フィジーク・オンライン
Weekly Monthly Shopping

’77NABBAユニバース・コンテストと国際会議に出席して

この記事をシェアする

0
月刊ボディビルディング1978年1月号
掲載日:2018.07.15
日本ボディビル協会理事長 玉利 斉

プロローグ

 9月20日の朝、羽田を出発。佐野理事、須藤、石神の両選手と共に一路ロンドンに向った。
 南回りの欧州空路は長いとは聞いていたが、なるほど長い。乗り継ぎの待合せ時間を入れ、延々36時間かかってやっとロンドンにたどりついたという感じだった。
 途中、評判どおりシンガポール航空の機内食は豪華なもので、酒はワインであれ、ブランデーであれ、ビールであれ、飲み放題。メニューはステーキあり、チキンあり、ポークありのバラエティに富んだフルコース。しかし、両選手はダイエットのため、酒類はもちろん一滴も口にせず、肉類と野菜ジュースをのぞいてはほとんど手をつけない見事な節制ぶりだった。
 ロンドン空港で入国管理官に「何の用でイギリスに来たのか」と聞かれたが、「ボディビルのミスター・ユニバース・コンテストの役員として、選手と一緒に来た」と答えると、一発でOK。いまさらながらスポーツに国境はないことを痛感した。
 空港には松本氏が出迎えに来てくれていた。
 松本氏は大阪外語大の出身で、在学中は南海ボディビル・センターでミスター・ユニバースを獲得した杉田茂選手らと共にトレーニングした人で、卒業後、語学力を買われ旅行社に就職。仕事の関係でヨーロッパに来ているうちにスウェーデンの素晴らしい美人と恋に落ち、現在は結婚してスウェーデンに住み、ツアー・コンダクターなどをしながら、日本と北欧の貿易事業を計画している前途有望な快男児だ。
 すでにここ数年、NABBAユニバース・コンテストのたびに、はるばるスウェーデンからかけつけ、日本選手のために通訳はもちろん、もろもろの面倒をみてくれているJBBAにとって貴重な存在の人である。
 早速、松本氏の案内でNABBAの本部にオスカー・へイデンスタム会長を表敬訪問する。
 1968年度のNABBAユニバースに吉田実選手を派遣以来、毎年選手を送り続けているJBBAとしては、すでに10年間にわたる親善関係がつづいているが、直接、へイデンスタム会長に会って固い握手をかわしたのは私がはじめてだ。
 へイデンスタム会長はたしか68才と聞いていたが、とてもそんな年令には見えない。さすがにボディビルで鍛えた1m80を越す肉体はガッシリと引きしまり、背すじをピンとまっすぐに伸ばした姿勢は、いささかの老いも見せない。
 これまでにNABBAユニバースに出場した日本代表選手たちがお世話になったお礼をいうと、両手で私の手を握りしめ、ニコニコと慈父のような笑顔で「手紙ではあなたとやりとりしていたが、よく来てくれた。あなたたちのために様々な便宜をはからうように示指してある。杉田、須藤の両選手は当地では大スターだ。今度はいつ帰るのか。もしよかったら須藤選手を2〜3カ月ロンドンに置いてくれないか」などと話は尽きない。
 ホテルの手配からジャッジングの方法、交歓パーティーにいたるまで、親切にこまごまと指示してくれる。大きな体に似合わず柔和な目と優しい声がいまでも強く印象に残っている。
 翌22日は、両選手が朝ランニングを主にしたトレーニングをするというので、私も6時に起きてホテルの近くのハイドパークで一緒に汗を流す。
 早朝のハイドパークの素晴らしかったこと、大きく高い樹木が生い茂る林の中は、初秋のヒンヤリと澄んだ空気に満ち、一面の芝生が朝露に濡れている。
 3人でジョッギングしていると、ときどき同じように走っている人たちとすれ違う。どちらからともなく自然に“グッドモーニング”の言葉と共に顔がほころびるのも、スポーツをやるもののみに通じる気持だろう。
 ハイドパークの中心にある大きな池を一巡して約4キロというところか。ランニングのあと、柔軟体操で調整してトレーニングを終る。ホテルに帰ってシャワーを浴びると、スッキリして長旅の疲れがいっペんに吹き飛んでしまったような気がする。
 明日のコンテストに備え、心身をリラックスさせるべく、ロンドン市内をぶらついたあと、ホテルでゆっくり休養をとる。
 夕食をすませ早く寝ようと思っていたら、松本氏から連絡があり、ロビーでフランスのサージュ・ヌブレ氏が会いたいといっているから、すぐロビーまできてくれという。
 ロビーに行ってみると、なるほどボディビルの国際大会にふさわしく、ひと目でビルダーとわかる逞しい選手や役員たちが、あちこちのシートを占領して歓談している。
 隅のソファーで待っているとサージュ・ヌブレ氏がやってきた。スーツを身につけているととてもスマートで、顔はどこか歌手のハリー・ベラフォンテに似ている。いかにもフランス人らしい洗練された身だしなみだ。しかしボディビルの新組織WABBA(ワールド・アマチュア・ボディビルダーズ連盟)のリーダーらしい自負心をたたえながら、ゆっくりと語り出す。
 話の内容は、そのWABBAに関するものだったが、これについては、いずれ機会をみて詳しく述べることにするが、ヌブレ氏の新組織に対する構想と情熱になみなみならぬものを感じた。NABBAのへイデンスタム会長といい、ヌブレ氏といい、一国のボディビル界を代表する人たちは、肉体のみならず、高い教養と知性の持ち主だということを実感し、明日から始まる大会と国際会議のことを思い、身の引きしまる思いがした。

ジャッジングについて

 いよいよ今日はミスター・ユニバース・コンテストのジャッジングだ。朝9時、ホテルの前に大型バス2台が到着。各国の役員・選手が乗り込む。試合直前だけにどの選手も緊張した雰囲気が感じられる。
 ジャッジングは観客を入れず、各国の役員・選手とそのつきそいだけが入場を許される。NABBAの本部役員約10名と、参加国の役員約10名、合わせて20名前後の審査員によって厳正な審査が開始される。
 審査の順序は、アマチュアとプロフェッショナルに分かれ、アマのクラス3(ショートマン)から開始される。
 第一次審査は先ずクラス3の全選手が舞台に並んで、一斉に前後左右を見せる。次に舞台を降りて審査員の目の前の床でリラックス・ポーズで整列し同じようにバックやサイドも見せる。
 審査員は選手の並ぶ位置を自由に指示して入れ替えられるので、強い選手同志を並べて比較審査し、並ぶ順序による不公平は防げるわけだ。
 次に再び舞台上で1人ずつポージングを行う。全員のポージングが終ったところで、また全員が舞台に並ぶ。
 審査員は以上の経過を観察しながらそのクラスの全選手の中から優秀と思われる選手を6〜10名チェックする。その結果、チェック数の多かったもの6名が第二次審査に進出できるわけだ。
 第二次審査はその6名に対して審査員がそれぞれ1位から6位までの順位をつけ、その結果、1位票を最も多く獲得した選手が1位となり、以下2位、3位と決定される。
 同様の方法で、クラス2(ミディアムマン)、クラス1(トールマン)の順位が決定する。その間、朝10時から午後3時過ぎまで、昼食時間として30分休むだけである。
 こうして選ばれた各クラスの上位3名、合計9名によってオーバオール、つまり総合決勝戦が行われる。この場合、オーバーオールの1位、つまりアマ・ミスター・ユニバースの選手だけは、各クラスの1位の3選手の中から選出されることが前提条件になっている。2位以下の順位は、オーバオール戦有資格者8名の間で争われる。
 約6時間、昼食時間を除いてミッチリと世界の一流ビルダーを観察したわけだが、自分の投ずる一票が、きょうのこの1日に賭けて汗みどろになって鍛えてきた選手たちの成績に決定的な影響を与えるのかと思うと、私の目も自然と鋭く真剣になってくる。終ったときはさすがに目が疲れ、肩が張ったのも止むを得ない事実だった。
 しかし、JBBA代表として、始めてNABBAユニバース・コンテストの審査員をつとめたことは、私にとって、かけがえのない大きな収獲と深い感銘を味わうことができた。
 審査員の紹介のとき、ジャパン、ミスター玉利とアナウンスされ、暖い拍手に迎えられたときと、我々の代表、石神、須藤の両選手が、各国選手の間で堂々とポージングをしているのを見たときは、理屈ぬきに、日本人であることの血の熱さが体内をかけめぐり、躍動する感激を覚えた。それと同時に、JBBA創立以来23年、よくここまできたという実感が心の底からこみあげてきた。
 アマの3部門の審査が終って、今度はプロの部の審査が始まる。プロの部は身長によるクラス分けがなく、いきなりオーバーオールで行われた。
[オスカー・ヘイデンスタム会長]

[オスカー・ヘイデンスタム会長]

順位発表は本会場のショーで

 コンテストの順位はジャッジングの当日に決定するわけだが、その日は公表されず、翌日のショーの日に発表される。
 ここで誤解のないよう説明しておきたいことは、ショーの意味である。ふつう、日本人の常識からすれば、ショーというと“見せ物”"芸能ショー"といったような興行的な感覚で受け取られると思う。しかし、NABBAでいっているショーは少し意味が違う。すなわち、ショーの当日は、審査員が採点をしないで、つまり、競技としてではなく、選手たちが鍛え上げた逞しく美しい肉体を観衆の前で表現することを指している。いうなれば、日本のボディ・コンテストで行われるゲストポーザーの演技と同じと思ってよいだろう。
 ただ、一般の観客に対しては、そのショーの日に順位が発表されるわけだから、観客は勝負の興味を期待して来場する。しかし、実際は前日のジャッジングで順位は決定しているのだから選手・審査員にとっては、当日はあくまでもショーのわけである。
 このように、ジャッジングとショーに分けることによって、ジャッジングの当日は、観客に対する演出やサービスに神経を使うことなく、審査に集中することができる。そしてショーの日は、観客を意識して、いかにしたら選手の肉体が素晴らしく表現されるかという面に重点をおいて、演出や舞台効果に神経が集中できるわけだ。
 音楽担当者も心得たもので、選手からの注文がなくても、それぞれの選手の個性に合ったバック・ミュージックを流してくれる。このようにこまかい演出ができるのもショーなればこそできる趣向だろう。
 それにしても観客のマナーは素晴らしい。マナーが素晴らしいということは、たんに行儀がよいということではなく、選手の肉体のレベルやポージングの巧拙、さらにそれぞれの選手の個性がかもし出す雰囲気などに実に敏感に反応する。3,000人近い観客が、優秀な選手の迫力ある肉体とその演技に対しては、文字どおり万雷の拍手を送り、しばし鳴りやまない。
 敗れたりとはいえ、我が須藤選手に送られた拍手と声援は、優勝した地元のパーティル・フォックスに決して劣るものではなかったことを、とくにつけ加えておきたい。
 なお、このショーに華を添えたのはなんといってもアーノルド・シュワルツェネガーの来場だった。かつてアマプロを通じて4年連続NABBAミスター・ユニバースのタイトルを獲得した、いわば故郷の舞台に、いまはIFBBのスターである彼が帰ってきたのだ。彼の挨拶に対する観客の拍手と声援はまさに熱狂的なものだった。
 その観客の声援に手を振って応えるシュワルツェネガーを見ながら、私はNABBA役員の雅量の広さと共に、秀れたものは秀れたものとして素直に認める英国の観客の公平さに、ひそかに感心した次第だ。
[ホテルのロビーでサージュ・ヌブレ氏と会談]

[ホテルのロビーでサージュ・ヌブレ氏と会談]

[ジャッジング風景。中央が私]

[ジャッジング風景。中央が私]

コンテストの内容について

優勝・バーティル・フォックス
 今年のアマ・ミスター・ユニバースのバーティル・フォックスはクラス2(ミディアム・クラス)の優勝者でもある。まずその圧倒的なバルクに目を奪われるが、決してそれだけが売り物のビルダーではない。デフィニッションと均斉のよさに加え、26才という若さもプラスするのか、とにかく全身からほどばしる力強い迫力はまさにアマチュアNo.1にふさわしいビルダーだ。同時に外人、とくに黒人選手が弱いといわれる脚の甘さも全くなく、大腿部もカーフも見事な発達をしていたのが目についた。
 コンテスト前夜、サージュ・ヌブレ氏と歓談したとき、ヌブレ氏が「フォックスが私に泣きついてきたよ。また日本から須藤がやってくる。俺はどうしたらいいんだ。ミスター・ヌブレ助けてくれって。そこで私は彼にトレーニングとダイエットのアドバイスをしたよ」と笑って話していたが、これはまんざらの冗談ではなく、フォックスの肉体は明らかに須藤選手を意識してのトレーニングが感じられた。ということは、従来のバルクに加え、全身のシャープさと脚部の逞しさの2点に重点を置いて集中的にトレーニングしたのが成功し、今回のチャンピオン獲得に結びついたのではないだろうか。
 フォックスのポーズは決して上手とはいえないが、巨大で黒く輝やいた筋肉にふさわしいダイナミックなリズム感をもっていた。自分の個性をよく表現したポージングだったといえる。

2位・ジム・モーリス
 オーバーオール2位のジム・モーリスは、5年前JBBAが招待したことがあり、日本にはなじみの深いアメリカのビルダーだが、5年前に見たときより一段と逞しくなっていた。とくに上半身の大きさには目を見はった。
 コンテスト前に彼と顔を合わせたとき、私のこともよく覚えていて、なつかしそうに手を握り、「ミスター・ミナカミ(水上彪千葉県協会理事長)は元気か。よろしくいってくれ。私はこのコンテストに自分の限界を試してみたいと思ってやって来た。私の師匠のビル・パールは39才で1971年度に優勝して通算4回目の優勝を果たした。私はいま42才だが、師匠の記録が破れるかどうか挑戦してみるんだ」と語っていた。
 その気迫どおりに、舞台上で見るモーリスはさすがに堂々たる貫禄で、若いビルダーたちを寄せつけなかった。筋肉はいささかも年令を感じさせず充実して張りつめ、とくにそのポージングは観客を魅了するのに充分だった。若いビルダーのように、むき出しに筋肉を強調するのではなく、淡々と、しかし、ここ一番というときにはグッと決める。まさにいぶし銀のような味のあるポージングだった。クラス1(トールマン)優勝は誰が見ても当然であったし、かりにオーバーオールでフォックスと順位が逆になっても非難は起こらなかったろう。

3位・アーメット・エヌンル
 エヌンルはクラス2でフォックスと争って2位となったトルコの選手だ。全体的によくまとまっており、どこといって欠点もなく、プロポーションも申し分ない。シュワルツェネガーに感じが似ているが、いまひとまわりバルクをつけ、迫力が出てくればミスターユニバースも夢ではないだろう。

4位・テリー・フィリップス
 フィリップスは今年度のミスター・ブリテンを獲得した地元英国の選手である。年令はすでに35才を過ぎているそうだが、とてもそんな年令には見えない。いかにも長い間鍛え込んだという雰囲気の選手だ。今回のミスター・ユニバース・コンテストでは、ジム・モーリスといい、このフィリップスといい、コンテスト・ビルダーとしては高年令の選手の活躍が目立っていたがこれも考えさせられたことのひとつである。

5位・チェン・ウイント
 ウイントは白人と黒人と東洋人をミックスしたような肌の色を持ったジャマイカの選手だ。バルクとか迫力で押してくる選手ではなく、全身的な美しさを、絵画的に静止したポーズでアッピールしてくる選手だ。

6位・デーブ・ジョーンズ
 ジョーンズは、ともかく理屈ぬきにバルクがすさまじいアメリカの黒人選手だ。バルクだけなら優勝したフォックスと互角である。しかし、NABBAのコンテストでは、大きいとか力強さだけでは上位入賞は望めない。それらの要素を生かして、それに美しさが加わらなければとても優勝することはできない。その点、ジョーンズは一段の研究が必要だと思う。

 さて、こうしてオーバーオールの上位6名を分類してみると、まず国籍別では英国2名、米国2名、ジャマイカとトルコが各1名となり、人種別では黒人4名、白人2名となる。
 また、タイプ別に見ると、1位・2位・6位がバルク型、3位・4位・5位がバランスとデフィニッションの美しさを強調していた。結論的すると、今大会はバルク型の黒人パワーに白人も東洋人も制せられたということが言えよう。
[アマ優勝・フォックス]

[アマ優勝・フォックス]

[アマ2位・モーリス]

[アマ2位・モーリス]

[アマ3位・エヌンル]

[アマ3位・エヌンル]

[アマ4位・フィリップス]

[アマ4位・フィリップス]

日本選手の今後の課題

 さて、我々の代表、須藤、石神の両選以はどうだったか。とくに須藤選手は前回のクラス優勝、総合2位の成績から見て、今大会ではアマ総合優勝の期待も大きかっただけに、これからの課題として、その敗因などを考えてみたい。
 JBBAの審査規定のように、筋肉の他に均斉、ポージングなどにも相当なウェイトを置いて審査をする場合はもっと上位に入っていたと思われる。とくに、均斉とポージングは、両選手とも断然他を大きく引離していた。
 ただ、ボディ・コンテストの場合、均斉やポージングという、いわば肉体美に関する要素といえども、その基本的な条件は“筋肉”である限り、筋肉の量と形態に依存することは否定できない事実である。
 残念ながら今大会における須藤選手は、彼の持ち味である美の強調以前の筋肉のレベルで、圧倒的なバルクを誇る黒人パワーに抑え込まれたというところではないだろうか。
 石神選手の場合は、むしろその逆かも知れない。彼の出場したクラス3の部では、1位、2位の選手と比較してバルク的な面では決して劣っているとは感じなかった。ところが、日本のお家芸のポージングと、肉体を通して、肉体以上のサムシングを表現する技術の方が、初出場のためか、少し固くなって充分に発揮できなかったように思われた。
 では今後、国際コンテストで日本選手はどのように戦ったらよいのだろうか。昨年、一昨年と杉田、須藤の両選手が成功している事実をふまえて考えてみたい。
 まず、筋肉の量とか、ものすごさという点では、昨年も一昨年も杉田、須藤の両選手以上の外国選手が多数出場していたはずである。それらの選手に伍して、どうして両選手が栄冠を勝ち得たか、そこにはいくつかの要素があったと思う。
 まず、両選手ともポージングが圧倒的に秀れていたこと。まさに芸術的といっても過言ではないレベルに達しており、さらにその内容が、たんに筋肉面の強調だけではなく、自からの肉体を、巨匠の彫刻のように、人間の素晴らしさ、男性の美しさが極限まで表現されていたこと。
 第二に、筋肉の量的なレベルにおいても、杉田選手の場合は外国選手と同等なレベルに達していたし、須藤選手も昨年、一昨年の大会時の方がまさっていたと考えられないだろうか。
 この二番目の点について、NABBAのへイデンスタム会長は、帰国後私にくれた手紙の中で次のように述べている。
「--私たちの親愛なる友であり、私たちが讃美してやまない須藤孝三選手は、昨年、一昨年に示した肉体美を今年は若干損なっていたことに、あなたは同意されるであろうと思います。また、今大会に初出場の石神日出喜選手は、印象的であり、初めてにしては良くやりました--」と評している。
 これらの点を総合して判断すると、日本選手が外人選手に勝つためには、もちろんバルクを一層大きくしなければならないことは事実だが、バルクで彼らを追い越すのは、体質や生活習慣とくに先祖伝来の食生活の違いがあるので、相当な時間をみなければなるまい。
 しかし、昨年、一昨年のように、日本選手にまさるバルクの選手が出場していながら、これらの選手に勝った事例があるのだから、いたずらにバルク不足を嘆かず、むしろ、NABBAのコンテスト基準は、人間の肉体を量としてのみとらえず、内面的な価値をも含めた総合的な美しさを評価する事実を直視し、日本人でなければ表現できない“何か”を会得することが肝要ではないだろうか。つまり、国際政治でいうナショナル・アイデンティティはボディ・コンテストの分野でも必要であるということだ。

プロ部門について

 プロ部門は、アマと比べて筋肉的な差というより、やはりプロでなければない一味違ったコンテストだった。
 ではどこがどう違うかといわれると明確に表現はできないが、いうなれば一人一人が自分の個性を生かして、レベルの高低にとらわれず、思う存分自分の肉体を表現しているという感じだった。
 たとえば、イギリスの片田舎でハイプロティンの行商をやっているようなビルダーは、プロとはいっても、日本の地方コンテストに出場しても予選で落ちるくらいのレベルだが、世界の超一流のトニー・エモットやサージュ・ヌブレと伍して、いささかもコンプレックスをいだかず、堂々と自分の肉体を披露する。そこには勝負を超越してこの世の中には何十億の人間がいようと、自分はただ一人しかいないんだというところにどっしりと腰をすえ、そのただ1人の自分を、ドラマの主人公になった以上、精一杯演じるのだという気迫が感じられた。
 さらにドラマティックだったのは、その行商ビルダーの10才くらいの息子が「パパがんばれ!」と呼び続けていた風景だった。
 さて、トニー・エモットが現在、世界で最も美しいビルダーといわれているサージュ・ヌブレを破って優勝したのは、番狂わせといってよいかも知れない。
 私の好みからいえば、確かにサージュ・ヌブレは当代一流の素晴らしいビルダーだと思う。彼の肉体にはギリシャ、ローマ以来のヨーロッパに流れる古典的な端正さが備わり、しかもフランス人らしい明るい知性と、既成概念に反逆する不遜な野性とが混然一体となって、ユニークな光彩をひときわ放っている。
 このヌブレを破って優勝した英国のトニー・エモット。彼が優勝した原因は何だろうか。彼の魅力はバルクでも均斉でも、またポージングのうまさでもない。では何んだろうか。
 1つは強烈な個性、2つは追うものの迫力、そして3つめはバック・ポーズの力感。この3点がヌブレに勝った要因ではないかと思う。
 3位になったアメリカのスティーブ・デイビス。この選手もいかにもプロフェッショナルだ。たとえば、ポージングで自分のすべてを見せようとしない。筋肉の強調をほとんどせず、ポージングに流れもない。自分の最も良しとするポーズを、あたかも額縁ショーのように、じっと静止して見せる。しかもそれが数少ないのだ。それでいて観客が沸きに沸くのだから大した役者である。総じてプロは我が道を行くといったスタイルのビルダーが多いが、中でもデイビスは最右翼のビルダーであろう。
 最後にアマチュアとプロフェッショナルの区別についてちょっとふれておきたい。これはオリンピック・スポーツでも、現在その区別の明確化はなかなかむづかしいところだが、ボディ・コンテストの場合、NABBAのコンテストを見て以外にきびしいのに驚いた。
 たとえば、アメリカのドン・ロスがアマの部にエントリーしていたが、ボディビル誌のハイプロティンのコマーシャルのモデルになっているのをへイデンスタム会長から指摘され、止むを得ずプロの部に出場していた。しかし彼はこだわらずに「仕方ないや」という顔をして楽しそうにプロの部に出場していた。国民性とはいえ、日本人にはちよっと真似のできない芸当だ。
[左がプロ2位・ヌブレ、右がプロ優勝・エモット]

[左がプロ2位・ヌブレ、右がプロ優勝・エモット]

[左がプロ3位・デービス、右がプロ5位・ロス]

[左がプロ3位・デービス、右がプロ5位・ロス]

 最後は恒例のミス・ビキニ・コンテストである。これでもか、これでもかと男性の裸像の連続のあとで、一変して今度は美女たちによる華やかな楽しいショーのひとときである。
 聞くところによると、これらの美女は、各国の役員や選手たちが連れてきているケースが多いという。外国では女性の肉体美もボディビルやスポーツなどのフィジカル・トレーニングによってつくることが常識になっており、このミス・ビキニ・コンテストに出場した女性たちも、男性ビルダーと同じ意識で、精一杯美しい肉体を表現している。肉体美の観賞はアポロやへラクレスだけでは片手落ちで、いまさらながら現代のビーナスたちの活躍に心から敬意を捧げた次第である。

エピローグ

 さて最後に、第29回1977年度NABBAミスター・ユニバース・コンテストを総括してみよう。
 今大会の参加選以はアマ・プロ合わせて64名。参加国は、イギリス、フランス、イタリー、スペイン、ドイツ、ベルギー、オランダ、アイルランド、アイスランド、スウエーデン、ヨルダン、レバノン、トルコ、パレスチナ、南アフリカ、アルジェリア、ジャマイカ、アメリカ、日本の19カ国で、近来まれにみる多数の参加であった。
 しかし、この大会に出席して感じたことは、国際政治の場と同じく、いろいろな組織や国々、それにまつわる考え方の違いや利害の対立、そういったものが大きな渦を巻いているのが世界のボディビル界の現実であることをまざまざと目にした。
 従来はNABBAとIFBBが2つの大きなボディビルの国際組織であったが、新たに名乗りを挙げたのが、サージュ・ヌブレをリーダーとするWABBAである。WABBAは国際的に少くとも反IFBB、親NABBAの方向に進んでいくものと思われる。NABBAもWABBAの動向を冷静に見守りながら、しかし距離を置いて自からの道を進んでいくだろう。
 そこで我がJBBAはどのように進むべきだろうか。まずJBBAは究極の理想としては、世界のすべてのボディビル組織が大同団結する日の一日も早からんことを望む。しかし、これはあくまで理想であって、現実の姿ではない。
 私は国際会議のあと、アメリカ代表として出席したジム・モーリス氏をつかまえて次のような質問を試みた。
「WABBAについて、あなたはどのように考えるか」
 すると彼は、いかにもスタンフォード大学出らしいロジカルな、しかしゆっくりとした口調で語り出した。
「ボディビルの国際組織を作る場合、できるだけ多数の国が加盟して作ることが理想だが、現実には難しい問題が多い。たとえば、会長がイギリスで副会長がフランス、幹事長がアメリカとなった場合、何か問題が起こったとき、いちいち集って協議することは出来ない。結局、どこかの国がリーダーシップをとらざるを得なくなる。であるなら、現在、イギリスがリーダーシップをとっているNABBAの形態と同じことになるわけだから、NABBAを信頼する限り、いまのままでよいということになる」
「なるほど、ではアメリカのボディビル界は今後どのように動くのか」との私の質問に、彼はきつい口調で、「アメリカにはAAUというアマチュア・スポーツのしっかりした組織がある。その組織は世界のどの組織よりも大きく強力なものである。私は自分の国のAAUに誇りをもっているから、何も外国の組織の対立などに頭を悩ましてなんかいない」と胸を張って答えた。
 このジム・モーリスの言葉は、我々に深い示唆を与える。つまり、世界の現実は絶えず変化し、流動していくだろう。その中で一番大切なことは、常に自からの主体性を失ってはならないということである。そのために必要なことは、自からの内部の矛盾をできる限り克服し、逞しく成長し続けることである。同時に、国際的にはすべての国と調和しようという理想を抱きながら、現実的には、現在友好関係にある国との永い交流の歴史と友情を大切にすることが国際信義にも副うことだろう。1つの国から真底信頼されぬような国は、多くの国からも信頼されるわけがない。
 JBBAは29年の世界で最も永い実績をもつNABBAと提携しながら、ボディビルの国際情勢に対応していく所存だ。今後も国際組織のあつれきをめぐって、様々な影響が日本のボディビル界にも出てくるだろうが、それらに動揺することなく、JBBAは1つに心を合わせて、日本と世界のボディビル界の発展に力を注いでいかねばならない。
月刊ボディビルディング1978年1月号

Recommend