーズ,ディフニッションですね。それでバルクですか,ぼくはそう思います。
 司会 まず第一にポーズと,中尾くとんはどうですか。
 中尾 全部含んだ,いわゆる迫力だと思いますね。吉田さんは…
 吉田 中尾さんのおっしゃったようにすべでだと思いますけれども,その中でディフニッションか,バルクか,何かといわれるとポーズだ。ミスター・アジアの選抜のときまではバルクだと思っていました。それでとにかくバルクをつけていた。ところが,何とか優勝させていただいたけれども,まわりを見ますといわゆるバルク型といいますか強烈なバルクの方が少なくて,どちらかというとプロポーション,ディフニッションのよい人が多かったですね。またそういう方がかなり上位を占めていたと思います。私もそうしなければいけないかと思いまして,国際コンテストはともかく現状の日本コンテストでは,バルクより先にディフニッションが必要じゃないかと思います。
 司会 まずバルクが必要ではあるけれども……
 吉田 ええ,必要ですけれども,現状の日本のコンテストでは,バルクが強烈にあるような方よりも,ディフニッションがあって全体的なプロポーションとかそういうことのよしあしのほうが点を集めると思いました。私のボディビル観と違ったんですけれども,やはり勝つためにはしかたがないと思いまして,6キロあるいは多いときには8キロ減量しました。だけれども,私が思うにはまずこれからのボディビル界もバルク中心にいかなければならない,バルク・ディフニッションといっても,持っているものを相手にわからせなければ勝てる道理もありませんし,持ってるものを相手にわからせるにはポーズですね。自分の持ってるものを最大限に見せるには,まずポーズですね。
 司会 いま,ポーズの話が出ましたけれども,このポーズも14回ミスター日本コンテストをやりまして,第1回のミスター・ニッポンが選出されて以来進歩変化してきました。いまの日本のコンテストを見ておりますと,からだがよくてもやはりポーズがだめだと落ちる傾向がありますね。そういう点,必ずしも皆さん,筋肉のトレーニングだけしてもだめでしょう。ポーズをそれぞれ研究なさってると思いますが,中尾くんどうですか。ポーズは…
 中尾 ぼくはポーズは,部分的に見せるようなことよりもバランスによって見せるということを心がけています。
 司会 やはりポーズのためには相当時間をさいた練習をしますか。
 中尾 それほど時間は多いことはないんですけれどもね。
 司会 吉村くんは,ポーズでは評判でもね。ともかく人に印象づける,華麗な印象を与えるということですがどうですか。
 吉村 自分ではわかりませんね。
 司会 しかし相当意識なさったトレーニングをなさっているでしょう。
 吉村 舞台に上がらせていただくと,7しかない自分の力を10出そうと思いませんが,自分のあるだけの力をバッと出しますと7しかない力でも10出せるときもあるんですね。
 司会 自分の力をせいいっぱい発揮できれば,結果において7のものが10になるということですね。なるほどね,吉田さんはどうですか。
 吉田 これは内輪の話ですけどミスター・アジアの日本代表コンテストのときに,終ってから,これほどポーズのまずいチャンピオンを見るのははじめてだろうといわれました。私の研究の段階では決してあれほどまずかったわけじゃないんですがね。(笑い)ところが,やはりいちばん悪かったのは勝ちを意識したということと,それからまず不慣れということもあったんでしょう。それが最終的にはミスター・ニッポンの予選ときまで続いてしまいました。それで決勝のときに,いま吉村さんいっておりましたけれども,自分の7の力を10に見せようと背伸びするとよくできないものですね。それと全く同じ心境になったわけですけれども,最後の決勝のときに,自分は勝つということはもうそのとき考えなかったんです。
 司会 とにかく雨が急に降ってきてせい惨なかんじでしたね。迫力のある大変な大会でしたね。
 吉田 ええ,もう寒くなりましたね。それで私たち,この日のためにトレーニングしたから,できるだけたくさんの方に見ていただきたかったんですけれども,雨は降ったというよりも嵐のように降ってきましたからね。
 司会 でも,観客は,舞台の華麗さその迫力に打たれてほとんど去らないで,雨にぬれたまま見ておりましたね。実に迫力がありましたね。
 吉田 勝負の場にふさわしいといったら何ですが,ほんとうの真剣勝負のかんじになりましたね。そのときいろいろな周囲の状況とか,何とかから合わせてバッと勝負を捨てる気持になったんです。敗けてもいい,そのかわり敗けるつもりはないけれども敗けてもいい,自分が勝ちを意識することは捨てまして,決勝のポーズではかえってサラリとしすぎちゃった。もう少し力んでもよかったといわれたんですけれども,それがよかったんじゃないかと思います。それが吉村さんと全く同じ考えですね。
 吉村 ということは,ポーズというのは手を動かす,足を動かすということも第一だけれども,まず心の持ち方ということが相当大きく影響してくるということですね。
 吉田 それでどういう形をつくるかということは,毎日の練習にかかってると思います。しかしコンテストの場でのポーズは練習だけではだめだと思います。むしろ,そのときの心がまえとか心境,そのほかふだんの研究が行きとどいていなければ,勝負の場ではやはりバランスもくずれましょうし,いろいろ問題があると思いますけれども,私が,まだ2回のコンテストですけれども,それを通して感じたものは,研究したものとそれから勝負の場でのポージングは別のものだと思います。それからもう一つ,私の自分自身のポーズですけれども,決して筋肉のみを見せようとは思っていないと思うんです。ですから,人が何といっても,モストマスキュラポーズは絶対やりません。私はあくまでもからだ全体の美しさ,人間の素晴らしさを見せていきたいと思います。
 司会 こんど皆さん出られて,北海道から鹿児島までそれぞれ各県各地を代表する方々だっと思うんです。それで,皆さんトップの立場から,来年はひとつこういう人たちが伸びてくるぞ,こういう人たちがうんと進出するんじゃないかという意見がおありと思うんです。どうですか,中尾くんは。
 中尾 やはり吉村さんじゃないですか。
 吉村 ぼくは小島君,あの人がこわいですね。遠藤さんのジムにいる人…
 司会 吉田くんは…
 吉田 そうですね,いまのようにトップレベルが接近している場合にはなかなか単数ではあげられない。まず吉村君,それから武本さん…
 司会 こんど聞くところによると,ミスター・ワールドのショートマンで4位,それからミスター・レッグでは世界一を獲得したというニュースが入っておりますけれども,彼もその様子からして来年のミスター日本こそは…
 吉田 彼は強烈ですからね。しかも国際コンテストで吸収してきたものがあると思います。大きく飛躍するんじゃないですか。若い方では小島君,かなり期待できると思います。それからもう1人忘れてはいけないのは,栃木の小林選手,背は非常に低いようですけれども,全体のバランスとか,あるいは自分の見せ場,表現力,そういうものからいったら,これはなかなかこわい人ですね。
 司会 ベテランでは後藤選手ですか。中村選手はことしは出なかったんですね。
 吉村 やはり来年の優勝候補に入るんじゃないですか。
 司会 どうですか,こんどのコンテストを考えて,決勝15人のうち東京5人,大阪6人,あと残る4人のうち京都が2人,三重が1人,あと静岡が1人,こうなったんですけれども,やはり,どうも大都市にいい選手が集中するんですね。これはどうでしょう。
 吉田 自分のまわりにいいビルダーが多ければ,ある程度のレベルまでいっても安心しないで,もっともっと練習にせいを出す。それが1国といわず1県でも,自分の県でもナンバー・ワンの位置が動かないということになると,努力もやや気を抜くことが出てくるんじゃないですか。
 司会 それからどうですか,いま武本選手の話が出ましたが,日本のボディビル界もようやく国内だけではなく,ほんとうに世界に1歩,2歩と踏み出したと思うんですよ。ミスター・
ユニバースで3位になった遠藤選手,2位になった小笹選手,足で世界一の武本選手,世界のボディビル界にチャレンジしてる。そういう意味で今後日本のトップビルダーたちが,世界に臨んでいくためにはどういう点に注意しなければいけないか,またどういう心がまえか,ちょっと聞きたいんです。
 中尾 からだはそれほど劣らないと思いますけれども,歴史の浅さとかそういうことで何かのハンデを負うことはあると思うんです。それは,やはり精神力とか何かでカバーしていくしかないんじゃないですか。
 司会 吉村くん,どう思います。
 吉村 そうですね。ちょっとわかりません。
 司会 これは実際行ってこないといいないかな。こんど武本選手が帰国した段階で,そのへんはゆっくり聞きましょう。いま中尾さんから,からだのほうではあまり変わらないという意見が出ましたが…
 吉田 確かに,アメリカのトップの数人ですね。それを除くとさほど差がないように思いますけれども,スター・ビルダーとの差はとてつもなく大きいです。私たち,自分で練習やってきてわかるんですけれども,とんでもない飛躍がないかぎりは,腕の1センチ,胸囲の1,2センチをのばすことはたいへんです。現段階で,私,令回ミスター・ニッポンにならせていただきましたけれども,日本とアメリカのトップ・クラスを比べると,これはちょっと比較にならんほど離れているように思いますね。その差はバルクですね。まず大きさです。
 司会 それは必ずしも練習量の問題だけではなしに,食生活とか,長い伝統の違いもありますね。
 吉田 ええ。遠藤選手が,この前ミスター・ユニバースに出場して帰ったときに,いろいろ聞いてみたら,とにかく最大の相違はバルクであるということで,これを聞きましてから私は
ディフニッションとかいろいろいわれますけれども,ビルダーというものはバルクがあったうえで,その次にディフニッションが要求され,あるいは全体のプロポーションが要求されてくるじゃないかと思います。ですから,世界のボディビル界に伍していくためには,まずどうしてもバルクでもう2まわり3まわりなければ外国のトップのビルダーには追いつかないと思います。
 司会 日本で,あなたもバルクの吉田といわれているんですけれども,来年,あなたがいくためには,もう1まわり2まわり大きくなってもらわなければなりませんね。
 吉田 何とか努力してみたいと思っております。
 司会 ところで皆さん,令後の目標をちょっとお聞きしたいんですが…
 中尾 目標は,やはり来年のミスター日本コンテストです。ですから,そのためには練習だけです。
 吉村 ぼくも,来年1位になるためにも黙々とがんばるつもりです。
 吉田 当面のボディビルの目標は,来年ミスター・ユニバースに派遣されるんですから,何としてもそのときいい成績を収めたい。いままでのように甘い気持ではなく,自分がこの1年間にどれだけ成長できるか,ボディビルの成長に1年間をかけてみます。それが終ったら,社会人としての仕事にかけたいと思います。
 司会 なかなか頼もしいお話ですが皆さんハンサムがそろってるけれども女性の目標はないんですか。吉村くんどうですか。
 吉村 私は全然だめなんです。
 司会 目標をつけるんじゃなくて,つけられてるんじゃないかな。京都の女性はすばらしいといっていましたよ。吉田くんどうですか。
 吉田 そうですね。いい方がいたらそれはやはりもらいたいですね。
 司会 そういうことをいって差しさわりないんですか。(笑)
 吉田 いま。いい人がいたらすぐもらおうと思っているんですが,なかなか来手がないものですからね。
 司会 最後にひと言,令後の日本のボディビルを発展させるためには,それぞれご意見があると思うんですが,それをひとつお話しください。やはり皆さんたちの責任というものは大きいと思うんですよ。ボディビル界のスターというものは,昔のように別世界の人でなく,多くの人たちに,自分たちもやればなれるんだという気持を起こさせていく責任があると思うでんす。それだけに,あなた方の言動なり行動なりが大きな影響を与える。そういう意味から,今後の日本のボディビル発展のために,吉村くんひとつどうですか。
 吉村 ぼくはまだそこまで考えていませんけれども…
 司会 吉田くん,どうですか。
 吉田 これはビルダーだったらだれでも,あるいはボディビル関係者だったら自覚を持つということです。
 司会 自覚というのは……
 吉田 令回,私,ミスター・ニッポンになりましたけれども,こんどいろいろな行動をするときに,常にミスター・ニッポンとして恥しくないような行動をすれば,まちがいはないと思いますね。それで,これはひと昔前にいわれたんですけれども,ボディビルゴロのような,なんか筋肉の大きさだけを見せびらかして,けんかして歩いたり,あんまりよくないことをした人も中にはあるんじゃないかと思いますけれども,そういう世間の偏見を捨てるために…
 司会 社会人として立派に通用するビルダーが,どんどん育ってほしいということですね。
 吉田 さすがあの男はボディビルをやってた男だけあると,何をやらしても大丈夫だという人間になりたいと思います。ボディビル関係者全員がそうなれば,当然,ボディビルの協会もますます盛んに発展するんだと思います。
 司会 いまの吉田選手の意見は,ここの3人の方をはじめ全ボディビルダーの考え方だと思います。そういう方向で,皆さんとともにますます強く,ボディビルを発展させていきたいと思います。どうも,本日はありがとうございました。
吉田 実氏

吉田 実氏

吉村 太一氏

吉村 太一氏

中尾 尚志氏

中尾 尚志氏

月刊ボディビルディング1968年11月号

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