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審査員の目から見たボディ・コンテスト

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月刊ボディビルディング1969年9月号
掲載日:2018.05.21
田鶴浜 弘氏

田鶴浜 弘氏

玉利 斉氏

玉利 斉氏

10月10日にせまったミスター日本コンテストを前に、審査員の立場から田鶴浜弘氏(JBBA副会長)審査方式を確立すべき立場から玉利斉氏(JBBA理事長)の両者に審査員の採点基準、そして出場選手の心構えなどについて率直な意見を交換してもらった。
玉利 今回の企画は、’69ミスター日本コンテストも近づいて来ましたので現在審査員はどのような観点からボディ・コンテストに際してビルダーの肉体を採点しているか、そこにはどのような問題があるのか、更に将来の審査方式はどうあるべきか、というような事を田鶴浜さんと私とでざっくばらんに話し合っていきたいのですが。

田鶴浜 わかりました。私は第1回から一度も欠かさずにミスター日本コンテストの審査員をしておりますし、その他実業団やローカルなコンテストも含めれば50回近くのコンテストの審査員はしてきていると思いますよ。そういう点から言えば今回の企画は大いに発言の資格はあるわけですね(笑)

玉利 審査のベテランの田鶴浜さんと裏方で審査方式を確立しなければならない立場の私とで、あれこれ突込んだ話をするのも多くのボディビル・ファンに審査の実態を知ってもらうのに役立つと思います。ところで田鶴浜さんは現実に審査をなさるとき、どういうことをポイントとして採点なさっているのですか。

田鶴浜 まず私は予選のときは50人出場者がいたら50人を大ざっぱに見て、50人の中で最高と思った人を100点満点と見なし、その人を基準に他の人を採点するといったやりかたをとっています。以前は私の頭の中にある理想のビルダーを100点満点とし、そのビルダーを基準にして採点していましたが現在はこの方式はとっておりません。

玉利 なるほど、まず大づかみに見るということですね。

田鶴浜 そうです。予選のときはポーズの良し悪しとか、その人の雰囲気とかは一切採点に入れないために、筋肉の全体の発達状態だけを見るように努めますが、しかしそれでも一部の筋肉がきわだって発達していたり、筋肉に力を入れて誇張していたり、またポーズがうまかったりすると、ある程度は幻惑されるようですね。

玉利 いま、ポージングのときと、リラックスしているときの筋肉の状態についての御意見がありましたがこれは難しい問題ですね。ある選手はリラックスのときはさほどでもないが、一度ポージングを行なうと素晴しい力感にあふれ、またある選手はやや力んだ状態のときはよいが、ポーズしてみるとまるでなっていないといったようなケースはよくありますね。

田鶴浜 リラックス、やや力んだ時、ポーズした時、この三つのうちどれを真の基準として採点するかということは私には断定できません。ただし私は現状においては、ポーズしたときの肉体を見ながら採点するほかないと思っております。

玉利 これはボディ・コンテストで理想とするビルダーとは何か、ということによって選び方も違ってくると思いますが、コンテストはやはり体くらべ筋肉くらべの要素が強いのですから、予選ではまず理屈ぬきに筋肉が一定のレベルまで逞しく発達しているということを条件として、その他の美的条件は一切考慮に入れないで採点すべきでしょうね。したがってポーズのよし悪しより筋肉第一に見る。たとえポーズを通して見ても、そのよし悪しは予選では採点には関係ない。これは外国のコンテストでも裏審査(会場の舞台でなく舞台裏で審査員が選手の肉体をあらゆる角度から見る)をとり入れることによって、筋肉そのものを確実につかもうとしているようですね。

田鶴浜 しかし決勝でミスター日本を選ぶという段階になると筋肉一辺倒というわけにはいかないね。

玉利 一国を代表するナンバー・ワンを選ぶ場合、筋肉のものすごさのみを採点するということは世界各国のコンテストでも種々論議の対象になっているようですね。しかしIFBB系のコンテストの場合は、まず文句なしに筋肉の完璧な発達ということに重点を置いている。これはIFBBの審査規定にも、ボディ・コンテストは人格とか精神的価値を審査するものでなく、筋肉のみごとさを競うものだというような意味のことが書いてある。反対にAAU系のコンテストやNABBAのコンテストは、肉体面の調和とか均整だけでなく、精神と肉体のバランスのとれた雰囲気というものもある程度考慮に入れているらしい。それをどのように採点に反映しているかということはわかりませんが。

田鶴浜 いやー私はAAUやNABBAの考え方に賛成ですね。もちろんボディ・コンテストなのだからやはり筋肉があらゆる面からみて逞しくなければならんことは第一だが、決勝で第1位を選ぶ場合は、モースト・マスキュラーマン(最も筋肉の発達した選手)イコール――ミスター日本ではない。重複する場合もあるだろうが筋肉の差が少ない場合、ポーズの華麗さ、均整の美しさ、男性としての知的で清潔な凛々しさ、豪快さといったものを採点に大いに反映させるべきだと思うね。

玉利 この点についてはJBBAのボディ・コンテスト実施規定を読んでいただければよくわかると思いますが、決勝のときは筋肉50点、均整30点、ポーズ20点、というように人間としての
美しさ、素晴らしさというものが採点に反映できるように規定しているわけです。しかし筋肉の要素が半分をしめているから、いかに美的要素が多くとも、筋肉の発達が悪かったらとても上位には食い込めないわけです。しかし筋肉が文句なしに第一等の人はモースト・マスキュラーマンとして表彰しています。

田鶴浜 そうでしたね。いま筋肉以外の均整とポーズの話がでたので、それについて私の採点のしかたを話しましょう。均整は、後天的な努力によってつくりあげた四肢や、胸や、背中の発達のバランスを見るだけでなく、生まれながらのプロポーションのよさも見ます。

玉利 先天的なプロポーションというものは努力によってつくったものではないが、いやでも採点に反映するのは止むを得ないでしょう。そこで身長別のミスターの表彰問題がクローズ・アップされてくるわけですね。
日本ボディビル協会・ボディコンテスト実施規定抜粋

第1章 総則
第1条 本協会の目的は、国民の生活に生かす健康な体づくりを、ボディビルを正しく普及することによって推進することにあるが、同時に練磨の結果獲得した、生命力溢れる肉体の造形的な逞しさ、美しさを積極的にボディ・コンテストによって追求表現することにより、広く国民の間にボディビルの価値を啓蒙せんとするものである。規定はボディ・コンテストの公正さと、正しい認識を与えるために設けるものである。

第5章 審査方法
第7条 採点の基準は原則として筋肉50点、均整30点、ポーズ(表現能力・知性)20点の100点満点とする。
第8条 出場者のポーズは、基本のポーズと自由なポーズの二通りに分け、審査委員会の規定に従って定めた時間内に於て行なう。
第9条 基本のポーズとは、正面、側面、背面の三種である。
第10条 自由なポーズとは、審査委員会の規定に従って定めた時間内に於いて行なう自由なポーズである。
第11条 採点は、各出場者に与えられる各審査員の点数の最高と最低を除いた中間の点数を合計したもので行なう。
第12条 審査員の採点に対する抗議は認めない。

第7章 タイトル
第15条 本協会の直接行なうミスタ日本コンテストの最高点者へ、その年度のミスター日本のタイトルを与える。
第16条 本協会および下部組織である地方協会の行なう、地方または県コンテストの最高点者へ、その年度のミスター地区、県のタイトルを与える。
田鶴浜 次にポージングですが、私のポーズの採点のしかたは、ただ筋肉を誇張した見せ方が上手だという観点からのみはしない。鍛え上げた全身の筋肉に統一を与えて、しかも自分の個性を充分発揮したビルダーのポーズが私は好きです。また同時にその人の風貌と雰囲気なども尊重してある程度採点に入れています。さらにポーズの動きの中に躍動美のない固さや、ぎごちないものは嫌いで、やはり軽快さ、リズム感、シャープさ、迫力といったものがなければポーズによい点は与えられませんね。

玉利 筋肉オンリーでいくか、人間の美しさというものを反映させるかということは、今後ともボディ・コンテストがある限り永遠に論議されていくでしょうね。しかしJBBAとしては、現実に毎年ミスター日本を選出していかなければならない責任があるので、そこのところは両者をうまく折衷してやっていくほかないわけです。ところで毎年コンテストを行なうたびに色々と批判がおき投書もきますが、ひどいのになると毎年のミスター日本はコンテスト前にJBBAがすでに決めているのだろうなどというのがある。こういうことは絶対にあり得ないことだ。各審査員が採点したものを集計係が正確に計算し、それをそのまま発表するのだから、もし協会が作為をしたらすぐばれてしまう。JBBAのコンテストである限り採点は絶対に厳正だということを強調しておきたい。また審査員が数名いる中の最高点と最低点を切り捨てて集計しているから、審査員がえこひいきをして、意識的に極端によい点や悪い点をつけても切り捨てられてしまって採点には反映しないわけです。

田鶴浜 まったくそのとおり。しかし審査員も人間だからコンピューターのようにはいかない。機械が測定するのでないからどうしても主観が入ることは止むを得ないだろう。したがって玉利君のいまいったように、実施規定によって極端な主観の反映をさけるべきだろうね。

玉利 採点方法も100点満点方式でなく、よいと思ったビルダーをチェックしてピック・アップしていき、何回かふるいにかけ、最後にもっともチェックした数の多かったビルダーを勝者に選ぶといったピック・アップ方式もあります。この場合、ただよいか悪いかということだけが勝負の決め手になるわけですね。

田鶴浜 その方法はどうも大味過ぎて芸がなさすぎる気がするね。

玉利 それから今後ミスター日本コンテストの採点はファンの批判や論議に答えるため、ボディビルディング誌上に発表するつもりでおります。

田鶴浜 それはよいことだ、大賛成ですね。さて今日の対談も終りに近づいたわけだけど、結論として僕は思うんだが理想のビルダーとはどういう男性のことかということなんだ。他のスポーツ競技なら闘えば勝負が明確につくし、また記録もはっきりでる。しかしボディ・コンテストは明確にでない。審査員の主観によっても異る。客観性が他の競技より少なく非常に主観性の強いものだ。そこに難しさがあると思うんだが。

玉利 田鶴浜さんさすがに急所をつかれましたね。ボディ・コンテストは競技の形式はとっているけれども純粋な競技ではない。芸術作品の展覧会のような面もある。芸術作品というのは人が価値を認めれば価値がでる。極端な場合は人が認めなくても自分が認めればそれが絶対の価値にもなる。そういった傾向もあるのがボディ・コンテストの一面です。だから永遠に採点をめぐっての批判はなくならないでしょう。しかしその中でいかに公正に、しかもボディビル運動の普及になるような形式でコンテストをアッピールしていくかが協会の使命だと思います。われわれは、ともかく批判は大いに受け入れるが、そのために立ち止ってはいけない。反省しつつ実行あるのみだと思います。

田鶴浜 同感だ。ボディビルは観念の遊びではない。前進のための体づくりだからね。
月刊ボディビルディング1969年9月号

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