フィジーク・オンライン

========
海外ルポ
========
ヨーロッパのボディビルの現状

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1971年2月号
掲載日:2018.04.22
野沢秀雄

NABBA本部を訪れる

16時間あまりの飛行機と時差のためにかなり体の調子が悪い。日本で昼と夜を正確にくりかえしていた体のリズムが8時間ずつずれたために、朝になっても昼になっても眠たくてしかたがない。コンテストで海外へ出られたビルダー諸氏は、体調をとりもどすのにさぞ大変だったろうとあらためて感じた。
ロンドンではビーナさんといって、混血の美しい女性が私を待っていてくれた。私のあやしげな英会話の力を助けてくれるためである。そのおかげでまったく迷わずにNABBAの本部を訪れ、有意義な会話をすることができた。
NABBAは National Amateur Body Builders' Association の頭文字をとったもので、国際アマチュア・ボディビル協会という意味である。すなわち世界の各国にボディビル協会があるが、NABBAはそれらの上に立つ世界最高機関で、NABBAが主催するミスター・ユニバース・コンテストはプロもアマも最も高い権威と信頼を持つコンテストである。すべての国のボディビルに関する情報はここに集まり、各国のコンテストもNABBAの承認のもとに開催される。
ロンドンの中心街、ホルボン区にハルトンハウスという名のビルディングがあり、その5階がNABBAの本部だった。壁には雑誌でよく知っているチャンピオンの大きな写真がサイン入りで飾られている。またいつでも写真がとれるようにライトが置いてあり、日本の写真館のような印象をうけた。
面会をお願いしていたへイデンスタム会長はここ1年ばかり内臓が悪く,その日(11月10日)も病院で検査があり、代りに副会長のグリーンウッズ氏が快く応待してくれた。グリーンウッズ氏は30年間ボディビルの発展に力をつくし「マンズ・ワールド」という名のボディビル雑誌を発行していたが、最近雑誌をNABBAの公式機関紙「へルス・アンド・ストレングス」に吸収し、自ら病気のへイデンスタム氏を助けて各地のボディビル活動に貢献している人であった。以下はグリーンウッズ氏から聞いた内容である。
NABBAのコンテストは審査がきびしく公平である。それは食品会社、器具メーカー、特定のジムなどの都合をいっさい考慮しないでやるからだ。商業主義が入りこむとどうしてもある選手に点数が甘くなってしまう。アメリカにIFBBといって、同様の大きな組織があり、すぐれたヨーロッパの選手たちを連れていってしまう。レジ・パーク、リッキー・ウェイン、シュワルツェネガー、フランコ・コロンボなどである。
 1970年のNABBAのミスター・ユニバース・コンテストと、IFBBのミスター・ワールド・コンテストとが同じ日に開催することになってしまった。どうなることかと思っていたが、当日になるとシュワルツェネガーやレジ・パークばかりでなく、純粋にアメリカで育ったフランク・ゼーンやデイブ・ドレイバー、ボイヤー・コウなどが大挙してロンドンに参加しにきてくれた。このことはビルダー自身、どのコンテストが最も信頼できるのか知っているためであろう。
NABBAのコンテストは多くの場合、ミス・ユニバース、ミス・英国、ミス・フランスなどと共催しておこなう。そのために人々は親しみを持ち新聞でも大きくとりあげる。
 ボディビルで立派な身体をつくった人に対しては、NABBAのコンテストで多額の賞金が与えられるほか、将来自分のジムを開く権利が与えられる。コーチとして一生をボディビルの発展につくす人が多い。
NABBAの経費は会員からの会費により運営される。雑誌は広告費のおかげでもっていて、利益はあまりあがらない。各国やイギリス各地のジムの人々との交流は活発でよくまとまっている。
最近の雑誌や大きな写真を何枚ももらったうえ、私をNABBAの特別会員に入れてくれるという。船で会員証やバッチが送られてくる日を楽しみに待っている。

イギリスのジム

グリーンウッズ氏と筆者

グリーンウッズ氏と筆者

 ロンドンの人口は800万人。市内に10の大きなジムがあり、ボディビル人ロは1万5千人という。ところがボディビルのジムには2つの系統があって性格が少しずつちがっている。一つはフィジカル・カルチュアといって、コンテストに見られるものすごい筋肉をつくることを目的としたジムである。
もう1つはへルス・クラブとか、へルス・スタジオといって、どちらかというと健康づくりを主体とするものである。どちらもバーベルやダンベルを使って力の限界までトレーニングすることにはかわりがない。練習をしている人の職業や年令に差があるのか尋ねたがどちらもほとんど同じで、お医者さんや教授・勤労者・学生と広いメンバーが集まっているという。各自が目的に応じて好きなほうを選択しているようである。会費は後者のへルス・クラブの方がずっと高く、2倍以上費用がかかる。後でのべるように総合的な設備をしているためである。
立派な体をつくることと、一般的な健康づくり・体力づくりとは、1つの連続したものであり、並列するものではない。ボディビルで鍛えられた体は「健康」の象徴であり、理想だと考える。不健康であれば決して立派な体をつくることができない。同じ運動を同じ方法でおこないながら、なぜイギリスでは2つに分けてしまっているのか疑問を感じた。なるべくなら1つの活動としておおいに発展させたいものだ。
ロンドンにはそのほかに、各職場にボディビルのサークルがあり活躍しているという。なお、イギリスという国はスポーツに対する援助がまったくなく、どのスポーツ団体もやりにくいという話だ。日本では国立競技場・神奈川県営スポーツセンタ一・京都市立青年の家・都内の区立体育館など公営の機関でトレーニングができること、社会体育という名で体力づくりを推進中であること、八田一郎議員が大いに力を入れておられること、などを話すと、ワンダフル、うらやましいを、グリーンウッズ氏は連発していた。
グリーンウッズ氏の紹介でカーターレーンにあるへルス・クラブ系統のジムを訪れた。経営者のモーリー氏はオリンピック重量挙の元選手で日本に来たことがあり、早大の大沼さんと親友だという。ジムは大きなビルの地下一階にあり、広さは学校の教室を四つ合わせたくらいあり、床はじゅうたん敷き、壁は鏡がはりめぐらされている。バック・グラウンド・ミュージックが流され、片隅のスナックでサンドイッチ・ホットドッグ・牛乳・コーヒーなどが食べられる。最新の運動器具とバーベル・ダンベルがずらりと並び、何人かの人々が汗を流していた。奥にはバイブレーダーつきのいすやベルトがある。サウナと医務室も完備している。
月曜〜金曜まで毎日オープンするが火曜と木曜の午後は女性に解放するという。料金は1年間約3万円。半年分1万7千円。2力月分約1万円。入会金がいらないかわりに短期間だと高くなっている。1回だけの利用は900円。サウナだけなら550円。
私がジムをつくりたいといったら、必らず医師と契約しなさい。健康診断をしてあげたら会員によろこばれるよとアドバイスしてくれ、心電図の装置についても熱心に説明してくれた。

フランスのボディビル

私がフランスに着いたときドゴールの死が報道され、パリはわきかえっていた。3日間も滞在したのに、ドゴールの葬儀と国民の祝祭日で、商店も教会も美術館もほとんど閉鎖。街のあちこちに新聞と雑誌を売るスタンドが出ていたので新聞やボディビルの雑誌を買う。「ATOUT・USCLE」という雑誌が目につく。「マッスル・ビルダー」や「ミスター・アメリカ」から写真と記事を転載したものだ。4フラン約260円。そのほか「SANTE・ET・SPORT」「SCIENCES・CULTURISTES」という雑誌も出ている。「健康とスポーツ」「科学的ボディビルダー」くらいの意味である。NABBAの系統に属しているが内容はイラストが多く、さすがフランスの雑誌だなと感心した。
もともとフランスは美容体操に関しては伝統があり、書店のショーウインドウにもウエイト・トレーニングや、サーキット・トレーニングの本がずらりと並んでいる。ジムの数も多い。なかでもミスター・ユニバースのサージヌプレーの人気が高く、ブルノー区にある彼のジムは立派である。彼は映画出演が多く、「蛮族の逆襲」は日本でも公開された。黒人であるが人柄がよくNABBAでもIFBBでも評判が高い。
 フランスでは一つのジムでフィジカル・カルチャーとへルス・クラブを同時にやっている。コースが別になっているという話だが、ふつう日本の場合練習をする個人によって体力も環境も異なる。同じジムで練習して成果が上った人がコンテストに出ていく。このやり方のほうが自然で理想的だと思うのだが...。コンテスト・ビルダーが初心者といっしょでは練習できないためだろうか?手とり足とり教えてもらい、立派な目標人物がそばにいることが初級者の大きなはげみになることが多いだろうに...。外国とくらべて日本のボディビルの方が良いのだとしきりに感じる。
フランスでは言葉と休日のためにジム訪問ができず調査に終ってしまった。ぜひ、あらためて訪問してみたい。
イギリスのモーリス氏のジム

イギリスのモーリス氏のジム

イタリアのボディビル

映画「終着駅」で有名なテルミニステーションの東北部に、「へプン」という名のスポーツ会館がある。小さなアイス・スケート場のほか、卓球場やサウナ風呂もあるが、主体は男女別々の2つのトレーニング・ルームである。やはり床にはじゅうたんが敷かれまぶしいほど明るい照明がされている。13〜14才の少年や、20〜30才の年令の人たちがベンチ・プレスやシット・アップにはげんでいた。ビジネスマンが多く中高年の人はいないようだった。
経営者のマリアーノ氏と話をした。イタリアは古代から体を鍛える伝統がある。有名な映画の多くはイタリアでつくられた。スティーブ・リーブス主演のへラクレス・シリーズ、マークフォレストのマチステ・シリーズ、そのほか大作が多い。これらの映画はイタリアだけでなく世界の各国でヒットし評判が高くなった。ローマには大小のジムが無数にある。けれども横の連絡がなく、ボディビルの雑誌もない。フランス、ベルギー、アメリカなどからどんどん入ってくるためである。
以前は大流行したが今はそれほどでもない。コーチはフランス人がおこなうことが多い。よく研究しているからだ。イタリア人は身分制度が固定されていて、出世しようとか、金持ちになろうとかの欲を持たない。努力することが嫌いで、その場その場ですっかり遊んでしまう。だから将来にそなえて身体をきたえておこうという思想はあまりない。明日は明日という考えだ。
けれどもエウルといって、ローマ万国博の会場のあとに大都会ができているが、その中に立派な体育館があり、トレーニング可能である。また、フランコ・コロンボのような世界的に有名なチャンピオンを出している。
 「へブン」の場合入会金は昨夏までは4万リラ。約2万4千円だった。けれどももっと普及させたいので2万5千リラ(1万4千円)に値下げした。この費用で3カ月間試験的に利用できる。気にいった人は会費をはらってさらに練習できる。女性会員が多く、のべ10万人にもなっている。マッサージ・ベルトや自転車がずらりと並び壮観である。肥満に対する苦労はどこの国でも同じようである。
 「へブン」はどちらかというとへルス・クラブであり、会員の層が高く、金持ちが利用する場所のようだ。日本のジムのようにふらりと入れることがどんなに恵まれているか、ローマでも身にしみて感じた。

海外のジムを見学したい人に

レジャーがデラックス化するにつれ海外旅行を希望する人もふえよう。本誌読者の中にも近いうちに海外へ出る人があろうかと思う。
外国で人を訪問するときは早くから連絡をとって約束の日時を決めることだ。短期間の観光旅行の間に見学したい場合は、なおさらのことである。日本人とちがい相手はあまりゆうずうがきかない。逢ってしまうとうちとけていろいろな話ができるが、逢うまでは相当の忍耐を要する。
また現地でジムの場所を探そうとしてもなかなか容易でない。国内でも通りすがりの人にジムを尋ねても首をかしげる人が多い。ロンドン・パリ・ニース・ローマに関してはある程度、名前と住所・電話を調べたので、希望があればお知らせしたい。
語学の障害もつくづく感じる。ふつうの通訳の人でも専門用語が並ぶので目を白黒させてしまう。よくジャルパックの広告に(日本語だけでだいじようぶです)とある。たしかに見て食べて寝るだけはできるが、積極的にいろいろ尋ねようとするとずいぶんもどかしい。英語ができないために日本人旅行者はかなり誤解を受けている。人と人、心と心の通うことが世界を旅行する大きな収穫のはずだ。今の日本人は金をバラまく動物のようにしか見られていない。
話を戻そう。ジムの中でバーベルを上げようと思っても、よほど喜劇的なセンスと、体力の余裕がないと不可能だ。何か特殊なやり方があり、それを教えることができればいいが、私の見たかぎりではヨーロッパも日本も同じような種目をやっているようだった。雑誌が世界的に交流しているためであろう。東南アジア方面では指導ができるかも知れない。
いずれにしろ、地球の向う側でもバーベルを上げている仲間がいることを知りうれしく思う。今日のこの瞬間にも何百本、何千本のバーベルが上げたり下げたりされているだろう。こうして人々が健康と体力と自信をつくっている。まったくすばらしいことだ。
(筆者はサンライト・ハウス代表)
月刊ボディビルディング1971年2月号

Recommend