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JBBAボディビル・テキスト29
指導者のためのからだづくりの科学
各論Ⅱ(栄養について)

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月刊ボディビルディング1976年2月号
掲載日:2018.08.07
日本ボディビル協会指導員審査会委員長 佐野 匡宣

3ー8健康的な生活条件とは

 健康を維持するのに必要な栄養についての基礎知識に関し、各方面から概括的にのべてきたが、
もちろん栄養だけで維持されるものでない事は充分に理解しておられる事と思う。

 健康維持の原則は、要するに栄養・運動・休養の3つがバランスよく保たれる事である。

 昔はこの3つの原則が生活の中でうまく組合わされていた。
つまり、生活そのものが非常に単純であったかも知れないが、原則性が貫ぬかれていた。
しかし、現代の生活では、たいへん複雑になり、健康への3つの原則が私たちの生活の中に自然にあるのではなく、それをかちとってゆくよう工夫努力しなければならなくなって来ている。

 なぜかと言うと、食品が非常に多彩化し、生活水準の向上と共に栄養過剰や偏食等の弊害と共に、
公害による影響までついて来た。
また働く事と運動とが区分され、生活や仕事等の状況や生活環境の変化に伴い、
運動を積極的に自分で追求しなければならなくなって来ている。
さらに、休養面でも、レジャーの要素が加わり、本来の休養と言う要素を圧迫する傾向がある。
これらのため、自分自身が積極的に栄養・運動・休養と言う3つの原則に適した生活をするように調整してゆかなければならなくなって来たのが現代の生活である。

 この運動・栄養・休養の3要素のうち何が大事で、何が大切でないとは言えないが、
しかし、栄養が重要な位置を占めている事は常識的に考えても当然な事である。

 たとえば、身体が丈夫だからと言って、栄養が極端に片寄っていたり、不足したりしていたならば、
その人は急速に身体を害してゆくだろう。
また、病気の時でも栄養をきちんと摂らなければ回復するまでの健康維持は出来ない。
偏食による結果も同様であろう。

 故に私たちの健康状態を100として考えて見た場合、栄養50、運動25、休養25の比率であると言われている。
 
 現在における健康維持の問題は、食品の多彩化による栄養過剰や偏食(栄養のバランス不足)に注意して、
健康を闘いとると言うような配慮が必要であろう。
 
 では、健康のためにはどのような生活が良いかを考えて見るためには、
反対にどのような生活が健康に悪いかと言う事、すなわち前回のべた血液(体液)酸性化の主な原因は何かを考えて見る方が分り易いだろう。

①浅い呼吸ー(酸素不足)

②飲食の問題ー(過食や偏食)

③化学薬品の過剰摂取ー(化学調味料,食品添加物,加工処理残留物等)

④便秘一(宿便·酸性腐敗便)

⑤身体の力学的ヒズミー(前屈姿勢、ねぢれ等)

⑥精神的ストレス

⑦過労または運動不足

⑧睡眠不足ー(休養の問題)

⑨日光の過不足(環境の問題)

⑩空気の汚染(環境の問題)

⑪異常温度の刺激(環境の問題)

⑫病源菌・劇毒物及び合成医薬品の過剩摂取等)
 以上、これらの事が酸性化の原因として考慮しなければならない事であろう。
故に日常生活を出来るだけ以上の条件にふれないよう、工夫し、修正していけば良い。

生活条件の体に及ぼす影響は、長い間の蓄積効果によるものであるから、
誤った生活をしても、すぐには病気にならないため、一般にはその影響に気がつかない。
逆に生活を改善しても速効的にすぐよくならないので軽視されたり、無視され易いようである。
しかし健康の基礎条件は自然治癒力を最高に発揮させ、異常状態を敏感に察知出来るような内部環境をつくる事であろう。
体内環境の異常を知らせる症状が疲労である。
ここで疲労について簡単にのべる。


A疲労
 疲れるのは必ず何かの原因があるためで、その原因とその症状を認識していれば、疲れを防ぐことが出来る。
個々の症状とか、原因とかはさておき、疲労は生活上の物理的条件からくるものがほとんどで、
その原因を除去すればよいが、栄養的にもそれをカバーする事が出来る。

 疲労と言うものは、身体的・精神的な労働をした結果、
体内で食べたものが消化・吸収・利用・排泄等の作用の平衡状態が乱されるためで、
人体の活動が正常でない異状状態に入った事を知らせている症状である。

 すなわち、体内における代謝活動中に、乳酸の蓄積と排泄がアンバランスになり、
これが疲労素となって血液中にふえると、身体が酸性症になる。
これが疲れで、疲労の原因として、この他に多くの説が言われ、また明らかにされているが、
乳酸の蓄積は基礎的な問題として動かす事の出来ないものである。

 故に身体をアチトージスにならぬように注意する事が大切なのは前回で述べたとおりである。
疲労の種類にも、大別して肉体的疲労と精神的疲労の2つが考えられる。
また、環境が悪いためにおこる環境疲労、作業が体質に合わないための体質性疲労、
ハイキングや運動の後におこる一時的、または一過性な急性疲労、
じわじわと疲れが出てくる亜急性疲労、長い間の疲れが蓄積された慢性疲労等と言うように分類して考えられているが、
いずれも、内部環境の異状を知らせる症状である事を自覚し、速かにその原因の対応策を施すことが大切である。



B食物の自然適応について
 人はその生活する風土、気候等により左右されており、当然そこには食習慣も生れてくる。
たとえば寒い北国の人たちは体温を高める必要(要求)から、
自然と肉や脂肪食を好み、温い南国の人たちは、体温の放出を促進しなければならないので、
生野菜や果物等を多く摂る。これらは自然の要求であり、食事における自然適応で、
その環境から生まれた生活の知恵でもあるが、これを栄養学的に見ても、特異動的作用をその環境に応じうまく利用しているものである。

 このように考えてみると、体質とは生活環境をうけつぐ事によって生ずる因子が非常に大きい。
すなわち、体質遺伝とはこのような原因による事が非常に多い。

 食物についての自然適応を今少し例をあげて考えてみよう。

わが国は火山国で酸性土壌のため、カルシウムやマグネシウムが少ない。
その影響は日本で生育している動物や植物にも及んでいる。
日本人が海藻類を多く食べる習慣を身につけていたのは、陸上のものだけでは不足なカルシウム分等を四面海の幸でカバーしていた民族の知恵であろう。
私たち祖先の原始本能的な自然反応である。

また、民族的な相違(日本人と欧米人)も忘れてはならない。
日本人の必要以上の肉食の摂りすぎは、一般的には動物性蛋白質が十分処理されず、
沢山の老廃物や酸毒類が生じ、そのためにアチトージスになり易い。
また、腸内で腐敗し、プトマインと言うような毒素を発生し易い。
肉やタマゴ等を食べ水を多量に飲むと腐敗に適した体温と相まって必ず毒素がつくられる。

何故なれば、欧米人は遊牧の民として昔から肉食の習慣があり、
そのために肉類の消化に都合のよいように腸の長さが出来上がっている。

 一方、日本人は農耕民族で、その腸は穀物や植物性食糧の消化に具合のよいように出来ている。
すなわち日本人は胴長で、それは腸が長いからである。
欧米人に比べると約3割長いと言われている。
さらに腸の長さだけでなく、消化酵素にも大きな相違がある事も実証されて来ている。

 個人差はあっても、民族的な相違は一朝一夕に解消されるものでも、また消滅するものでもないだろう。
このような民族的な相違を考えず単なる表面上の事だけでの猿真似的食事では良いはずがない。
欧米人の食生活が合理的であると考えて、それを見習うのも一つの方法であるが、
トコトン合理的に考えていくと、日本で育っている野菜と、
外国で育っている野菜との内容はどうであるかまで考えて見るべきではなかろうか。
単にうわべだけでなく、徹底して比較検討すべきであろう。


C食事における考え方
 何をたべるかと言う問題と共に、どの位食べるかと言う事も大切である。
折角の栄養分も食べすぎると害を及ぼすものである。
酸性食品はもちろんの事、アルカリ性食品でも食べすぎれば体内で不完全燃焼をおこし、
酸性化する事をよく認識すべきである。
最近のように、いろいろな健康法や食事法の本が出版され、健康や栄養、食事の知識が広まって来たのはよいが、
内容がとかく片寄ったり、一部があたかも万能のごとく主張され、多くの誤解を与えている事は注意すべき事である。
とくにコンテストを目指している人たちに対し、極端な炭水化物の摂取制限や、
必要以上の蛋白質強調等の主張は返って健康を害し、体力を衰えさせるものである事を知る可きである。

 食物にしても、どれが良い、どれが悪いとは一概に言えない。
われわれの育って来た環境や、体力・体質等も違うものであるから、
その人、その人によって適不適があり、また時期によっても異なり、
時間経過によっても変化しているものである。

 故に食物は各人各様だと考え「自分の適食とは」何であるかを考慮すべきである。

 また、食べてから動いてエネルギーを使うと言う考え方でなく、
エネルギーを使って腹がへってから食べると言う考え方に改めるべきである。
空腹感とは、栄養分の要求の他に、食事を一定時間に限定したための条件反射でもある。
換言すれば、習慣により行われているようなものである。


 人間は大食していると、消化吸収率を下げて、栄養過剰にならないように適応し、
その量になれてしまえば胃はいくら食べても条件反射で空腹感をつくり出すものである。

 つまり大食は大量に食べて大量に出す糞尿製造機になってしまう。
単にそれだけでなく、大食していると
余計な消化をしなければならないため内臓が疲労し、また眠くなる。
眠ればエネルギー消費が発散されずに蓄積される。
このような過剰エネルギーや栄養分はやがて老廃物となり、様々な障害を起し、ひいては病因ともなる。

 どのような大切な栄養分でも必要以上に過食すると酸性化する。
すなわち大食は健康の敵であると思えばよい。
逆に小食の習慣をつけると、身体は自然に消化吸収率を上げて、
小食でもさほど空腹感もなく、栄養分もきちんと摂取出来るようになる。
小食で満腹感を持つ方法は、栄養バランスのとれている食事を出来るだけ、よく噛んで食べる事である。
すなわち食事とは、お腹をー杯にするだけのものではなく、一食ー食を、
どのように組み合せれば、各栄養素を円滑に摂る事が出来るかを考えて摂るものであり、
それが健康を維持する良い食べ方である。
健康の基本(食事面での)とは、このような何げない日常的な事柄の中にある。

8ー4栄養分のバランスの必要性

 エネルギーとは栄養分のバランスが生み出すもので、栄養素の各成分は、
バランス上、最少のものに足並みを揃えてその範囲内しか働かないもので、
単なる各栄養素のカロリー計算からだけではうまれない。
偏食がエネルギー発生に如何に効率が悪いか認識していただきたい。

 なぜ栄養バランスが必要かを具体例を上げて説明しよう。

 カルシウムは、それだけではアルカリ化しない。
カルシウム代謝にはビタミンKとビタミンDが必要であり、これがなければカルシウムは只の便になるだけである。

 また、梅干しやレモン、醸造酢、夏ミカン等の植物性有機酸は「クレプス回路」で炭水化物から生ずる乳酸の量を減らし、身体をアルカリ性に保つ働きがある。
また、葉緑素は浄血殺菌、消炎の作用が大きく、
酸酵食品の中の酵素は、異常蛋白の分解、消化吸収の促進、有毒菌の撲滅、生理作用の円滑化等の作用があるが、
葉緑素がないと人体内で有効に働かない。
海藻はミネラルに富み、新陳代謝を促進し、細胞を活性化する。アルギン酸はカドミウム等の金属類を吸収排泄する働きがあり、ビタミンB1は炭水化物がエネルギーに変るために分解する過程で必要な媒介の役を果たしている。


 以上のように、各々受け持っている働きがあり、それらが相乗的に働いているものである事をしっかりと認識すべきである。
バランスのとれた食事とは、以上のような内容を考えての上のものでなければならない。

8ー5特異動的作用とは

 特異動的作用(特異力源現象とも言う)とはSpecific Dynamic Actionを略して通常S.D.A.と言われているが、
これは「蛋白質・糖質・脂肪等の食物をとると同化作用が高まるため、
安静状態でも基礎代謝以上の熱量が発生する事」を言うが、このS.D.A.に基く発生熱量は、
摂取栄養素によって異なり、摂取カロリーのうち、蛋白質では約30%、脂肪では約14%、糖質では約7%、
総体的に平均した混合食では約10%程度の代謝抗進をおこすが、これは消化利用に要するエネルギーと考えられており、
他の作用エネルギーにも栄養にもならないで、作業にも利用されない無駄な燃焼で熱として失われてしまうものである。
故に消化吸収から見ても蛋白質の必要以上の摂りすぎは、特異動的作用負担を多くするだけである。


 一般に肉食をしたり、ホルモン焼等を食べると、何となく身体がほてって精力がついたように感じるのは、
このS.D.A.による代謝抗進のためである。
寒い国の人たちが生活の知恵として肉食や脂肪食を多くとるのはS.D.A.を利用している訳である。
したがって肥満者に対する食事には蛋白質の割合を多く与えるとよい事になる。
ただこの時注意すべきは、動物性脂肪を摂り過ぎないよう注意する事である。

Χ  Χ  Χ

 人は食べるために生きるのではなく、生きるために食べると言う考え方が大切である。
たとえば肥満による体重増加の場合、体重が1Kgふえると心臓負担が30%増し、
体重1Kgふえるごとに血圧が15mmあがると言われている事を認識し、
どれだけ栄養が必要かを考えると同時に、個々の日常生活をもっと多面的な目で検討する必要がある。
日本の青少年の体位が、学童や生徒の全国的な統計により発表されているのを見ても、
ここ20年間に著しく改善され、身長・体重共に全国平均では増えている。
これは学校給食等、食生活の改善が大きく貢献しているものであろう。
戦後、米食民族としての栄養問題の解決のため、研究された業績はすぐれたものがあるだろう。


 いうまでもなく、「栄養と食物」は車の両輪のようなもので、
表裏一体してこそ、栄養科学のみのりある前進があるもので、食品科学を軽視した栄養科学は空念仏に近い、
偏よった対策のない姿になるだろう。
このような意味からして、各食品についての知識も大切である。
しかし、先ず基礎的な栄養に関しての知識をはっきりともち、
その上に各食品の知識をもつべきであると考える。


 一部ビルダーにありがちな、必要以上の蛋白質強調や極端な炭水化物の制限等、
一食品、ー栄養素等の強調による誤れる食事の造られた伝説に、まどわされないように注意する必要がある。
意識すると否とにかかわらず、よりよく生きるために、身体はよい外部環境を求めており、
時にはそれを変えようとする活動をおこさせる。


 一方では、その外部環境に対して内部環境を整え、これを維持するために生理的調節、
制御等の過程において最大の努力を払っている。
すなわち生体内における活動の効率を高く保とうとして、ある条件下で利用出来る栄養物の変化の過程に高い効率と経済性を保ち、よりよく生きようと様々な反応を示している。
これがホメオスタシスであるが、その本質は一定の与えられたときに、与えられた条件に対し、
その状態を維持、または単なる維持と言う事でなく、よりよくしようとする諸因子の相乗的な相互作用である。
このような考え方は、細胞・器官・個体、さらには社会等、様々なレベルの組織体に適用し得るものではなかろうか。
ミリセカンドの世界から何百万年の期間にわたるものと考えてもよいものであろう。


 部分的や、局部的な事にまどわされず、一部を全部と信じるがごとき誤用なきためにも、
正しい知識と冷静な判断を育成させる必要性を痛感している。
月刊ボディビルディング1976年2月号

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