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筋肉のABC③

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月刊ボディビルディング1969年10月号
掲載日:2018.02.14
渡辺 俊男
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筋肉における熱の発生

 仕事は、それがどんな種類のものであろうと、けっきょくは筋肉の収縮によってなしとげられるのですが、それにはかならずエネルギーの供給が行なわれなければなりません。筋肉の仕事というのは、筋線維の緊張、興奮、収縮などであって、本質的にはこれらは同じことを意味しているのです。

 筋肉が仕事をする態度を機械的、または化学的立場で考えるならば、それは自動車のエンジンや、モーターあるいは機関車におけるエネルギーの出し入れとひじょうによく似ています。モーターでもエンジンでも、動けばかならず熱くなってきます。これは、筋肉が働く場でも同じであって、私たちがかけ足をしたり、運動をしたりすると体が熱くなります。人間の体は、働けばかならず熱を生じ、熱を生ずることなしに仕事をすることはできません。
記事画像2
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 仕事量はエネルギーで見積ることもできますが、筋肉の消費したエネルギーは、そのすべてが仕事となるのではなく、むしろ、熱発生のためについやされる部分のほうが多いのです。つまり、

 E=W+H
  (E=総エネルギー、W=機械的仕事のエネルギー、H=遊離する熱発生のエネルギー)

となり、機械的な仕事のためのエネルギーは、総エネルギー量の一部分にすぎません。いっぱんには、総エネルギーの20%~25%が筋肉の機械的な仕事のためについやされ、他の75%~80%は熱となって放出されます。それにしても、他の機械にくらべれば、筋肉は、ひじょうに効率がよいといえます。

 この点から見ますと、筋肉はたんなる熱機関と考えることはできません。人間の熱放散は、ちょうど60Wの電球をつけたときに相当する、といわれており、大勢の人がせまい部屋におりますと、部屋の温度はしだいに高くなってくるのは、この体温の放散によるものです。体温が37℃で、効率が30%であるためには、筋の温度は170℃にもなり、タンパク質は燃焼してしまうことになります。

 筋肉が収縮することは、外見上は機械的な仕事であり、形の変化ですが、変化というものはけっして一面だけが独立して起こるものではありません。化学的変化があれば、そこにはかならず電気的な変化を生じ、温熱的にも変化を生ずるのは、当然のことです。

 筋肉の化学過程や熱発生について詳細な研究を行なった人はA.V.ヒルとマイヤーホフで、この2人は“筋収縮の化学”にかんする研究によって、ノーベル生理学賞を受けました。

 この人たちの測ったところによりますと、カエルの筋肉が単収縮(攣縮、9月号~25ページ参照)するときは、0.001~0.005℃だけ温度が上昇し、また、筋肉の温度が20℃のとき、1秒間強直(9月号26ページ参照)を起こしますと、筋の温度は0.03℃上昇することが確かめられています。

熱発生の時期と筋肉の収縮

 この熱発生と筋肉の働きとは、どのような関係にあるのでしょうか。

 筋肉が緊張するときは、当然、熱の発生をともないますが、等尺性収縮のとき(筋を短縮しないように固定して刺激をあたえ、緊張させたとき)でもまた、ヒジ関節をまげたり、のばしたりするときのような等張性収縮のばあいでも、同じように熱を発生します。これを活性熱といいます。また、筋肉が収縮して形を変え、短縮するときにだけ発生する熱のことを短縮熱といっております。したがって、収縮熱は、活性熱と短縮熱に分けて取り扱かうのが普通です。(第1図)
第1図

第1図

 いったん収縮した筋肉は、次の瞬間には弛緩しますが、このときもやはり熱(これを弛緩熱という)を発生します。弛緩熱は、何か他の力によって縮んでいた筋肉がのばされるときに生ずるものですが、筋肉が収縮した直後に外力がかからないように処置しますと弛緩熱はほとんど見られません。弛緩熱は受身の動作によって筋肉に生じた熱なのです。

 ここまでの熱発生は、筋肉の仕事のために生じたもので、これを初期熱といいます。私たちの常識として、熱が発生するようなばあいは、たいてい酸素を必要とするものですが、初期熱は無酸素の状態で起こります。これも、生きている体の妙味といわなければなりません。

 筋肉はこうした仕事をしたあと、回復しなければなりません。このときもまた筋肉は熱を発生します。この熱を回復熱といい、その熱発生の大部分は酸素の補給下で行なわれます。
記事画像5
筋肉が働くとき熱を発するということを表とすれば、その裏は筋収縮における化学変化であり、この両者はいわば表裏一体なのです。

アデノシン3燐酸

 筋肉の収縮に対する最初の発言者はアデノシン3燐酸です。この名は親しみにくく、また、その化学的な実体を理解することはむずかしいと思いますが、とにかく、第2図のような構造式をもっているものであります。
第2図

第2図

 アデノシン3燐酸が筋肉の中に存在することは、1926年エムデンによって発見されました。これは多量のエネルギーを内包している物質で、カエルの筋肉で調べてみますと、筋肉1kgの中に4.8ミリモルくらい存在しています。アデノシン3燐酸の存在はなにも筋肉だけに限るものではなく、生きているすべての細胞の中に発見されます。

 筋肉が収縮するとき、はじめのエネルギーはアデノシン3燐酸によって供給されます。以下、アデノシン3燐酸をATPという記号で表わすことにしましょう。このごろでは、生理学や医学ばかりでなく、通俗科学の分野でもよくATPという言葉が用いられるほどポピュラーになってきましたから、熱心なボディビルダーならば、このていどのことは知識としてもっていただきたいものです。

 いま、A=アデノシン、P=燐酸
としますと、

 ATP=A-P~P~P

と略記することができます。ここで、~は高エネルギーを保留していることを示すものです。

 このほかに、ADP(アデノシン2燐酸)やAMP(アデノシン1燐酸)という名も出てきますが、これは

 ADP=A-P~P
 AMP=A-P

で表わされます。ATP、ADP、AMPのTやDやMは、P(燐酸)の数を示すもので、Tは“3つ”Dは“2つ”、Mは“1つ”を意味します。

 さて、筋肉を収縮させるとき、まずATPが分解します。この分解は酸素の働きによって行なわれるのですが、同時に水分をも必要とします。これを加水分解といっていますが、人体の80%は水であり、筋肉にもたくさんの水分がありますから、水キキンで筋肉が働かなくなることはまずありません。

 ATPを分解する酵素をATP分解酵素といい、ATPaseと書くのがふつうです。酵素というものは、常温でも強い作用力をもっており、しかも働きかける相手方がきまっていて、他のものには見むきもしない、という特徴をもっています。一夫一婦の制度が確立されているようなものと考えることもできましょう。そこで、Mr.佐藤の奥さんがMrs.佐藤であるように、ATPの酵素の名は、主人の名前に~aseをつければよいわけです。

 話が少しまわりくどくなりましたがとにかく、ATPはATPaseによって加水分解され、そのとき大量のネルギーを放出します。ここで、ATP=A-P~P~Pの末尾の~Pが遊離され、ATPはADPになります。

 ATP→ADP+無機燐+エネルギー

 ATPが1つのPを離すことによって、11,000calの熱量を出しますが、これだけの反応になりますと、筋肉が働くことによって、どんどんATPがなくなることになり、すぐ働けなくなりますが、人間の体はひじょうによくできているものです。

 ATPの分解の結果生じたADPはクレアチン燐酸(CP)が分解されるときに遊離するPをとらえて、またもとのATPとなります。
準ミスター大阪の杉田茂選手

準ミスター大阪の杉田茂選手

 ADP+CP⇔ATP+C

 100mダッシュのとき、わたくしたちは一時呼吸をとめます。また、ヤッコラサと全身に力を入れるときにも、呼吸をとめます。いわゆる“無酸素状態”にあるわけですが、この状態で筋肉が働くことができないとしたら、わたくしたちは火事場から逃げることもできません。運動をしたあとでは、わたくしたちの心臓の働きは盛んになり呼吸がはげしくなります。このことは筋肉の運動に酸素の必要なことを示しているものです。

 筋肉は最初は無酸素でも収縮するのですが、やがて酸素の補給をしなければ、長くこれをつづけていくことはできません。

筋肉の収縮と糖と乳酸

 ATPが筋収縮の主役だということが発見されるまでには、長い年月を必要としました。
 
 わたくしたちが聞きなれているいちばん素朴な考え方は、筋肉は使うとだんだん疲れてくるが、それは血液中に乳酸が貯留するためであって、その乳酸は筋肉の労作によって生じたものである、ということです。

 乳酸をはじめて測ったのは、いまから約半世紀まえの1907年のことで、フレッチャーとホプキンズが行なったものです。酸素をあたえずに筋肉を収縮させますと、乳酸はどんどんふえていき、ついには筋肉が働かなくなってしまいますが、このとき酸素を十分に摂取できるような環境をあたえてやりますと、筋肉はふたたび刺激に応じて収縮し、それまで貯留していた乳酸量が減じてくるという実験的事実が明らかにされたのです。(安静時の筋肉では0.015%くらいの乳酸を含んでいますが、極度に疲労したばあいでは0.3%くらいにまで増加します)。

 いまから考えれば、あまりにも当然のことですが、当時としては、英才の画期的な業績であったのです。

 疲れたときには甘いものがよい--とは、古くからの日常生活によって教えられた知識です。いまでは、グリコーゲンこそ筋肉活動の力源とされていますが、この生活の知恵に科学的な裏づけをしたのが、A.V.ヒルとマイヤーホフなのです。そして、その研究の導火線となったのが、フレッチャーとホプキンズの仕事でした。

 グリコーゲンの分解によって乳酸を生じ、同時に、エネルギーが放出されます。かつては、このエネルギーのカで筋肉が収縮するものと考えられていました。これがいわゆる乳酸説であって、糖の分解によるエネルギーは、じつは、まだまだ間接的なものでしかなかったのです。

 一方、グリコーゲンが分解され、乳酸が生ずるという方向にだけ化学過程が進むのではなく、発生した乳酸のうち1/4~1/5は呼吸によってとり入れた酸素によってふたたびグリコーゲンに合成されていくことが、しだいに明らかにされてきました。こうした乳酸説が世の中を支配していたとき、エグレントたちは、筋肉の収縮には何か燐酸が関係しているのではないか、という着想をもとに実験を進めた結果、ついにフォスファーゲンという燐酸化合物を見つけ出し、これこそ筋収縮に対する最初のエネルギー源だと考えたのです。こうして、次々とより本質的なものを追求し、乳酸→グリコーゲン→フォスファーゲン→ATPという道をたどっていきました。

フォスファーゲン

 筋収縮の直接のエネルギー提供者はATPであり、そのためにATPはADPになることは、前述したとおりですし、また、筋肉が仕事をした結果、乳酸が発生するのは、グリコーゲンの分解によるものであることも、申し上げました。

 もともと、ATPは体内に無限にあるわけではありません。そこで、ATPがADPになったあと、なんとかこのADPをまたもとのATPに変換する必要があります。ATPがADPになるときは多量のエネルギーを放出したのですから、ADPをATPにかえすためには、このエネルギーを加えてやらなければならないことになります。このエネルギーを提供するものがフォスファーゲンです。このフォスファーゲンはクレアチン燐酸(cp)ともいわれ、13,000calという高いエネルギーをもっていますが、これはCPaseによって分解されたPをあたえて、ADPをふたたびATPにまでもち上げることになります。

 ADP+CP⇔ATP+C

 こうして化学過程が進んでいきますと、ATPは合成されたにしても、こんどはCPが主として不足することになります。そこで、CPを再合成しなければなりませんが、このためのエネルギーを提供するのが、グリコーゲンの分解過程なのです。このように考えてみますと、筋収縮のときにエネルギーを供給する物質は

 ①アデノシン燐酸
 ②クレアチン燐酸
 ③グリコーゲン

であるといえましょう。こうした意味では、糖分はやはり、筋肉を用いるときのエネルギー源でありうるのです。そして、糖の化学変化のためには、酵素の働きを助けるものとしてビタミンBが必要であり、また、筋の働きによって乳酸が生じますから、この酸性を中和するために、アルカリ性である植物性食品をとることが望ましい、ということになるのです。
(筆者は、お茶の水女子大学教授、医学博士)
月刊ボディビルディング1969年10月号

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