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チャンピオンへの道
く心理学によるトレーニングの効果> 1977年2月号

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月刊ボディビルディング1977年2月号
掲載日:2018.06.30
川股宏

反省なくして進歩なし

人間が犬や猫と違っているところは「笑うことができる」ことと「考えたり反省したりする」ことの2つだといわれている。とくに、「反省」することが特徴であろう。

他の動物に出来ない「反省」ができたからこそ、人間が地球を支配できたのだ。逆に、もし「反省」出来なかったとしたらどうだろう。

たとえば「反省」なき人類が、自分たちが開発した科学(原子力)を使って最後まで戦ったとしたら、遂には人類は滅亡してしまい、人間以外の動物が地球を支配するかも知れない。空想映画「猿の惑星」は、人類の争いに対する「反省」を警告した物語である。また、力のある者はその力を「反省」してこそ平和が保てるという政治への警鐘でもある。

個人的にも「反省」のない人は進歩発展がむづかしい。仏教でも「反省」の必要性を認め、その方法論として坐禅をすすめ、それにより心の安定をはかろうとしている。

人生において誰でも何回かは大きな障害、悩み、疑問にぶつかる。これを乗り越え大きく飛躍する鍵は「反省」することである。

とくにこの「反省」が必要なときが2つある。1つは逆境のとき、もう1つは絶頂のときである。前者の逆境になったとき、人は案外、素直に原因を反省し、立ちなおるキッカケをつかむものである。

後者の、絶頂にあるときが最も危険である。勝利にむせび、この世は自分だけのためにあるように錯覚し、人の意見にも耳をかさない。「おごる平家は久しからず」の諺どおり、そこには大きな落し穴が待っている。こうして坂からころげ落ちるのはもはや時間の問題である。こんなとき、ちょっと「反省」する謙虚な気持、人の忠告を素直に受け入れる気持があったら失敗はしない。

最近新聞紙上に発表された大手企業の倒産などにもみられるように、ワンマン経営者が自分の能力を過信し、部下や周囲のものの意見に耳をかそうとしなかったことが倒産の大きな原因になっている。

すなわち、常に人間は反省する謙虚さと心のゆとりがなくてはならない。
「この世をば我が世とぞ思う望月のかけたることのなしと思えば」の藤原氏、栄枯盛衰の平家、老年期の無反省ぶりの秀吉、セントへレナに流されたナポレオン……。これらの英雄、一族たちは「反省」ということをまったく知らなかったのだろうか。いやそうではない。かつて、逆境に身をおいたこともあった。そして十分に反省し、これを乗り越えてきたのである。英雄の条件が「逆境に強い」といわれるゆえんはこのためである。

簡単に「反省」するなどといってもこれをつねに実行することは非常にむづかしい。不滅といわれた大国でも、長い年月のうちに「反省」を忘れて滅亡していく、こんなくりかえしが人類の歴史といえるかも知れない。しかし中には、この反省をキッカケに再び興隆した例もまた多い。

私はここで大言壮語して国家を論じようとしているのではない。国には国の目的があり、個人に個人の目的がある。それぞれの目的に向って進むときこの「反省」という二語が大切だといいたいのである。ボディビルにおける成功、不成功もまた同じであろう。

冷静に心のバランスを保つこと

自分の行なった行動、他人との言葉のやりとり等の「反省」から、1日をふり返っての「反省」1年をふり返っての「反省」など、自分の行動に対する反省も大切だが、こんな「反省」ばかりが反省ではない。

一般に人間の肉体と心には、本能、希望、理性、知性、感情、愛情などが存在している。これらのバランスをよく保つことも「反省」である。このバランスを保つことがむづかしいからこそ悲劇が起こるのだ。なぜ難しいのか例をもって示してみよう。

よくインテリといわれる青白い顔の人たちがいる。この人たちは知性が大きくなりすぎ、何事も知性で割切ろうとする。理性や相手をおもんぱかる愛情が欠けている。全体を100%とすれば知性だけが50%以上にふくらんだ人はこんな人だ。

恋愛中の男女も心のバランスを失うことが多い。「恋は盲目」などといわれるが、こうなると反省の余裕などなくなってしまう。冷静な第三者が見ればアバタだらけなのに、それがエクボに見えてしまう。これは感情ばかりが大きな%をしめてしまった証拠だ。

長年つれそった夫婦でさえも、ときどきやる派手な夫婦ゲンカのときなどまったく感情的になり、知性や理性など、そのカケラもみえない。ましてや冷静に反省できるような雰囲気ではない。これも心のバランスがくずれているからである。

人間社会において、多くの人から尊敬されるような人は、必ず肉体と心が程よくバランスがとれている。このような人は、常に自分を反省し、知らず知らずのうちにバランスをとっているのである。とかく知性豊かなものは知性におごり、感情豊かなものは感情におぼれるものだ。ひと口に「反省」などといっても、いざ実行となるときわめてむづかしい。

ボディビルにおいても、冷静に客観的に物事を考え、反省をくり返して一流選手に成長していくのだ。

数年前のコンテストで、反省を忘れ感情に走った一人の選手を思い出す。自分より下だと見ていたライバルが、決勝順位発表で上位に入っていたからである。審査員にもそれぞれの見方や主観があり、中にはその選手を上位とした審査員もいた。彼は、そこに何かの作為があったものと考え違いをしてしまい、自分がどうして負けたか、いっこうに反省しようとしなかったのである。

自分だけの目を信じ、あるいは自分のとりまきの話にだけ耳を貸していたのでは公正な判断はできない。日常のトレーニングにおいても、コンテストの場においても、多くの人の意見をよく聞き、常に反省をくり返しつつ練習する者が最後の勝利者となるのだ。

われわれは自分自身と語ることがよくある。そんなとき、1人は冷静に物事をみる自分であり、もう1人の現実の自分にいろいろとアドバイスしてくれる。このように自分自身の中の一人と上手に語ることが、すなわち反省である。自分自身と仲よくせよ!そこから成功へつながる貴重な方策が必ずみつかるのだ。

1976年度第6回中部学生ボディビル選手権大会
高瀬恵造選手優勝

大会は去る11月7日に行われ名城大の高瀬と中京大の森本の優勝争いとなり、比較審査の結果、高瀬に凱歌があがった。今大会をみて感じたことは、全般的にバルク不足、とくに下半身の弱さが目についた。コンテストの結果は次のとおり。
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(中部学連理事長·鈴木豊)
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月刊ボディビルディング1977年2月号

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