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’74全日本学生チャンピオン 吉見選手の練習法 〈その2〉

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月刊ボディビルディング1975年7月号
掲載日:2018.06.24
国立競技場トレーニング・センター 主任 矢野 雅知
記事画像1

セット法中心のトレーニング

 まず最初に吉見選手の昨年度のトレーニング法を分析してみよう。次に示すのは昨年春の関東学生ボディビル選手権大会前のスケジュールである。

〔月曜・木曜〕
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〔火曜・金曜〕
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〔水躍・土曜〕
(註:(3)のシュラッグは、バーベルを腰の後ろに両手でぶら下げて行う。これは刺激が僧帽筋に集中しやすくするためである。)

(註:(3)のシュラッグは、バーベルを腰の後ろに両手でぶら下げて行う。これは刺激が僧帽筋に集中しやすくするためである。)

 なお、回数を記してないのは、吉見選手はセットごとのレピティションが一定しないからである。なぜなら、どのセットでも極限回数まで行うからである。カウントを数えることは意識の低下を招くのであろう。ただひたすら「あと1回」「あと1回」を繰り返すのである。ただし、10回以上を数えることは少ない。おおむね、どの種目でも2~10回ぐらいである。

 以上のスケジュールでわかるように吉見選手も上級ビルダーに共通するスプリット・ルーティーンを採用している。すなわち、各筋群が、1週間に2回トレーニングされる。
 ノーチラス・マシーンを多用しているのと、セット法が中心になっているのが特徴である。一般にコンテスト・ビルダーともなれば、スーパー・セット法やバーンズ法などを用いて、徹底したパンプ・アップをはかるものである。「なぜ?」という質問に、彼は胸を張って答えている。
「まだ僕は若い。だからセット法でも十分に発達している。これで発達が止まる頃にはスーパー・セット法を用いると思うけど、その時期は、多分、ミスター日本にチャレンジする時になるのでは……」と、淡々と語る彼は自信に満ちあふれている。

 ともかくセット法なので、どうしても使用重量が重くなる。そして6月号でも紹介したように、ネガティブ・ワークやフォースド・レプスをふんだんにとり入れている。最大重量を使用するので、当然、筋力も高まってくるというわけである。

 しかし、このトレーニング方法は、オーバー・ワークの危険性も内包している。各大筋群に課せられる量は、およそ30セットにも達しているので、休養が十分でないとオーバー・ワークの徴候が現われてくる。そんなとき彼は使用重量を減らすか、もしくはセット
数を減らすことによってこれに対処する。このかねあいのうまさは実に見事である。
〔写真1〕スペシャル・ダンベル・プレス

〔写真1〕スペシャル・ダンベル・プレス

精神集中力こそボディビルディングの神髄

 わき目もふらず、無駄口もたたかずに、ただ黙々とトレーニングをする人がいる。ふだんは陽気な吉見選手も、ことトレーニングに関してはまるで人が変わったようにおそろしいほどの気迫で取組む。

 気心の合ったパートナーと組んで、予定どおりのセット数をスピーディに消化していく。重い負荷を用いるトレーニングにもかかわらず、およそ70セットの量をわずか1時間半で消化するのである。“スタミナの権化”とまでいわれたあるビルダーが、昨年、吉見選手とパートナーを組んでトレーニングをした。だが、オーバー・ワークに陥って、その年は何らの進歩もみせずに終ってしまった。

 ともかく、彼のトレーニングは激しい。どの種目もストリクト・スタイルで開始し、疲れてくるとチーティング・スタイルに切りかえる。「もうだめダ!!」という時から、吉見選手のトレーニングは始まるといってもよい。彼にいわせると、最後の力までも徹底的に出し切ることが、成功への秘決なのである。

 1例を示そう。ノーチラス・マシーンでサイド・レイズを行うとき、セットごとに重量を高めていき、5セット目で最大重量にセットする。最大重量であるから、ストリクト・スタイルでやっと1回しか持ち上げられない。次に今度は大きく反動を使ってもう一度持ち上げるのである。そして、悪鬼さながらの形相で10秒間。エキセントリック・コントラクションにほぼ近い状態で、ゆっくりおろしてくる。

 このように毎回のセットごとに全身全霊を投入するのだ。1セットたりとも気を抜くことがない。この精神集中力こそボディビルディングの要(かなめ)であろう。
「ボディビルディングとは、スポーツの禅である」といわれるゆえんもここにある。したがって、精神集中力の大小で、一流ビルダーと三流ビルダーが決定されるといっても過言ではあるまい。
〔写真2〕ライイング・リアー・レイズ

〔写真2〕ライイング・リアー・レイズ

うまいリラクゼーション

 吉見選手は一つの部分のトレーニングが終了すると、横になってリラックスをして、体の回復を持つ。そして再び次のトレーニングに移るのだが、そのかねあいが実にうまい。つまり極度の緊張と弛緩をたくみに使いこなしているのである。

 また、このリラクゼーションがトレーニングにも生かされる。たとえば、チーティングを用いても、主働筋へのコンセントレーションはなされているので、他の筋肉が運動に参加することは少ない。主働筋の緊張と協力筋の緊張との差が大きく、それだけ主働筋への効果を高めることになる。

’74ミスター学生を目指してのトレーニング

 このようにしてミスター関東学生、ミスター東日本学生の栄冠を手中に収めた吉見選手は、このあとに続くミスター全日本学生コンテストを目指して次のようなスプリット・ルーティーンを組んだのである。

〈月曜・木曜〉肩・上背・腹
〈火曜・金曜〉脚・下背・上腕二頭筋・腹
〈水躍・土曜〉胸・上腕三頭筋・腹
〈日曜〉柔軟体操

 このトレーニング内容をさらに分析して紹介することにしよう。

<肩のトレーニング>
 筋肉優先法を採用している。肩の基本種目として、シーテッド・バック・プレスを10セット行い、これでバルクの獲得を狙う。前月号で紹介したように、彼の場合には筋力は非常に強く、大きな肩を所有してはいるが、三角筋がつけ根から盛り上って発達しているとはいえない。

 したがって、リラックス・ポーズになるとその迫力が減少してしまう。この打開策に暗中模策しているとき、彼は京都旅行で一冊のマッスル・ビルダー誌を手に入れた。
「人生は1冊の書物に似ている。バカものたちはそれをペラペラめくっていくが、賢い人間は念入りにそれを読む……」。吉見選手はペラペラとはめくらずに、念入りにそれを読んだ。そしてついに発見したのだ。自分と同じような悩みを、今をときめくアーノルド・シュワルツェネガーも、かつて抱いていたことを。

 その中で、シュワルツェネガーは、リーブスやゼーンとの体形の違いやそれを克服するためのトレーニング法について次のようにいっていた。
「私の肩はスティーフ・リーブスやフランク・ゼーンのようなまっすぐな鎖骨ではなく、セルジオ・オリバと同じように下にカーブしている。したがって、三角筋が横から盛り上って発達しにくいので、リラックス・ポーズに難点があった。しかし、私やオリバはリーブスやゼーンよりも僧帽筋が発達しており、力強い印象を与える……」
〔写真3〕サイド・ケーブル・ラテラル・レイズ

〔写真3〕サイド・ケーブル・ラテラル・レイズ

〔写真4〕チンニング

〔写真4〕チンニング

 そしてシュワルツェネガーは次に示すようなトレーニング方法であの素晴らしい肩を完成したのである。もちろん、吉見選手もさっそくこれを採用することにした。

(1)スペシャル・ダンベル・プレス
 写真〔1〕の姿勢からスタートする。ダンベルを持ち上げるときに、内側にかたむけるのがコツである。こうすることによって、絶えず三角筋に刺激を与えるのである。そして、写真〔3〕の位置までダンベルを持ち上げたら再び〔1〕にもどるのである。これ以上は腕を伸ばさないことに注意。この運動により、三角筋は可動範囲いっぱいに充分に働くことになる。これが三角筋の鎖骨のつけ根からの発達を促すのである。〔写真1〕

(2)ライイング・リアー・レイズ
 写真のように、三角筋にもっとも効果的な角度で腕を上下させるのがコツである。〔写真2〕

(3)サイド・ケーブル・ラテラル・レイズ
 ゆっくりと上げて、ゆっくりと下ろしてくる。やがて肩に痛みが伝わってくるが、その痛みに耐えられなくなったときが、そのセットの終了するときである。〔写真3〕

(4)オールターニット・ダンベル・フロント・レイズ

 以上をふまえた三角筋のトレーニング・コースを記すと次のようになる。
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 このような三角筋のためのトレーニングを実施することによって、当然、僧帽筋も発達する。シュワルツェネガーもいっているように、僧帽筋の発達は肩の力感をアピールするのに不可欠の要件なのである。それに、吉見選手の僧帽筋の場合は、まだまだ首のつけ根から太い筋肉に盛り上げる必要がある。そこで彼は、さらに僧帽筋を中心としたコースも行うのだ。
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 以上の合計45セットが、およそ40分間で終了する肩のトレーニングというわけである。

〈上背のトレーニング〉

 上背筋の基本種目はチンニングである。このチンニングは、オリバやシュワルツェネガーらのトップ・ビルダーの愛用種目でもある。1972年に来日したときのシュワルツェネガーとコロンボのトレーニングを見たが、ウォームアップや、その他なにかにつけてこのチンニングを行なっていた。

 吉見選手はチンニングを10セット行うが、そのうち3~5セットは30kgのウェイトを腰にぶら下げて行う。またネガティブ・ワークを採用するときには、パートナーにからだを引き下ろしてもらうという方法をとる〔写真4〕

 広背筋のトレーニングでは、筋肉を伸ばすことが非常に重要である。広背筋を伸展させるときに、コンセントレーションが高まり、伸びのある筋肉がより大きな筋組織を形成するのであるこのような意味から、吉見選手も広背筋を引き伸ばす運動としてベント・アーム・プルオーバーを重要視している。

 1973年度のミスター学生、東洋大学の河村選手は横に広がった美しい広背筋で有名である。河村選手も広背筋は伸展させることの重要性を悟っていたのであろう。ベント・オーバー・ロウイングを行うときは、バーベルを極限まで下ろして、広背筋を伸ばしきる方法を用いて、あのトレード・マークのバックを獲得したという。その方法は同時に、柔軟性を高めることになり、体前屈の大幅な向上につながっている。

 上背のトレーニング・コースは次のとおり。
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<胸のトレーニング>

 胸を発達させるためには、大胸筋はいうに及ばないが、小胸筋の発達も不可欠の要素になる。厚みのある大胸筋を獲得するために、基本種目として吉見選手はインクライン・ベンチ・プレスを10セット行う。彼はフラットのベンチ・プレスを全くやらない。その理由は簡単。上部大胸筋のバルク・アップに専念したからに他ならない。

 また、ベント・アーム・プルオーバーを10セット行うが、これは大胸筋のみならず、胸郭そのものを拡大することを狙う。より大きな筋肉をつけるには胸郭が大きくなくては砂上の桜閣に等しいのである。上級ビルダーの条件に胸位の大きいことを否定できないのである。胸のトレーニング・コースは
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<上腕二頭筋のトレーニング>

バーベル・カールで基本的なバルク・アップを狙う。ノーチラス・カールではネガティブ・ワークを採用している。彼のベスト種目はなんといってもスコット・カールである。
 仲間がチャック・サイプスにタイプが似かよっているというと、本人は、「いーや、ラリー・スコットだ」と強調する。そういわれると、そのような感じも受ける。そのせいか彼はことのほかスコット・カールを愛好しているラリー・スコットのような、筋肉の深層部から盛り上った上腕二頭筋を作りあげるためには、このスコット・カールがベストであると信じている1人である。スコット・カールでは、パートナーにバーベルをむりやり引き下ろしてもらうネガティブ方式を採用している。上腕二頭筋のトレーニング・コースは次のとおりである。
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〔写真5〕ノーチラス・レッグ・イクステンション

〔写真5〕ノーチラス・レッグ・イクステンション

<上腕三頭筋のトレーニング>

 上腕三頭筋は吉見選手のウィーク・ポイントである。筋力は強いが、サイズ不足なのである。コールドで上腕屈曲囲43cmを誇っていても、上体が大きいために見劣りする。まだベスト種目を見出し得ないせいなのであろうか。セット数を多くするよりも、種目数を増している。コースは次のとおり。
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<脚部のトレーニング>

 大腿四頭筋の基本種目はスクワットである。吉見選手のやり方は、うしろにいるパートナーに、スティッキング・ポイントを通過できるように持ち上げてもらう、いわゆるフォースド・レプスを用いている。

 スクワットは10セット行うが、最後のセットではパンプ・アップを狙って軽い重量で筋肉がケイレンする寸前まで行う。スクワット・ラックにバーベルを戻したあと、へナへナと床にすわり込んでしまうほどである。

 また、大腿四頭筋のセパレーションを獲得するにはノーチラス・レッグ・イクステンションがベストであるという。では、脚のトレーニング・コースを次に示そう。
(大腿四頭筋)
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月刊ボディビルディング1975年7月号

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