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食事と栄養の最新トピックス①
若いときの“栄養”は30年後にひびく

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月刊ボディビルディング1980年6月号
掲載日:2019.10.21
健康体力研究所 野沢 秀雄

1.40代の若死が急増している!

「新聞の報道によりますと……」なあんて書きだすと悪評さくさくの人気TV番組みたいだが、去る2月21日の朝日新聞夕刊の記事は、われわれに参考になるデータを示してくれている。

 というのは、昭和ヒトケタ生れの40代の男性に最近急死する現象がふえており、統計上も明確になった。しかもその理由が「成長期の少年時代から青年時代にかけて、食事内容が悪かったために血管がもろくなっており、そのために出血することが多く、若死に結びついている」と解説されているのだ。

「うーむ、そうか。俺の若いときの栄養状態はひどかったなあ」とふりかえって感慨にふけった人が多いようである。今月はこのニュースを中心にして、食事のとり方を検討しよう。

2.調査でもはっきり、くっきり

「あんなに体力があり、バリバリ活躍していた人が急死するなんて、とうてい信じられない」――という例をあげるてみよう。

(1)オリンピック・レスリング日本代表で、隆々たる筋肉を誇っていた石井庄八選手が  腎臓ガンで死亡(45才)
(2)ダービーで有名なシンザンの栗田勝騎手がポックリ死(43才)
(3)体をぐるぐる縛った状態で、高所や火中から脱出する奇術で評判の引田天功さんが  心筋梗塞で急死(45才)
(4)アリナミンやパンビタンで有名な武田製薬の武田彰郎副社長がジョギングのあと心  臓マヒで死亡(49才)

……というように、スポーツマンで体力に自信がある人がつぎつぎとなくなっている。
 この現象をもとに日大医学部の大久保正一教授が統計をとったところ、40代男性に死亡率上昇のはっきりした傾向が出ており、ニュースに報道されたわけである。

 これと同時に、日本生命が生命保険契約者の年代別死亡率を分析すると、40代前半の人たちは死亡率が10年前と比べて横ばいで(他の年代はよくなっている)、しかも、肝硬変は85%の増加、自殺62%の増加、心臓疾患15%の増加というように、成人病やストレス病による死亡が増加していることが明白になっている。

10代の栄養不良のたたり?

 現在40代の人たちは昭和20年前後に体の発育期をむかえている。一生のうち、カロリーやたんぱく質をもっとも多く必要とするのは10代である。これは栄養学の常識であり、実際に厚生省が定めている<表1>「年代別栄養所要量」をみても、15才~19才にピークがある。つまり細胞分裂が盛んで、筋肉や骨が発達するときには、これだけのエネルギーが必要不可欠というわけだ。

 ところで戦争をはさんで、当時の人たちがどのような栄養をとっていたか資料を調べると<表2>のようになる。
<表1>年代別栄養所要量

<表1>年代別栄養所要量

<表2>戦前戦後の栄養比較表

<表2>戦前戦後の栄養比較表

 この数字からみても、昭和ヒトケタ、生れの人たちは、成人してからの身長は低く、現在は「おやじよりも息子のほうが身長が高い」というのが当たり前の状況になっていることはご存じのとおりである。
<表3>成人後の体格比較表

<表3>成人後の体格比較表

4.現在のあなたはOKか?

 この様に、栄養のとり方、とくに動物性たんぱく質のとり方が体の成長に重要な役割を果たしていることに気付かれるであろう。

 ところが現実に多くの人たちの食事分析をすると、いまだにインスタント食品や菓子パンにたより、体の発達に必要なたんぱく質が大幅に不足している人が散見される。たとえば<表4>のような食事法が結構多い。

 東京都練馬区に住む20才のHさんは、「体力をつけたい。体重や胸囲をふやしたい」と申しこんできたのだが、この食事内容なら戦争直後の時代とあまり変らない。これではいくらトレーニングに励んでも「いつまでたってもガリガリで進歩がみられない」というのも当然であろう。

「そんな極端な人が多いはずはない」と読者の人は思うかもしれないが、現実には相当あるわけで、作家の野坂昭如氏は次のように語っている。(「週刊朝日」55年3月7日号)「20世紀の終るころの新聞に、『オリンピックと石油ショックの間に10代を過ごした中年は忍耐力がなく、ちょっとしたことでコロッと死ぬ』なんて書かれるのではないか……と。つまり栄養状態が悪いでないだけでなく「忍耐心」がないために、ちょっとしたショックで現在以上に「急死」という事態になることを心配していての発言である。
<表4>ある指導生の食事内容

<表4>ある指導生の食事内容

5.栄養のとりすぎも不可

 だが一方、現代の若者が栄養に恵まれすぎて、かえって成人病の危険を警告する意見も発表されている。「食べればいい」というわけでなく、食べすぎるとかえって体調を悪くする点が、栄養学の難しい点である。

「ピッカピッカの22才の新入社員でも体はこんなに不健康だ」という「週刊現代」55年4月17日号の記事を読んだ人もいるだろう。この記事によると、
(1)22才は生理的にもう下り坂の年令で厳密に健康診断すれば16~20%の人に肝臓の異  常がみられる。
(2)厚生省の統計では20代前半のガン死亡者が急増している。
(3)生まれたのが昭和33年以降の人は、食生活が洋風化し、油っこい料理を食べて育っ  ている。かつ受験地獄で運動不足がち。その結果、胃腸が弱く胃下垂や十二指腸潰瘍  にかかる人が多い。
(4)肥満しやすい体質で、動脈硬化で死ぬ人が多くなってくるだろう。
――というような内容が述べられている。

 食事内容が粗末な人は、肉・魚・卵・とうふ・納豆・牛乳・サバ缶詰・落花生・さきいか・プロティン製品などをもっと増やして、1日に食べるたんぱく質の総量を120g~150g(体重1kg当り2g)とれるように配慮することが大切である。けれども、食事分析をしてみると、普通の食事から充分にたんぱく質がとれいるのに、その上に、なお卵・チーズ・プロティンパウダーなどを過食しているビルダーも多い。とくにプロティンパウダーは、サプルメントフーヅ(栄養補助食品)と呼ばれているように、あくまでも普通の食事で不足しているときに、たんぱく質を補う目的で発売されている。この本質をみずに、プロティンパウダーを主食のように多く食べる例があるが、これはゆきすぎである。

 またトレーニングの激しさにも関連する。一流選手が連日筋肉の限界ぎりぎりの過負荷トレーニングをするときは、たんぱく質必要量もふえるが、健康管理的にトレーニングをおこなっている人なら、体重1kg当り2gを目標にすれば充分に好成果を得ることが可能なのである。

6.ホルモン薬の使用は危険

 ボディビルダーやスポーツ選手がホルモン薬を使用するケースがふえている。「このように使えば安全だ」とくわしい摂取法を述べた資料を私も入手している。

 確かに医薬品の進歩は日進月歩で、より効果が大きく、より安全な製品が発売されているが、果たして新薬がどれだけ安定かというと、保証は誰もしてくれない。薬としての本来の目的に応じて、医師が処方してくれるならまだしも、スポーツ界では「こっそりと内緒で、後ろめたい気持で使っている」というのが誰しものケースである。
 
 このようなとき、事故がおこればどうなるか?

 キノホルムという胃腸薬を飲んで、手足がしびれ、歩行できなくなるスモン病事件はわれわれに耳新しいが、当時は誰もキノホルムが有害だとは考えなかった……。何年もたってからはじめて症状が現れてきたのである。
 本論の趣旨のとおり、栄養の影響や医薬品投与の結果は、20年、30年たった後に現れてくる。

 本誌を読んでトレーニングをおこない、正しく適度に栄養(とくにたんぱく質やビタミン、ミネラルなど)をとっている人は、きっと後になっても体力が充実して、良い人生を歩めるだろう。ところが、「ついうっかり」と、ホルモン薬の誘惑に負けて、手を染めてしまった人は、現在は異常がなくても、将来のいつか蓄積された障害が出てくるかも分からないのである。

 以上のことから、これからどうしたらよいかについて結論をのべることにしよう。

(1)常識に基づいた正しい食事用をしよう。現在市販されている一般食品をなるべく種  類を多く、バランスよくとるとこが大切である。
(2)インスタント食品やドリンク類、炭酸飲料、菓子などにあまりたよらず良質のたん  ぱく質をしっかりとる。
(3)たんぱく質摂取量の目安は、体重1キロ当り2gである。これを下まわるとき、プロテ  ィンパウダーなどを用いるのがよい。たんぱく質が過剰なのに、なお使用するのはゆ  きすぎである。
(4)油っこい料理はカロリーが過剰になる心配がある。したがって肉や魚の過食をやめ  て、植物性たんぱく質にし、低カロリー・高たんぱくを目ざすのが望ましい。
(5)ホルモン薬は使用しないこと。
月刊ボディビルディング1980年6月号

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