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バーベル放談⑤
小さな勇気大きな勇気

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月刊ボディビルディング1968年12月号
掲載日:2018.02.06
アサヒ太郎
 阪急梅田駅。ラッシュ時間にはまだちょっと間があるタ方だったが,ホームはかなり混雑していた。久方ぶりの休みで家内と娘を連れてデパートの買物をすませた私は〝やれやれ〟といった気持で宝塚行普通電車の座席に腰を下ろした。みるみる乗客がふえ,座席はたちまち満員,車内はかなり混合う状態になった。私はホームで買ったタ刊紙をひろげて読みはじめた。そのとき声高にしゃべりながら色の黒い,屈強の若者が4,5人どかどかと乗り込んできた。いずれも肉体労働者らしく,たくましい体つきをしている。なかでも一人は,筋肉隆々として精かんな面魂をしている。発車の合図が鳴って電車はホームを離れた。乗客のほとんどは早目のオフィス帰りか,家族連れのサラリーマン風で,静かに本を読んだり,ひそひそ話を続けていた。さきほど乗込んだ若者の一団は,こうした車内の平和な空気をかき乱すようにいぜん人目はばからぬ冗談口をたたいていた。一人は仁王立ちになって両側のつり革をつかみ,他の一人は前の座席に坐っている乗客の上におおいかぶさるような格好で仲間の話に応じている。なんとなくうるさい連中,まわりの乗客の間にはそんな空気がただよっていた。と,仲間の一人の精かんな男がつり革の上端に手をのばした。180㌢近い大男なので,つり輪を持つよりこの方が楽なようだ。ところが,あいにくホコリだらけ。男はよごれた手のひらをみるといきなり近くで中年の紳士が読んがいた新聞をひったくり,ごしごし手をふくとぽいと投げ捨てた。傍若無人の振舞い。紳士の表情がさっと変った。が,相手が悪いと見てか,そ知らぬ顔で横を向いた。この粗暴な若者の様子に,車内は一瞬無気味な静寂に包まれた。他人が読みふけっている新聞をとつぜん奪って何のあいさつもなしに投げ捨てるこの無礼。私の胸にはげしい怒りがこみあげてきた。紳士は,2,3人離れた私の横手に坐っていた。もし,若者たちが無茶な行動を続けるなら,「バカげた事は止めなさい」と文句の一つもいわずばなるまいと心中ひそかに考えた。家内も,子供もいる。こんな車内でケンカ沙汰になってはばかばかしいな,とも思ったが……。幸い,若者たちはその後別に事を荒立てる様子もなく,途中の駅でどやどや降りて行った。車内はふたたび静かなふんいきを取り戻し,乗客もほっとした表情だった。
 乗客にめいわくをかけ,無頼を働らく若者たちを無視した私,それにそ知らぬ顔を続けた他の乗客たち,果して勇気を持っているといえるのだろうか。「キミ,そんな失敬な事をしてはいかんよ」ときびしい口調で相手をたしなめるべきではなかったか。しかし,そんな行動に出ることが果して勇気につながることなのだろうか……私の胸にはこんな疑問がつぎつぎわい
た。
 終戦間がない21,2年のころ,私は所用で東京にくるため,イモ詰めのおんぼろ列車にのった経験がある。復員軍人,ヤミ屋,得体の知れない特攻隊くずれ風の男たち,車内は異様な状態だった。そんな車中で,三国人のカツギ屋連がわがモノ顔に座席を占領していた。むっとする空気,つかれ果てた乗客の顔。敗戦のみじめさが身にしみる思いだった。このとき,通路の一角に立っていた30前後の青年が何かの拍子で三国人に文句をつけられ「オマエ,日本人だからってえらそうな顔するな」と頭をゴツゴツ厚いカべにたたきつけられた。またはじまった三国人の横暴。だれもがくやしい思いでいっぱいだった。が,だれも止めに入る者がいない。うっかりへたな口を開いたら,こっちに飛ばっちりがかかってくる。見て見ぬふり,をする以外に手はないのだ。青年は泣いてあやまった。しかし,三国人の男たちは,このときとばかり「ソノ顔ナンタ,パカニスルナ」と妙な日本語でいびり続ける。私も復員まもない身だったが,この殺伐な風景に胸をふさがれる思いだった。が,どうしても「止めなさい」という勇気が出てこない。なんたることだ。日本人のわれわれが,こんな事でいいのか,と何度も胸のうちにつぶやくが,殺気立った周囲の空気にはとても飛込める気力が出てこないのだ。そのとき,車内のスミから「止めてやる者がおらんのか」と大声で叫ぶ老婆の声を耳にした。乗客の間に埋まるように立っている小さなおばあさん。そのおばあさんが声をふるわせて「それでも,あんたたちは日本人か」と怒鳴ったのだ。はっと思った。男より,女の人の方がかえって勇気を見せるものなのだなぁと感じた。私は傍らの学生と相談して,次の駅で公安員にメモを渡し,車内の暴行を取締ってほしいと頼んだ。が,それもナシのツブテ。列車は不快な空気を運び込んで東京駅に着いた。私はのがれるようにホームへ降りた。このころの事だが,柔道八段の先生が,数人の愚連隊にタカられ,持ち金を奪われた,との記事が夕刊に出た。だれもかれもが打ちひしがれていた敗戦当時のニガイひとコマである。
 
  ――こうした小さな出来事から,私は勇気について考えてみた。いつの事だったか,雑誌で車内の無頼男をこらしめるために老婆の一団がコウモリガサの先端を突きつけ,目玉を突刺したという記事を読んだ。アメリカの話である。国土の違いもあるが,たいへんなモノだと感心した。個人主義の発達したアメリカでは,自己の財産,権利,自由を妨害する者には徹底した制裁を加える風習がある。自己防衛の手段は,道具を選ばず,ピストルで逆に射殺しても法はその責任を問わない。日本ではたちまち過剰防衛の問題が起きてくるところだ。
 私がボディビルに専念し,体をきたえて自信を持とうと思ったのも,こんなところに遠因がある。婦女子にたわむれる悪質な酔っ払い,通行人をおびやかす町のオオカミ,われわれが日常生活で体験する不快事件は数限りなくある。いかに法治国家でも,こんなささいな事件にいちいち警察は介入しない。自分自身で守る力が必要だ。元気な若者たちはよく仲間とケンカ話に花を咲かせる。いつ,どこで,こんな大きなヤツをのばしてやった。何人ぶんなぐってやった……といった自慢話。しかし,これは勇気の範囲に入らない。もし,相手が柏戸,大鵬,ボクシングの藤猛のような腕力をほこる男たちだったら,こんな諸君でも二の足をふむだろう。勇気とはそんなモノではない。「義を見てせざるは,勇なきなり」―こんな古風なコトワザがある。勇気は,純粋な動機からわきあがってくる。人のため,社会のため,国のため勇気はふるわれるべきものだ。戦争で数多くの兵士が勇敢に戦うのも,「自分たちの国を守る」といった忠義心からだろう。車内の愚連隊をやっつけるのも「社会の秩序を保つため」だろう。年ごろの娘に悪ふざけするヤクザ者をこらしめるのも「か弱い女性を助ける気持から」出るものだ。
 しかし,その勇気には大勇,小勇といったモノがある。と私たちは学んだ。
 大勇とは? 小勇とは?。
 
 1912年4月14日,世界的な豪華船「タイタニック号」(4万6千3百トン)は,深夜の海上で氷山にぶつかり沈没,1600人前後の乗客が暗黒の海水に姿を消した。このとき,1,2,3等船客が傾くデッキで取った行動は,ひごろの教養,知性,虚栄,憶病,生命への執着をさらけ出して美醜さまざまの地獄絵図をくりひろげた。そうしたなかで,力のない女,子供をボートに降ろし,自分は沈み行くデッキに立って船と運命をともにした勇気ある船客が何人かいた。これは大きな勇気といえないだろうか。戦時中,日本の海軍では多くの艦長が沈没する艦の司令塔にとじこもって果てた。艦と生命をともにする武人のたしなみ,といったものだったが,これもやはり大勇といえないだろうか。もっとも,いまの若い人にいわせれば,死ぬことはないじゃんかというかも知れないが……。
 つまり,個人の腕力をふるうというようなことでなしに,大きな愛,正義に生きる存在こそ大勇の権化といった感じがする。
 さて,小勇の方だが,これは前にのべたようなチマタの出来事に見られる。
 私が会社の柔道部長をつとめていたころ,人一倍柔道好きな五段の青年がいた。ある日,試合の祝勝会を終えて,2,3段の部員数人と大阪ミナミの繁華街を歩いていたところ,何をカン違いしたか近くの小料理屋の板前がいきなり出刃包丁を持出して飛びかかり,青年の首スジを包丁のみねで数回たたいた。カーラス,なぜ泣くの,カラスはヤーマーにといった童謡をうたったところ,客が一人もいない,閑古鳥の泣く小料理屋の板前が,自分の店をからかわれたと思って起きた出来事。青年のうしろには腕に自慢の2,3段クラスが4,5人いた。「先輩,やりますか」と血相を変えたが,青年は押しとどめ,首スジをぬぐってケガのないことがわかるとそのままにこにこ顔で通り過ぎた。相手の板前はケンカ相手がゆうゆう迫らず,びくともしない様子を見て薄気味悪く感じたか,「気をつけろっ」と捨てゼリフを残してそそくさと店内に逃込んでしまった。もちろん,たたかえば,相手の板前はひとたまりもない。初段進級のときに十数人投げ飛ばし,75キロのバーベルを,やっ,のかけ声で頭上にあげる底力を持つ青年だ。とくに,左のソデをつかむと,得意の内マタ,はね腰が瞬後に決って,どんな力自慢の大男も宙を舞うワザを持っていた。だが彼は大人気ないと見てモノもいわずに引上げた。小勇といえないだろうか。もし,善良な市民が自分とおなじ目にあっていたとしたら,青年はどんな行動を取ったろう。うむをいわさず板前を投げ飛ばしたろうか。私はそうは思わない。おそらく,理由を問いただし,誤解を説いて板前にワビさせただろう。たくましい体と心が,青年にそれだけのゆとりを与えているのだ。
 私は,後日この報告を聞いて笑った。「よくやってくれた。りっぱだった。社会人としては文句なし。ただ武道家としては落第だ」
 なぜかといえば,もし板前がケンカ上手でなかったら本気に出刃をふるって傷つけたかも知れない。それも首スジだ。まさか首がぽろりと落ちることもあるまいが重傷はまぬがれない。もう少し,事前になんとか防衛の方法はなかったかと思った。青年も大笑いした。さらに,もう一つ例を――。
 東大の前総長茅さんを中心に,「小さな善行」運動というのが行われている。老人に席をゆずる,ゴミを拾う,そんな事である。その関連話だが,バスのなかで乱暴を働らく男にある大学の助教授が忠告してなぐられた。助教授はなぐられても平静を保ち,バスの運転手の協力で男を警察に引渡した。なんでもないことだが,大きな新聞記事になってその勇気がたたえられた。諸君だったら,どうするだろう。おそらく,相手の男は諸君のものすごい体つきを見て,さきにあやまるだろうが無礼な態度を取り続けていたら,きっと〝ぼいん〟と行くかも知れない,ここが肝心だ。それも結構だが,70キロ,80キロものごっついバーベルを持ちあげている腕っぶしだから手加減してやってほしい。過剰防衛になるおそれがある。そして,1発でおとなしくなったら,あとはこんこんと説き伏せ,笑顔で別れることだ。オレの知ったことかと見ぬフリをするのは一番いけない。私もいまは,そんなゆとりを持てるようになった。とても諸君にはおよびもつかんが,毎朝70余キロのバーベルをクリーン・ジャークで持上げ,75キロをベンチで差し,10キロダンベルで両腕をきたえるという日課である。
月刊ボディビルディング1968年12月号

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