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My“Contest72”
―3つの大会より/NOWなビルダーたち―

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月刊ボディビルディング1972年12月号
掲載日:2018.02.08
 47年の掉尾に当り、48人のボディビルダーにご登場いただきます。48人(延人員)に対する一方的な親和の情が、米国流の呼び捨て方式を生みました。ご了承を乞う次第です。(原田隆正)

ミスター東京コンテスト 9/10 共立講堂 選手控室から

 儂は売れない予言者である。儂の辞書には“お世辞”の文字が抜けているので、とくに女性から人気が無い。近頃は商売気を捨て趣味と割り切って、盛り場に出没している。

 忘れもせぬムシ暑い8月31日の晩、大柄の1人の青年が儂の前に突っ立った。『嬉しやカモ来たる』事務的に名前を書かせる。“坪井善司”と名乗る男の面を穴のあくほど睨みながら、執拗に過去を尋ねたあげく、儂ァいったね、おごそかに。

 「数えて10日目の夜8時31分、ハッピーが訪れますぞ、キミの目にラッキー7の星が宿っとる」

 坪井善司の奴、疑惑の目差しを向け尻ポケットから小銭を取り出して置くやソソクサと立ち去ったが、急に引き返し、1枚の紙片を儂の手に握らせフテブテしい笑顔を残し雑踏に消える。

 スワ、千円札!胸をときめかせローソクの火に近付け真疑を確かめるとチップではなくキップ。見れば第7回Mr東京ボデ・コン招待券と印刷されてあった。
('72ミスター東京 坪井選手)

('72ミスター東京 坪井選手)

 ご承知どおり7代目のミスター東京は、ダークホース坪井がカッサラッタが、大会開会中のココ選手控室には1時間後の準ミスターやベスト12候補のミスターたちが決勝進出前の待機中であった。その中からいろいろなミスターをコンビ方式でヤブ睨みする。

 ライバル同志だったミスターは―坂本昭雄(4位)と鈴木東一(3位)。ライバル関係は開始時点で終わった。

 力ばった表情よりはマシかも、であるが余裕ありすぎリラックスしたムードよりは「必ず表彰台の一角を占領するぞ」の気迫こもった後者の方が明らかに歩がいい。果たして序列逆転。前者の長所はウエストと凹んだ腹部である。

 お忙し(氏)のミスターは―町工場で連夜残業だった青山昌二(8位)と優雅な二刀流生活にいそしむ古屋喜久雄(9位)。入賞に賭けたカコイイ肉体は似ており揃って受賞はしたが……謹言実直居士の30代は昨年より前進し、2足のワラジ20代は退歩。選手控室に2回もかかってきたスカイ・ダイビングからのTELは、20代の集中力を根コソギ盗んでしまったのである。

 選手交替のジムのMrは―田端BCを代表する金の卵2コ。和田信雄(12位)は小柄でも均斉ととのい、'71Mr関東9位の六本木昇は、より若く、より大きく、より強そうである。素人目からの判断では、交替したのはプロポーションであったように思われる。

 各筋肉の配分が好バランスであった“小”に較べ、今年の“大”は頭のテッペンが賑やか過ぎたようだ。6.5頭身を7.5頭身に変えるのは理髪店だが、この日、六本木界隈はきっと超満員であったと推察。

 好対象だったMrは―白い歯は決して見せずギョロ目ムッッリ、清水岩男は岩の如く二回り大きな男となって去年の11位を7位に更新。

 一方、愛嬌タップリ、首をカシげてTVCM嬢よろしく、お辞儀も小笠原流の高田英男。「男性の笑」が無条件効力を発するは酒席に限られる。男性の他種競技で競技最中に笑を認めているスポーツが他に有るか。71年度8位今年は10位。彼の表情(は心が作る)は入社面接試験なら一発で合格……の場合もある。

 ショッキングな体験を味わったMrは―コンチャン(左近治雄)は、Mr東京連続6回入賞タイトル・ホルダーであった。
 蔭の声『今年は欠場すべきだった』

 「もうトシだし、仕事に追いまくられて練習時間が足りないんスよ」

 蔭の声『まだ30歳のガキが……ふざけるな』

 「(隣席のMr)コンチャン、もう爺さんだもんな」

 と冗談飛ばしたのは選手代表として宣誓を絶叫した磯村敏夫。余裕しゃくしゃくの発言。

 審査を担当したMrは―複数で、初代のMr東京後藤武雄、2代目鈴木正広、3、4が無くて5代目末光健一、6代目水上彪他。Mrファイティング温井チーフの講評に曰く「ボディビルは上腕と大胸のみでは構成されていない。ボディには脚もついている。云々」(註・原田流解釈)

 ラッキー7だったMrは―冒頭に予言したとおり7代目のMr東京は単数で坪井善司。

 なお、長谷川功(5位)、深沢菊三(6位)、斎藤聖一(11位)は遂に儂の前に姿を現わさず(トイレか客席か)顔を見せずじまい。記すこと能わず見料もいただけぬ。

 ―人相見の目は筋肉より顔(心)を射る悪癖あり、ためにBB評としてははなはだピント外れ、招待券をちょうだいしながら相すまぬことぢゃった。

 では失礼、ご免。

ミスター関東コンテスト 10/8 両国公会堂 舞台裏から

“72”テーマが“ザ・ポージング”なので、以下(登場順)ポーズ本位の感想記とする。

<選手の部>

関 二三男(東京・国分寺)
 人格豊か統率力ありパワー・ビルダーとしても一流で、曲ったことが苦手。以上をそのままポージングに描いた。

長谷川 功(東京·三幸)
 動の際も静の場合も、もっばら力感を強くアピールさせるマッスル・ビルダー。今度は大きくみせる技を磨いてください。

飯島 勲(栃木・タイガー)
 ピリッと引きしまった剣のような脚。腰がしまればさらによい。全体が小さいけれどムダのない凜然たる動きを示す。

嶋村修司(千葉・松戸)
 先輩水上生き写しのポージングを網羅。まるで鏡、ミニ水上。若冠20歳とあれば気永に未来を待つ

田口研二(神奈川・東芝)
 ストレートでないボクシング……違った、ポージング。拳闘で身につけた軽快さと柔軟性がBBに生きている。

鈴木東一(東京·錦糸町)
 乗馬ズボンの腿が傑出。遠藤大先輩の模倣から脱皮し全力投球の演技。自己頂点の限界を極めたかの観あり。

多田純ー(神奈川・スカイ)
 その辺を歩いているときの下半身には貫禄と迫力があった。台にあがったら全身萎縮。なぜテレるのか判らない。

宮畑 豊(千葉・松戸)
 決勝はソデから登場するので、駆け出るには距離が長過ぎた。体質体形に合わせて計算しつくされたポージングが滅法巧い。

赤木久志(千葉·松戸)
 度胸と熱量充分で、いまは坪井の下にいるが、やがて杉田に迫る逸材。髪を刈りプロポーション、グーとなる。

深沢菊三(東京・中野)
 現われるなりボディでつくった“大”の字。113の大胸真ッたいら意表作戦である。「独創性ある選手は大成する」といわれる。

水上 彪(千葉・松戸)
 松戸BBCの総大将。
 もし団体旗あらば受賞該当者。開始前の語録「順位より参加に意慾」
(確立された水上ポーズ)

(確立された水上ポーズ)

吉川 進(神奈川・スカイ)
 大きさよりバランスに秀でる。皮膚のツヤ最高。バック・ポーズへの導入とその復元技法の見事さに愕然。外人ビルダーより上手だ。
(バック・ポーズならMr日本の吉川)

(バック・ポーズならMr日本の吉川)

飯島敏隆(茨城)
 これまた古典的ビルダー埴輪。相撲の神、ノミノスクネの再来?心なしか鈴木正広のポーズに似ていた。

小沢幸夫(神奈川・実業団)
 '72Mr関東のアキレス腿は脚だった。「カム・バック、マイナスならず」「筋肉あってのポージング」の2説を立証。

青山昌二(東京・平井)
 前者同様ポーズに揺れがある。出場者レベル高く10位を危惧していたら第9位。

吉田純久(神奈川・YMCA)
 バレーの猫田と同背だがゼッケンはラスト、貯髭落として若返るも、本日気が進まず早々降壇。余計淡白なポージングとは相成った。

 ここに、舞台裏で活躍した1人を臨時追記。インスタント進行係は誰あろう、重村洵(東京·田端)。迅速俊敏その裏ポーズに一驚、脱帽、感激。
<ポージング教室>
栗原望信(東京・錦糸町)
 小さいが鋭さをもつ。素直な性格を買われ、窪田先生1日教室の助手Aを勤める。

玉岡伸一(東京・錦糸町)
 中日大会レギュラーであったコン歴を活かして同じく助手B。迫力に欠けるが大きさに恵まれる。

<ゲストの部>
遠藤孝雄(東京·錦糸町)

 常識を破った“ユーモア・ゲスト”の依頼を受け四大ビルダーの人体模写熱演するも、本物3人の来場に遭い鬼才100%発揮し得ず

遠藤光男(東京·錦糸町)

 本場のビルダーが用いた音楽をボレロにアレンジし、ポージング助奏に試みる。原曲“栄光への脱出”口は重いがポーズ滑らか。筆の方も潤滑である。

 窪田先生のご助力と選手諸氏のお陰で無事幕が閉じられた“ザ・ポージング”。イヤというほど勉強させられた。

 この貴重な収獲を基礎として、今度は体操、水泳の選手にBBプロ級を蒐め、国立劇場を借切って「マッスル&バランス(仮称)」に取っ組んでみたい。

ミスター日本コンテスト 10/22 大阪毎日ホール 客席から

「第18回Mr日本は大阪の……」をキッカケに二階席正面から、親衛隊の鳴らすクラッカーが割れ、紙吹雪が舞いしきり“72”優勝者、日本晴れの姿現わす。杉田茂、日本一のよい男。マッスルは審査焦点であるから触れる必要はない。ズン胴なシルエットを除けば、総合点数は歴代Mrの中で最高。太い脚短い髪、日本男性のサンプルみたい。首上の哀愁(発表瞬間喜悦に変わる)と粗野な首下を仲良く同居させ、筋肉で“美と力のデュエット”を2分間奏でた。披露宴での挨拶にもソツがない「当分、選手の身分でいて欲しい」好漢杉田茂選手。
(優勝 杉田 茂選手)

(優勝 杉田 茂選手)

 石神日出喜(準優勝の右翼)ぜひ19代目のタイトルを獲ってもらいたい。彼も“Mr”と“日本”の要素と条件を主・客観上いずれも備えているからである。筋肉(1)、キャリア(2)を客観的資格とするなら、バランス(3)と男らしい人生(4)が主観的要素であって、前記4項目を凝固させ卒直に具現しているポージングに、いつも“真・善・美”の結合を観る。真善美の凝結は正に“男の力”である。
(二位 石神日出喜選手)

(二位 石神日出喜選手)

 準優勝左翼はその名も金沢利翼36才。若い選手にも、あまり若くない関係者にも、恍惚の人(私)にも強烈な刺激を与えてくれた。リンゴのような色と肌の頬ペタが、栄養と睡眠もまたボディビルディングであると教えてくれた。
(三位 金沢利翼選手)

(三位 金沢利翼選手)

 4位の須藤孝三は、寝不足したのかネボケマナコで頗る不機嫌の態。若いから徹夜も平気……ではBBに通用せず、昨年度より重量“減”。伸びたのは年令と演技。「ポージングは絶望、スチール・ビルダーか」と余計な心配をしていたのでポージングの上達が何より嬉しい。技術と智恵を伸ばしてくれる“年令”、トシをとるのも有難いことである。
(四位 須藤孝三選手)

(四位 須藤孝三選手)

 宇戸信ー(5位)石神選手とは異質なMr日本候補であり、理想的日本男性の原型を示す。全然ムリせずに「只、立っている」だけで誰の目にも“自信自負ある心身所有者”と映る。年々拡張を続けてきたボディは今年一歩後退三歩前進。後退とは均斉を忘れたバルクであり、前進とはもちろん「彫りの深さ」。デフィニションをモノにした宇戸信一万才。
(五位 宇戸信一選手)

(五位 宇戸信一選手)

 6位に至り、ようやく関東選手の名がアナウンスされて、九十九里からやって来た一見学者ホット息をつく。神奈川県協会推薦、小沢幸夫である。客席から「1位」の掛け声あるも小声。過去の栄冠もボ歴も立派で長かったがブランクも長かった。「亀は兎に勝ちました」昔噺を近代競技にアレンジされるよう推薦。
(六位 小沢幸夫選手)

(六位 小沢幸夫選手)

<7位の6選手は放送された順に記入>

 先ず小先秀雪 今年“中国コンテスト”無きため'71Mr中国のタイトルひっさげて登場。好成績で全国大会初の入賞を飾る。
(七位 小沢秀雪選手)

(七位 小沢秀雪選手)

 次に水上彪 私の“知識性”が呟く'72関東副位のエチケット遵守を審査員が尊重したのだ、と。

 ここ(会場)は関西であった、と。

 しかし“理性”は主張する。

 選手生活を100%、経営者生活も100%、人間業ではムリな話である、と。
(七位 水上彪選手)

(七位 水上彪選手)

 続いて木本五郎 脂肪と白さと声援ばかり記憶に残る。優れた感覚の持ち主の筈だが、今日は一体どうしたことか。
(七位 木本五郎選手)

(七位 木本五郎選手)

 糸崎大三 飛び石で3回入賞しているコンテスト模範生。『辺りを見渡せば去年の戦友は落ち、前回の友は消え今年の新友の数、なんと4人』73年度における大ちゃんのポジション、最悪の場合でも現状維持であれ。
(七位 糸崎大三選手)

(七位 糸崎大三選手)

 坪井善司 ローカル・コンテストでは最高価のMr東京を懐中にフラリと下阪。途中、ただ喋り、喰い、飲み眼る。気がついたら7位の陣列に並ばされていた。

 さてドンジリに控えていたのは長谷川功。発表時点、誤りでは? と耳を疑う。知名度薄いショート・マンが、多くの候補者をしりぞけた要因は何であったろう。85点のマスキュラーか。それとも満点のヤル気か。両方だろう。それにしても偉大なる負けず嫌いがもたらした初入賞。
(七位 長谷川 功選手)

(七位 長谷川 功選手)

 ゲスト、ディカーソンを見て考えさせられたこと―末光はもちろん、石神でも、ショートマン級なら彼の地で3位入賞確実。その意味でディカーソンの来日は意義あり。彼と杉田のポージングを較べるに、著しい差は次の2点にとどまる。
 1 演出
 2 目の色
(ゲスト クリス・ディカーソン)

(ゲスト クリス・ディカーソン)

 ―ゲストは客分的存在だが、脇役として協力したのがハモンド・オルガン。それでは主役は杉田茂選手かといえばちょっと違う。日本列島の北から南から参集し「この1年を25秒に賭けた」出場選手全員こそ日本コンテストの主役であると断言する。

後記

 以上の3つのコンテストを、そっくりそのままフィルムに収めました。貧弱な8mmではありますが、本数だけは40本余になります(カラー)。

 とくに「関東」は光と色にプロフェッショナルな人材を動員したので、演出面のマイナス(責任者・原田)を差し引いてもサマになっています。

 タイトルは、ご笑覧いただいた粗稿と同じく“My・コンテスト72”。写真にしろ文章にしろ凝るほどに主観へと走りがちになるものですね(反省中です)。前記フィルムは「日本のボディビルディング」愛好者、「ポージングを科学的に調査研究」される方ならどなたにもお見せいたします。お貸しすることもご相談に応じます。
月刊ボディビルディング1972年12月号

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