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腕角力と健康

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月刊ボディビルディング1971年1月号
掲載日:2018.04.15
日本腕角力創始者会長
山本 晢

近代的腕角力の研究

一口に腕角力と聞けば、誰しも腕だけの簡単な力くらべと思うに違いない。今から、800年程前、源義経が、牛若丸時代に、鞍馬山で『多加閉之(腕角力の古語)等なせり』と和名抄に記録してあるからには、相当古くから一般に親しまれていたらしい。現在各地方に残っている、腕角力の殆んどが、お互に肘を固定したまま、握った相手の腕を倒し、手甲を台面か畳面に着けて勝とする。只の力比べであった。この肘の固定は、この長い歴史を持ち続けて来た。どこか捨てがたい魅力ある競技の進歩発展を阻害してきたものと思う。
 そこで、私はこのものに、肉をつけ、血を通わせ、味をつけ、栄養を含ませ、大衆の娯楽を兼ねた、体力増強・健康増進・精神の鍛練、相互の親睦をはかれる、腕角力道の研究を始めた。昭和2年に同志を集め『腕の会』を作り、腕角力を基本とした、全身の運動効果を考慮に入れた。医学的立場で、疲労度や、栄養問題、腕の解剖形態と運動範囲、を基にした。腕角力台の高さ、興味ある運動範囲を持ち、人体に無理なく、運動効果のあがる、台面の寸法の決定、腕ならびに、特に関節部の形態と競技者の体形角度、足の位置、まで考慮に入れた。業または手、即ち技術の48種を案出して、昭和9年に、若木竹丸氏も加えて、日本腕角力協会を設立し、今日におよんでいる。
(34才当時の筆者)

(34才当時の筆者)

思い出

私は子供の頃は虚弱児童だったが、長ずるにおよび、人間生存の意義は健康にあり、と悟り、柔道・棒術・柔・ボディビル・腕角力と手当り次第練習を続け、ボディビルの練習は、現体協理事の大河原氏と昭和8年頃毎日励んだものだ、日支事変たけなわの頃、政府は国民の体位向上を叫んだが、じり貧の物資不足と、若者の徴兵、徴用でその実を結ぶ事なく、大東亜戦争にと移って行った。

腕角力協会の教程の一部

学生時代は、各自々由に好むスポーツで身心を鍛え、体力も充分保持できるが、一旦学窓を去って生業に就けば、それを続けられる者は僅少と思う。もし中止すれば体調が狂い、その多くは心臓疾患、高血圧等にてかえって不健康の体となる。そこで始めに選ぶスポーツは、充分遠きにおよんで考慮せねばならぬ。
私は青年期、壮年期、老年期に選ぶ適当の運動を、その者の体質、体調、環境により、指導者は考えてやらねば
ならぬと思う。

猛訓練と発達

人間が極限まで頑張り、これ以上堪えられない状態を、ストレッサーと名づける。この状態になると、脳の中の間脳が第一に刺戟を受け、次に、脳下垂体に伝り、その命令によって副賢皮質刺戟ホルモンが分泌し、生体の防衛反応をあらわす。この生理現象は、ストレッサーに依って起った体内の不調有害な症状、例えば、スポーツの場合なら、失神、へたばりの状態が起れば、全ホルモン群は脳下垂体の命令一下総動員して、体調のアンバランスを元の姿になおすので、そのつらさから開放されるのである。
ストレッサーの度合には個人差があるが、とにかく耐えられぬ痛さとか、もうたまらぬと、ネをあげる状態が長
く度々続けば、ホルモン群のバランスは乱れて、始めて病気、即ちストレス病に成るのだ。トレーニングもここでいけば過剰で、かえって有害となる。しかし、スポーツ・マンはこの極限迄のつらさを始めから承知で稽古に励んでいるのだから、ストレッサーと認めないばかりか、生体の順応性により、かえってその刺戟が精神肉体の発達を促し、もっと強い刺戟に耐えられる体となる。トレーニングはこれを繰返し積重ねることで、ついに見事な精神と体の発達が得られる事になる。

食事に就ての考察

健康な体といえば、無病長寿でなければならぬ。この世の中で、第一線で作業活動している者の中には、体力の極限近くまで使って働いている人も数多くいる。例えば、その人達の食事内容を、カロリー計算したら、はたして、栄養学者のグラフにあるような完全食であったろうか。仕事帰りに,路上の屋台店で2、3本の焼鳥で、キュウと一パイ焼酎でも引き掛ければ、またあしたも日焼した、隆隆たる体に汗を光らせて、一日中働くことだろう。私は会員にこの種の話を聞かせている。君達は、スタミナ食といえば,すぐに肉食を連想するだろう、私はその時、マラソン競争のような、長時間にわたって、スタミナを要する競技に強い選手は、獣肉蛋白質を食わない。エチオピアのアべベ選手や、昔オリンピックでの優勝者で、粗食で育ったという、ソン選手の話をする。
 肉食が酸性体質を作り、このアジドージスが、癌・結核・糖尿病・血管硬化のような、恐ろしい病気を造ることは、周知の事実である通り、摂取後早く分解し、疲労素となるからである。欧米のスポーツ界でも現在、砂糖と獣肉量を厳重に管理制限し、指導しているところもあるときいている。一例として、今から800年程前、京都を練り歩いた僧兵や、有名な、武蔵坊弁慶は180cm以上の大男で、力量も抜群あの三井寺の鐘を一人で、あの山上まで引き揚げたと伝えられているから、さぞ逞しい男であったと思う。彼は僧侶であるかぎり、もちろん肉、魚を抜いた精進料理を常食にしていたことに間違いない。戦前徴兵検査の際、都会の青年は、乙種丙種が多いのに比し、山村の青年は立派な甲種合格の多い事実も参考になる話だ。
山本五段(左)と練習する筆者(70才)

山本五段(左)と練習する筆者(70才)

大自然に学ぼう

人間は40億年以上の歴史を重ねて出来上った地球の一産物に過ぎない限り、この地球上に起る自然現象に総てを学ばなければならない。皆が栄養問題を語る前に、その咀嚼の役をする歯の事を考えてもらいたい。
人間成人の歯は、上下で32本、その内28本は牛馬と同形の植物食を咀嚼するように出来た歯で、残り上下計4本、即ち犬歯は犬猫のその歯のように肉食歯である。そこでその比は1/7である。即ち、植物性食7に対し、肉食1の割合が良いと教えている。これも会員によく話す事だが、牛馬の常食は牧草即ち、雑草である。彼等は昔も今も変ることなく、立派な骨格、筋肉、脂肪を貯え、特に乳牛は毎日溢れる程の乳を分泌し、仔牛や人間に栄養を分け恵んでいる。
腕角力協会は派手な運営は取らぬが、国民の真の健康を願うため続けている。
月刊ボディビルディング1971年1月号

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