フィジーク・オンライン

怪力法と若木竹丸〈その4〉

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1975年12月号
掲載日:2018.05.26
国立競技場トレーニング・センター主任 矢野 雅知
「怪力法」の紹介を続けてゆこう。

~著者の雑記帖~

 「官公使の役人諸賢は職務上或る程度の怒りを必要とする?為に彼等は自己の健康を損ねること甚し、故に短命者が多いと云う。気の毒なことだ」
 若木氏は健康の元である笑いを知らねばならないと云う。すると怒り狂って激突する全学連や機動隊は、短命者同志の闘争とも云えよう。気の毒なことである。
 「美人は自尊心と。そして亭主を如何にして尻の下に敷く可きかを常に考えねばならぬ。ために心から楽しく笑う事もない。故に彼等は短命だ」
 名言である。美事な三段論法といわねばなるまい。美人は例外なく自意識過剰であるから、たえずまわりの男性の眼を意識しており、「オホホ!」と口もとに手をやって笑おうと努力している。楽しくて、心から笑いたくともグッとこらえて軽くうなづくにとどめている。「故に短命」なのであるという若木氏は、美しすぎるが故に命短かしの佳人薄命論に異をとなえるのであろうか。自尊心強きが故に命短かしとはたしかに考えられる。
 これは逆説的にいうと、自尊心はおろか恥や外聞もかなぐり捨てて、高らかに笑いころげる女性は健康であって長命であることになる。さらに、「長生きする婦人に恐らく美人は居ない」とスルドイ意見を若木氏は述べている。これが主婦連のオバチャンの目にとまっていたら、ナグリ込みをかけられるところだろう。
「健全なる身体に健全なる精神が宿る。実に千古の名言ならん……中略……然るに不健康者は健全なる精神を鍛えんとしてもまず十中、八九不可能だ。即ち健全なる精神を把握する事の出来るのは、けだし健康者に与えられたる所の特典なり」
 まさにそのとおり、説明の余地はあるまい。
 「進化論の開祖ダーウィンが、西洋人の面貌、表情、毛髪、皮膚等が東洋人種に比し猿類に類似せる点が多いと云うことを発見した。こんなところからみても我々東洋人はより進化的で文化人でなくてはならない。私は東洋人、否、日本人に生れた事が何よりも幸福だった事を感謝して居る。……日本人にはより以上の美点があるのを忘れて他を羨望する必要は無いと思う。大いに我々の肉体にも美を見出し、日本美を讃美すべきだと思う」
 このようにある医学士が逃べたことに対して、西洋崇拝者ではないと称する若木氏は「東洋人より西洋人の方が猿に近いと云ったからとて、何も喜ぶことはあるまい。東洋人が神に近いわけでもなかろうし、そんな事を考えて喜んでいる間に学問なり肉体運動なりでもしたまえ」と一喝している。また、「如何なる鉄も鍛えなければ名刀とならざるが如く。我々の体駆は誰が何と云はふとたしかに西洋人の体駆・肉体より劣って居る。劣っている所は劣って居るとしても何も我田引水、我々日本人の肉体から無理矢理美を見出さんと努力する必要はない。故に彼に一日の長あらば我等はまず其の美点を取って喜んで自家薬籠中の物とせねばならぬ」と述べており、愛国精神の強い若木氏ではあるが、当時の実状を冷静に観察していることが解る。
 「若しかりに各界に於ける人々の腕角力リーグ戦を行はせたならば、さだめしこんな結果になるだろう? 以下その強弱の順序。(現在、著者が全日本腕角力選手権を持って居るがここでは省く)

1 職業的腕角力選手
2 職業的力持(重量挙げを行ふ力持力士)
3 柔道家(特に最も強い五段、六段)。重量挙選手(アマチュア)。機械体操選手。
4 職業相撲力士、以下略

 まず大体こうなるであろう」
 これでいくとわれわれボディビルダーは3の力持に入るのであろうか。しかし、テレビの「勝ち抜き腕相撲」で勝ち抜いたのはすべてビルダーであることを考えれば、1に入ってもおかしくはないだろう。
 「日本の映画俳優(男優)は男のファンを余り持たぬ様だ。其は彼等の肉体が女性的に近く、筋肉微弱のため、男性の面影が不足の結果ではなかろうか」
 たしかにそうであろう。ある女性がスティーブ・リーブスのへラクレス映画をみて、「あれを観たら日本の男なんてバカバカしくなるワ」と言っていた。もっとも、われら男性にいわせるとマリリン・モンローをみると「日本の女なんてバカバカしくなる」といえるのだが……。
 それはともかくとして最近の邦画アクションスターも肉体改造に目覚めて、さかんにバーベルで体を鍛えているが、スクリーンに出てくる彼らの肉体はビルダーの眼にはまだまだ貧弱に映ることであろう。ましてや、ヒョロヒョロのテレビタレントが女学生を熱狂させて失神させるにいたっては噴飯ものであることと思う。
 ブルース・リーがさわがれたのも、チャールズ・ブロンソンの人気があるのも、その強靭な肉体にある。日本の芸能界にも、一日も早く本格的なボディビルダーが出現して女学生を失神させてほしいと思っている。
 「南無妙法蓮華経、ドンツク、ドンツク、ドンドンツク……実に賑やかな、否、悪く言へば騒がしい教へだ。のみならず新婚夫婦の差し向ひなどには余り好感を持たれなさそうな宗教だが日蓮宗なるものは総ゆる宗教の持たぬ有益な長所を持って居ると考へた。おかしな組合せだが、宗教と体育=即ち日蓮宗。それはあの太鼓を打つために知らず知らず不健康者も健康に導びくと云ふ優れた美点を持つものである事を知った」
 なかなか面白い見解である。若木氏の眼には、あらゆる事物が体育と結びついてとらえられていたことが推察されるところである。
 「妻を持ったがために弱くなった、力が無くなったとはよく言はれる事だが。然し妻を持っても弱くならない人もある。……要するに一般の人間は妻を持った当初、肉体鍛練など忘却し、只生理的煩悩ばかりを発達させる。それでは如何に厳健な肉体の所有者でも弱くなるのは当然である。……要するに妻を持っても其れ丈の肉体鍛練を怠たらなければ決して弱くなるものではない」
 ムズカシイ問題であるが、また最も興味をひく問題でもあろう。新婚ビルダーはとかくトレーニングを休みがちだが、ヤセ細って笑い者にされないために鍛練を続けてゆかなくてはならない。「身体の鍛練を怠ったならば智徳も子孫に伝へる事は出来まい」と氏が述べているように、子孫繁栄のため、お国のために強くならなくてはいけない。妻をもってもなお壮健でなくてはならない。そのためには、謝国権先生に相談するよりは怪力法で修業していくしかないのである。

~各種運動法~

 「さー初めませう(*特大文字を使用)自転車チューブ運動法以外の運動は、出来るものから初めませう。少なくとも三十分以上努力しませう。そして一年間は継続しなければなりません」
 いよいよ怪力法の本論に突入である。自転車チューブ運動法から初まり、椅子式運動法、一拳二人体育法、個人徒手体育法、健康維持軽運動、自動車チューブ運動法と続いていく。

◇自転車チューブ運動法◇

 十三法まで紹介されている。紙面の都合で略。

◇椅子式運動法◇

<第一法> [写真1]のように3台の椅子の上に両手と両足をそれぞれおいて腕立て伏せをする。
<第二法> 両足の位置をさらに高くして負荷を大きくする。
<第三法> 一方の椅子に頭部を、他方の椅子に両足を載せ、上向きに寝て全身を水平に保って胸上に腕を組む。
<第四法> 2台の椅子を用いてディップスを行う。「比の運動法は、著者創案椅子式運動法中最も推獎出来得るものにして、肉体鍛練、体力増進法の白眉」「もし諸君に比の運動法を一日百回以上行ふ努力が有れば、諸君はわずか一年の後に於て、胸囲五寸以上の発達をみるであろう」
<第五法> 椅子に手を置いてリバース・プッシュ・アップを行う。
【写真1】

【写真1】

◇一举二人体育法◇

 「著者会心の作」といっただけあって怪力法の独特の運動法が紹介されている。十二法あるがその中の面白いものをひろってみよう。
<デッド・リフト運動>
 [写真2]のようにパートナーを床から持ち上げる運動。
<プッシュ・アップ運動>
 [写真3]パートナーを背中に載せて腕立て伏せを行う。「全身を発達させ特に双腕の大力を養ふに妙」
<スクワット運動>
 [写真4]のような姿勢でスクワットを行なう。
<フロアー・プレス運動>
 [写真5]のように人を載せた板をプレスする運動。
<ワンハンド・プッシュ運動>
 [写真6]のように頭(又は首)に片手をかけて、相手を押し上げる運動。
【写真2】

【写真2】

【写真3】

【写真3】

【写真4】

【写真4】

【写真5】

【写真5】

【写真6】

【写真6】

◇個人徒手体育法◇

 これもピックアップした種目を紹介するにとどめる。
<片腕立て伏せ>
 [写真7]のように片手で腕立て伏せを行う。「徒手運動法中最も腕力を必要とする運動法にして、一般健康者の優に二倍三倍の腕力を以てしても容易に出来ざる所の運動法なり。即ち自己の体重の三分の二を片手で差すのと同じである。著者は多年の習練により比の運動法を二本の指で容易に数十回行ふ」
<変形腕立て伏せ>
 [写真8]のように手のヒラを後方に向けて行なう。「上体は出来るだけ後方へそらし目は前方を見ず、天の一角を見よ」「立派な姿勢を作る事に於て妙」
<倒立運動>
 頭立とすべきかもしれない。壁に両足をつけて、頭だけを床につけて立つ運動。
【写真7】

【写真7】

【写真8】

【写真8】

◇健康維持軽運動◇

 七法まで徒手運動を紹介している。略す。

◇自動車チューブ運動法◇

 「著者は特に比の一偏を柔道家、学生相撲、ラグビー選手、レスリング選手、アマチュア重量挙選手等々男性的競技者諸君のために送る」
 一例として第三法を紹介しよう。
 自動車チューブ2本を棒に差込んでそれぞれ両足裏にひっかけてスクワットを行う。「全身強靭となり特に下半身の発達著し」

◇腕角力⦅若木式腕角力必勝法⦆◇

 「諸君のために総ゆる角度から見たる腕角力法(即ち練習法、必勝法、四十八手等々)を多数挿入するつもりでいたが、大日本腕角力協会会長山本哲氏が腕角力の著書を著はす事となったので氏の為に四十八手は掲載せぬ事にした。されどこの短かい文章、説明、図解の中にあらゆる腕角力法が含まれていると云ふ事を知って載きたい」
 若木氏が朝日新聞社後援の腕角力大会で優勝したのは「著者考案の腕角力練習器[写真9]による」という。「最初は引上げる重量もせいぜい十貫目そこそこであったが努力は恐しい。十ケ月後には優に三十五貫(約百三十kg)を楽々引上げられるようになった……今後、如何なる腕角力練習器が出現するとも、比の器具に勝る必勝法練習器は無し」。
 この器具を作っていま話題の「勝ち抜き腕相撲」に挑戦してはいかがであろう。100kgで行えるようになればヨーロッパ一周旅行ができる、と思えるのだがどうだろうか。
 つぎに、幕内力士と腕角力選手と腕角力では何れが勝る?ということについて、「一般の大衆は角力取の力を過大に見過ぎて居る。腕角力に於てもそうだ。仮に著者が腕角力選手を引率して幕内力士十人と腕角力の試合をするならば恐らく十対零か八対二の割で腕角力選手の勝となる」。
 よく引き合いに出される角力取りであるが、ここでも若木氏のいいサカナにされている。
【写真9】腕角力練習器

【写真9】腕角力練習器

◇自転車の坂登り◇

 「日常自転車を使用する人、或は自家に自転車を有する人は必ず附近の坂登りを励行なさい……著者の如きは自転車で外出の時は、必ず平坦な道を行かずに附近に坂は無いかと、坂許り目的に飛出す」
 若木氏は自転車による坂登りを重要な脚部運動法としていると述べているが、この坂登りはアイソキネテックスな運動形態になるので、ひじょうに効果的なものである。スティーブ・リーブスやフランク・ゼーン、あるいはケン・ウォーラーなどのように自転車による脚部鍛練をしたビルダーも多いベスト・レッグ賞に輝く武本蒼岳選手もこの種目の愛好家で知られている。もっと見直されてもよい運動法であろう。

◇鉄啞鈴運動法を初めるに就て◇

 「如何に美事な鉄啞鈴によるも、又貧相なセメント啞鈴によるも、そこに何等の差異なき事を知らねばならぬのみならず、現在鉄は我が国に於ける必要欠くべからざるもの、即ち国防上の最大武器となるものなれば、其の点より見ても我々は国家の一員として斯くの如き鉄の使用は互いに禁じなければならぬ」。
このように述べてから(セメント啞鈴の製法)をことこまかに図解で示している。

◇人世最高の芸術◇

 「人世最高の芸術は肉体美である。しかも健康の肉体美である。見よ、隆隆ともりあがる筋肉、不動のクビと希望に張りきった胸、ここにこそ健全な精神がある。讃むべきかな健康、愛づべきかな健康美」
 怪力法はいく度もいく度も高らかに肉体美をうたいあげている。すなわち強い肉体を主張し、尊重しつづけている。こうして当時の人々が目にしたことのないような「独逸最大なる誇り」ユーゼン・サンドウの写真を載せているのである。
 それは例によって全面裸体写真である。遠くギリシャの肉体美観に共鳴するかのようである。肉体もエロスも美しいものである。この美しいものは不自然に隠すものではない。もっと人間的で自然な形で表現すべきであるという思想があるのであろう。若木氏もまた、各運動法を紹介するにあたり、フンドシ姿で行なっている。サンドウなど欧米の力豪が、古代ギリシャ思想を継承しているのを現わしているのならば、若木氏のフンドシは日本古来の雄々しい万葉時代の流れを自然に示しているものといえよう。恐らくフンドシ姿を載せた体育書は他に類をみないであろう。ここに怪力法が怪力法らしい特異な面をもつ、男性的で人間的な思想を感じさせるところが示されているといえよう。
 こうして怪力法はいよいよ核心に入っていく。つまり「さて諸君、愈々待望の鉄啞鈴運動法を初めませう」ということになるのである。
月刊ボディビルディング1975年12月号

Recommend